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エイプリルフール記念 番外編その2
前書き
ドラクエ編になります。
この話もジパング辺りで放置していたのを三日くらいで後半を書き足しての投稿です。
またしても転生である。
前世の俺はそこそこ幸せな時間をすごせた。
転生して初めてではないだろうか?
実母が天寿を全うしたのは。
色々な事が有ったが、とても幸せな時間だった。
念が使える母さんは年齢にしては若くみられ、長生きしたしね。
別れはとても辛かったけれど、彼女は最後まで俺達の母親だった。
俺も多くのものを彼女に返せたと思う。
さて、今度俺が生まれた世界。
どうやら今回は中世っぽい世界に生れ落ちたようだ。
俺が住んでいるところは所謂城下町といった感じで、警邏の兵隊や、貴族様の馬車なんかが見られる。
携行する武器は剣や槍と言った物が主流であり、時折杖を武器にしている人もいる。
そう、この世界にも魔法があるのだ。
町並みや戦士や魔法使いと言った職業がある事から、正しくファンタジーと言った世界だ。
特に優秀なのは僧侶だ。
教会の神父さんなら簡単な怪我くらいなら魔法で治してくれるし、解毒魔法なんてのもある。
さらに条件がそれえば死者の蘇生すら可能なのだそうだ。
俺とソラがこの世界で前世の記憶を取り戻したのがおよそ3歳の頃。
その頃にはすでに俺とソラは孤児院に厄介になっていた。
記憶が戻るのと同時にソラが近くにいた事は僥倖だ。
言葉の心配をしなくてすむからね。
世界には魔物が生息し、その殆どが人間に牙を向く。
俺やソラの両親は魔物にやられたのだそうだ。
さらにその行動が年々顕著になっていっているらしい。
その理由も皆分かっている。
『大魔王バラモス』
彼の者が今世界を我が物にしようと魔物を操り世界を混沌に落とそうとしていた。
城の兵士や、傭兵たちは日々その領地拡大を目論む魔物たちの対応で精一杯。
そこで国は一人の勇者にバラモス討伐を託したのが数年前。
しかし、その勇者も火山の火口で魔物と共に消えたと言う。
そう言えば、その彼の遺児が勇者としてこのアリアハンを旅立ったともっぱらの噂だが…
故に今もジリジリと魔物が勢力を増し、俺達のような孤児が増える事になる。
さて、俺達孤児の立場はどういう物かと言えば、国に借金して成人まで面倒を見て貰っている立場だ。
国も只で孤児の面倒なんかは見れないと言うわけだ。
成人したら働いて規定の金額を払うのもいいし、払う目処が立たなければ城での兵役が待っている。
大体後者が多いだろうか?
俺とソラは特殊な例だろう。
成人(16歳)と共に城に全額返済をして自由を勝ち取ったのだから。
さて、そこでどうやってお金を稼いだのかと言う手段の話になるのだが…
ソル達の格納領域にしまっておいた貴金属類。前世から持ち込んだ宝石の類を換金し、それで一気に返済したのだ。
宝石や貴金属は世界を超えてもその価値はあまり劣化しないから助かったよ。
自由を手に入れた俺達は成人のお祝いもかねて酒場で夕食を取っている。
孤児院に居た頃はあまり縁の無かった所だけど、周りを見渡すと気のいい連中がわいわいと騒いでいる。こう言う雰囲気も結構好きだな。
「それじゃ、成人を祝して」
「乾杯」
「乾杯」
チンッ
俺とソラのジョッキが重なる。
「さて、これからどうするかだけど」
一息に半分まで飲み干すとジョッキを置いて話を切り出す。
「そうね、どうするの?」
王城での賃金の約束された仕事や、住み込みの仕事に就いていない俺達は、今朝孤児院を卒業した後は住むところが無い。
「俺は旅をしながらこの世界を見て回りたいと思っている」
「この世界を?」
「ああ、魔物や魔王が居る世界だとしても、未知なる世界に少しワクワクしている自分がいるよ」
地球は俺が生きていた時代にはすでに未知とは程遠くなってしまっていて、世界はとても狭く感じるようになっていた。
それに比べこの世界はどれだけ広い事か。
「だから冒険者として生活しようと思っている」
「そっか、わかった。私はあなたに付いて行くだけだもの」
ソラも旅に出る事に賛成してくれたようだ。
冒険者とは所謂何でも屋の俗称だ。
魔物退治など、いくら国が頑張っても対応できない事が多いし、挙句に懇願してから討伐までに数週間かかるのはざらだ。
まだ城下町であるアリアハンは良い。
しかし、これが城から離れるにしたがって顕著になる。
衛兵が街に到着したときにはすでに遅いと言う事も珍しくない。
これは国が怠慢なわけではない。被害が多すぎて対応できないのだ。
そう言った状況で、時代に合わせて現れたのが冒険者達だ。
依頼者からお金をもらって解決する人たちの総称。それが冒険者だ。
依頼はさまざまで、一番多いのは商隊の護衛だろうか。
この時代、街から町への輸送は徒歩及び馬が主流だが、当然道中モンスターに襲われる。
しかし、多くの商人は戦う力を持たず、結果として冒険者に依頼する。
結果としてそれを仲介する人たちが現れ、一つの共通認識として冒険者は認められる事になった。
「まあ、詳しい打ち合わせは食後にね。今は料理を楽しもうか」
カランカラン
そう言って目の前の料理に手を掛けた時、酒場の入り口を開け、少し小柄の黒髪の少女が入ってくる。
side ???
私の名前はアルル。
だけど私はその名前が物凄く嫌い。
嫌いな理由がある人を憎む気持ちからきているって言うのも自分の事ながら呆れてしまう。
だけど、やっぱり嫌い。
私には双子の兄が居る。
小さい頃から聡明で、子供らしくない子供だったらしい。
その頃の私は年相応の子供だったと思う。
だけど、何かにつけて利発だった兄と比べられた。
しかし、まだその頃はよかった。
環境が一変したのはもはや父とも言いたくない先代勇者がみまかられてからの事。
あの日、母が私と兄とをつれて王城に呼び出されれ、先代勇者の死を聞かされた日。
あの女が何をトチ狂ったのか自分の子供を次の勇者に押したのである。
英雄の子が英雄とは限らない。
そんな事も分からなくなるほど勇者にすがらなければ明日の光すら感じられないほど世の中は鬱屈としていたのだろう。
それから私の地獄の日々が始まる。
何をしても兄に劣っていた私は何をするにしても謂れの無い罵詈雑言を浴びせられる。
兄なら直ぐに終える剣の素振りも私は素振りを終えるのに半日かかってしまう。
別段私がその年齢の子供として劣っていたわけじゃないと思う。
ただ、兄が異常だと周りが気づかなかっただけだ。
その後数年で正式に勇者の後継者は兄に決まったのだが、結局その後も私は修行を続けさせられていた。
もし、万が一にも兄が失敗したときの保険だろう。
しかし、兄のようには出来ない私は周りから「出涸らし」だの「1文字違うだけでここまで違うとは…」とか、その他多くの暴言を吐かれ、子供は親の背を見て育つと言うが、日々私を貶している中で育った彼らはいつしか私を蔑むのが当然という感じになってしまっている。
だから私は自分で自分のの名前を考えた。
今の私はアルルではなくアイリス。それが自分で決めた名前。
もちろん公明正大な勇者を地で行く兄が仲裁に入るがそれが悪循環。
勇者候補には逆らえないのか今度は見えない所で私をなじる。
巧妙に今度は勇者候補である兄には見つからないように。
そんな環境で私が兄を恨むようになるには時間がかからなかった。
母も嫌いだ。兄が居るのに修行をやめさせない彼女の真意は分からないが、私の現状くらいは気づいているはずだ。しかし、それも放置する。
祖父も嫌いだ。私に関わる事は無いが、助けてくれる事も無い。
しかしやはり一番は兄が嫌いだ。
人々からの羨望を一身に集め魔王を倒す為に旅立った彼。
それに対して私は平凡な子供時代を奪われ尽くされただけの存在。
そんな事認められる訳は無い!
だから私は彼が旅立ってからしばらくして旅に出ようと思う。
彼に復讐するための旅に。
彼の名声を失墜させる為の旅に。
だけど私一人では目的を達成出来ない。
仲間が要る。私の旅に付いて来てくれる仲間が。
いや、仲間なんて呼べる存在で無くていい。利用できる存在であるのなら誰でも。
必要ならば私は体だってひらく。
さあ、仲間を集めに行こう。
彼に復讐する為に。
そうして私は酒場の扉を潜った。
side out
何やら店の奥にあるカウンターが騒々しい。
何事かと、目の前の料理を口に運びつつも耳を傾けた。
「聞いたか、お前ら!この出涸らしはおこがましいにも旅の仲間が欲しいんだってよ」
大柄の戦士風の男が声を張り上げる。
「がははっ!それは傑作だ。誰もお前なんかに付いて行くやつ奴なんて居る訳ねぇ!なあ?皆!」
武闘家の男もそう野次を飛ばす。
「ああ」「そうだそうだ」
それに周りの人間が同調して声を上げる。
「っ…くっ…」
言われた少女は羞恥に耐えるように俯き、震えている。
うわっ…気分悪ぅ!
「それでも私には仲間が必要なんです!」
「分からねぇ嬢ちゃんだな。てめぇみたいなのに付いて行く自殺志願者なんていねぇってぇの!」
そう言った戦士風の男が足を振り上げ、今まさに少女へと蹴り出そうとしている。
マズッ!
そう思った瞬間にはすでに俺は席を立っていた。
神速で二人の間に割り込み、男の足を掴んでそのまま捻る様に投げ飛ばす。
「ぐあっ!」
膝の関節が逝ったかも知れないが、この世界は回復魔法が一般的に広まっている。お金さえ積めば教会の神父さんが直してくれるだろう。
「何だこいつ!?」
「いったいどこから!?」
周りの客が騒ぎ出した。
やべっ…やっちまった、か?…
「女の子を蹴り付けるとか、酷い事をしては駄目ですよ?…ってことで、さいなら」
俺は直ぐにソラとアイコンタクト。
ソラはすでに会計を行なっていた。
さて、それじゃ、逃げますかね。
とっとと、渦中の人間を放置は流石にまずいか。
俺は少女の手を取って店を出る。
「こらっ!待ちやがれっ!」
待てと言われて待つ逃亡者は居ませんよ。
俺達のほうが入り口に近かったために戦士の仲間に入り口の封鎖はされずに抜け出す事に成功した。
走っている途中、追っ手の気配が無くなったのを見計らって連れ出した彼女の手を離しす。
少女を置いてしばらく走ると路地裏でソラ達と合流した。
「悪かったな。せっかくのお祝いだったのに」
「いいよ。ただ…何かフラグが建ちそうな気がするんだけど?」
フラグ?無い無い。勇者はすでに旅立ったって噂だしね。
「夕飯を何処かで食べなおす?それとも少し早いけれど今日は宿に下がる?」
下宿先が決まるまでは孤児院に泊めてくれるけれど、成人して孤児院を出るときに自分で今まで使ってきた部屋をきれいにするのがルールだった。
俺達はすでに物の整理を終えて、職が決まるまでは宿に泊まる予定だった。
お金に余裕があるからね。
孤児院とてベッドに限りがあるのだから、上がさっさと出て行かないと次の子を迎え入れられないから俺達は直ぐに出ることに決めていたのだ。
「そうだね。露店で軽食を買って宿屋へ戻ろうか」
ソラの同意をへて宿へ下がろうと思ったとき、後ろから声を掛けられた。
「あのっ!」
振り返ると先ほど俺が助けた少女だった。
俺達の視線が自分に向けられた少女は、ビクッと体を一瞬震わせた後コブシを握り気合を入れると俺達を責め立てる。
「貴方のせいであの店で仲間を集める事が出来なくなってしまったじゃないですかっ!どうしてくれるんですか!?私には仲間が必要なんです。例えどんなに理不尽な事を言われたとしても!そもそもこのアリアハンにはあの店しか職業もちを紹介してくれる店は無いんですよ?それなのに、貴方達の所為で私の計画が台無しです!責任取ってください!」
責任って…
それより職業もちと言うのは、この世界にあるダーマ神殿と言う所に行くと、幾つかの中から望んだ職業に就くことが出来るのだそうだ。
その職業と言うのはモンスターを倒す事によりレベルが上がり、筋力などが増強され、魔法職ならば呪文を授かるらしい。
コレを聞いたときはどこのRPGだと突っ込んだものだが、この世界ではそれが常識だった。
「それはすまない事をした。俺としても良かれと思ってした事なのだが、結果として君に迷惑をかけてしまったようだ。しかし、責任と言われてもどうやって取ればいい?金品でも要求するのか?」
助けてやって金品を強奪されるとかはマジ勘弁して欲しいのだけど…相手にしては迷惑だったらしいし。
善意の押し売りは相手に迷惑をかける事もある。完全に俺が悪い。
「お金なんて要りません。貴方が私の仲間になってください」
うん?
「仲間って?さっきも言っていたけれど、君は何をするために仲間を集めているんだ?」
「それは…」
少し言葉を濁す彼女。
「……世界を、世界を見てみたい。ここじゃない何処か。話に聞く大きな四角錐の石の建物や神が居ると言う天にも届くと言う塔。その他いろいろな所に行って見たいし、いろいろな事が知りたい」
side アイリス
彼の質問に一瞬思考が止まってまった。
目的が復讐などと低俗な物と知られたくなかった。
あれほど復讐と拘っていたのに私の決意はそんな物だったの?
そうして出たのがさっきの言葉だ。
だけど、全部が嘘と言う訳じゃない。
ここじゃない何処かに行きたいとずっと思っていた。
ここに私の居場所は無い。
自由に、渡り鳥のように世界を旅してみたいと言うのは、小さかった私が夢想する事で現実を忘れるために考えていた事だ。
だから嘘であっても完全な嘘じゃない。
そんな私の答えに彼は後ろの少女と二、三話し合ってから言葉を発した。
「旅仲間を求めていたのならちょうどいい。俺達も旅に出るつもりだった。別段どこに行きたいとかは無いから旅の行き先は君が決めても構わない…が、君の本当の目的が知りたいかな」
っ!?やっぱりあんな言葉を信じる人では無かったか。
仲間になって欲しいと言う言葉も勢いで言った言葉では有ったが、彼の実力の高さからの打算もあった。
あれだけの実力者が私の言葉を鵜呑みにするはずは無かったのだろう。
だけど、本当の目的か…
言ってしまって良いのだろうか?
復讐だと。
そんな事についてくる人なんて普通は居ない…だけど。
「ある人に復讐する事」
「復讐?」
私の言葉に少し考える彼。
「その方法は?」
彼は誰にとは聞かなかった。
誰とは聞かずに方法を聞いてきた。
ここで答えを間違うわけには行かない。
「有名になる事…ううん。違う…私が魔王を倒すんだ」
side out
魔王を倒すと目の前の少女は言った。
つい先日、魔王バラモスを倒すために勇者がこのアリアハンと旅立った。
勇者か…
勇者とは一体何なのかについての定義は、実は俺はよく分かっていない。
勇ましい者、臆せず困難に立ち向かう者と言うより、人々の願いにより選出された者。
この世界では勇者とは職業らしい。
しかし、困難に立ち向かい、人々に安らぎを与え、羨望を集めると言えば普通は『英雄』と言う。
ま、どうでもいいか。
実は目の前の少女に見当は付いている。
酒場のやり取りを考えるに勇者の双子の妹。
出来すぎた兄と比較され、孤児院の俺達にまで誹謗中傷が聞こえてきていた。
「それで俺達に仲間になって欲しいって事?魔王を倒す仲間に?」
「ええ」
【なんかすばらしく歪んでいるね】
と、俺はソラへと念話をつなげる。
【そうね。でも、それも仕方がないように感じたわ。あの周りの態度の中で生きてきたのなら、良く死なないでまだ生きているものだよ】
【そうかもしれない。いわれ無き中傷を子供の頃から聞かされ続けてくれば歪むのも仕方が無い事か…しかし、復讐の方法が世界を救うとは…ははっ中々凄い事を考える奴だな】
【気に入ったの?】
【まぁ、ほどほどには】
【手を出しちゃダメよ?】
【だ、大丈夫だよ。俺にはソラが居るのだしね】
【そう。それじゃ、旅の支度をしなくちゃね】
【ああ、ソラはそれで良いのか?】
【私はアオに付いて行く、それで良いのよ】
嬉しい事を言われ、頬に朱が差しそうになったのを必死に押さえ、目の前の少女へと視線を向ける。
「それで、どうなの?」
「別に良いよ。付いて行ってあげる」
「そう……ありがとう…」
険しかった少女の表情が一瞬だけ緩んだのが見えた。
「それで、旅の計画は練ってあるの?」
「旅の支度を整えたら一路南の漁師町へとむかうわ。そこで数ヶ月に一度来る定期船でまずダーマ神殿へ向かう事にする。まずは職業に就かないことにはレベルも上がらないからね」
一応彼女なりに計画が有る様なので、俺達は何も言わず、その日はもう遅いので宿取り、就寝した。
次の日、旅支度を終えた俺たちはアイリスと合流する。
「急いで」
速足で歩く彼女の後を追う俺たち。
「何をそんなに急いでいるんだ?」
「旅の商人の一団が船に乗る為に港町に向かうの。それに一緒について行けば、モンスターに襲われる可能性も少ないし、彼らは護衛を雇っているからモンスターにやられる可能性も低くなる」
なるほど。なかなか良く考えているのだな。
分散するよりも固まっていた方が襲われた時に逃げれる可能性も高いし、監視の目も多いために敵の発見も早い。そう言う訳で商人達は時折こうして大所帯で移動する事もあるようだった。
それにまぎれる様に旅人がくっついてくる事もあるが、それはもはや暗黙の了解なのだとか。
徒歩で歩く事二日。
ようやく港町に到着した。それまでに出会ったモンスターなどはスライムやオオガラス程度のもの。特に問題ない旅であった。
「あなた達、お金はどれくらい持っているの?」
「それなりに持っているよ」
「そう。…でも、良いわ。ここは私が払う。あなた達を利用する私の役目だわ」
そう言うと、決して安くない乗船料を船乗りに払い、船に乗る。この街で宿を取る気は無かったらしい商人達は丁度良い日程で出発したらしく、あと数時間で出向のようだ。
港町で一月分の食料を買い込み、船へと乗船する事にした。
帆を張って進む木造の大型船の甲板を歩く。
「これは…なかなか趣があるね」
「そうね。こんな船に乗る事なんて中々無いわね」
俺が言えばソラがそう返した。
いつの間にか積み込みも完了したのか、船員達が慌しく動き出し、帆を揚げるとどんどんと陸地が遠ざかっていく。
海鳥が船を追いかけて並走しているのを眺めつつ、そろそろ夕食時だと俺はアイリスを捜した。
船の後部の縁に腰掛、何やら本のような物を読んでいるが、読んでいると言うよりも何か憎らしい物を見るかのような表情だ。
「アイリス、そろそろ夕ご飯だけど」
そう言うとアイリスは本から目を上げ、俺の方へと向いた。
「そう。もうそんな時間か」
「そんなに熱中するほど面白い本だったのか?」
俺の問いにアイリスは心底忌々しいと言う表情を作った。
「そんな訳無いじゃない。こんな読めもしない本っ!」
そう言ったアイリスは振りかぶると思いっきり海へと向かってその本を投げた。
ブワッ
突然一際大きな風が起こり、投げ出された本は見事に俺の方へと戻って来る。
「おっとっ!」
このままでは激突すると、俺はその本をキャッチした。
そして何の気なしに表紙を見て…そして戦慄する。
『攻略本』
「アイリス…これ…どこで…?」
日本語で書かれていたそれに俺の声がうわずった。
「ふん…勇者として旅だったあの男が大事にしていた物よ。とても大事なもののようだったから旅に出る前、あの男が城に行っている間に盗んだのよ。…でも、何度読んでも意味の分からない文字が書いてあるだけ……アオは読めるの?」
アイリスの声を聞きながら俺はページをめくった。
すると、そこには日本語で書かれたこの世界の出来事が書かれていた。
勇者の旅立ち、そしてイベントの順番。ラーミアとやらを復活させる為に必要なオーブと言うアイテムの取り方にこの世界に存在する魔法の全部の呼び名とその効果。果ては効率の良い転職の仕方や、モンスターデータまで。
もちろん全てが載っている訳では無いだろう。これは所謂記憶を書き出した覚書のような物。しかし、思い出せるだけ思い出し、書き記したそれは、「攻略本」と言って差し支えの無い物だった。
「そう、読めるのね。…ねぇ、何て書いてあるの?」
答えてしまった良いのか?と、俺は考える。
この本を書いた奴はおそらく俺と同じ転生者であろう。その本はひらがなやカタカナ交じりの現代風の日本語で書かれている。
そしてそいつは自分が勇者として転生した事に喜んだに違いない。この攻略本に悲壮感漂う言葉や葛藤などは書かれていないし、筆跡からも感じない。
もちろん彼自身も勇者であろうと努力し、その結果、周囲の期待を集め、アリアハンを旅立ったのだろうが、しかしその影で、彼の存在により歪められてしまった者も存在する。それがアイリスだろう。
どうするか。そう考えていると、いつの間にかアイリスの手が俺の裾を力強く握っていた。
「おねがい…教えて…」
「……これは、預言書の類だよ」
「預言書?」
「そう。勇者の旅が全て記載されている」
「え?」
流石に予想外だったのか、驚愕の表情を浮かべている。
「あの人は預言者だったとでも言うの…?そんな…」
掴んだ手が震えているのが分かる。
「教えてください…そこに書かれている事を…全て」
俺は躊躇ったが、泣きそうなアイリスの懇願に負け、訳しながら語って聞かせた。
それを全て聞き終えたアイリスはフラフラと船室へと戻っていった。今は一人にさせるべきだろう。
一人甲板に残された俺のところにソラがやってくる。
「どうしたの?呼びに行ったアオは戻ってこないは、すれ違ったアイリスは蒼白だはで何か有ったのは明白よ」
「これの事でちょっとね」
と言って、アイリスが忘れていった本をソラに渡す。
「これは……」
と、ソラは渡された本を流し読みし、言葉を発した。
「アイリスの兄の秘蔵書だったらしい。…まぁ、旅立つ前にアイリスが盗み出したらしいが…これを見ると俺たちと同輩だろうな」
「だね…面倒な事にならないと良いのだけれど…」
俺とソラは同輩の所為で割を食う事が結構有ったしな。…マルクルや八神翔など、碌な事にならなかった。特に後者はソラを殺した奴だ。…まぁその落とし前はきっちりつけてやったが…
「参ったね…これは困った事になりそうだ。アイリスが復讐するのは良い。その動機は不純だが、結果としてこの世界は救われる…かもしれない。だけど、このアレフガルド?…この世界の下に別の世界があり、さらにそこに居る真の魔王…バラモスすら過程なのか。…そして、今は良いけれどアイリスの復讐が勇者の旅の妨害へと変わらないかが心配だ。…いや、妨害してもいい、だがその場合はバラモスだけではなく、この大魔王ゾーマを誰かが倒さないと…」
関わってしまった手前、尻拭いするのは俺たちになるのか?
「でもアオ、考えてみて。今まで関わって来た同輩や、私達はその物語の主人公への転生ではなかったわ。と言う事は、この世界でもその可能性が高いと思わない?」
「旅立った勇者が主人公じゃない?では誰が主人公なんだ?」
「オルテガの子供はもう一人居るじゃない」
「アイリスか?」
「そう。むしろアイリスが本来の勇者だった。それをどう言う訳か双子として生まれた兄にその運命を食われたと考えた方がしっくり来るわ」
なるほど。
「旅立った勇者も悪い奴じゃないだろうさ。生れ落ちた場所や環境も有ったかもしれない。だが、それによって歪められた本来の主人公…か」
しまったな。正直に伝えた事はやはり浅慮だったかもしれない。
こうなれば最後までアイリスには頑張ってもらうほか無くなったと、アイリスの旅に同行する理由が増えたのだった。
「そう言えば、こっそりとこの船の操舵室へと進入したんだけど」
と、ソラは辛気臭くなった雰囲気を一蹴しようと話題を変えた。
「そんなとこに行ってたの?」
「まあね。それで、そこで興味深い物を発見したわ」
「この本以上に?」
「…その本に半分くらい書いてあったのだけど…ルナ、お願い」
『了解しました』
と、虚空に映し出されたのは一枚の地図だ。
「これは…?」
「この世界の地図ね」
「……俺たちが居た世界に似てるな」
俺たちが居た世界と言うのはあの日本が有る世界の事だ。
「これなんてどう見ても日本列島よね。で、アジア、ヨーロッパ、アフリカ…そして私達が居たアリアハンはどうやらオーストラリアみたいね」
確かに…
「だけど、文化レベルや技術レベル、魔法なんて物が存在するんだ。未来があの世界になるとは言い辛いだろうな。もっと別の世界になるか、もしくはそう有るべくして作られた世界と言う事だろう」
原作と言う物が存在したのだ。俺たちが考えても答えは出ないだろう。
次の日見かけたアイリスは表面上は特に変わった所はなく普通だったが、その見の内を他人である俺が慮ったところで分かるはずは無い。彼女の葛藤は彼女だけのもので、彼女が結論を出すべき事柄だ。
それにダーマ神殿に着くにはまだまだある。それまでには答を見つけて欲しいものだ。
アリアハンのある大陸を左に回り、それから北上し南シナ海へと出ると、大陸にある、現代の地図では当てはまらない運河を風の力で遡る。
アリアハンを出て二週間ほど経ったとき、ようやく港町へと着いた。
船を下りるとそこは漁師町兼宿場町と言った様相だ。
「ここはダーマ神殿へ参拝する人達の海の玄関なの。昔から旅人で賑わって、だから宿場町としても栄えているんだって」
アイリスはだれに言うでもなく言った。
「へぇ、良く知っているな」
「……昔、勉強したのよ」
おっと…地雷を踏んでしまったようだ。過去の修行時代の事なのだろう。
「街で食料の補給をしたらダーマ神殿の方へ行く商人を探しましょう。運が良ければ同行できるかもしれないし」
「そうだね、それが良いんじゃないかな?」
「ああ、それで構わないよ」
と、ソラと俺はアイリスの指示に従った。
干し飯と燻製肉、後は持てる分だけの水を購入し、商人の人と交渉する。とは言え、商魂逞しい商人だ、只と言う訳には行かなかったが、アイリスにしてみればまだ出せる値だったのか、何とか商隊の列に加えてもらえることになった。
町を出ると荒野に一筋、岩の除けてあるルートが見られる。
「ダーマ神殿に行く人たちが通るたびに草を刈り、道にある岩を除けて行くそうよ。それがこの道を行くマナーなの。そして、それがいつしか道と成り、またそこを人が通る事で道を維持し、襲ってくるモンスターを蹴散らしていった結果、寄って来るモンスターもいなくなり、この道では余程の事が無ければモンスターに襲われる事は無いらしいわ」
アイリスのウンチクだ。
「なるほどね」
と、先ほどの失敗を繰り返すまいと、今度は無難な返答で返した。
アイリスの言うとおり、二週間に及ぶダーマ神殿への旅は特にモンスターに襲われる事は無く到着した。
商隊の人たちにはお礼を言って別れ、彼らはダーマ神殿の周りを囲むように出来た街へと行商に向かい、俺達はダーマ神殿へと向かう。
「おお、これは…すごいね」
「うん。凄くきれい」
そこに有ったのはタージマハル寺院のように荘厳な建物であった。
石造りの門を抜け、神殿の中へと入る。
中はエアコンも無いのに適度な温度に保たれていて外から来た俺たちにしてみればとても涼しい。
「何になるか決めた?」
俺は先を行くアイリスに問い掛けた。
「…そうね、迷っているわ。あの本を見るまでは戦士か魔法使いになろうと思っていたの。モンスターと戦おうとしたらそのどちらかが強いと思って。…まぁ昔から剣の修行を付けられていたからってのもあって戦士にしようと思ってたんだけど…」
「やめたの?」
「私は強くならなければならない。他の追随を許さないくらい。それには段階を踏まなくては成らないと言うのもその本で知ったわ」
この本に書いてあった情報はかなり貴重だ。
前衛職である戦士と武闘家。
この二つはMPが上がらず、魔法攻撃を一切覚えないが、その分戦士は攻撃力が。武闘家は素早さが高くなる。
逆に後方支援タイプは魔法使いと僧侶だろう。
攻撃力は上がらないが、魔法使いは多彩な攻撃魔法を、僧侶は回復魔法を覚えられる。特に僧侶の回復魔法は戦闘で負う怪我を治しえる強力な魔法だ。
商人はアイテムの慧眼が鋭くなり、ひと目でそのアイテムの能力を見抜けると言う。
そして、平民にしてみれば余り良い印象のない盗賊。
この職業はその名前に反し、どちらかと言えばレンジャーと言うタイプだ。罠の発見や周囲の気配に敏感になり、敵地に乗り込む時には役に立つスキルを覚えるだろう。
そして最後は遊び人。…これは…
「商人か遊び人になろうと思っている」
と、アイリスは言った。
「なるほどね。賢者になる為には遊び人を経験しなくてはならないものね」
横で聞いていたソラが納得したように言った。
通常の転職ではつくことが出来ない職業がある。それが賢者である。
賢者は魔法使いと僧侶が覚える魔法を全て使いこなし、魔力甚大の正に魔法のエキスパートだ。
しかし、賢者になるには「悟りの書」と言うアイテムで悟りを開くか、なぜか遊び人を極めるしか転職する方法は無いのだ。
そしてあの本に載っていた、全ての呪文を覚え、最強を目指す方法。
それは商人から遊び人に転職、それから賢者に転職し、全ての魔法を覚えたら盗賊に転職する。
盗賊は攻撃力、素早さ、魔力のステータスの伸びが良く、バランスの取れた職業だと言う。近接も魔法も補助も使える。一種の魔法剣士が誕生する事だろう。
「商人はどうしても必要かどうか分からないとあの本には書いて有ったよ」
商人の覚える「おおごえ」と「あなをほる」って、現実のこの世界で必要性があるのか?
まぁ、遊び人が覚える「くちぶえ」すら良く分からないが…
「それにここから程近い所に有るガルナの塔に悟りの書が隠されているのだろう?それを取って転職しても良いんじゃないか?」
「でも、商人の人たちの話を聞くと、ガルナの塔は強力なモンスターで溢れかえっているそうよ。そんな中をまだレベルの低い私達が行くのは自殺行為よ」
そうアイリスが俺の考えを否定した。
「それに、あの本によると遊び人の成長性?と言うのかしら。それは絶望的に低いらしいじゃない。最初の転職で遊び人を選ぶのはかなり苦しい旅になるって書いてあったわね」
そう、あの本はやはり攻略本と言う事なのだろう。書いてあった事柄はステータス面にまで及ぶ。
あの勇者がアリアハンを旅立つ時に同行させるメンバーをどうするかで何回も熟考するように書いては消してあった。
鉄板の勇者、戦士、魔法使い、僧侶の考察。先行投資で勇者、僧侶、遊び人、遊び人で3賢者の作成とか、いろいろだ。
彼がどう言うパーティーを選択したのかは旅立った方向が違う為に分からない。が、やはり遊び人は自殺行為か?と二重線を引いていたので初期メンバーに遊び人は連れて行かなかっただろう。
レベルを上げ、転職すると、今の強さの半分ほどを引き継いでレベルが1に成るらしい。それを利用し、他の職業でステータスを上げてから転職する事が望ましいと書いてあったが、この世界ではどうなのだろう。その辺は俺には分からない。
「あなた達はどうするの?私としては戦士や魔法使い、僧侶なんかに就いて欲しい所なんだけど」
「俺たちも魔法には興味がある。どうせなら賢者になりたい所だ」
あの本に書いてあった魔法の効果。その中でも群を抜くのは完全回復魔法「ベホマ」や解毒魔法「キアリク」や「キアリー」だろうか。
完全回復とはどの位凄いのか。瀕死の重傷でも完全回復するのだろうか。だったらとても凄い魔法だろう。そしてそれがあの本のデータ通りならさしたる消費もなく使えるのだ。
それとやはり蘇生魔法。これは死者すら蘇らせると言う。どれ程の奇跡だろうか。
これだけだと僧侶魔法だけだが、魔法使いが覚える「バイキルト」なども興味深い。
さて、どうしたものか。問題はどれ程の時間を掛ければ次の転職が可能になるか分からない所だろう。
今の俺たちはどれ程の敵を倒せば次の転職可能レベルと言われている20レベルに到達出来るかわからない。
数ヶ月か、それとも数年か。
あの攻略本を書いた奴は楽観視していたようだが、普通に考えればこの世界を回るのに一体何年掛かる?
地球を横に一周走るだけでも二年と言う月日が掛かるだろう。それも走ると言う事以外の全てを捨ててだ。
この攻略本を見るに、一体どれ程の月日が掛かるか、皆目検討も付かない。
と言う事は、レベルアップも相当な時間が掛かるのではないか?
ここはゲームであってゲームではない。現実だ。
この世界では20レベルを超えれば一人前だと言う。つまり、そこに至るまでには長い研鑽の日々を越えてきたと言う事だろう。
だが、それも良いかもしれない。時間が掛かればその内にアイリスも心変わりするだろう。
「俺は商人かな。どうせなら、全部覚えてみたいしね」
「そう。ソラは?」
「私もアオと一緒で」
「って事は、全員で商人って事?…それは流石にバランスが悪いわ」
と、アイリスは考え込んでしまう。
「仕方ないわね。私は僧侶にしておくわ。パーティー内で回復が出来るだけで死に難くなる…あの本に書いてあった事なのがムカつくけれど。…その代わり、レベルを上げたら悟りの書を取りに行きましょう。ぜったいあの人たちよりも早く」
アイリスは僧侶から賢者へと転職する道を選んだようだ。
「それじゃ、転職しに行きましょう」
荘厳な広間に、煌びやかな法服を着た男性が立っていた。
「あの人がダーマ神官さまね」
入り口で転職をと門兵に話すと連れてこられたのがこの広間。話は通っているらしい。
神官の前で跪いたアイリスに合わせ、俺とソラも膝を着く。それが合図であったらしい。
「汝らは今日、自身の道を切り開く為にここに来た。艱難辛苦な事もあっただろう。しかし、全てはこれからである。汝が希望する職種を願いなさい。さすれば新たな道が開かれるであろう」
と言う神官の言葉で俺は商人になりたいと願い、瞑想する。
すると、広場にオーラが満ち、それが俺に纏わり付いてくるのがわかった。
それに驚く俺とソラだが、これには抵抗しない方が正解なのかと考え、されるがままになっていると、しばらくして俺達のオーラの表面をさらに薄くもう一枚のオーラが包んでいるような感覚に陥る。
おそらくこれが転職したと言う事なのだろう。
「汝らに新たな道が開かれた。行くが良い。これから汝らに輝ける未来が訪れる事を願う」
無事に転職を済ませた俺達は一礼してその場を辞した。
ダーマ神殿を出て街へとやってくる。
「何か変わった?」
と、俺はアイリスに聞いてみた。
「知らなかったはずの呪文が頭の中に浮かんだわ。何となく使えると思う」
「へぇ」
「アオ達は?」
「さて、何か変な感じはするけどね。特に何かを覚えたと言う訳ではないよ」
「そうだね」
と、俺とソラが答える。
「そう。あの本によれば、どうやら商人はレベル1で覚えられる呪文は無いようだしね。きっとそう言う事なんでしょう」
これであの本の信憑性があがったが、それはアイリスもまた微妙な心境だったのか苦い顔をした。
今日はこのままこの街で泊まる事にして、宿を取って酒場で夕食を取る。
「それで、これからどうするの?」
夕食をとりつつ、ソラがアイリスにこれからの計画を聞いた。
「とりあえずレベル上げよ。ダーマ街道から少し出て、はぐれモンスターを探して狩るの。この辺はキラーエイプやマッドオックス、キラーバットのような獣系のモンスターが多い。それらの毛皮も寒い地方では取引されると聞いているし、それを元手に行商をしつつレベル上げ…かな」
以外にも良く考えているようだ。
「それよりも、君たちの武器はどうするんだ?私はアリアハンでかった銅のツルギや旅人の服なんかで武装しているけれど、君たちは普通の布の服じゃないか。お金は…余り無いが、明日防具屋を回って何か探してみよう。それと、武器だな。アオとソラには前衛をやってもらうことに成るのだから。…なにか得意武器は無いのか?」
そう聞かれたので、俺とソラはこっそりと待機状態のソルとルナを机の下で握ると、待機状態を解除。そのまま持ち上げてテーブルの上に置いた。
ドスンと言う音を立てて並ぶ日本刀と斧剣。
「……何処に持ってたんだよっ!」
「内緒」
吠えるアイリスにとぼけて見せた俺たち。
「くっ…まぁ武器は良いだろう。それじゃ後は防具だな。まぁ、それも明日だ。今日はしっかり寝て、疲れをとっておこう」
と、リーダーの決定を聞き、夕食を済ませた俺達は早く就寝するのだった。
次の日、防具屋を回り、値段の手ごろな簡素な防具を買うと、その足で街をでて昨日来た道を戻り、そこから少し脇にそれると、途端に草が生い茂ってくる。
そこを気配を消しながら進むと、群れからはぐれたのか、一匹のマッドオックスが見えた。
「いい、それじゃ、あなた達二人がマッドオックスに攻撃、ひきつけて倒す。怪我をしたら直ぐに戻ってきなさい。私が絶対に直してあげるわ」
「大丈夫。そんなに心配しなくても私達はそこそこ強いよ」
「そうだな。俺達はそれなりに出来ると思っている」
と、ソラの言葉に俺も同意した。
「皆そろってレベル1じゃない…まぁいいわ。それじゃ、行くわよっ!」
行くわよっ!って言っても先制攻撃するのは俺とソラなんだけどね。
そんな事を思っても口には出さず。俺はソルを抜き放つと、マッドオックスの背後に迫るとオーラでソルを強化しマッドオックスを切裂いた。
キュアッ!
と、甲高い声を上げたあと、マッドオックスは絶命した。
「い、一撃!?」
俺が一撃で仕留めた事に驚いているアイリス。
「まあこんなもんだろう」
そう言って俺は絶命したマッドオックスを見ると、マッドオックスの体からオーラが抜き出て、それが俺たち3人に分散されて吸収されて消えていく。
「これは…?」
ソラにも見えていたのだろう。今の現象はなんだろうと声を洩らした。
「経験値と言う奴だろう。…おそらく倒したモンスターのオーラを集め、自身を強化するようにあの神殿で能力行使されたんじゃないか?」
良く分からないけれどね。
「そう…」
たしかに先ほどよりほんの少しだけ行使できるオーラ量が増えたような気がするから、多分あってるんじゃないかな?
「……私(回復役)の出番が無いのはいい事よね。…そのマッドオックスを解体して次行きましょう」
毛皮を剥ぎ、角を切り落とす。肉の部分は地中に埋めた。その肉を求めてモンスターが集まってきても厄介だからだ。
本来は焼きたかったが、今俺達はそれらしい呪文を持っていない事になっている為に出来なかった。
その日はその後、4匹のマッドオックス、1匹のキラーエイプを倒すとダーマ神殿のある街へと戻った。
その夜。
夕食を取り、宿屋で部屋を取ると、今日は休むと部屋に篭り、鍵をしめる。
そして明かりを消すと俺はこっそりと宿屋を抜け出した。
「行くの?」
「ああ。ソラも行くか?」
「そうね、一緒に行く事にするわ」
何処へ行こうと言うのかといえば、モンスターが活発になる夜に、街の外へと出て経験値稼ぎと軍資金を稼ぎに行こうと言うのだ。
はっきり言って、今のペースだとどれ程時間が掛かる事か。
実力を余り大っぴらに出来ないために遅れているのだが、それを夜に取り替えそうと言うわけだ。
ソラと連れ立って夜の街を走る。
今度は少し遠い距離を飛行魔法で飛び、人の踏み入らないであろう山へと降り立った。
「うわー…これはこれは…」
「いっぱい居るね」
月明かりの下で反射するモンスターの瞳。
それが一斉に此方を向いたのである。
キュアーーーーっ!
グルアアアアァァァァッッ!
遠吠えが響き渡ると、さらに多くのモンスターが此方にやってくるだろう。
「それじゃ、行こう」
「うん」
『『スタンバイレディ・セットアップ』』
月明かりの下での戦闘が始まった。
…
…
…
二週間、俺達は昼はアイリスと一緒にダーマ神殿周辺で狩りをして堅実に経験値と軍資金を稼ぎ、夜はソラと二人で山へと出向いて経験値を稼いだ。
「最近この近くで余りモンスターを見なくなったわね」
「そうだね。この辺のモンスターは狩りつくしたのかもね」
と、敵が居なくて経験値が稼げないと少々アイリスが焦れてきていた。
ストレスもあってか、最近では自ら率先して剣を振り、モンスターを攻撃していた。レベルが上がっていると言うのもあるが、幼い頃から強制的に教え込まれた剣技もなかなかにさまになっている。
その太刀筋は確かに長い年月の研鑽を感じられるのだが、これをバカに出来るような同年代の子供など居ないはずだ。
アイリスは本当はとてもやさしい人なのだろう…いや、それとも親たちの報復に怯えただけだったのだろうか。
俺たちが知り合ってからの彼女は内向的とは言い辛い性格をしているのだが…
「あなた達が予想以上に強いから、ここは冒険してみるべきかしら…」
「危ない事は賛成できないよ?」
「危険は承知の上。でもそれくらいのリスクが無いと短時間でレベルアップは見込めない」
それはそうだけど…
「何処に行くの?」
「ガルナの塔を探してみましょう」
ソラの問いに答えるアイリス。
「だが、あそこは危険だってアイリスも言っていたじゃないか」
「ええ。でも相応のリターンもある。メタルスライムだっけ?そいつはかなりの経験値をくれるモンスターなのでしょう?あの本にも効率の良い経験値の稼ぎ場所とあったはず」
「そうだけどね…。それでも危険だよ」
と、止める俺たちだったが、アイリスの決意は変わらず。
この街道付近にモンスターが出なくなったのはおそらく俺とソラは夜な夜な狩りに出かけた所為もある。そして、アイリスの前でマッドオックスを一太刀で斬り伏してしまった事も原因だろう。
日が中天を差した頃に俺達は狩りから戻り、アイリスの武器と防具を貯まったお金で新調するし準備を整えると、明日からはガルナの塔を目指す事になった。
旅人や商人などから情報を集め、ガルナの塔のある場所を特定すると、どうやらダーマ神殿から北東に徒歩で3日ほど進んだ所に塔らしい物が立っているらしい。おそらくそこがガルナの塔だろう。
しかし、道中は険しく、さらにモンスターが跋扈する為にほとんど近づく人は居ないらしかった。
二週間分の食料を買い込んだ俺達は一路北東を目指す。
襲い掛かって来るマッドオックスやキラーエイプをいなして、教えてもらった通りに道を進むと、遠目に二つの尖塔を持つ建物が見えてきた。
「あれね」
アイリスがあれがガルナの塔であろうと断定する。
「見るからに古そうな建物ね」
とはソラの感想だ。
「早く行きましょう」
「はいはい」
アイリスに先導されて俺達は歩を進め、ついにガルナの塔へと到着した。
「下からみると結構高く見えるね」
遠くから見たときはさほどでは無かったが、下から見上げるとなるとその高さが際立って見えた。
「今日は塔には入らずに少しはなれた所で休みましょう。塔の攻略は明日からね」
アイリスはそう言うと、火の番の順番を決め、仮眠を取った。
翌朝、疲れを癒した俺達は塔を登る。
塔の中には嘴と足だけのモンスター「おおくちばし」や胴体に大きな口のあり、その燐粉には麻痺毒が含まれる蛾のようなモンスター「しびれあげは」などを倒しつつ、上を目指す。
特に「しびれあげは」は厄介で、大量の燐粉をばら撒き、俺たちを寄せ付けない。
その為俺達はしびれあげはを見ればまず速攻で倒す事にしている。
塔をどれ程登っただろうか。
そろそろ最上階と言う頃、岩陰から此方を覗いている銀色のスライムを発見した。
「あれがメタルスライムか?」
「そうじゃない?メタルって感じがするし」
俺の問いかけにソラが同意する。
「倒しましょう。私達はむしろあれを狩りに来たんです」
ピキっ!
倒すと言う言葉が聞こえたのか、メタルスライムはひと鳴きすると脱兎の如く逃げ失せた。その速度は普通の人間では追いつけないほど早く、すでにその姿が見えなくなっていた。
「あっ…」
「なるほど、倒し辛いと言うのはこう言う事なんだね」
「攻略本には硬くて素早いって書いてあるよ。ただ、その分少ないダメージで死んでしまうらしいけど、恐ろしく硬くてダメージが通らないらしい」
ソラが攻略本の情報を諳んじた。
「何か倒す方法を考えないとだね。相手が気付く前に取り囲んで逃がさないように…とか?」
「そうですね。その作戦で行きましょう」
俺の作戦を次はやってみようとアイリスが決定したようだ。
「しかし、出会い頭に逃げられると流石に難しい…」
と口にしたアイリスの声が何者かの声で聞こえ辛くなる。
グルルルル
俺はアイリスの背後に視線を移す。すると、そこには全長10メートルほど有るだろうか?蛇の様な体はとぐろを巻き、ワニの様な口は何物をも噛み千切り、その鉤爪で全てを引き裂く。そんなモンスターが宙に浮き、此方に襲いかかろうとしていた。
スカイドラゴンだ。
「アイリスっ!後ろだっ!」
「はっ!?」
俺の声でアイリスは直ぐに振り向くと、左の盾を前面に押し出すように剣を構えた。
スカイドラゴンは大きく息を吸い込む。
「ヤバイ、アイリスっ!下がって!」
ソラも叫ぶ。
「……っ!?」
今までの戦闘が順調すぎた。その為アイリスは一瞬下がるのを躊躇ってしまう。
スカイドラゴンはその口を大きく開くと、そこからゴウッと音を立てて炎を吐き出した。
咄嗟にアイリスは盾で身を守るが、炎の勢いは凄まじく、全身を守ることは出来ない。
「ソルっ!」
『ウィンドブレイク』
ソルを突き出すと、俺は周囲の空気を操り、突風でスカイドラゴンの炎を押し返した。
その内にソラがアイリスを抱きかかえてその場を離れる。
「大丈夫?」
「何とかね…ホイミ」
アイリスは自分に向かって初級回復魔法を掛けると見る見う内に火傷が消えていく。
「突然突風が吹いたから助かったものの、危ない所だったね」
ソラが誤魔化すように言った。どうやら偶然で済ませる気のようである。
アイリスは怪訝な顔をしたが、商人である俺たちが魔法を使えるはずは無いと問うのをやめたようだ。
アイリスをソラが救助し、距離を取った為に、スカイドラゴンには俺が前衛に出て対処しなくてはならない。
俺はソルを構えると石畳を蹴った。
グラァァァァァ
スカイドラゴンはその蛇のような同体を鞭のようにしならせて回りの壁を壊しながら俺を攻撃しようと振るう。
それを見切り、避けるついでにソルを振るうとキィンと言う甲高い音を立ててその鱗に弾かれてしまった。
「むっ?」
今までの敵よりも硬い?
今までの敵は、動物型や鳥形だったが、目の前のスカイドラゴンほど硬くは無かった。
俺は気合を入れなおす。今度は先ほどよりも多くソルにオーラを込めスカイドラゴンの首元へと迫り、一撃でスカイドラゴンの首を切り落とす。
ドドーーーンッ
巨体は浮力を失い地面へと落ちた。
「今のは?」
弾かれたソル。そして増したオーラを感じたソラが俺にコソっと問いかけた。
「いや、どうやらこいつらのレベルも高いようだ。纏程度では弾かれてしまうよ。こいつらも無意識にオーラを纏っているようだからね」
「なるほど」
こいつらもと言うのは、転職した人間もそうとは気付かずにオーラを纏っているからだ。…モンスターを殺した時のオーラを吸収し、蓄える。そうすると、自身で扱える限界量がだんだんと増えていって、それを身体強化や呪文によって消費するエネルギーとして使っている感じか。
消費され、減るとそこに自身のオーラをプールして置き、必要な時に使うと言うサイクルだろう。
スカイドラゴンの皮を剥ぎ取り、爪を回収すると直ぐにその場を離れる。
血臭でモンスターが押し寄せるのを避けるためだ。
肉片は腐敗する前に集まったモンスターが処分するだろう。
モンスターの世界は弱肉強食なのである。
さて、メタルスライムであるが、彼らは本当に気配に敏感だ。
『円』を広げてみたのだが、俺のオーラに触れた瞬間感知外へと逃げ去ってしまった。
この失敗から、今度は『絶』を使い、目視で発見後、音を消して忍び寄る。
目の前にはメタルスライムが二匹。
アイリスには後方を警戒させ、俺とソラで絶を使い気配を消して背後へと迫った。
コクン
ソラと視線を交わし、頷きあう。
次の瞬間、俺とソラは岩陰から飛び出し、オーラで強化したソルとルナを振りおろす。
ピキィっ!
ヒットさせるが、絶命には至らず。ダメージもほとんど受けてないのでは無いだろうか。
「はっ!」
と、今度は『徹』を使い内部へとダメージを浸透させる。
ピっ…ピキっ…
と鳴くと、今度こそ絶命する。
ソラを見るとソラの方もしとめたようだ。
そして次の瞬間、今までに無いような量のオーラが俺たちに向かって放たれ、そして吸収される。
それは今までのモンスターの比では無い量であった。
「なるほど、確かにこれは凄い量だね」
「うん」
絶命したメタルスライムは、生命力を無くし只の鉱物へと変貌していた。
それを戦利品と拾い上げると、アイリスが合流する。
「無事に倒せたみたいだな」
「まあね。…ただ、本当に固い奴だったよ。ダメージのほとんどをキャンセルさせてしまう程だ」
「…それにしてはきちんと倒せたみたいだが…それが?」
と、アイリスが興味を持ったので、メタルスライムの死骸を手渡す。
それを握り締めたり、踏みつけたり、壁に向かって投げつけたりしてみたが一向に傷がつく気配は無い。
「これは…硬いな。これだけの硬度を持っている物質はそうは無い。これで武器とか造れるといいのだけれど…」
「確かにね。だが、それにはまだまだ量が足りないだろうよ」
「そうだね…まぁ、これは拾っておいて。先に進もう」
二本の尖塔の片方の最上階にたどり着くと、そこにはもう片方へと続く細いつり橋が掛かっている。
「これを渡る…のか?」
尖塔から下を覗き込んだアイリスが怯む。
「それしか無いだろうな。向こう側の塔を上る階段は見つからなかったからな」
「くっ…」
俺が肯定するとアイリスは恐怖と葛藤し始めた。
「こう言う物は恐れるほど足を踏み外す物だ。前だけを見てさっさと渡った方が良いだろう」
と言うと俺は塔の上をモンスターが飛んでいない事を確認するとスタスタとつり橋を渡り反対側の塔へと渡りきった。
「アイリス、大丈夫?」
と、ソラがアイリスを気に掛けるとアイリスは、
「だ、だいじょうぶだっ…!」
と気丈に振舞ってつり橋を渡り始める。
「わひゃっ!」
それでも怖かったのか、最後の3歩ほどは駆け足になり、それでつり橋が揺れてさらに怖い事になった事は割愛する。
最後はソラがつり橋を渡り、俺達は反対側の尖塔へとたどり着いた。
下に向かう階段を見つけ、塔を降りる。
「悟りの書は何処だろうか」
「さてね」
ここまでの道中もくまなく探してきたのだが、一向にそれらしき物は見つからない。
「もしかしてあっち側じゃない?」
と言ったソラが指差したのは床が抜け、行く事が出来なくなった反対側にある扉だ。
「確かに、もうあそこくらいしか調べてない所は無いね」
「くっ…だが、あんな所、どうやって行けばいいのよ」
と、アイリスが愚痴る。
「石壁の出っ張りに手を掛けながら、わずかに残った床の縁を足場に壁伝いに行けばなんとか?」
俺やソラだけならば別に飛んで行けば問題ないけど…アイリスの前でまだ飛べる事を明かすほど俺たちは親密では無いしね。
「あとはそれこそ外壁を登るか、降りるかするほか無いんじゃないかな?」
「くっ…今日の所は引き返しましょう。十分な装備を整えてから挑戦する事にするわ」
「ん、それがいいと思うよ」
アイリスの決定に了承し、俺たちは来た道を戻る。
途中に出くわしたメタルスライムは発見次第倒し、スカイドラゴンは見つからないように通り過ぎつつ、来た道を戻りガルナの塔を脱出した。
ガルナの塔の外延をベースキャンプにさらに二日間経験値を稼ぐと、俺たちはガルナの塔を後にしてダーマ神殿のある街へと戻る。
「素材を換金したら今日は何か美味しい物を食べようっ!」
「そうだね」
「まぁ、偶には良いわね。私も美味しい物が食べたい気分だわ」
と、俺の提案にソラとアイリスが了承したために、直ぐに道具屋へと直行し、換金を試みる。
スカイドラゴンの皮や爪などはそれなりの金額になったのだが、メタルスライムの鉱石は引き取ってくれなかった。
「どうしてですか?」
と、道具やの主人に問いかける。
「あんたも商人ならこれくらいはちゃんと知っておかなきゃならねぇ。その鉱石はメタルスライムを倒した時に拾えるもんだ」
俺たちもそうやって手に入れたのだからそれは知っている。
「その鉱石の硬度はとても硬い。それこそハンマーで叩こうがハンマーの方がひび割れるくらいだ」
ほうほう。
「つまりな、そんな鉱石を打てる鍛冶師がいねぇんだよ。武器にならねぇならただの硬い石ころでしかねぇ」
な、なんだってー!?
しょんぼりして店を出る。
ただ、帰りしなに道具屋の主人が東の地のジパングと言う国にはとても高度な鋳造技術があると聞いたことが有ると言うが、今あの国には悪い噂があって商人達は誰も近寄りたがらないのだとか。
それにその話自体が眉唾物だと言っていた。
まぁ、そのまま投擲しても俺たちならかなりの物になるから一応ソルの格納領域にしまっておく事にする。
いつかきっと役に立つ日が来る事を信じて…
「そう言えば、夕飯を取る前にダーマ神殿に行きたいんだけど」
「え?どうして?」
「ガルナの塔で俺とソラは20レベルを超えて転職が可能になったから、転職してこようと思って」
問い返したアイリスのそう答える。
「なっ!?ちょっと早過ぎない?私はまだ13レベルなのだけど」
13レベルもこのペースでは普通ありえないのではなかろうか?それほどメタルスライムの経験値は大きい。
「商人はレベルアップが速いと書いてあったしね。そんなもんだろう」
と言って追求を誤魔化した。
久しぶり訪れたダーマ神殿。
門兵に事を伝えると、しばらくして広間へと連れてこられる。
「汝らは…再び転職と申すか?…ふむ。どうやら条件は満たしておるようじゃ。汝らのようにこんなに早く転職した物など、私がこの職についてから一度も無き事。…まあ良い。汝に新しき道が指し示されん事を」
と、神官が短く呪文を唱えると、俺は遊び人になろうと心に思う。
「ふむ。これで汝らは遊び人として生きていく事となった。汝らの進む道に多喜あらん事を」
ダーマ神殿を辞した俺たちだが、ぶっちゃけ遊び人ってどう言う職業なのだろうか?
特に変わった所は無いのだが…まぁいいか。
転職してレベルが1に戻ってしまった事を受けて俺たちはまたしばらくダーマ神殿付近を根城に経験値を稼ぐ。
アイリスはガルナの塔への再挑戦が遠のいた事に焦りを覚えているが、戦力である俺とソラのレベルを上げなくてはガルナの塔の攻略が難しいのは分かっている。
燻りながらも二週間。俺たちはじっくりとレベルアップに勤しんだ。途中、遊び人のスキル「くちぶえ」を覚えると、経験値稼ぎの効率が上がるった。
これはモンスターの闘争心に火をつけ、神経を逆なでするのか、口笛の音を聞きつけると遠くからモンスターが襲い掛かってくるのだが、これは街の付近では使わないのが常識であるために、俺たちは街から離れ、山すそ辺りで経験値を稼いでいた。
「そろそろガルナの塔に再挑戦しましょう」
まぁ、そろそろ言い出す頃合だとは思っていた。
焦っているように感じられるアイリスにしては良く二週間以上も我慢した方か。
俺たちの戦力が以前と変わらないと踏んだアイリスはガルナの塔への再挑戦を決める。
食料やあの反対側の入り口へと渡るロープを購入し、ガルナの塔へ。
「バギっ!」
アイリスの放ったバギの呪文。現れ出でた真空の刃がスカイドラゴンが吐いた炎を引き裂いた。
「今っ!」
「はいよっ!」
「うん」
俺とソラが左右からスカイドラゴンへと切りかかる。
グラァァァァァ…
断末魔を上げてスカイドラゴンが沈黙した。
「ナイス援護」
「いい援護でした」
俺とソラはアイリスを労った。
「この間の突風でスカイドラゴンの炎が押し戻されたのを思い出したんです」
なるほどね。
「それじゃ、スカイドラゴンが出た時はそう言う手はずで行った方がいいかな」
「はい。だけど、私のマジックポイントもそう多くないから、余り多用は出来ないわ」
そう都合よく行くわけは無い…と。
塔を上り、つり橋を越え、反対側の塔へ。そして先日諦めた床の落ちた広間へとやって来た。
ロープにフックを取り付け、反対側へと投げつける。
「よっとっ!」
しっかりと引っ張り、十分にフックが引っかかった事を確認すると、反対側を柱に結びつける。これで一応ロープが掛かったわけだ。
「誰から行く?」
重量の問題もあり、全員で一度に行く事は不可能だろう。
「うっ…」
と、ここに来てアイリスが尻込みを着いた。
「仕方ない…俺が先に行って向こう側の安全を確保する。その次はアイリスが来い。ソラは悪いけれど最後でお願い」
「わ、分かったわ…」
「ん。気をつけて、アオ」
二人に見送られながらロープを掴むと振り子の勢いで体を振り勢いを付けると腕を交互に動かしロープを進む。
無事着地すると、俺は背嚢からもう一本ロープを出し、反対側に投げつけた。
「な、何?」
「アイリス、それを体に巻きつけろ。もし落ちても引き上げてやる」
反対側のロープは俺がしっかりと持っている。
「う、うん…」
返ってくる返事も元気が無い。
ソラの手も借りて何とかロープを縛ると、意を決してロープを渡る。
「大丈夫…怖くない…大丈夫…」
前だけを見て渡りきれば問題なかったのだろうが…しかし、アイリスは恐怖からか下を確認してしまった。
「あっ…」
意識が下へと向いた瞬間、自分の体重を支えられなくなって手を離してしまったアイリスは、そのまま奈落へと落下する。
「きゃああああああああああああああああっ!?ぐぇっ」
「アイリスっ!?」
ソラの絶叫。
「まったく…世話の焼ける…」
俺は四肢を強化し、ロープを力いっぱい握り締めアイリスの落下を止めた。
一種のバンジージャンプ状態になったアイリスは振り子のように揺られながら空中に揺れている。
引き上げると腰をさすりながら命が助かった事をアイリスは喜んだ。
「あ、ありがとう…そしてごめん」
「まぁいいよ。それよりホイミ掛けておいたら?腰に結構なダメージが有っただろう」
「そうする…」
その後、ソラが吊りロープなど何の事は無いようにひょうひょいと渡り終えると、ロープはこのままにして、先に進む。
扉を潜ると、そこはこの塔の中で一番破壊された場所だった。
壁に彫られていたであろう像はことごとく倒され、経文が書いてあったであろう石碑はようやくそうと分かるほどに粉々だ。
誰がこのような事をしたのか分からないが、特に念入りに破壊されていた。
「ここは……何か有ったのでしょうね」
「だろうな」
アイリスの言葉を俺は肯定する。
「モンスターと戦った跡なんじゃないかな。この塔のあちこちも数多くの戦痕があったしね」
確かにこの塔はモンスターの体当たりで崩れたと思われるところや。剣で抉られた跡などが所々に見受けられた。
人間の白骨が見当たらないのは、逃げたのか…それともモンスターに食い散らかされて他のそれらと見分けがつかない為か…そんな所だろう。
「ここで行き止まりみたい…悟りの書は何処にあるのかしら」
見渡す限り破壊された瓦礫が散らばっているが、ここを襲ったモンスターに目的があったのなら、きっと悟りの書だったのではないだろうか。
魔法使いと僧侶の呪文を同時に覚える魔法のエキスパート。そんな者の誕生は魔王にしても厄介なだけだろうし。…ダーマ神殿が堕ちてないのはそこに街が有り、それなりの防衛力を誇るが故だろうか。
探し始めるアイリスだが破壊されていても調度品の類はほとんど無い部屋なのだ。幾らもしない内に探し終えてしまう。
「無い……」
アイリスが諦められずにもう一度あちこち探している、そんな時ソラが何かを発見した。
「アオ、多分あそこ」
「有ったのか?」
「念のため『凝』をしてみたの、そしたらあそこに微かにオーラを感じるから」
と言われて俺も慌てて凝をしてソラが指差す方を見る。
するとほのかに床下にオーラが纏わり付いているのが見えた。
「何か見つけたの?」
俺とソラが同一方向を見ていることに気がついたのだろう。アイリスが問いかけてきた。
「多分ここ」
そう言うと、ソラはすたすたと歩き、部屋の左端へと移動すると、足元のタイルをはがし始める。
アイリスは駆け足で寄り、俺も遅れて合流すると、既にソラが光る珠の様な物を取り出していた。
「これ?…ぜんぜん書って感じがしないのだけれど」
「私はそれがどういう物か見た事は無いから分からないよ。アイリスは見たこと有るの?」
はい、とソラはその珠をアイリスに渡す。
「無いわよ。有るわけ無いわ」
と言ったアイリスに俺も言葉を掛ける。
「でもまぁ、隠してあった物だしね、何か大事なものなのは確かだろう」
「そうかしら…」
未だ半信半疑のアイリス。しかし、探索を続けても他にそれっぽい物は発見できなかった。
いつまでもここに居てもしょうがないと、掛けたロープをまた自身の腕力で体重を支えて渡り、命綱をつけたアイリスが今度は下を見ないように一気に渡りきり、塔を降りる。
食料は多めに持ってきているので、塔の外で張ったベースキャンプで休みながら俺たちはしばらくこのガルナの塔で経験値稼ぎをする計画だ。
二週間、このガルナの塔近辺で経験値を稼ぎ、食料も残りは帰る分くらいとなった頃、俺たちのレベルは20まで上がっていた。
やはりメタルスライムの経験値は大きいらしい。
今日は早めに切り上げ、簡素な夕食を済ませると、焚き火で暖を取っていたアイリスは、この間手に入れた悟りの書と思われる珠を取り出し、眺めていた。
「また眺めているのか?」
「…まぁね。本当にこれが悟りの書なのかな?」
「それは分からないよ」
「でもそれ以外にそれっぽいのは見つからなかったじゃない」
と、ソラが言う。
「…そうなんだけど」
と、そう言って焚き火にかざして見ていたアイリスだが、バチッと焚き火が爆ぜるとその火の粉に驚きその珠を落としてしまった。
「アチッ!」
不運にも手の甲に当たった火の粉にアイリスは反射的に手を振ってしまい、その手から珠が放り投げられる。
「あ……」
ガシャンッパリンッ…
地面に叩きつけられたそれは音を立てて崩れ去ってしまった。
「ちょっ!?」
「あ、アイリスっ!何やっているの」
「わ、割れちゃったよ!?」
俺とソラが問い詰めるまでもなく、アイリスはパニック気味に叫んでいた。
「ど、どどどどうしよう!?」
どうしようと言われても…ね?
うーむ、クロックマスターを使えば直るか?と破片を拾おうとした時、割れた珠から煙が立ち昇る。
「こ、今度は何!?」
煙と言うより光の粒子と言った方が近いかもしれない。それが見る見るうちに集まり、形を作っていき初老くらいの年齢の一人の男性が現れる。
『今、目の前に居る者が心正しき者である事を祈る』
突然現れた男性が、立体映像のように聞き手を認識することなく話し始めた。
「な、なにこれ!?」
「し、知らないよっ!」
「私も…」
アイリスに問われても俺もソラも知る訳が無い。
『魔王バラモスの手先は賢者への悟りを開く修行場であったこの塔を攻めてきた。全ての魔法を扱える賢者は魔王ですら恐れる存在であると言う事だろう。この塔を管理する我らは逃げずに戦う。しかし敵の数は多く。おそらく滅ぼされるだろう。だが、ダーマの方まで滅ぼされてしまっては我ら人間に対抗する手段がなくなってしまうが、そこは祈るばかりだ』
これは思念の類だろうか。
『私はおそらく殺される。それ故に私は、私の知識を封じ込め、ここに隠す。賢者はこの世の希望を助ける存在だ。私の知識を受け取った人物が魔王バラモスを打ち破る存在である事を祈る』
そう言うとその男性は再び光の粒子に成り、俺たちへと吸収されるように消えていった。
「な、何だったの?」
「知識を封じたと言っていたけど…」
「特に何か変わった所は無いわね。アイリスは?」
アイリスの問いに俺とソラがそう答えた。
「特に何も…」
「あの男性が何を思ってこんな物を残したのか。いや、きっと意味はあったのだろう。それを俺たちが受け取れたのかは分からないけれどね」
「あの男性はバラモスの使いのモンスターと戦ったのよね」
「多分ね」
そう俺はアイリスに返す。
「…彼は何のために死ぬと分かっていて戦いを挑んだのかしら…」
「さあ。彼が何を思い、そして戦ったのか。それは俺たちには分からない事だよ。…ただ、彼は自分の信念に基づき行動したんだろうね。人々の希望であるこの塔を守る。それが彼の意思であり、世界の為であると信じて」
「……そうかな?」
「たぶんね」
アイリスは何事かを考えているようだったが、一人で考え続けているようで、声を掛ける事は躊躇われた。
「あ、そう言えばあれが賢者の悟りだと仮定すると、これで転職条件を満たしたんじゃない?」
しばらくして、ソラがそう言えばと思い出して言った。
「あ、そうかもね。どう思う?アイリス」
「そうだと良いのだけれど…これは試してみない事には分からない事ね。ダーマに戻ったら試してみましょう」
それが良いかも知れない。取り合えず今は考えても分からない事だろう。
交代で火の番をし、朝日が昇ると俺たちはダーマ神殿へと帰路に着く。
二日掛けてダーマ神殿へと戻ると直ぐに宿を取り、ふかふかの寝台で二週間分の疲れを癒す。
俺もとても疲れていたのか、早い時間で就寝したのだが、皆が起きたのは次の日のお昼頃。既に太陽は中天を指す頃だった。
3回目のダーマ神殿。
こんなに早く3回も訪れた俺たちをほんの少し驚いた表情で見た後に、門兵は神官に取り次いだ。
「こんなに速くここへ訪れた人間は未だかつていない。汝らはとても早熟のようだ」
驚きと、少しの呆れを含んだような表情で神官は俺たちを見て言うと、仕事はこなすと祝詞を唱えた。
遊び人からは賢者になれる。そう書いてあったあの本を信じ、賢者への転職を心に願う。
すると突然頭の中に二つの魔法の呪文と理が刻まれるような感覚があった。
『ホイミ』と『メラ』
回復の初級魔法と火球の初級魔法である。
転職を終えた俺たちは、ダーマ神官に見送られ街へと戻り、昼食のためにカフェへとより、そこで現状を確認する。
「賢者に成れたわ」
「ああ、俺もだ」
「私も」
アイリスの切り出した話題に俺とソラも賢者に転職できたと答えた。
「賢者なんて長い修行の末に悟りを開いた者しかなる事は出来ないんだって言われていたのに…案外あっけないものなのね」
この世界の常識的にはまずありえないことなのだろう。まぁ、レベルを20まで上げると言うのも実際はかなりの時間と、相応の危険があるのだから、それこそ年単位掛かるのが普通なのだが…やはりメタルスライム様々である。
「で、どうするの?これからまたレベル上げの修行?」
「そうね。ここで最後の呪文。えっと…『パルプンテ』と『メガンテ』を覚えるまで上げると後が楽って有るのよね?」
「そうだね。だけど、効果を考えるとその二つは要らないんじゃないかな?特に『メガンテ』なんて絶対に要らない。自己犠牲の魔法なんて必要ないよ」
「……でも、自分を犠牲にしてまで守りたいものが有るなら…ううん、なんでも無いわ。忘れて。…うん。メガンテは要らないわね。でも、極大呪文の習得まではガルナの塔へ篭る事になると思う。3ヶ月か、半年か」
賢者のレベルは特に上がりにくいらしい。それに加え、レベルは高くなればなるほど上がりづらくなるようだ。
「その後は盗賊に転職するんでしょう?そうなると1年以上ここで戦い続ける事になるかもしれないよ」
と言うソラだが、実際はどうだろうか。ガルナの塔周辺にはメタルスライムが巣を作っている。しかし、狩り続けていけばいずれ駆逐する。
いつまでも何て事は無理な話だ。
俺の見積もりではおよそ二ヶ月。ガルナの塔周辺のモンスターを狩りつくすのにはそれくらいあれば十分だろう。
それでどれくらいのレベルが上がるだろうか…
結局、ガルナの塔のモンスターを狩りつくすのに一月半、レベルは23レベルで打ち止めになってしまった。
ルーラと言う魔法を覚えた後、ガルナの塔とダーマ神殿の往復が比較的短時間に足り、食料の補充に戻る時間を短縮できた結果だ。
『ルーラ』は思い浮かべた場所へと飛翔して飛んでいく魔法である。弓なりに弧を描いて空中を飛んでいくのだが、その間の針路変更は出来ないし、移動先のイメージが分からないと使えない。便利なようで不便な魔法であった。
ゲームで有ればおそらくこれは街から街へと移動する魔法だろう。あの本にもそう書いてある。…しかし、ここではそんなに便利な魔法じゃなかった。
国際線の飛行機がどれくらいの速度で飛んで、どれくらいの時間が掛かっているのかを思い浮かべてくれれば分かるだろう。
つまり、この魔法で世界を飛び回るなんて自殺行為だという事だ。精々が一つの街を飛ぶくらいな物だろう。
したがって、移動はもっぱら船や馬車、もしくは徒歩になるのがこの世界での常識だった。
俺たちは今、レベルアップも望めないと、ダーマ神殿を離れ、商人の船に同乗して一路ジパングへと赴いている。
このままここに居てもレベルが上がらないとアイリスと話し合った結果、貯まったメタルスライムの鉱石を鋳造出来るかもしれない人物がいると言うジパングを目指す事になった。
本当は『星振る腕輪』と言う自分の素早さを上げてくれるマジックアイテムが眠るイシスへと行きたいと言う考えも浮かんだが、ダーマ神殿からイシス(エジプト)への移動は何ヶ月掛かるか分からない以上にそこは砂漠地帯を通らなければならない。それはかなり厳しいだろう。
それならばと、まずは船で移動できるジパングへと赴くと決定したのだった。
ダーマ神殿から程近い港から河を下り、南シナ海にでると北上し、東シナ海を抜け、今で言う九州を通って関東の方へと周り、ジパングの港へと到着する。
掛かった時間は二週間と言うところだろうか。
荒れる海をものともしない船に、この時代の技術の高さを窺わせた。
港に接岸すると、商人たちがいそいそと、しかしこの港町から出ずに商品の受け渡しをジパングの商人としていた。
「ここがジパング…」
「の、玄関と言った所だろうな。大きな街はここから三日行った所に有るようだ」
「商人達はこの港町を出る気は無いそうよ」
俺がアイリスの呟きに答え、ソラがこれからどうするのかと聞いた。
「あの本にはこの国はヤマタノオロチが巣食っていて若い女性を生贄に捧げていると書いてあったし、商人達の話とも一致するね」
だから乗り合わせた商人達はこの港町で商品を仕入れたら直ぐに別の所へと行ってそこで行商に出るのだろう。
「行ってみれば分かる事よ。それに、私達の目的は剣を作ってくれるかもしれない人物に会いに行く事よ。オロチを倒すことじゃないのだけれど…あいつの邪魔を出来るのなら倒してしまいたいわね。えっと、パープルオーブだっけ?それを手に入れてしまえばラーミアの復活は絶対に出来ないのだし」
久しぶりに表面に出てきたアイリスのダークサイド。彼女のこの問題は相当に根深いらしい。
商人達の話し合いが終わるのを待って、ジパングの商人が戻るのに同行させてもらう。
この辺りの地理に詳しくないので無闇に歩き回って野山で野垂れ死にとかは避けたい所。
道中の護衛を受ける事で、同行の交渉は成立。三日掛けて歩き、ジパングで一番大きな街へと到着した。
「これは…古代日本って言う感じだね。…まぁ見た事は無いんだけど」
「うん。ただ、文化レベルは平安のそれに近い…かな?寝殿造りって感じの建物が見えるね」
俺の言葉に返したソラ。
「あれは権力者の屋敷だろうね…たぶんヒミコの屋敷じゃないのか?」
「たぶんね」
このジパングに出てくるらしいヤマタノオロチは実質支配しているヒミコと言うリーダーの化身らしい。
「……何かとても暗い雰囲気が立ち込めていて人々に活気が無いわね」
キョロキョロと周りを見渡したアイリスが言う。
「アリアハンやダーマ神殿の辺りは、魔王バラモスの手下が来ようが守ってくれる兵士や戦力があった。だけど、ここの人達は供物を捧げることによってヤマタノオロチの暴挙を鎮めている。つまり一種の屈服だ。反抗精神が無いのだから日々に希望や活気が抜け落ちるのは仕方が無い事じゃないかな」
「…そう…なのかな」
そんな事よりも、まずは目的を果たさないと。
鍛冶屋を回り、メタルスライムの死骸を見せ、打てる職人を探す。
しかし、やはり硬すぎて打てないと言われ、ならば以前聞いた噂を話題に出し、誰か居ないかと問いかけると、少し山に入った所に居る鍛冶師が良い腕をしていて、以前このジパングにやってきた勇者に剣を打ってやったと言う。
「勇者…」
「お前の父親の事だろうな」
勇者オルテガ。バラモス討伐に出て、火山の河口で命を落としたらしい。
あれから10年。アイリスの苦行の原因を作った人物でもある。
ついでにその彼は死んでいない。物語の最終で主人公の目の前でモンスターに倒され、息を引き取るらしい。
これを伝えた時のアイリスは何ともいえない表情を浮かべていた。
噂の鍛冶師はここから徒歩で半日の所に居るらしい。その為その日はこのジパングの街で宿を取り、消耗品や食料を買い就寝。次の日の朝から街を出て、山の方へ半日ほどの行程を歩くと、大き目の炉が有るのか、煙がもうもうと立ち上がる家が見えてくる。
「ここ?」
「他にそれらしいのは見当たらないね」
アイリスの呟きに答えると俺は彼女を促す。
「すみませーん」
コンコンとノックをし、反応を確かめる。しかし、中から反応が返ってこない。
「留守かな?」
「火を焚いて外出する人は居ないと思う」
炉には火が焚かれているのか煙を放っている。そんな状況で外出しているのならいつ火事になってもおかしくないだろう。
「どうする?中には居るようだけれど、出直す?」
アイリスに問いかけると否と首を振り、扉を引いた。
ザーっと横に扉を引くとアイリスは中に入る。
「すみませーん」
「あ、アイリス!?」
「無断で入っちゃだめだよ」
と言う俺たちの制止も聞かずに中へと入るアイリス。
それに付いて俺たちも中に入ると、中はむせ返るほどの熱気が立ち篭り、奥から何かを叩くような音が聞こえてくる。
カーンッカーンッカーンッ
音に近づくように移動すると、そこには初老の男性が一心に金槌を振っていた。
カツーンカツーンと打ち付けると少しずつ鍛えられていく玉鋼。
それは一本の直剣の形をしている。
鬼気迫る感じに一心不乱に武器を作っている男性に、俺たちは飲まれるように声を発さずに彼の作業が終わるのを待っていた。
カツカツカツッ…ジューー
打ち終わったのか冷水で冷やし、刃を見るように水平に持ち上げて片目を閉じて見ている。
そこでようやく金槌を置いた。
「なんじゃ、おぬしらは…」
一仕事終え、此方をやっと認識したようだ。凄まじい集中力だった。
「はじめまして。私はアイリスと言います。こちらは私の旅の仲間でアオとソラ」
アイリスが紹介するので俺とソラも頭を下げて会釈する。
「ワシはスサじゃ。おぬしらはここに何をしに…と言うのは愚問じゃの。鍛冶師を訪ねて来るのだから剣を打ってもらいに来たのじゃろうて」
「はい」
「じゃが…ワシは忙しい。他を当たってくれ」
「え、でも私達にはあなただけが頼りなのですがっ!」
食い下がるアイリスを無視してスサと名乗った老人は出来たばかりの剣を手に持つと鍛冶場を出て家の裏へと回る。
急いで追いかけると、スサは出来たばかりの直剣を振りかぶると、勢い良く鉄板に向かって振り下ろす。
するとバキンッと音を立てて出来たばかりの剣が折れてしまった。
出来たばかりの剣で鋼鉄を斬りつければ当然の結果かもしれない。
「な、何を…」
周りを見ればそこかしこに折れた剣が打ち捨てられている。ここは剣の墓場のようだった。
「また折れたか…」
感慨も無く呟くとスサは手に持っていた柄を放り捨てた。
「なんだ?まだ居たのか。ワシは忙しいと言うたろうが」
「何をなさっていたのですか?」
「見て分からんのか?」
「はい」
とアイリスが答える。
「出来た剣で鉄板を斬ったのじゃ。まぁ、結果は剣の方が折れたがの」
「それは見れば分かります。そうでは無くて、どうしてそのような事を?私には剣の良し悪しは詳しくは分かりません。…しかし、ひと目でその剣が立派な物だと感じました。それほどの物なのに、どうして」
そのような事をしているのか、とアイリスはスサに問いかける。
「鉄板を斬りつけたくらいで折れてはダメなのじゃ、あのオロチを両断する為には…な」
オロチ…おそらくヤマタノオロチの事だろう。
「オロチ…ヤマタノオロチを倒すつもりなのですか?鍛冶師であるあなたが?」
「そうじゃ。ワシはあのオロチを倒す。それだけがワシに出来るクシナダと義息子への手向けじゃ」
「お二人はその…ヤマタノオロチに…?」
「そうじゃ。ヒミコさまに次の生贄と告げられ、娘は供物に捧げられた。助けに行ったあのバカも帰ってこん。おそらく二人とも殺されたじゃろうて」
これは復讐だ。
それ故に彼は自分の魂すら燃やして剣を鍛える。ヤマタノオロチを確実に切裂ける剣を打ち、その化物を討ち取る為に。
「じゃが、何本打っても改心の一振りは作れん。最上の玉鋼ですら鉄を斬る事はかなわん。…これではあの化物の鱗は切裂けんよ」
討伐に赴いた戦士の悉くがその刃が通らずに敗退していると彼は言った。
「もっと硬い金属で無ければ…じゃが、この辺りでは採掘はされん…」
顔を曇らせたスサだが、これは交渉のチャンスでは無いか?
俺は携えた結構大きめの袋からメタルスライムの死骸を手に取ると話に割って入る。
「スサさん。これを見てくれませんか?」
「なんじゃ?」
と、俺が手を差し出すとおずおずと彼も手を伸ばし、その手のひらにその鉱石を転がした。
「……これは?」
「とても硬いモンスターの死骸です。その硬度はそこらの鉄より余程硬い」
「なんと…!」
「ですが、その硬度故にそれを加工出来る人が居ないのですよ」
「……この鉱石はまだ有るのか?」
在庫はどれくらいあるのかと聞いているのだろう。
ガルナの塔で修行中、倒したメタルスライムの死骸は役に立たずとも拾い集めていたのでかなりの量がある。
「この袋の中が全部それです」
「……つまり、これでお前達の武器を作れば残りはワシが貰ってもよいのじゃな?」
分かってらっしゃるねこの人は。
「はい。…あ、でも一本で構いませんよ。アイリスの分だけで」
「え?そうなの?」
これに驚いたのはスサよりもアイリスだった。
「俺たちは相棒が有るからね」
と、ソルを持ち出して見せた。
「少し見せてくれぬか?」
刀匠ゆえに反りのあるこの剣が気になったのだろう。
特に問題は無いので鞘から抜き放ち見せる。
「反りの入った片刃の剣。じゃが、これでは振り下ろしたときの威力に欠けるのではないか?」
「この剣は引き斬る事や突く事を目的にしているので、重量による破壊は考えてないんですよ」
「なるほど」
鍛冶師にしても珍しい物だったのだろう。この時代の剣は直剣が殆どで、幾らここがジパングと言う国名であり、現代日本列島に酷似していたとしても日本刀なんてものは存在しない。
「二週間じゃ」
スサが指を二本立て、俺たちに期限を示した。
「二週間あれば鍛冶師のプライドに掛けてこの金属で必ず剣を打ってやる」
「あ、ありがとうございますっ!」
アイリスがスサに礼を言う。
二週間、俺達はジパングの街に留まり、レベル上げをしつつ時を過ごした。
二週間後、スサの工房を訪ねると、一本の直剣がテーブルの上に据えられているだけで、スサの姿が見当たらない。
「スサさん?」
キョロキョロと辺りを見渡し、工房の中を探すがスサの姿は無かった。
変わりに書置きが一枚見つかっただけだ。
それを読むと、打ち上がった剣はテーブルの上に置いてあるから好きに持って行けとの事。
「これは…?」
「たぶん、オロチの洞窟に向かったんじゃないかな…」
俺の呟きにソラが答える。
「っ!スサさんっ!」
「アイリスっ!」
俺が呼び止める声も聞かずにアイリスはテーブルに上がっていたメタルスライムの剣を掴むと、工房を出て真っ直ぐにオロチの洞窟へと掛けて行く。
「くっ…ソラっ!」
「うんっ!」
俺が言いたい事は分かってくれたようだ。
俺達も急いでアイリスの後を追う。
岩山の洞窟のような入り口の前でアイリスに追いつくと、彼女の両肩をぐっと掴み、動きを抑えて振り向かせた。
「何っ!?」
「スサを助けに行くのか?」
「そんなの当然じゃないっ!離してっ、私は一人でも行くわよっ」
アレだけひねくれて見せておいて、彼女の根幹はやはり勇者なのだろう。人々を助けなければ成らないと言う脅迫観念が身のうちから囁かれ、それに対抗し得ない。それはもはや呪いに近い。
「…しょうがない。俺達も一緒に行ってやるよ。だけど、目的を間違えちゃだめだ」
「え?」
「スサを助ける事が目的であってヤマタノオロチを倒す事が目的じゃないだろう?」
「それは…」
何か反論しそうになったアイリスを促して洞窟の中へと入る。
マグマが流れているのか、中は生暖かい。有毒ガスの有無が心配だが、生贄の祭壇までは街の人も護衛として行き来しているようなので問題はないだろう。
奥へ向かうごとに熱気が増し、汗が流れ出るが、それを気に留めている暇は無い。
グラララララララ…
奥から何か巨獣が鳴く声がひっきりなしに聞こえてくるのだ。
さらに洞窟を揺らす振動も響いてくる。これはおそらく誰かがヤマタノオロチと戦っていると言う事だろう。
音が聞こえる方へと足を進めると生贄を祭る祭壇の奥に幾つもの頭を持つ竜のような怪物が、アギトを広げ、祭壇の上で剣を振っている誰かを食いちぎろうと襲い掛かっている。
「スサさんっ!」
アイリスが呼び声を上げて祭壇を駆け上がる。
「ぬ?お前達、来てはならぬっ!」
スサの手にはメタルスライムの鉱石で出来た反りのある一本の剣があり、それでヤマタノオロチの猛攻を切り伏せていた。
その剣はどう見ても日本刀なのだが、その質量に比べてその硬度が高いメタルスライム鉱石のお陰か、折れることなくヤマタノオロチの攻撃を捌いていた。
が、しかし。スサがアイリスの声に反応して一瞬後ろを気にしたその隙をヤマタノオロチは見逃さず、大きなアギトでスサを咥え込み、ギチギチと噛み切らんと力を込めた。
「スサさんっ!」
アイリスは絶叫し、直ぐにメタルスライムの剣を抜き放つとスサを咥え込んでいる頭に振り下ろし、一刀にて切り落とした。
『ギャオオオオオオオオっ』
切り落とされた痛みに叫び声を上げるヤマタノオロチ。
アイリスは直ぐにスサをそのアギトから救出しようと両断した頭に近づくが、そうはうまくは行かない。
ヤマタノオロチが残った7本の頭でアイリスを攻撃してきたのだ。
さらに、切り落とされた八本目は驚異的な再生能力で再生され、頭の数が元に戻ってしまっている。
「くっ…」
「アイリスっ!」
劣勢のアイリスに俺とソラも加勢に入ろうと駆け出すと、頭の一つが大きく息を吸い込んだ。その口からは炎が漏れ出しているのが見える。
マズイっ!やつは食い殺すのを止めて俺達を焼き払う気だっ!
ついにそのアギトが開き、その喉の奥から燃え盛る火炎が吐き出される。
「ベギラマっ!」
右手を突き出し、そこから閃光の魔法を撃ち出して、炎が拡散する前に拮抗させる事に成功したが、向こうの頭は一つだけではなかった。
二つ目の頭が更に火炎を吐き出す準備をしている。
「アイリスっ!スサさんを速くっ…ソラっ!」
「うん、ベギラマっ!」
俺はアイリスにスサの救出を急がせ、ソラに援護を頼む。
その隙にアイリスは血だらけのスサを連れて祭壇を下りる。べホイミの呪文でスサの体を癒す事も忘れては居ない。
さらに三つ目の頭が火炎を吐き出そうとしている事が、それは流石にマズイ。
「アイリスっ、イオラだっ!」
「え?」
「速くっ!」
「う、うん…イオラっ!」
「グラララララっ!」
ヤマタノオロチに向かって放たれた爆発の呪文が、オロチを怯ませ吐き出していたアギトも爆風で上を向く。
「今だっ!」
撤退だと、急いで俺達は祭壇の間を抜け出す。
「まてっ!ワシは逃げるわけには行かぬっ!」
喚くスサだが、状況を考えろっ!
スサを拘束して洞窟内を駆けていると、地響きが聞こえ、地面がグラグラと揺れ、訓練の無いものには立っていられないほどの衝撃が走る。
「なっ何だっ!?」
衝撃は足元から来ているみたいだった。
段々とその衝撃が強くなると、ピシリと音を立てて足元の地面がひび割れ、そこからヤマタノオロチの首がアギトを開けて現れる。
「なっ!地面を掘り進んできたと言うのかっ!」
しかも、悪い事に愚図っていたスサをたしなめるように引き連れていたアイリスは俺達とは反対側に避けたようで、スサとアイリス、俺とソラとで狭い洞窟内で囲む形になってしまった。
俺達のほうはこのまま逃げ去れば洞窟の外へと出られるだろうが、アイリスとスサはヤマタノオロチが邪魔をして不可能だろう。
「くっ…倒すしかないか…」
アイリスとスサにはヤマタノオロチの巨体が邪魔をしてうまく連携は見込めない。
考えている間にヤマタノオロチはその巨体を全て外へと出してしまった。
「娘の仇じゃっ!」
「スサさんっ!」
スサは今は正気を保ってはおらず、折角救出したと言うのに自分の身も顧みずに突撃していった。
それでも彼の身のこなしは一流なのか、せまり来るヤマタノオロチの首を持っていた剣で切裂きつつ進むと、オロチが回転するように体を動かした。
鞭のようにしなりながらスサを襲ったのはヤマタノオロチの尻尾だ。
「ぐぬっ」
スサはしなる尻尾を巧みな体さばきで避けると、その尻尾を両断せんと持っていた刀を振り下ろす…が、しかし。
ガキィンと言う甲高い音を立てて弾かれてしまった。
「なにっ!?」
「危ないっ!」
再度襲い掛かろうとしていたヤマタノオロチの尻尾からアイリスがスサの体を突き飛ばし、一緒になって地面に転がった。
「なっ!?天羽々斬剣が欠けたじゃと!?」
それには俺もビックリだ。メタルスライム鉱石で出来ているであろう刀が欠けるとは…
「スサさんっ危ないっ!」
スサ目掛けて振り替えされた尻尾が襲い掛かる。
「ぐぁっ…!」
「きゃっ…」
尻尾に弾き飛ばされたスサはアイリスを諸共に吹き飛ばされ、後ろの壁に激突、そのまま二人とも気絶してしまった。
「アイリスっ!」
「スサさんっ!」
ソラと俺が声を張り上げて安否の確認をするが、此処からでは分からない。気絶している事は分かるのだが…
だが、まぁそれはそれで都合が良いか。
二人の事は心配だが、これで心置きなく切り札が切れる。
「ソラっ下がってっ!」
「うんっ」
ヤマタノオロチと斬り結んでいたソラに声を掛け、下がらせると、体内のオーラを爆発させた。
「スサノオっ!」
ガイコツの骨組みが現れ、段々と肉付いていって最後は鎧甲冑に包まれた益荒男へと変化した。
「グラララララっ!」
ヤマタノオロチは咆哮を上げると、その三つの口から燃え盛る火炎を吐き出した。
それを俺はヤタノカガミでガードしつつ、右手に持った瓢箪を振ると中から酒が飛び散るようにして一振りの剣が現れた。
そう、十拳剣である。
俺はヤタノカガミで炎をガードしつつ、十拳剣で一本一本ヤマタノオロチの頭を切り落とし、再生する前に天照を行使し、その黒い炎で傷口を焼いて行く。
するとどうだろう。切り落としただけでは再生してしまっていた頭も焼かれた後では再生できずに苦しんでいるようだ。
「ギャオオオオオっ!」
鳴き声を上げるヤマタノオロチへ、ブオンと音を立てて十拳剣を振るい頭を次々と落としていく。
そしてついに八本目の頭を切り落とすとその巨体は音を立てて倒れこみ、立ち上がる事は無かった。
完全に相手のオーラが消えた事を確認するとそこでようやく俺もスサノオを解く。
「アイリス、スサさん」
俺の横をソラがすり抜けるように駆け、アイリスとスサの容態を確かめに行った。
俺も遅れて歩み寄る。
「よかった、気絶しているだけみたい」
ソラが容態を確認すると、覚醒の呪文を唱えた。
「ザメハ」
「う…うん…」
「くっ…うぅ…」
「二人とも、起きたか?」
「はっ!ヤマタノオロチは…?」
スサの声に俺は体をどかしてヤマタノオロチの死体を見せる。
「なんと…これは…」
「アオとソラが倒したの?」
「まぁね」
二人が気絶したから死に物狂いで倒したよと誤魔化す。
二人も見ていないのだから、信じるほかはあるまい。
「そうか…ヤマタノオロチは死んだか…これでやっと娘もあのバカ婿も天国に行けるじゃろうて」
ジパングの住民を苦しめてきた怪物ではあるが、強大であったがためにその皮や骨などは良質の武器防具の材料になるだろう。
俺達は出来る範囲で皮を剥ぎ、牙をへし折って持ち帰ることにした。その途中、スサが振り下ろした刀を弾き、その刀を欠けさせた尻尾から鉄心のような塊が表れた。
「これは…何かの鉱物じゃな。このメタルスライムで作った刀を欠けさせるほどのものじゃ、おそらくそれ以上の硬度を持っているじゃろう」
そう言うとその鉱物も持ち帰る。
「アオ…これ」
ソラが見つけたソレは、ヤマタノオロチの体内にあった紫色の球のようなものだ。
「それは?」
アイリスが尋ねる。
「パープルオーブだろう。あの攻略本にはそう書いて有った」
「そう…それが」
パープルオーブ。不死鳥ラーミアの復活に必要な神具である。
それをアイリスは何とも言えない表情で眺めていた。
「…一応持って帰るわ」
そう言ってアイリスはパープルオーブを道具袋にしまいこむと、ヤマタノオロチの解体作業も終わり、俺達は洞窟をでる。
洞窟を出て、街に戻り、スサがヤマタノオロチの脅威が去ったと伝え、住民が恐る恐る洞窟に踏み入れ死骸を確認した後、ジパングの人々から俺達は感謝され、余りにも英雄視されて居心地が悪くなった俺達はスサの家へと避難した。
一応ヤマタノオロチの正体であった国主であるヒミコは行方不明になっている為に混乱はあるのだが、それ以上に脅威の排除は嬉しいようだった。
アイリスの剣も打ってもらった俺達は、ジパングでするべき事も終わったので、どうしようかと話し合っていたのだが、スサがもうしばらくジパングに留まれないかと言ってきた。
理由を聞くと、ヤマタノオロチの素材を使い、剣と防具を作ってくれるらしい。
それは丁度良いとアイリスの防具を優先して作ってもらった。
出来上がった緑色の竜鱗のローブ。
「ドラゴンローブと言った所かの」
「へぇ、中々丈夫そうなローブだ」
「そこらの鎧なんかよりもよっぽど頑丈じゃな」
感嘆の声を上げるとスサがそう自慢した。
「私が装備して良いの?」
アイリスが俺とソラを振り返る。
「うん」
「俺達は大丈夫だから、アイリスが着れば良いよ」
「それじゃぁ…」
と言うと、早速ドラゴンローブを装備する。
剣を振るにも邪魔にならな様にスサが計算して作ったらしい。
「後はこれじゃ」
「これは?」
出されたのは一振りの日本刀だ。
「天叢雲剣と名付けた。ヤマタノオロチから出てきた金属を使って天羽々斬剣を鍛え直したものじゃ。今のこの世界にこれを越える剣は無いと自負しておるよ」
「これを?」
「お主らにやる。ワシの感謝の印じゃ。もって行ってくれ」
俺はアイリスとソラを見る。
「アオが使えば良いよ。私はそのカタナと言うものは使えないし」
「私もアオが使えば良いと思うよ」
「そう?それじゃぁ一応俺が使わせてもらおうかな」
ソルが抗議するようにピコピコ光ったが、二本を使う御神流にはやはり二刀が無いとね…ソラは戦斧状態が気に入ってるらしいから今は必要ないのだろう。
こうして武器を作りにきたジパングでは騒動に巻き込まれはしたが、大幅なパワーアップを果たし、次の目的地へと向かう。
ジパングから一度世界中の人々が集うダーマへと戻り、そこで次の目的地を決める事にする。
運良くイシスへとルーラの呪文を使い戻る人が居たので、お金を払いご一緒させていただく事にした。
ダーマから西へ幾つもの村を経由し、休み休みルーラを使いつつ移動を繰り返す事10日。
俺達はようやくイシスへと到着した。
ゲームなどでは移動呪文で一発で移動できる物は良く有るだろうが、ルーラは飛んで移動するのである。ジェット機並みの速度ならいざ知らず、人間が生身で耐えられる速度など高が知れる。幾ら移動呪文で空を飛んだからって一日で行ける距離はそう長くは無かった。
イシスの街に足を踏み入れる。
独特の石造りのその街は俺の感覚では古代エジプトを思わせる。
「ここがイシス…」
砂漠の中に有ると言うのに大きなオアシスに守られたそこは、照りつける太陽がじりじりと肌を焼くが、不思議とそこまで気温は高くない。
アリアハンを出て徒歩で旅をしているとしたら、勇者パーティはまだイシスへはたどり着いていないだろう。
「それで、どうするんだ?」
アイリスに問えば、この街から見える一番大きな建物を見るアイリス。
「当然、王宮へ行くわ」
イシスへと来た目的は二つ。
『星降る腕輪』と『魔法の鍵』の入手。
ぶっちゃけ、アイリスの勇者への嫌がらせだ。
夜を待って王宮へと忍び込む。
この城の何処かの秘密通路の奥に『星降る腕輪』があるらしい。
高い外壁を登り、闇にまぎれて城内へと降りる。
王宮の内部ではなく、左側の何処かみたいな事は攻略本に書いてあったので、その辺りを重点的に探りを入れる。
とは言え、そんな秘密通路は見つからないわけで、視覚では分からないので『円』を広げて周りの物をトレースしてみる。
すると、何の変哲も無い外壁の奥に地下へと伸びる通路が埋め込まれているのが分かった。
俺は『硬』で強化したコブシで外壁を砕くと、通路を確認してからアイリスとソラを呼んだ。
「ここ?」
「だろうな」
「それじゃ、行きましょう」
アイリスは躊躇いもなく地下へと降りてゆく。
月明かりも通らなくなった事を確認すると、ランプを取り出し明かりをつける。
細い通路の進み、祭壇のようなところにたどり着くと、そこに安置されている一つの腕輪。
「これが…」
呟くアイリス。
「たぶん、星降る腕輪」
ソラが同意する。
アイリスがそれを受けてカチャリと星降る腕輪を持ち上げた。すると…
『その腕輪を持っていこうとしているのは誰じゃ?』
ボウッと突然半透明のなにかが現れ、その血色の悪い唇を動かして底冷えするような声で問いただす声。
「ひぃぃぃぃいいいいぃっ!?」
「アイリスっ!?」
アイリスは目の前のそれが幽霊だと認識するや否や星降る腕輪を持ったまま、俺とソラを掻き分けて出口へと突っ走って言った。
今まででは考えられない速度での脱走にそれはやはり星降る腕輪の効果の高さをうかがわせる、…が。
「そ…ソラ?俺達も逃げようっ!」
「う、うんっ!」
『こら、またぬかっ!』
待ちませんっ!
通路を出ると、そこにもアイリスはおらず、仕方なく、今夜の宿へとダッシュで戻る。
「はぁーはぁー…」
「ふぅ…はぁ…」
部屋に戻り呼吸を整えると、そこには布団に蹲り、震えているアイリスの姿があった。
「アイリス?」
「私、幽霊はダメなのよぉ…」
ヤマタノオロチにすら怯まずに剣を向けていたアイリスとは大違いだ。
「まあいいか。それより星降る腕輪は?」
コソリと布団から一つの腕輪を転がり出したアイリス。
「効果は疑うまでも無いわね」
「ああ」
「呪われたりしないかな…幽霊付いてきていない?」
「今の所はそれらしき気配はないわね」
アイリスの問いにソラが答える。
「何だったら返して来たらどうだ?」
「私は嫌よ…アオが行って来て」
「それは俺も嫌だよ」
俺も行きたくありません。
結局、返しに行く事はせずに俺達は次の目的地、ピラミッドへと向かう。
星降る腕輪は誰が装備するかでひと悶着あったのだが、最後は戦力的に見てアイリスが装備する事で決まった。
最後まで呪われないか心配していたアイリスだが、どうやら呪われてはいないらしい。
イシスでしっかりと暑さと寒さの対策を整えて砂漠を歩き、ピラミッドへと到着する。
中はアンデット系のモンスターが徘徊し、侵入者を襲いに現れる。
「ムリムリムリムリムリムリっ!」
アイリスが星降る腕輪の効果なのか、高速に左右に首を振る。
「まぁ…たしかに気持ちの良いものでは無いけど…」
「うん」
「私は絶対に無理っ!帰ろうッ!もう帰るっ!」
アイリスがこんな状態では仕方ない。ピラミッドの攻略は諦めるしか無さそうだ。
ルーラでイシスへと戻ると、イシスにはもう居たくないのか、アイリスが即行で次の目的地を決めた。
イシスの砂漠を北上し、内海に望む港町へとたどり着くと、そこからポルトガを経由してエジンベアへ。
エジンベアの城下町はぐるりを城壁に囲まれ、中に入るのも門を潜らないといけないのだが…その門には兵士が立ち、通行証の無い者の入場を取り締まっていた。
俺達は夜を待って城壁をよじ登り、城下町へと進入する。
中に入ってしまえば此方のもの。
目的の物は城の中にあるらしく、闇夜にうごめく泥棒のように城へと忍び込む。
…いや、実際泥棒なんだけどね。
寝静まった城の内部を探索し、地下へと続く階段を下りると、何やら魔法で封印されている石の扉があった。
「これね」
アイリスが大きな石の扉の前で思案しながら言った。
攻略本によれば、この奥に『渇きの壺』と言うアイテムがあるらしい。
物語進行上のキーアイテムらしく、オーブ同様勇者の旅には欠かせないと書いてあったが、現実になった今は要らないかもしれないとも書いてあった。
「どうやって開けるのかしら…」
「本には大岩を動かしてスイッチを押すと書いて有るけど…」
「動かせるような大きさじゃないじゃない…」
アイリスが言うのももっともだ。
そこに有った大岩と言うのは冒険活劇の迷宮に仕掛けられているような大きな岩の球。直径二メートルはあろうかと言う岩の塊だ。
「これを動かすのね…」
ソラが面倒くさいと呟いた。
「愚痴ってても仕方ない。異変を気付いて兵士がやってくる前にやっちゃおう」
「できるのっ!?」
「まぁ頑張れば何とか成るだろ」
驚くアイリスに適当に返事を返すと『バイキルト』の魔法をかけて力を倍化させた後、『練』で身体を強化して大岩に取り付くと、力を振り絞ってその岩を転がしに掛かる。
ズズズズズと引き摺る音を立てて少しずつ岩が動いていく。
「ソラ、誘導お願い」
「うん。任せてっ!」
床にある一際オーラに鮮烈な所に蓋をするように三つの大岩を移動させると、ようやく中央の扉がギギギと軋みを上げて開いた。
扉を潜り、中に入ると、祭壇の上には一つの壺が鎮座されている。
「このみすぼらしい壺が伝説のアイテム?」
「それしか無いだろう」
見ればマジックアイテム特有のオーラが感じ取れる。
「アイリス、速く逃げた方が良いかも。扉が動くときの仕掛けが城全体を揺らしていたから」
「う、うん…」
ソラがアイリスを急かし、渇きの壺を回収すると、直ぐに城を後にした。
城門を出て振り返るとたいまつの明かりが増え、兵士が動き出しているのが分かる。
城門をでた俺達は十分に距離を取った後にルーラで二つ先の村まで飛んで行方をくらませる事に成功した。
渇きの壺を手に入れた俺達はエジンベアの港町からサマンオサ方面へと行商に出る商船に同船させてもらう。
一応城の開かずの間が開かれて何かを盗まれた形跡がある以上、検問は行われているのだが、そもそも何が有ったのか分からない以上意味を成さない。
例え渇きの壺を見せたとて、ただの汚らしい壺だと思われるだろう。
無事に乗り込んだ船に乗ってサマンオサのある大陸へと移動し、馬車に揺られる事数週間。内陸にある大きな城下町へとたどり着く。
大きな街だから賑わいを見せているものと思っていたらそこは閑散としていて、どこか寒々しい。
一緒に来ていた行商人とは二つ前の街で別れた。どうやらサマンオサには近づきたくなかったらしい。
噂では王様がまるで何かに取り付かれたかのように人が変わり、気に入らない奴らを捕まえては処刑しているそうだ。
「………」
「アイリス?」
「…何でもないよ…うん、なんでも」
アイリスはここには『ラーの鏡』を取りに来た。
ラーの鏡を横取りし、勇者が困ってしまえば良いと思っていたのだ。
アイリスは俺達を促し、食料の補給をし、情報を集めるとサマンオサから更に南下する。
すると、孤島の遺跡のような所に地下祭殿跡の様な所があり、おそらくそこが目的の物が有る場所だ。
たいまつに火を灯すと、俺達は戦闘準備を整えて洞窟の中へ入る。
途中、襲い掛かってくるモンスターを斬り倒して進むと、泉の奥に天井から漏れる光りを反射させるように輝く荘厳な一枚の鏡を発見した。
「………」
アイリスはそれを無言で手に掴むと覗き込んだ。
それは本当に普通の鏡のようで、俺達が覗き込んでも普通に自分達の顔が映し出されるだけだ。しかし、姿を偽っている者を映せばたちどころにその姿を暴いてしまう。
攻略本に載っていた情報では今このサマンオサを治めている王様は魔王の手先が変身しているものであり、本物は地下牢に幽閉されていると言う。
ラーの鏡は魔王の手先の正体を暴く重要なアイテムだった。
「……もどろう」
そう言ったアイリスはリレミトの呪文を使い、この洞窟から一瞬で脱出し、ルーラを使いサマンオサへと戻り、宿を取った。
夜、ベッドに腰掛けてラーの鏡を覗き込んでいるアイリスが居た。
「考え事か?」
「……この鏡を私が持っていて良いのかなって思って」
「うん?」
「この鏡を持ち去ると言う事は、この国にはびこる魔王の手先を永遠に放置する事に他ならない…私の目的としてはそれで有っている…だけど…」
何度か見たこの街では頻繁に行われる葬式が彼女の心に影を落としているのか。
処刑されているのは無辜の民で、それを執行しているのも人間だ。しかし、それを命令しているのは人間ではない。
「なるほどね。まぁ、アイリスがどう言う結論を出すのかは分からないけれど、どんな結論でもそれは自分の選択だと言う事は忘れないようにね」
俺はそれだけを言うと布団にもぐりこむ。
どうしろとは言わない。だが、彼女の選択を肯定してやろうと心に思った。
二三日サマンオサに留まっている。
アイリスはまだ結論が出ないのか、時々フラフラと何処かへ行ってしまっていた。
夜、宿屋に帰ってこないアイリスに流石に俺もソラも心配になってきた。
すると、突然宿屋の主人が俺達の前に血相を変えて現れて、アイリスが掴ったと教えてくれた。
どうやらアイリスは城の内情を尋ねて回っていたらしい。確かに攻略本ではそうだといって、この世界でそうであるとは言えない。裏を取るのは必要では有るのだが…迂闊だったな。
俺とソラは頷き合うと、夜の城へと忍びこんだ。
こう言う所はやはり俺達は忍者であった頃の名残だろう。
気配を消して音もなく闇にまぎれるように忍び込むと地下牢へと侵入し、牢屋番を気絶させる。
牢屋番から鍵を盗みだすとそれを持ってアイリスが捕まっている牢屋を探す。
「アイリス」
「ッ!アオっ、ソラっ」
ガシャリと手錠を鳴らしながら必死に顔を上げたアイリスはほんの数時間のうちにやつれていた。
「まったく、あんまり面倒かけさせるなよ」
「助けに来てくれたの?」
「まぁ何となくね」
ガチャリと門を開け、手錠を外す。見たところ大した怪我は無いが、持っていたはずの剣だけは見当たらない。
「剣は?」
「兵士に取られちゃった」
確かに武器を持たせたまま牢屋に入れるわけは無いか。
「仕方ない、これを持って置け」
俺は腰に挿していた天叢雲剣を渡す。
「う、うん…」
「アオ、見張りの兵士が来る」
ソラの声で俺達は一端牢屋の奥へ。
「だれじゃ…そこに居るのは…」
みすぼらしい服装をして、繋がれている初老の男性が俺達の気配を感じたのかかすれた声で呼びかけてきた。
「あなたは…?」
応えのはアイリスだ。
「ワシか?ワシはこの国の王じゃ」
「王様なんですか?」
「そうじゃ、今王座に座っているのは変化の杖で変身したニセモノなんじゃ」
とまぁ、攻略本に書いて有ったような事を語って聞かせてくれたサマンオサの王様。
「私達と一緒に此処から出ましょう」
「なんと…ここから出られるのか」
アイリスは俺から牢屋の鍵を引っ手繰るとサマンオサ王の手錠を解放し、体を支えるように肩をかして立たせる。
「そっちの奥のほうに城外への抜け道が有るはずじゃ、上へ出るよりは確実に逃げれるじゃろう」
なるほど、良くある抜け道ね。
俺達はサマンオサ王に先導されるように抜け道を通り、城下町へと脱出する。
出た所は町外れの忘れ去られたような小屋だ。此処ならしばらくは見つからないだろう。最低でも朝日が昇るくらいまでは何とか成るはずだ。
「それで、アイリス。王様を助けてどうする?まさかこのまま放置するのか?」
だったら最初から助けない方が良かっただろう。それは余りにも無責任だ。
「ワシが出て行ってもニセモノとして処罰されるだけじゃろう。今度は幽閉ではなく処刑されるじゃろうな」
それはどうだろうね。
「…こんな時、ラーの鏡が有ったらのう」
諦めるような気持ちを呟くサマンオサ王。
「ラーの鏡なら持ってます」
「真かっ!見せてくれぬかっ?」
「今此処には無いんです。宿屋に置いてきてしまった」
と、アイリスが答えた。
しかたない。
「俺が取ってくるよ、ソラとアイリスはここに居て」
「うん」
「はい」
二人に見送られひとっ走りして宿屋へ道具を取りに行く。多めのお金をベッドの上に置いて荷物一式を持ち小屋へと戻った。
「これが、ラーの鏡か…」
荘厳な鏡ではあるが、だれも見たことがあるわけでは無いのでサマンオサ王とて見ただけでは分かるものではない。
「これでニセモノを映しこめば変化の杖の魔力は解けるはず、じゃが…」
「何か問題があるんですか?」
とアイリスが問いかける。
「それは魔王の手先を解き放つだけじゃ。誰かが奴めを討伐せにゃならん…」
そこで沈黙が訪れる。
城の兵士はおそらく混乱して使い物にならない。そしてその内に何人が亡くなるだろうか…
「その役目、私がやるわ」
「アイリス…」
「アイリス」
「二人ともごめんなさい。でも決めたの。此処で何もしないのはどうしても私は出来ない…」
「しょうがないかな…ソラ?」
「うん、しょうがないね」
「しょうがないから俺達も手伝ってやるよ」
「ごめんなさい…アオ、ソラ」
「こう言う時ありがとうって言うものだ」
「うん…ありがとう。二人とも」
さて、つたない作戦を立てると決行は翌朝だ。
作戦といっても何の事は無い。
王様を先頭に真正面から城に乗り込むだけだ。
城門で兵士が此方を止めるが、それは本物のサマンオサ王が一括。
槍でけん制されつつも歩みを止めるほどではなく、程なくして玉座の間へとたどり着く。
対面に座るのは偽者のサマンオサ王。
「衛兵、何をやっておる。今すぐそのニセモノを捕まえ、即刻処刑せよっ!」
「何を言うか、おぬしの方がニセモノであろうにっ!このラーの鏡で正体を現せっ!」
サマンオサ王は高らかに懐から取り出したラーの鏡を掲げた。
すると、ラーの鏡から光が走り、ニセモノのサマンオサ王が苦しみ出す。
「ぐ…ぐぁぁあああああああっ!」
閃光が止むと、そこには巨体でごつごつとした肌に剥き出しの牙のモンスターが立っていた。
「なっ!?」
「王様がモンスターにっ!」
「これはいったいっ!」
周りにいつ兵士達が混乱の声を上げる。
「ぐぺぺぺぺぺっ。ばれちゃあしょうがない。お前達を皆殺しにしてからまた変化の杖で化けるまでだ」
ついに正体を現したボストロール。
「行くよ、アオっ、ソラっ!」
「おう」
「うん」
返事をすると、俺達はそれぞれスクルト、バイキルト、ピオリムの三つの戦闘補助魔法を重ね掛け、ボストロールへと挑む。
しかし、その巨体に似合わない俊足で棍棒を叩きつけるボストロールはその巨体と相まって、先陣を切るアイリスは中々此方の攻撃が有効打を打ち込めていない。
「アイリス、下がってっ!メラミ」
中級の火球の魔法が俺の手のひらからボストロールへと放たれが…
「ふんっ」
振り回した棍棒で打ち砕きやがった…
魔法やブレスの素養は無いように見えるが、その分ボストロールは純粋にその力が恐ろしく高い。
打ち付けた棍棒が揺るがす地面に足を取られたアイリスが横に薙がれた棍棒をモロに食らった。
「がぁっ!?」
骨が打ち砕かれる音を伴ってアイリスは壁に激突しようやく止まる。
「アイリスっ!?」
ソラが直ぐに駆け寄ると、回復呪文「べホイミ」でアイリスの傷を癒しに掛かる。
俺はそちらに行かせまいとソルを振るい、ボストロールの背後から『徹』を使った一撃を試みるが、散々打ちつけた棍棒で城の床が抜けてしまい、ボストロールは俺の攻撃の直前で落下してしまい、空振ってしまった。
「何をしておるっ!衛兵達よ、非戦闘員を非難させるのじゃっ!」
サマンオサ王が激を飛ばし、ようやく混乱から立ち直った兵士達は自分の使命を思い出したように散ってゆく。
「アイリスっ!」
「大丈夫。ソラのお陰で大分回復した。ちゃんと行けるよ」
「そうか」
俺達はボストロールが落下した穴から下へと飛び降り、破壊を繰り返しているボストロールへと攻撃を再開した。
「「「メラミ」」」
まず三人でボストロールを囲った上でメラミの魔法で視界を塞ぐ。
「ぐぁっ…おのれっ!」
次に俺とソラが駆け、棍棒を振りかぶった太い腕を切り飛ばすと、止めとばかりにアイリスが走る。
「あああああああああっ!」
手に持った天叢雲剣を心臓に深々と突き刺し、更に手元を捻って傷口を広げる。
「グっ…グフゥ…ばっ…ばかな…」
口から大量の血を吐き出し、ついにボストロールは倒れこんだ。
「はぁ…はぁ…はぁ…倒した?」
「みたい」
アイリスの呟きにソラが答える。
オーラを見てもどうやらボストロールは絶命したようだ。
ダダダダダッと扉を開き兵士がなだれ込んできて俺達とボストロールを囲み槍を突きつけてけん制する。
「やめよっ!」
遅れてやってきたサマンオサ王の一括で俺達に向けられた槍が下げられた。
「彼らはこの国を救ってくれた英雄である。彼らの勇気ある行動を称え、歓待の準備をせよっ!」
「はっ!」
兵士達に命令を飛ばした後サマンオサ王は俺達の所までやってきて膝を着く。
「本当に感謝する。君達が来なければこの国はどうなっていたか…」
「いえ…」
アイリスはどう答えてよいのか戸惑っている。彼女にしてみればその動機は善意から来るものではなかった為に後ろ暗いのだ。
だが、動機はどうられ、結果を見れば彼女の行動は勇者と言うに相応しかった。
国を挙げてのもてなしを受け、無事にアイリスの剣も戻ってきた後に俺達はお暇を貰い、サマンオサの城を後にする。
サマンオサ王の計らいで俺達は次の目的地へと送ってもらう事にした。
目的地はネグロゴンドの山奥。
勇者オルテガが命を落としたと言われるこの辺りのモンスターは強力で、この辺りで俺達はそろそろレベル上げに専念する事にしたのだ。
しばらくは此処に篭る事になると言うと、サマンオサ王は俺達への援助だと二週間に一度の食料の輜重兵を出してくれることになった。
モンスターの危険がある海を渡らせてしまい心苦しかったのだが、食料の補給はありがたい。
それと、海を渡る彼らからもたらされる噂話も有用だった。
聞けばアリアハンを出発した勇者一行は今はイシスへと向かっているらしい。
今頃俺達が諦めたピラミッドを攻略している頃だろうか。
森の入り口にベースキャンプを張り、レベル上げに勤しむ。
一歩森に入ればそこは魔物の領域、気を抜けばやられるような環境でモンスターを討伐する。
篭る事数ヶ月。40レベル前半で既存の魔法を全て習得した俺達はサマンオサの船員にダーマまで連れて行ってもらうと転職をするためにダーマ神殿を訪れた。
呪文を全て覚えた俺達は盗賊へと転職する。
攻略本によれば盗賊が一番ステータスの伸びが良いそうだ。
商人→遊び人→賢者→盗賊で完成っ!
との項目には何重にも丸で囲って有ったほどだ。
三人とも盗賊に転職してダーマ神殿を出たときの事。
丁度タイミング悪く、勇者一向がダーマ神殿を訪ねて来た。
どうやらガルナの塔へ向かう途中に立ち寄ったらしい。
彼の仲間を見ればその仲間は3人で、全て女性のようだった。
内訳は僧侶、魔法使い、盗賊の3人。
なるほど、ゲーム的に見ればバランスが取れていると言う事か。おそらくガルナの塔へ上ってさとりの書を使い誰かを賢者にするつもりなのだろう。
「アルルっ!どうして此処に?」
「くっ…」
アイリスは忌々しそうな顔を浮かべた後逃げるように走り去っていった。
「アルルっ!」
引き止める声を上げる勇者。
こいつが彼女を歪めた元凶か。公明正大と言うのも何処か胡散臭い。
PTメンバーが全てうら若き女性と言うのは流石におかしくないか?
彼は何処かゲーム感覚が抜けていない上にハーレム願望があるのでは無いだろうか。
それでは余りにもアイリスが可哀相だ。
俺達がアイリスの仲間だと思った勇者は俺達に声を掛けようと寄って来るが、人ごみにまぎれるように俺達は彼から距離を取り、アイリスを追う。
城門の外にアイリスは蹲っていた。
それをそっと見守り、自分で立ち上がるのを待つ。慰めの声は掛けない。
「よし、大丈夫。私は大丈夫。…アオ、ソラ…行こうか」
自己暗示のように大丈夫と呟くと、アイリスは立ち上がり俺達を伴ってダーマ神殿を離れていった。
サマンオサの船に乗ると、行きたい場所があると無理を言って船を南下させる。
ジパングを回って北上させると狭い海峡を通りぬけ、さらに北上。
すると幾つもの岩が乱立する奇妙な場所が見えてくる。
船をこすらない様に停泊させると、いつか手に入れた渇きの壺の出番だ。
渇きの壺を投げ入れると、海の水を吸い込み、そこに陸地が出来た。
船は運良く岩に引っかかり引いてゆく海水に巻き込まれずにすんだが、一歩間違えば大惨事であった。
驚きおののく船員に謝り、船を下り、現れた祠を潜れば、中は海草だらけで歩きにくい。
そこを強引に進めばフジツボまみれの宝箱が鎮座された祭壇を見つけた。
「最後の鍵ね」
「まさに泥棒にはうってつけの逸品」
どんな鍵でも開けれるというそれは正に盗賊にとっての宝具であろう。
「でもアバカムを覚えればこんなのはゴミよね」
アイリスの辛らつな発言に俺もソラも同意した。
最後の鍵を取ると渇きの壺をひっくり返し、再びこの場所を海水で埋めると、海面に浮かび上がった船に乗りサマンオサへ。そこで補給をすると、再びネグロゴンドへと赴いた。
しばらくレベルを上げると、山を登り、バラモスの城へとアイリスは歩を進めた。
もちろん止めはしたのだが、彼女は聞く耳を持ってくれない。まぁ最初からバラモスを倒し、勇者の名声の失墜を目的としていたのだ。彼女一人でも行くだろう。
一人死地へと向かわせるのは心苦しいし、俺とソラが本気を出せばおそらくバラモスと言えど倒せるだろう。
草薙の剣で封印してしまうと言う手段が一番手っ取り早い。
盗賊のスキルを生かし、バラモスの城に忍び込む。
真正面から行くのは下策。隠密に優れるのだから気配を絶ち、油断している所を最大の火力でしとめれば良いのだ。
俺達は息を殺し、気配を殺してバラモスの姿を探す。
地下にもぐったあたりでようやく魔王バラモスと恐れられるそいつを発見する。
俺達は頷き合うと、先ず先制攻撃と三人で最大火力の攻撃魔法を食らわせる。
「「「メラゾーマっ!」」」
「ぐああああっ!何奴っ!」
吠えるバラモスだが、火球が燃え上がり、その視界を塞ぐ。
そこで畳み掛けるように魔法を放つ。
「「「メラゾーマっ!」」」
「あああ、熱いっ!」
バラモスはその巨体を動かして何処に居るかも分からない俺達に向かって攻撃を繰り出すが、視界を炎で塞がれていて当たらない。
先ず駆け出したのはアイリスだ。
アイリスは振り上げた剣を振り下ろし、バラモスの右腕を切り飛ばした。
「ぐあああああああっ!?」
それに俺とソラも続く。
『徹』を使った一撃はバラモスの体を切裂き、斬り飛ばしてゆく。
「おのれっおのれーーー!?」
俺とソラが足を切り飛ばすと、倒れた所に頭を狙いアイリスが止めの一撃。
アイリスの一撃は首を断ち切りついにバラモスは絶命した。
「……こんなに簡単な事で…くっ…こんなあっけなく倒せる相手に私の10年を奪われていたと言うのっ…?」
バラモスを倒したアイリスは感慨も無く呟く。
「勇者でもない私ですらバラモスは倒せたと言うのにっ!この程度の事すら野の人間達は自分たちで成し得ようと考えなかったのかっ!」
アイリスの慟哭が響く。
「勇者勇者と期待するだけで…!」
しばらく嘆くアイリスを俺達は見守った。
「アオ、ソラ。ありがとう。こんな私に付いてきてくれて。あなた達のお陰で私はバラモスを倒せたわ」
「あ、ああ。それで、これからどうするんだ?」
「そうね…地下世界、アレフガルドへ行ってみるつもり」
「なんで?」
「私のお父さんが居るかもしれないんでしょ?」
「ああ、そうだね」
あの攻略本が本当ならばアイリスの父、オルテガは生きていることになる。
「私は会って文句を言ってやりたい。でもそれはアオ達には関係ないことよね。最初の約束はバラモスを倒すまでだったわね」
「そうだったか?」
アリアハンでアイリスに脅迫されたのが随分と昔の事のように思える。
「ええ。だからこれで別れましょう。アオ、ソラ、本当にありがとう…」
「アイリス…」
ソラが何か言おうとして…結局言葉にならずに止めた。
「それじゃぁね」
アイリスはルーラを使ってバラモス城を去る。ギアガの大穴を潜り地下世界へと旅立つのだろう。
「アオ?」
「…俺達も行こうか。世界には未だ行ってないところがいっぱいあるからね」
「うんっ」
俺とソラはアイリスが居なくなった手前、もう力を隠す必要は無い。
久しぶりにドラゴンに変身し、バラモスの城を飛び去った。
数年遅れてバラモス城に赴いた勇者一向は、バラモス城がもぬけの殻だったとアリアハン王に報告し、その後ギアガの大穴を潜ったと言う。
大魔王ゾーマがどうなったのか、それは俺達は知る由も無い。
ただ、風の噂でギアガの大穴が塞がったと言う事をしばらくした後に知っただけだ。
俺達の旅はもうしばらく続く。
気ままに旅をして、世界を回る。
バラモスが倒れて後、モンスターが積極的に人を襲う事が少なくなっている。
しかし、その代わりに人間により魔物の世界が駆逐されていっている。
世界は人間達のものになろうとしているようだ。
俺達の旅の終わりは四方を大きな山脈に囲まれた秘境にある荘厳な城だった。
その城に降り立った俺とソラは、竜の姿を見られていたのか、何故か城の住人達に歓待を受けた。
この城は竜の女王の城であり、今は竜の女王の子供を守るゆりかごらしい。
竜の女王は自分が病に犯されているのも顧みずに卵を産み、力尽きたと言う。
竜神の末裔である彼女はつまり人の形をした竜だったのだ。
そこに降り立った俺とソラ。勘違いされても仕方が無いだろう。
祭壇に守られるように安置されていた竜神の卵が運の悪い事に、俺達が通された時に孵化したと言うのもタイミングの悪さに拍車を掛けた。
刷り込みと言えばいいだろうか。生まれたその竜神の子は最初に見た俺とソラを自分の親と勘違いしてしまったらしい。
むっちりとまんまるい小さなドラゴンに懐かれ、俺とソラはその城に留まらざるを得なくなってしまった。
「ちち~、はは~」とぴよぴよ鳴いているその子が可愛すぎたのも理由にあったかもしれない。
子供は良く遊び、時には大人の思いも寄らない事態を引き起こす。
ドラゴンの子供…俺達は竜王と呼んでいたのを、周りの人たちがはっきりとは発音できず、いつの間にかルー王になり、定着してしまった為にいつの間にかルーと呼ばれているその子が、モグラかと思えるほどに地面をあちこち掘り起こし、潜った先で見つけてきた輝ける鉱石。
それは少量でしかないが、途轍もない念を感じる。
ルーは褒めて褒めてとじゃれてきたのでとりあえず撫でておいたけど、…この鉱石はなんでしょう?
メタルスライム鉱石よりも硬度が高そうなそれを、ジパングのスサのところに持って行くと、職人のプライドが刺激されたのか、強奪するように奪われ、少しして一本の日本刀が打ちあがっていた。
名を『天之尾羽張』
伝説の金属、オリハルコンで打ち上げた逸品である。
とは言え、俺もソラも使う事は有るまい。ルーが大きくなったら彼にあげる事にしよう。
四方を切り立った山々に囲まれるこの竜の女王の城に、時が経つにつれてどんどん世界中のモンスター達が集まり始めた。
人間達が今までの意趣返しにとモンスター達を狩り始めたのだ。
人とモンスターの確執は大きく、また解消できる物でもない。そこで竜の王であるルーが居るこの地へ安寧を求めてやってきているようだ。
いつの間にか人型の魔物が街を作り、獣型の魔物はそれぞれ自分の特技を生かして互いに助け合うように生活し、いつしか自然とルールが作られている。
「父上、母上にお聞きしたい事があります」
十二歳になったルーが俺とソラに神妙な顔つきで話があると切り出した。
「なに?ルー」
「父上と母上が人間だと魔物たちは言います。それは本当でしょうか…」
「ああ、その事ね」
大量の魔物が押し寄せてきた事でこの城を取り巻く空気は変わってしまった。人間がかつてそうであったように、仲の良い魔物を人間に殺されたモンススターは多い。
自然、恨みを持つ者も居るだろう。
「父上と母上は竜神の末裔ですよね…?」
さて、困った。しかし、嘘を取り繕ってもしょうがない。
「ルー。俺も、ソラも竜神では無いよ。竜の姿にもなれる人間だ」
「人間…?それは本当に」
俺もソラもコクリと頷く。
「外の世界では魔物は人間に殺されていると言います。…まさか父上と母上が奴らと同じ人間だなんて…」
「ルー。一方的な見方をしては駄目だ。今の世界が人間によってモンスターが虐げられているように、かつての世界はモンスターによって人間が虐げられていた。彼らが人間に恨みを持つように、人間達もモンスターによって肉親を奪われた過去がある。時間と共に記憶は薄れていく物だが、魔王バラモスが倒れてまだ十数年。まだまだ人々の記憶から憎しみが薄れるには短い時間だ」
「そんな…嘘だっ!」
ルーは勢い良く駆け出すと家を飛び出して言った。
「アオ…あの子にはまだ今の話は早かったんじゃ…」
「そうかもしれないけど…ね」
伝える事を怠ると伝わる事も伝わらないだろう。
それから数年。このあたりはモンスターによって秩序ある国へと変貌を遂げていた。
担がれているは竜神の子孫であるルー。巷では竜王と呼ばれているらしい。
彼がモンスターに影響力を増すにしたがって俺達の評判は下がる。人間だからだ。
「そろそろ此処にも居られないね」
「寂しいけどね。モンスター達も悪いやつらばかりじゃない。バラモスの悪の波動で狂っていた頃とは違う。…だが、それも人間達には分からない事だろうよ」
ソラの呟きに答えながら、俺達は此処を去る支度をしている。
俺達が居れば要らぬ諍いを起こしてしまうし、王として就任したルーは俺達が居ては邪魔になる。
彼には俺達が習得していた技術を教え込んでいる。その力を正しい事に使ってくれれば良いが…
天叢雲剣と天之尾羽張の二本をテーブルの上に置き、書置きを残して俺達は去る。
彼に残して上げられるのは俺達ではこれくらいだ。
竜の女王の城の一角のステンドグラスのある部屋で、ある特殊な星の巡りの時だけゲートが開く所がある。
攻略本によればその先に神龍なる者がおり、打ち勝てば願いを叶えてくれると言う。
どうしても叶えて欲しい願いが俺とソラには出来ていた。
「それじゃ、行こうか」
「うんっ」
俺はソラと連れ立ってゲートを潜り、この世界を去った。
後書き
本当はバラモス討伐後のアイリスの悪落ちとかも考えたのですが…面倒になってとりあえず完結させることを優先にした結果、中途半端になってしまいましたね。アイリスVS転生勇者とか妄想し、途中で面倒になってしまいました…すみません。
この3編はエイプリルフールのネタなので深く突っ込んではいけません。
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