ソードアート・オンライン ーコード・クリムゾンー
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第二話 トラップ&トレイン
ジルが用事を終えたあと、アスナは彼の案内で六十層の古城へと向かった。
依頼人であるアスナは、クエストの舞台となっているこの城を見たことは一度もなかった。基本、最前線の迷宮区で攻略に明け暮れているアスナのことなので、仕方がないとも言えるが。
目の前にそびえ立つ古城を見上げて、アスナは無意識に背筋を震わせた。
アスナは『狂剣士』とも呼ばれているが、実は幽霊などのホラーは苦手なのだ。目の前の古城はいかにも出そうな雰囲気で、少し怖じ気づいていた。
「この城に出てくるモンスターはスケルトン系だけだよ。それもトラップに引っ掛からない限りはPOPしない。――間違っても、幽霊は出ないから」
間違っても、を強調して赤い薄手のフーデッドコートを着たジルがニヤニヤと笑う。
自分の考えを読まれたアスナは、不機嫌な表情を浮かべた。
「……まあ、モンスター相手よりもやりにくいかもしんないけど」
「…………」
あなたが言いますか、とアスナは思ったがどうにか口をつぐんだ。
ジルは肩をすくめると、まっすぐに古城の城門へと向かっていく。彼がそこの詰所をノックすると、中から老人NPCが出てきた。
しばらくすると、ジルがこちらへと戻ってくる。
「滞りなくクエストは受けれたよ。――ああ、でも」
ジルは首を傾げて言う。
「先に誰か単独で潜ってるらしいんだよね」
「誰かが一人で、ですか……?」
「うん。まあそれでも入れるからいいけどさ」
どうでもよさそうにしているジルだったが、アスナは漠然と嫌な予感がしていた。
単独――ソロという言葉を聞くと、どうしても一人の少年の顔が浮かんでしまう。まさかと思う反面、もしかしたら――。
「さて、それじゃさっさと行きますか」
ジルはまるで近所のコンビニへ買い物に行くときのように呟くと、巨大な門の前に歩いていく。アスナも慌ててそのあとに続いた。
二人が城門の前で立ち止まると、轟音とともに門が内側へと開いた。
アスナはすぐに城の中へ入ろうとして、後ろからジルに呼び止められた。
「おーい。危ないよ、そこ」
「……? なにが――」
アスナが振り返った直後、その後ろで壁から無数の槍が突き出てきた。
「…………へっ?」
呆気に取られて驚きの声が漏れる。
呆然としているアスナを追い抜いて、ジルは突き出た槍を観察した。
「あらら、貫通属性じゃん。一人で食らってたらヤバかったわ」
ジルのなんでもないような呟きに、アスナは背筋が凍りついた。モンスターにではなく罠に殺されかけるなど、今まで一度も考えたことがなかった。
「それにしても、トラップの配置が変わってんな。まあ、予想通りだけど」
呟きつつ、ジルは手際よくトラップを解除する。
「じゃ、ぼちぼち行こうか。アスナは後ろからついてきなよ」
「は、はい……分かりました」
ここは経験者に従うべきと考えて、アスナは素直に頷いた。
ジルがこの古城を突破できた理由――それは攻略組では珍しく罠解除スキルをマスターしているためである。
攻略組プレイヤーはスキルスロットのほとんどを戦闘スキルで埋めてしまっている。ゆえに罠解除や料理といったスキルを持っている者は少ない。
しかしかといってこの上層のダンジョンにボリュームゾーンのプレイヤーを連れてくることは危険な賭けになる。パーティーメンバーを多くして護衛しようにもクエストの最大三人という人数制限のせいで不可能だ。
ここまで戦闘は一度も行っていないが、確かな実力がジルにはある。
罠を解除しながら進んでいくジルの後ろ姿を見た。赤いコートの裾がマントのように揺れ、血盟騎士団団長の姿を連想させる。
そのとき、ジルが立ち止まった。
「あれ? プレイヤーじゃ……ん?」
「どうかしましたか?」
アスナは首を傾げているが、ジルは珍しく真剣な表情で正面を見据えていた。
しかしすぐにいつもの軽薄な笑みを浮かべた。その笑いは微妙に引きつっているようにも見える。
「あらら、こりゃ面倒な……」
ジルが呟いたとき、アスナは床がかすかに揺れていることに気づいた。それが少しずつ大きくなってきて、さらには地鳴りと誰かの悲鳴まで聞こえてきた。
「――ぁぁ――ぁぁあ――」
段々と近づいてくる悲鳴。その声にアスナは聞き覚えがあるような気がした。
「――ぁあ、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁーー!」
緩いカーブの先に、それはようやく見えた。剣や槍などで武装したスケルトン兵の大集団。その前を必死の形相で走る黒一色の服装の片手剣士が――。
「――って、キリトくん!?」
「アスナァァァ! それにジルゥゥゥ!」
「『黒の剣士』、お前かよ! ――って、こっち来んなッ!」
キリトと知り合いだったようで、ジルは非難の声を上げた。
「すまん! 助けてくれ!」
「誰が助けるか、バーカ! ……って、言いたいとこだけど」
今さら逃げられないか、とジルが肩をすくめる。
「そんなわけでアスナ。君も手ぇ貸してくんない?」
「あ、はい。了解です」
アスナは頷いて、腰からレイピアを抜く。ジルも腰のカタナの柄を握った。
こちらが戦闘体勢になったことに気づき、キリトがブーツのスパイクを利かせながら振り返った。それと同時に、アスナは駆け出す。
スケルトン系のモンスターとアスナのレイピアは相性が悪い。それにも関わらず、彼女のレイピアは的確にスケルトン兵を捉える。
スケルトン兵のヒットポイントを半減させたところで、赤い暴風が吹いた。
「――はい、二体撃破っと」
飄々と呟くジルの周りで、二体のスケルトン兵がポリゴンと化して消滅する。次いで彼はソードスキルのファーストモーションを立ち上げた。
カタナスキル三連撃技『緋扇』――、ジルのその攻撃でスケルトン兵がさらに一体消滅した。
「さてさて、どんどん行こうか」
何体ものスケルトン兵に囲まれているにも関わらず、ジルの顔には軽薄な笑みが浮かんでいる。
アスナは自身もスケルトン兵と戦いながらも、ジルの実力が本物である悟っていた。最初に二体のスケルトン兵を倒したときも、単発範囲攻撃のソードスキルでスケルトン兵の弱点である首の付け根を見事に捉えていたのだ。並大抵のプレイヤーではない。
アスナとキリト、そしてジルの三人は多数のモンスターに囲まれつつも、確実に数を減らしていった。
後書き
一対多の戦闘描写は難しいのでカット。たぶんもうしばらく戦闘描写はありません。
次話もよろしくお願いします。
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