ワンピース~ただ側で~
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第9話『帰郷』
ハントがジンベエの元を離れ、目指すココヤシ村、そのはずれにて。
そこに一人の男の子と鼻の長い男が運び込まれた。といっても二人とも重症なわけではない。子供は体中にあざを作ってはいるものの元気に歩けるし、鼻の長い男は後頭部にたんこぶを作って気を失っているだけ。
一人の女性が鼻の長い男を背負い、その後ろを男の子がついて歩く。
「まったく……男一人を運ぶのはさすがに疲れるわ」
扉を開けて「ただいま」と言葉を残す。
「おや、こりゃまた大勢で帰ってきたわね、ノジコ?」
「ベルメールさん、どっかこの男寝かすところある?」
「うーん、いい場所があるわ」
そう言って、ベルメールと呼ばれた女性は床を指した。なんとも自分の母親らしい言葉に、ノジコは小さく笑って、だが異論はないのか、素直に床に鼻の長い男をおろした。
「これ」
「ん」
手渡されたシーツを未だに気を失っている男にかけて、キッチンの椅子に腰掛ける。その際に男の子の肩を叩いて、同じように備えられている椅子へと腰掛けるように促した。
「で、なにがあったの? そっちの鼻の長いのも見ない顔だけど」
ベルメール自身の分も含めた3つのお茶を出しながら、ノジコや男の子と同様に椅子に腰掛けて、ノジコへと顔を向ける。ノジコは額に手を当てて天を仰ぎ、ぼそりと「魚人に手を出そうとしたバカ二人」
まるで目の前の子供を威嚇するかのようにすら聞こえる温度の低い声に、男の子は背筋を震わせた。
ベルメールもそれだけで全て察したのだろう。
「なるほど」
と自分のお茶に手をつけ「こ、ここは!?」
鼻の長い男が目を覚ました。慌てて周囲をめぐらせるその様子に、ノジコが声をかける。
「気がついた? あたしとベルメールさん家さ」
そう言って自分の母を指す。ベルメールは軽く手を上げて自分がベルメールだということを鼻の長い男に教えつつ、珍妙そうに鼻の長い男を見つめて反応を示さない。ただ鼻の長い男も状況がわらずに余裕がないのだろう、その視線には気づかず、ノジコへと声をかける。
「お前はさっきの……お前、誰だ。魚人は!?」
「魚人ならまいたよ。あたしはノジコ、ここでベルメールさんとみかんを作ってんの」
「そういやお前、俺をどつきやがったな。魚人の手先か、せっかく俺がお前らを――」
それは先の一件。
とある目的のためにこの島に来ていたこの鼻の長い男が運悪く魚人に見つかり、猛ダッシュで逃げている先にノジコと男の子がいた。これでは逃げ切れないと判断した鼻の長い男が武器を構えようとしたところでその後頭部にノジコがとんかちを振り落ろし、今に至る。
だから、守ろうとした自分に危害を加えたことに対して文句を言おうとする鼻の長い男の言い分は『普通』なら正しく、文句をいうことだって間違ってはいない。
だが。
「――助けたのはあたしのほう! これだからよそ者は困るわ」
それは『普通』という但し書きの条件の下でしかない。鼻の長い男の言葉を遮って不満げにノジコは呟く。
「?」
その言い分に首をかしげた鼻の長い男。ノジコがそれに答える前にベルメールが口を開く。
「でもあんたは島の子、よね? 魚人に手を出せば殺されることくらいわかってるでしょ」
「ゴサにいたんだから、あんたはゴサの子でしょ? ……きっと十分すぎるほどわかってるはず」
ベルメールの言葉を、ノジコが付け足した。
「わかってるけど、あいつらは俺のとうちゃんを殺したんだ、たとえ俺が死んだって許さない。アーロンパークにだって行ったんだ。だけどアーロン一味の女に邪魔された、魔女みたいな女で。あいつだって殺してやりてぇよ! おれはくやしい!」
子供の怨嗟の声だ。
この村の事情をあまり知らない鼻の長い男は対応に困り、なんといおうか考えるのだが、それよりも早く、というか子供の言葉が終わるや否や。間髪いれずにノジコが言葉を返した。
「じゃあ死ね」
その言葉に鼻の長い男はお茶を噴出し、子供は驚きの顔を。ベルメールはやれやれと言った様子でそれを見つめている。
「やるだけやってぶっ殺されて楽になってきな死ぬことを知ってまでやるのなら復讐上等」
言い切って、それから指をその子供に突きつけた。
「でもこれだけは覚えておくんだね! あたしとその魔女みたいな女があんたを邪魔したことであんたは2度! 命拾いしてる。茶飲んだら出てきな、あたしは甘ったれたやつが嫌いなんだ」
「おい! こんなガキに言いすぎなんじゃねぇのか!?」
鼻の長い男の声に、あくまでも淡々とものごとを語っていたノジコの表情に初めて感情の色が浮き出した。まるで苦痛を吐き出すように、自分の身がそれにさらされているかのように顔を伏せて言う。
「あたしは……ずっと未来を見据えて……死ぬよりもずっと辛い生き方を選んだ子を知ってるわ! だからこいつみたいに! あいつみたいに! 真っ先に死ぬことを考えるようなやつが大嫌いなの!」
吐き捨てられた感情に、誰もが言葉を失った。
やがて、男の子が言葉をつむぐ
「おで……どうじだらいいですか」
その言葉に、ノジコがやさしく問いかける。
ここはココヤシ村、その外れ。
ハントが育った村で、その家。
そこに、ハントが心配していたやまなかった彼らの姿が、確かにあった。
それから少し時計の針を進める。
ゴサの子供は泣きながら反省し母親のところへと帰り、ゲンゾウが武器を所持したという理由でアーロンに殺されかけた時、鼻の長い男がそれを助けた。その行為にアーロンが切れて、下手をすれば村崩壊の危機に慌てて他の魚人がアーロンを抑えてアーロンパークに帰るという一悶着の後、そのココヤシ村へと彼女、いや魔女が帰還した。
彼女はココヤシ村の外れ、そこに位置する家の裏にある、十字架を模して作られた木の墓の目前に座り込み、花を置く。
「あと……700万ベリー」
呟いた値段が何を示すかはもちろん本人のみぞ知る言葉だが、その後ろにノジコとベルメールが姿を見せた。
「相変わらず評判最悪だよ、ナミ」
「まーね、海賊だもん。でもアーロンは話のわかる奴よ。お金ですべてのことが運ぶから。あいつとの約束はもう少し。何が何でも一億べリーを稼いで私はこの村を買うの」
スケールのでかいことを笑顔で言う少女の笑顔は実に太陽のごとく輝いており、冗談の類は感じられない。それに、ベルメールは尋ねる。
「その後はあんたどうすんの? 私たちを守ってくれたその子を継いで、私たちを救ってくれるあんたは?」
なんとも悲しそうに、それは自分には何も出来ないという無力からの言葉。自分の子供たちに命を助けられ、村を救ってもらおうとしている自分への怨嗟の声でもあったのかもしれない。
「あいつのつり道具あたりでも持って海に出たいな……それが私とあいつの夢だから」
膝を抱え込んで、目の前の墓を見つめて、そして何かを思い出すように、ナミは言った。
「そうよね、ハント」
その目は悲しそうで、楽しそうで、なにかを懐かしむかのようで。
「だってあんた、私のこと好きでいてくれてるんでしょ?」
ナミの問いに、風がふわりと舞い上がった。
「……ありがとう、助かった。しかもめちゃくちゃ美味しかった」
3人組の男たちに、とにかく俺は頭を下げた。
シャボンディ諸島からまっすぐとイーストブルーを目指し、カームベルトでボートを漕いだり押して泳いだりして渡り、途中自分を食おうとした海王類の牙をジンベエ師匠に殺されかけながら授かった魚人空手と殺されかけながら培った水中での動きで撃退したり逃亡したりを繰り返し、カームベルトを渡った途端に荒れだした海模様に結局ボートが転覆して、結局自力で海を泳ぎ、不眠不休で泳ぐこと丸……どれぐらいだろうか。方向もわからなくなってしまい、そろそろ体力も尽きそうだと思っていた時に丁度通りかかった、海牛にひかせている船に乗せてもらい『船が難破して海をずっと泳いできた』と言ったら食事まで振舞ってくれた。
実に心優しい人たちだ。俺もいつかこんな海の男になりたいと、思わないでもない。いや、もちろん大切な人たちを守る強さ、それにジンベエ師匠を超える強さを求めるのは大前提の話としてだ。
「しかしお前どこ向かってたんだ? 悪いが針路を変える気はねえぞ?」
金髪で食事を作ってくれた男がまずは問いを発した。彼の言葉は実に当たり前だ。俺もそれに異論をはさむほど自分勝手な人間じゃない。彼らの目指す島で下船して、また改めてコノミ諸島を目指せばいい。なにせここはもうイーストブルー……のはず。わざわざカームベルトを通らなくていい……はず。
……カームベルトで泳いでいる途中、知らない間に方向転換してしまって、今俺は実はグランドラインにいるとかだったらどうしようか。
「というかここってイーストブルーでいいんだよ、な?」
「ああ」
よかった。本当に良かった。これでイーストブルー以外の場所だったら俺はきっとここで泣き崩れていただろう。しかし海牛ってグランドラインの生物じゃなかったか? なんでこの船をひいてるんだ?
まぁあんまり興味ないからどうでもいいけど、とにかくイーストブルーに無事たどり着いたことにほっとしておこう。
俺の安堵がもしかしたら表情に出ていたのかもしれない。
「自分がどこを泳いでるかもわからなかったのか?」
「なんだ、お前迷子だったのか」
金髪の言葉の後を続いて麦わら帽子の男がどうにもいやな言い方をしてくれる。ただ、表情には馬鹿にしてたりする色は見られない。純粋な好奇の色のほうは見え隠れしているが……もしかしていわゆる天然タイプというやつなのだろうか。
「い、いやな言い方だけど……実際に迷子だったな」
なんか情けないな、俺。
と。
それまで黙っていたもう一人、坊主頭で額あてをしている男が急に神妙な表情で言う。
「悪いことはいわねぇ……あんたこの船から下りたほうがいい」
「?」
「なんとこの人たちの向かう先はあのコノミ諸島。あの賞金額2000万の魚人アーロンが統べる場所アーロンパークだ。言っちゃあ悪いが正気の沙汰じゃねぇ」
「!?」
驚いた。実に驚いた。
いや、本当に。いろいろと驚く点が多すぎて反応できないくらいに驚いてしまった。
「ほら、固まっちまったじゃないっすか! 普通はこういう反応するくらいに恐ろしいやつらなんすよ! そうと決まれば今からでも遅くはないっす引き返しやしょう」
「だから、そこにナミがいるんだから行くって何回いわせんだ」
「ナミさんに早く会いたいなー」
ヨサクと呼ばれた男の言葉に、麦わらの男と金髪の男が口々に言う。
「だー! そこに――」
今、なんて言った?
「わか――?」
ナミ?
ナミって言わなかったか?
「おい、お前――――?」
落ち着け。呼吸が乱れる。
一からだ。
一から情報を整理しよう。
彼らはコノミ諸島に向かってる。うん、俺もだ。やったね、これはラッキー。
となると海賊でギザ鼻で魚人の名前はアーロンというらしい。アレがリーダーっぽかったし、おそらくアレがアーロンなんだろう。
あのギザ鼻のアーロンにかかってる賞金が2000万? たったの? あれだけ強かった男が? 賞金なんてものは強さだけじゃなくて危険度の高さでも決まるという、もしかしたら危険度が低いとみなされてきたのだろうか。いやしかし今まで何度もジンベエ師匠と賞金首を狩ってきたけど6000万以下の男は基本話にならないようなやつらばっかりだった。
浮かぶ疑問がとまらない。
……待て、あいつは本当に強いのか? ずっと子供のころのイメージであいつの強さをイメージしてきたから俺の先入観が混ざってるのか? その可能性はある、高いのかもしれない。
ジンベエ師匠だって俺の強さに太鼓判を押してくれた。あの時はただ俺を励ますためだと思っていたけど、よく考えたらあの人はお世辞なんていわないから事実なのかもしれない。
「……」
自分の手を見つめる。
俺は自分の予想以上に強くなったのかもしれない。今まで白ひげさんの船以外の海賊とは交流なんてなかったし、白ひげさんの船にはまだまだ強い人がいたから俺なんてまだまだと思っていたけど俺はもしかして自分のことを全然わかっていなかったということなのだろうか。
いや。
そこまで考えて自分の首を横に振る。
自分の強さを考えるのはそこまでだ。今はもっと先に整理しないといけないことがある。
「今……ナミって言わなかったか?」
確信があった。
ナミなんて珍しい名前じゃない。だけどコノミ諸島に向かっていると、俺はそう聞いた。ならきっとナミだって俺が思い描いている人物だ。
「それはオレンジ色の髪……女性か?」
特徴を言おうとして、やめた。単純に8年も見ていないのだからきっと風貌も変わっているだろうから。トレードマークだったオレンジ色の髪のことしかわからないから。今のあいつはいったいどんな感じなんだろうか。きっと美人なんだろうな。びじかわいいのかもしれない。ベルメールさん似の性格はしてそうな……いやなんかこう、こずるい感じになってそうだな。
俺の質問に、彼らはみな一様に驚いた顔を。
どうやらビンゴらしい。
「お前、ナミのことしってんのか!?」
麦わらの男が慌てて俺へと詰め寄ってきた。
近い。
「知ってる、昔なじみだ……ナミが俺のことを覚えているかどうかしらないけど」
「昔なじみだぁ!?」
次は金髪の男が詰め寄ってくる。
鼻息を荒くして、実に暑苦しい。
……なにか気に障ることでも言っただろうか?
「次は俺からの質問」
「ん?」
「お前たちはナミとどういう関係なん――」
「――うちの航海士だ」
「!」
俺の言葉に、麦わらの男の言葉が重なった。
それに、俺は驚いた。
言葉を重ねられたからとかいうくだらない理由じゃない。
麦わらの男の声がさっきまでのどこかちゃらんぽらんな声色とは全然違い、強い意志の伴われた声だったからだ。
一点の迷いなく言い切られた言葉に、だけどまだ疑問はつきない。
「航海士って……おまえらはいったい?」
「海賊だ!」
なん……だと?
海賊? こいつらが?
「本当に?」
金髪の男に確認。無言でうなづかれた。
嘘だ。
「冗談じゃなくて?」
先ほどヨサクと呼ばれていた男に。また無言で頷かれた。
どうやら本当のようだ。
「……こんなにしゃべった海賊の一味は2つ目だな」
実に海賊らしくない。白ひげさんのとこのようになぜか温かみを感じる。だから、信じられない。
「ちなみに賞金首とかには?」
「なってねぇんだよ、それが……でも、俺は海賊王になる男だからな。いつかきっとものすげぇ額をかけられることになるぞ」
海賊王。
「……」
言葉を失った。彼の顔は笑ってはいるけど、目は本気で言葉にもものすごく力がこもっている。将来を見据え、一点のくもりなくそれになると信じている。そう、本気で目指している。
海賊王を。
それが伝わった。
実に大きい夢。
「……お前、すごいな」
自然と言葉をこぼしていた。
「ししし、そうだろ!?」
いい笑顔だ。無邪気で、純粋で、たぶん信念も持っている。
うまく海を渡れば俺なんかよりもずっと大物になる気がする。いや、俺は小物だけど。こう、強さとかそういった意味で。
「ところでもしかしたらなんだが――」
隣の金髪の男が急に口を挟んできた。麦わらとの会話に夢中になってたけど、そうだった、まだまだ会話の途中だった。
「――お前もアーロンパークに向かってんのか?」
というかよくわかったな。今までの会話の流れでそう察したんだろうが、この男はきっと頭がいい。隠すことでもないし、むしろ連れて行ってもらいたいので「ああ」と正直に頷いておく。
「ええっ!?」
ヨサクというらしい男が驚きの声をあげた。そんなに驚くこと……なのだろう。さっきのこの男の口ぶりからして。
「すげぇ偶然だな!」
と、麦わらの男は楽しそうに驚いている。なんだろうか、さっきからもしかしたらと思っていたけどこの男とは波長が合いそうだ。
「んで、お前とナミさんとの関係は?」
「……関係?」
金髪の男がなぜかそこで怒っているのような形相で、しかもドスの効いた声だ。なんとなく迫力に押されてしまって答えそうになる。
「……関係、か」
なんなんだろうか。
アーロンに海に捨てられてから考えたことなかった。
俺にとってナミは好きな女性以外の何者でもないわけだけど、ナミは俺のことをどう思っているのだろうか。想像は出来る。というか多分わかっている。ただ、正直にそう思いたくない。
ただこの男は絶対答えろよ、的な目で俺をにらんでくるし、麦わらの男も興味津々と言った様子で耳を傾けている。彼らの船に乗せてもらっている以上答えるの筋。
だから、正直な関係を答えよう。
「俺はナミの兄貴、みたいなもんだよ。血はつながってないけど、同じ母さんに育ててもらった兄妹。きっとそれが一番正しい関係かな」
そうだ、きっとナミからしてみたら俺は兄以外の何者でもない。
わかってはいるけど。わかってはいたけど。
自分で宣言すると辛い。
「お、お兄様!?」
金髪の男の声色が急に変わった。多重人格かなにかなのだろうか。変わっているけど、この男もおもしろいな。
「で、アーロンに襲われた俺の故郷の村を救うためにアーロンを潰しに来た。それが俺がコノミ諸島に向かってる理由」
「潰しに!?」
またヨサクという男の声。いいリアクションだ。
「そのための修行は積んできたさ」
「そっか……手伝おうか?」
「ばか、俺たちはナミさんを取り戻すという崇高な目的があるだろうが!」
蹴りを麦わらの頭に入れて諌める金髪の男。痛そうだけど、麦わらは痛くなさそうだ。頑丈だな。
「ナミに用があるだけで、別にアーロンをつぶすことが目的じゃないんだろ?」
「ああ」
「じゃあいいよ」
「……いいのか?」
なぜか詰まらなさそうに答える麦わら。
戦いが好きなのか、それとももっと別のなにかがあるのかはよくわからないけどそう言ってくれるだけでも嬉しいものだ。ナミが海賊の……というかこいつらの仲間になったっていうのも頷ける。
世界中の海図を自分の手で記すっていう夢、こいつらとなら笑顔でやれるって思ったんだろう。
もうそこに一緒に旅をしようと約束した俺がいないのは残念だけど、それが当たり前で、当然だ。
覚悟はしていた。
それでも少し寂しくなる自分のみっともなさをどうにか追っ払って、麦わらに言う。
「気持ちだけ受け取っておく、ありがとな」
俺はこの麦わらの夢を応援したい。一目あっただけだけど本気でそう思ったし、何よりもナミの夢を応援もしたい。だから、麦わらたちはナミを取り戻したらすぐに海に出るべきだ。
「ナミのこと、さ……あいつ色々とわがままだだし、ぶっきらぼうなところだってある。でも根は優しいし、すげえいい女だからさ。あいつのこと、よろしく頼むな?」
「ああ!」
「任せてくださいお兄様!」
どうでもいいけどお兄様はやめてくれないか。なんかいやだ。
「見えたぞ! アーロン・パーク!」
ヨサクらしい男の言葉通り。正面にどでかい建物が。
「……悪趣味だな」
まるで城のように仰々しいそれに胸がかきたてられる。
みんなは大丈夫だろうか。
あんなものが建築されるぐらいに搾取されながらみんなは生きてきたに違いない。
不安になる。
もしかして誰か死んでるのかもしれない。
ナミは生きてるらしいし、今は大丈夫そうだろう。それどころかいい仲間に囲まれている。だけど、他の人は? みんなナミくらい自由なのか? いや、きっとそれはありえない。だったらあんた馬鹿でかい建物が建つわけがない。
ベルメールさんは? ノジコは? ゲンさんは? 皆は無事に生きているだろうか?
だから――
「こら、疲れるなカバ!」
「やっぱアレだよ、お前の蹴りがきいたんだよ」
――予定を変更する。
このまままっすぐに魚人たちと戦おうと、アーロンをぶっ飛ばそうと思ってたけど先に皆の顔を見に行こうと思う。今麦わらたちの船をひいている海牛よりは明らかに俺のほうが早く泳げる。
「すまない、俺はここで降りる。助かったよ本当にありがとう。じゃあな!」
返事を聞いているほどに心に余裕はなかった。
海に飛び込み、全速力でココヤシ村の方向へと向かう。
ただ、みんなの無事が知りたかった。
急いで、急いで。ただ急いで。
気づけばもうココヤシ村の前に立っていた。
「……着いた」
意を決して一歩。村へ入る。
入った瞬間、泣きそうになった。
空気が懐かしかったからとか、そんな詩的な感情じゃない。
村の家がひとつひっくり返っていたからだ。しかも、この跡はごく最近できたもの。多分半日と経過してない。
村人の姿が見当たらないことが俺の最悪の予想に拍車をかける。
「くそっ……くそっ」
こぼれてきそうになる涙をぐっとこらえて村を走り抜ける。
小さな円形のベンチを覆う木の傘とでもいえばいいだろうか。憩いの場として、日差しを防いでくれたりした大きな木だ。今にしてみれば大人一人の分の身長と大して変わらないが、子供のころはいつも見上げてはこんなに大きくなってナミを守れる男になりたいとか考えていた。
その木が根元から折れている。これも半日と経過していない。
俺が道に迷いながら泳いでいる間に魚人たちの不興をかって全滅させられたのかもしれない。そう考えただけでまた涙がこぼれそうになる。
また、走る。
奥へと走り、脇に入り。
「見えた!」
我が家だ。
こんこん、と震える指を押さえてどうにかノックをする。
「はーい」
声が聞こえた。
「誰? みんなさっきのすごい音した場所に向かったってのに」
タバコを加えて。
「って、あら? また見ない顔だわ。今日は珍客が多いわね」
少し斜に構えた態度で。
「で、なにかご用?」
少ししわの増えた、けれどまったくといっていいほどに変わってない顔で。
「……ぅ」
やべ。
「ちょ! ちょっとちょっと! 急に泣かないでくれる!? 私が泣かせたみたいじゃないの!」
でも、止まらない。
止まらなかった。
「ぅぅ」
「あぁ、もう! いい大人がみっともない! お茶出してやるから入りなさい!」
俺を促して、キッチンに向かうその足取りすらもなつかしくて。
だけど、このままじゃ何もいえないから。
ただいま、と素直に言うことすらどうしてか憚られて。
「みかんって……本当に、肌のつやを保ってくれるん、だね」
声をつまらせてそう言うのが精一杯だった。
だけど、それだけでもう伝わった。
これは俺やナミやノジコとベルメールさんの――
「え?」
――親子の会話だから。
信じられないほどの勢いでベルメールさんがこちらを振り向いた。
唇を震わせて、まるで人形みたいな動きで近づいてくるベルメールさん。本当なら笑えるはずの動きなのに、どうしても涙が先に出そうになる。
「あなた……もしかして」
「うん」
「ハン……ト、なの?」
「うん」
そう。
「胸を撃たれて……海に捨てられた?」
「うん」
そうだったなぁ。
「私の命を救ってくれた?」
「うん」
あの時は実に必死だった。
「……親より先に死のうとしたバカ息子の?」
「うん! ……うん?」
……あれ?
「どの面さげて帰ってきたこの親不孝な放蕩息子ぉぉぉぉ!」
え、あれ?
こう、抱き合って感動的な、さ?
そういう場面じゃ――
「――って待った待った! 包丁向かってこっち来るって何考えてんだみかんばばぁ!」
「うっさいわ! 誰がばばあだ! んでみかんの妖怪みたいに言うな!」
「……」
「……」
じっとにらみあう俺たちだけど、そんなものは当然長く続かない。ベルメールさんが包丁を置いて、そっと俺を抱きしめてくれる。暖かくて、みかんのにおいがして、たばこのにおいだってして。
「おかえんなさい、ハント」
「ただいま、ベルメールさん」
俺は、帰ってきたんだ。
ココヤシ村に。
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