アラベラ
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第一幕その五
第一幕その五
「エレメール伯爵」
「どうも」
エレメールはここで優雅に頭を下げた。
「フロイライン、本日は私の番でしたね」
「はい」
アラベラはそれに応えた。
「本日は橇にロシアの馬を繋げて参上致しました」
「それでは下の橇は貴方のでしょうか」
「はい、その通りです」
彼は快く答えた。アラベラはそれを受けて内心少しがっかりした。
「今宵は私が貴女をお送り致しましょう。あの白銀の馬車で」
「雪の中をですね」
「そうです。雪の中に銀は映えますぞ」
「それはそうですが」
だがアラベラは今一つ面白くなさそうな顔をしている。だがエレメールはそれに構わずやや自慢げに語り続ける。
「そして舞踏会で貴女は私の主となるのです」
そうやら自分の言葉に酔っているようである。
「私が貴方の」
「はい。このエレメール、喜んで御仕え致しましょう」
そしてアラベラの前に行き片膝をついた。恭しく頭を垂れる。
「騎士としての忠誠を捧げましょう」
「御気持ちは有り難いですが」
だがアラベラの態度は変わらなかった。
「後の御二人が何と言われるかしら」
彼女に求婚しているのは彼だけではなかった。他にもいるのである。
「ドミニク伯爵とラモーラル伯爵ですね」
「はい」
「それは御心配なく。私達は誰が選ばれようとも互いに恨むこてゃないと誓いを立てておりますから」
「そこまでなさらなくとも」
「いえ」
だがエレメールはここで首を横に振った。
「これは騎士としてのけじめです」
毅然として言った。
「武勲を立てるのこそ騎士ですがそれを妬まない、違いますか」
「では私は武勲なのですね」
アラベラはそれを聞いて整った顔を顰めさせた。
「そうですね。貴女は御自身から武勲になられたのです」
エレメールは胸を張って彼女に言った。
「貴女はその目で私達にそうするように要求されました。その青い瞳で」
「そうでしょうか。覚えがありませんが」
「貴女は知らず知らずのうちにそうされました。それ程までに女性の瞳は強い」
彼は言葉を続ける。
「与え、そして取り上げる。尚且つそれ以上のものを要求します」
「私がそれ程欲が深いと」
「いえ、それは違います」
エレメールはそれは否定した。
「私達にそうさせるのです。その青い瞳の魔力で」
「大袈裟ですね」
アラベラはそれを聞いて苦笑せずにはいられなかった。
「まるで私を魔女の様に」
「ええ、その通りです」
エレメールはそれを受けて言った。
「女性とは皆そうです。とりわけ貴女は」
「私ははじめて知りました」
アラベラは苦笑したままであった。
「私が魔女だったなんて」
そしてエレメールに対して語るように言った。
「私は私ですわ。今は娘時代へ最後の別れをする時。けれど私は私です」
「そう、貴女は貴女御自身に他なりません」
エレメールもそれには同意であった。
「ですがその中でも変わっていかれるのです。花が咲く様に」
「花、ですか」
「はい」
エレメールはそれに頷いた。
「そして私の手の中で咲くのです。大輪の花が。フロイライン」
その言葉は次第に熱を帯びてきた。
「躊躇われることはありません。あの橇に乗りましょう。そして幸福へ向かいに」
「あのロシアの馬が引く橇に」
「はい」
「では行きましょう。謝肉祭を祝いに。ただ」
「ただ?」
エレメールはここで風向きが変わったことに内心危惧を覚えていた。
「ズデンコも一緒に」
「弟さんもですか」
「はい」
真相は伏せた。
「半時間後で弟と一緒に下に向かいますわ」
「フロイライン」
エレメールはそれを聞いて悲しい顔にならざるを得なかった。
「貴女は残酷な方だ。ここまで来て尚も騎士を側に置くとは」
「言わないで下さい」
アラベラは目を伏せ、顔を逸らして答えた。
「私には弟が側に必要なのです。それをおわかり下さい」
「・・・・・・わかりました」
エレメールは無念さを心の中に押し殺して言った。
「ではお待ちしております」
「はい」
アラベラの声は普段とは変わらない。だがエレメールにはこの上なく冷たい言葉に聞こえた。
エレメールは頭を垂れた。そして哀しそうな顔でアラベラに対して言った。
「フロイライン」
その声も同じであった。
「貴女は素晴らしい女性です。崇拝に足る方です」
アラベラはそれには答えない。ただ目を伏せている。
「ですがあまりにも残酷な方だ。だがその残酷さにすらこの上ない魅力がある」
そして最後に言った。
「だからこそ私は貴女に想いを寄せる。それはおわかり下さい」
その言葉を最後に部屋を後にした。すると席を外していたズデンカが部屋に入って来た。
「伯爵は帰られたのね」
「ええ」
アラベラはそれに応えた。
「下で待っておられるわ。半時間したら下に行かないと」
「そうなの」
「ズデンカ、貴女も一緒よ」
「私も!?」
「そうよ。すぐに用意して。言ったでしょ、小さい時に」
アラベラは妹に対して微笑んで言った。
「私達は何時でも一緒だって。そして私は何時でも貴女の味方だって」
「うん」
ズデンカはそれに頷いた。その言葉は忘れたことはなかった。幼い頃姉にふと言われた言葉だったが。
それでも二人はその言葉を今でも覚えていた。そしてその言葉通り二人は何時でも一緒だったのだ。
「だから・・・・・・ね。一緒に行きましょう。それに今夜は私の娘時代へのお別れの日」
「謝肉祭の最後の夜」
「そうよ。その時には相応しいでしょう?そして貴女も」
「何?」
「いえ、何でもないわ。それより見て」
アラベラは窓の側に向かった。そして妹をそこに招き寄せる。
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