ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
SAO編
episode6 恐怖と絶望の体現者3
戦闘は、一方的だった。
一方的に、俺が押されていた。
十五分にも及ぶその戦闘の疲労で、俺は地面に膝をついた。
「はあっ、はあっ、はあっ!!!」
切れるはずの無い息が、異常に苦しく感じる。分かっている。どう考えても心理的な原因だ。俺のHPは確かにまだ七割以上残っている。しかし、それは、ポーチに入っているハイレベルのポーションを二つ、高級品である回復結晶一つを消費してのものだ。
「くっ…!」
歯を食いしばる。
いや、食いしばろうとしたが、ガチガチと震えるだけで歯の根はかみ合わなかった。恐怖に、絶望に、震えを止めることが出来なかった。なぜなら。
「Good…いいぜ、その表情だ」
PoHのHPは、減っていなかった。
捨て身で放った攻撃のいくつかは当たっていたし、短剣を拳で迎撃した際に少しの削りダメージは入ったはず。だがそれは、戦闘時自動回復か、或いはなにか特殊な防具の効果かの自動回復ではいるその量にすら劣る程度のものだった。
俺のアバターは、悲しいほどに非力だった。それを、嫌というほど思い知らされた。それを補えると信じていた敏捷力とさまざまなダッシュスキルも、PoHには全く歯が立たなかった。
「っ…。ぅっ…」
そして何より、俺の心はこれ以上ないほどに圧し折られていた。流れ落ちそうになる涙を、留めることが精一杯な様に。その顔は、さぞや情けなく歪んでいることだろう。
PoHは、明らかに遊んでいた。途中からは最大の威力を発揮する斬り技を封印し、中華包丁では十分に威力を発揮できない突きばかりで俺を責め立てる。挙句の果てには、HPが危険域に落ちた俺が回復結晶を使うのを、笑って見過ごしたのだ。
だめだ。
勝てない。
構えていた拳が、力無く揺れる。
霞む視界で捉えていたPoHの姿を直視できず、がっくりと俯く。
俺はその時、死を覚悟した。いや、生きるのを諦めた。だが、頭上から降ってきたのは魔剣の斬撃ではなく、馬鹿にするような、呆れたような声だった。
「…So-Bad。まだ気付かないのか?」
そう、この時俺はまだ気付いていなかった。
呆れるくらいにばかばかしいことに。
「俺がなんで獲物を殺さないのか。こんなところに一人でいるのか」
絶望に、目の前の敵にばかりに気を取られていて、周りが見えていなかった。
そして。
「なぜお前の仲間がここに来ないと思う?」
そう。なぜ他のメンバーが。『冒険合奏団』の三人が、ここに来ないのか。『隠蔽』もしていないため、マップを確認すればフレンド光点が浮かび上がり、ここで俺が不自然に留まっているのを見えているはず。
なのになぜ、十五分もの間、何の助けもこないのか。
瞬間、俺の体がビクンと強張った。
「言ったろ? ショウタイムはもう始まってんだぜ?」
―――イッツショウタイム。
そう。奴はそう言った。その意味は。
「きさまああああああああああああああっ!!!」
理解した瞬間、脳から理性が吹き飛んだ。
絶叫しながらPoHへと飛びかかる。恐怖も絶望も忘れて、怒りと動揺のままに叫んで掴みかかろうとするが、当然そんな無茶苦茶な動きで奴を捕えられるはずもない。
ひらりとかわされ、腹をけり飛ばされて無様に転がる。
体に鈍い痛みが走るが、そんなことはもうどうでもいい。
「皆に、ソラになにをしたあああああああああっ!!!」
再び絶叫し、弾けるように起き上る。だがPoHはにやりと笑って、「さあな」とだけ言う。それだけで、もう確定だった。俺と同じように、三人にも危機が迫っている。いや、もしかしたら。
もしかしたら、もう。
「くそっ!!!」
脳裏に浮かびかけた、最悪の結末。
それを無理矢理に頭で否定して、三人の元へと駆けつけるために足に力を込める。だが、その前には、入口を塞ぐように陣取ったPoH。迷っている暇はない。恐怖に竦んでる暇も、今は無い。あらゆるスキルを全開にして、その脇を走り抜ける。
その隙に一撃をくらえば、俺は死んでいただろう。
だが、どれほど注意を払ったところで、奴がその気になれば俺はもう避けられない。
それだけの力の差が、俺と奴にはあった。
しかし、無駄と分かっているのに、視線はpoHを追い続ける。
その顔が、フードから覗いた目が、俺を見つる。
「…っ…」
交錯する、俺と奴の視線。
その視線は、俺の醒めない悪夢に、いつまでも纏わりついた。
ページ上へ戻る