少女1人>リリカルマジカル
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第二十二話 少年期⑤
アリシア・テスタロッサは少しばかりむくれていた。別に怒っているというわけでもないし、不機嫌だとあからさまに表情にも出てはいない。ただほんの少しだけへそを曲げているだけである。
そんな彼女の様子にいち早く気づいたのはリニスだった。テスタロッサ家の家猫になって早1年。リニスがそれに気づいたのは、いまだに野生根性上等な彼女の勘の良さもあるが、なによりも毎日ずっと一緒に暮らしてきたからでもあった。
だからリニスは、アリシアが不機嫌そうだとなんとなくわかった。おそらく彼女の兄も、今のアリシアを見れば確かに不機嫌そうだと言うだろう。逆に言うと、いつも一緒にいる家族だからこそ気づけたということにもなる。はた目から見れば、彼女はいつも通りなのだから。
「どうかしたのか」
「ううん。なんでもないよ」
勉強の手が止まっていたため不思議に思われたのだろう。アリシアは笑顔で首を横に振り、兄の代わりに勉強を見てもらっている男性局員にこたえる。その笑顔に安心したのか、彼も「そうか」と納得した。
アリシアは意識して表情を変えたわけではない。ただ胸の中のムカムカした気持ちを表には出したくない、という思いが彼女に無意識に笑顔を作らせた。今の自分の気持ちが悟られれば相手を困らせてしまうとわかっていたからだ。
彼女が1人でいる時は、実は結構おとなしい。兄とくっついているときは同じぐらいにはしゃげるのだが、1人の時はいつものように騒ぐことはしない。それはアリシアが今まで見てきた人が、大人ばかりだったことが要因でもある。
大人は本心を表に出すことがあまりない。そのためアリシアは、幼いうちから相手の感情を読むことを自然に覚えてしまった。
そんな彼女にとってアルヴィンは基準であった。アルヴィンは兄であり、父のような存在でもあり、最も近しい同年代だ。なによりもアリシアは、兄が相手との線引きが上手いことを知っていた。だから一緒にいると安心できるし、ここまでは大丈夫なのだと相手との距離をわかることができていた。
アリシアが一番接する相手だからこそ、彼女は誰よりも兄を見てきた。それはアルヴィンの真似をしながら成長したといってもいいぐらいに。
「にゃー」
「わっ、リニス」
勉強を再開しようとしたアリシアの膝の上に、リニスはちょんと飛び乗る。リニスは一度アリシアと視線を合わせると、そのまま丸くなった。特に重いと感じるほどの重量はないため、勉強に支障はない。むしろ柔らかな毛と温かさが気持ちいいぐらいだ。彼女はそれに自然に笑みを浮かべていた。
「お兄ちゃんとコーラル、遅いね」
「……そうだな。医務室で休んでいるのかもしれん」
茶色の制服に身を包んだ男性局員と少女と猫。異色だが気まずさはなかったりする。男性はもともとあまり口数が多いタイプではない。同僚や上司からも寡黙な人物だと認識されているし、彼自身も口下手だと自覚している。
しかし決して人当たりが悪い人物というわけではなかった。だが第1印象は無愛想な感じにとられやすく、10代後半にしてはなかなかの大柄な体格のため怖がられることもあった。実際アリシアも最初に出会った日は驚いていた。
「くまのお兄さんは知ってるの?」
「いや、そうかもしれないと思っただけだ。……ちなみにくまは決定なのか」
「え、くまさんかわいいよ。お兄ちゃんが『森のくまさん』みたいな人だねって教えてくれたんだもん」
初対面の時、子どもとの接し方に戸惑っていた男性を見て、アルヴィンがまたしても命名。髪も服装も茶色だったことも理由にある。これにアリシアのハートが鷲掴みされた。
くま=大きいけど優しくてかわいい動物=お兄さん。
脳内変換も無事終わったことで第1印象は彼方に吹っ飛び、あっさり懐いた妹。勝手にあだ名作って、これちょっと妹の将来大丈夫だろうか、と勝手に悩みだす兄。何しでかすかわからない兄妹と感じた男性。でも怖がられなかったのはちょっと嬉しかったらしい。
「やった、終わった!」
「あぁ、よく頑張った」
あれからまた少し経ち、アリシアは今日の宿題を終わらせる。できたテキストを黙々と丸付けしてくれるくまさんに癒されながら、アリシアはリニスの毛並みも堪能する。先ほどまでのふて腐れていた気持ちも、癒し系達のおかげで緩和されていた。
彼女が不機嫌だった原因は、アルヴィンの反応だった。アリシアは多少なら兄の感情を見分けることができる。見分けられるといっても、時々笑っているけど、何か違う気がするというぐらいのことしかわからないが。それだけ彼女の兄は、表情を取り繕うのが上手いのだ。
宿題を一緒にしたいと申し出た時、兄は何か悩んでいるようだった。雰囲気もどこか固く感じた。だがその印象は一瞬で消えさり、アルヴィンはいつも通りに笑顔を浮かべていた。普通なら最初に感じた違和感が、ただの勘違いだったのだと思うだろう。だがそれをアリシアは、自分には触れてほしくない部分なのだと察した。察してしまった。
「妹なのに…」
リニスにも聞こえないぐらいに囁かれた小さな吐露。立派なお姉ちゃんになるために、あのピクニックの日以来アリシアは努力を始めた。母のお手伝いを毎日頑張るようになった。文字の読み書きも熱心に取り組んだ。兄と同じように魔法の勉強もするようになった。
それは妹ができた時、頼られるお姉ちゃんになるために頑張ろうと思ったからだ。けれどもう1つ、家族には言わなかったアリシアの思いがあった。兄に認めて欲しい、頼って欲しいという感情。母が兄に頼るように、兄に頼られるような自分になりたい。それがアリシアの目標にもなっていた。
しかし目標にして頑張っても、アルヴィンは変わらない。アリシアにはそれが歯がゆかった。無理やり関わる方法もあったが、それは相手を困らせるだけだと彼女は理解していた。でもどうしたら達成できるのかも思いつかない。成熟した目線と幼い感情のせめぎ合いが彼女の不機嫌の理由でもあった。
そんな風に思い出してきて、アリシアはむぅと唇をとがらせた。だいたいお兄ちゃんはいつも私を子ども扱いばかりする、と記憶を思い起こす。
お風呂だって目を瞑らなくてもシャンプーができるようになった。夜に1人でお手洗いに行くことだってできるようになってきたのに。落ちているものを食べたらお腹がピーちゃんになるから大変なことも知った。新しいこともどんどん覚えている。
間違いなくお姉ちゃんになっているはずだ、とアリシアはうんうんとうなずいた。そしてふと思いだす。兄はやっていたのに、自分にはさせてくれなかったこと。別に危なくもなければ、迷惑もかけないのになぜかダメだと言われたことだ。
少し考え、アリシアは決意する。あの時、アルヴィンには早いと言われて見せてくれなかったもの。それは子どもだから見せられないということだ。それに対し、少女の中に小さな反抗心が芽生えた。
「コードの書き方も間違っていない。これからも精進するといい」
「ありがとうございます。……あのね、くまのお兄さん。よかったら教えてほしいことがあるんですけどいいですか」
「ん?」
いささか興奮しているのか、アリシアはそわそわした様子で彼を見上げる。アリシア1人ではまだうまくできないため、どうしても協力が必要だった。断られたらどうしようと思いながらも、まっすぐに相手の眼を見据えて話した。
「その、お兄ちゃんにはまだ早いって言われちゃったことなの。でもね、私はできると思うんだ。だからやりたい!」
「待て、何をしたいのかをちゃんと言いなさい」
「大人の階段を登りたいの!」
「ブホォッ!」
意訳、子ども扱いされたくない。アリシアの語彙力のほとんどは兄からの影響です。
「私1人じゃできないから、くまのお兄さんお願いします。協力してください!」
「いや、ちょっと待とう。お互いに待つべきだ。そうだ、待とうではないか」
「端末の使い方を教えてください!」
「俺は18歳で君は6歳だ。いくら色々な年齢の水準が下がっている時代だとしても……端末?」
「これでいいのか?」
「わぁ、ありがとうございます。通信のやり方は教えてもらっていたけど、ネットのやり方はわからなかったんです」
「ふむ。別に内容も特におかしいわけではないみたいだが、独特な店みたいだな」
「『ちきゅうや』っていうんだって」
「地球? そういえば海のエースの出身地がそんな名前だったな。……ここから近いな。時間が空いたら行ってみてもいいかもしれん」
その後、2人と1匹はのんびり端末をいじりながら、動物特集やら次元世界の観光地などを見ていった。途中でアルヴィンとコーラルが帰ってきて、それに一緒に参加して1日を過ごすことになった。
ピーちゃんが治ったからか、兄の顔はどこかすっきりしたような、安心したような感じだったなとアリシアは思った。
******
「……よろしかったのですか?」
「なんじゃ、藪から棒に」
先ほどまで2人で食べていたクッキーの皿を片づけながら、ゲイズは上官に疑問を口にする。総司令官も自分の副官が何について聞いているのかはわかっていた。
彼は副官であったため、あの話合いの場での進言は控えていた。だが、顔からは明らかに不満があるとかかれている。わかりやすいのぉ、と総司令官はクツクツと笑みを口元にのぞかせた。
「悪い話ではなかっただろう。儂らは坊主の調べ物に許可を出すだけ。情報も調べようと思えば儂らでも調べられるものだろう。……まぁ、あんなめんどくさい魔境みたいなところに行きたいとは思わんが」
「しかし、ロストロギアですよ」
「闇の書か。まぁ物騒なのは確かだな」
総司令官もそこを否定するつもりはなかった。彼も副官が危惧していることぐらいわかっている。局員でもない6歳の子どもが、ロストロギアについて知りたいなどと普通口にするわけがない。興味本位で知りたい場合もあるが、その範囲はすでに超えている。
総司令官は短い間とはいえ少年を観察していた。そして随分面白い性格をしているな、と感じたのが彼の第1印象だった。子どもらしいところもあるし抜けているところもあるが、根っこはかなりシビアなようだ。少なくとも冗談でロストロギアを調べたい等とは言わないだろう。つまり本気だ。
真剣にロストロギアについて調べたい。その代わりの交換条件も提示してきた。そしてその条件は、こちらにとって有益になるだろうと判断できるものであった。さらにアルヴィンが調べたい物は危険な物であるのは間違いないのだが、その情報の使い道はほとんどないものなのだ。
「管理局への従事も場合によっては考えます、か。随分切羽詰っていたようじゃな」
「地上部隊への補助、そして緊急事態の場合の協力との引き換え。この条件で本当によかったのですか。あいつは一応AAランクの魔力量を持っていましたし、従事という形でも…」
「やめんか。魔力資質が高かろうと、もともと子どもを戦わせるなど儂は反対なんだ。もちろん次元世界の情勢的に難しいのはわかっとるし、自ら入局を選んだ者なら子ども扱いするつもりはないがな。だが本心で志願した訳でもなく、あれぐらいの情報で入局させるのは横暴というものじゃ」
ローバスト総司令官にとって、「闇の書」の情報はそれほど重要視するものではなかった。ほかのロストロギアであったなら、物によっては今回の取引はなかったことにした場合もあっただろう。もし万が一、そのロストロギアを使われたらまずいためだ。
しかし闇の書は、ランダムに主を決めるロストロギアである。現在アルヴィンが闇の書を所持しているわけではない。次元世界には無限ともいえる世界があり、多くの人が暮らしている。これからの未来でその所有者に出会える確率は? 彼が所有者になる確率は? 探し出したとしても主としての権限のない者に何ができる。
管理局員になれば、多少面倒な手続きが必要だが調べられないわけではないのだ。アルヴィンの様子を見て、早々に引き下がりそうにないのもわかった。なら条件を呑めば、レアスキルの補助が手に入り、もしもの場合に監視もできるのは有益だろう。
「まぁ、そんな難しく考えすぎても仕方ない気もするがのぉ」
「……何故そんなに楽観的に見られるのですか」
「かっかっか。確かに儂個人の考え方だな。だが、これから先も関わりはあるんだ。お前の眼で見て、そして考えて、判断を出したらいいさ」
口元に笑みを浮かべながら言葉を切る。長い会話の中で整理していた必要な書類をまとめ、総司令官は椅子から立ち上がった。言われた内容に一瞬困惑したが、彼もすぐに表情を引き締め同じように立ち上がる。自分なりに考察するのも大切だが、まずはやらなければならないことがある。考えを切り替え、お互いに視線を交わした。
「とりあえず、まずは儂らの仕事をこなすことが始めじゃな。……早々に片づけるぞ」
「はい」
壁に立て掛けていた上着を羽織り、2人は執務室から退出する。地上本部は動き出した。
******
「この勝利をあなたたちに捧げるわぁーー!!」
「祝いよ、祝い!! 今日はガンガンに飲むわよ!!」
「嬉しいのはわかりますが落ち着いてください! 主任、お嬢さんと坊やが潰れそうですから抱擁押さえてください! そっちは酒で物理的に潰して回るんじゃない!」
酔っぱらった母さんから助けていただき、強者さんは酒で狂化されて文字通り潰しまくっている同僚さんを止めに行った。母さんは幸せそうな顔で「んふんふ」と笑っている。ほかの開発メンバーの何人かも同じように夢心地に「んふんふ」言っている。やばい、増殖している。
「うにゃァー!」
「きゃー、ぽかぽかー!」
『お酒の力ってすごいですねー』
肌寒い気候になってきたからか、リニスは特に人気だった。リニスもさすがに逃げ出そうともがいていたが、酔っ払いの前に撃沈。同僚さん、魔力で身体強化して相手の抵抗を抑え、猫パンチは瞬時にバリアを張って防いでいる。酔っぱらっているのに精密な魔法操作。すごいのに、なんでこんなに残念なんだろう。
「これぞまさに死屍累々」
「んふー」
どうしよう、妹にもうつってしまったみたいだ。というか眠いみたい。晩御飯食べていたあたりはみんなもテンションが高いだけだったのに、酒が入るだけで大人組はほぼ全滅とか。母さんも珍しくグビグビいってたし、それだけうれしかったんだろうな。
俺は強者さんに一声かけ、瞼をこする妹を引き連れて寝室に向かうことにする。さすがに子どもに酒を進める人はいなかったとはいえ、宴会場にこのままいるのもあれだったし。なんとか安全圏に避難してきたリニスを抱きしめながら、アリシアはそのままベットに沈んでいった。
『それでは、次の内容にうつりたいと思います』
「ん? あれ、テレビつけっぱなしじゃん」
『本当ですね』
みんなに毛布でも持って行ってあげようと寝室から宴会場に戻る途中、女性キャスターの声に立ち止まる。俺は部屋の奥に行き覗き込むと、だれもいない薄闇の中で映像が流れているのに気付いた。おそらく誰かが消し忘れたのだろう。仕方がない、と頭をかきながら電源を消すためにスイッチを押すことにした。
『新型の大型魔力駆動炉暴走事故についてです』
そこで俺の手は止まった。少し眠気があった頭も覚め、映像に自然と目が行く。モニターに映し出されているのは、久しぶりに目にした塔のような建物。次元航行エネルギー駆動炉「ヒュードラ」だった。
『今から4ヶ月程前に起きた事件。駆動炉が暴走したことにより、高純度の魔力エネルギーが外部に漏れました。幸いこの事件に死者はおらず、開発関係者も建物も無事でしたが、自然環境へのダメージはとても深刻なものとなっています』
4ヶ月…もうそんなに経ったのか。詳しい事故の内容が発表されてから、まだそれほど日は経っていない。最近まで俺は、当事者でありながら事故の原因も被害もあまり知ることができなかった。
それは大人たちからの配慮だとわかっていた。子どもの俺たちに、わざわざ自分たちが死にかけた原因を話す必要はないだろう。そのため管理局の発表した情報程度しか俺は知らなかった。おじいちゃん達からもらえた資料で、ようやく概要をつかむことができたぐらいだ。
原作のアリシアの死因は、正直ぞっとするようなものだった。母さんの結界があったおかげで、高純度の魔力エネルギーを直接身体に浴びることはなかった。もし結界がなかったら、なのはさんとフェイトさんとはやてさん3人の本気ブレイカー並みかそれ以上のダメージだっただろう。普通にショック死できるな。
まぁとにかく、爆発の衝撃と魔力ダメージだけなら結界で防げたのだ。ただ彼女の死因はおそらく…窒息死だった。漏れたエネルギーが空気中の微粒子と反応を起こし、一瞬で周辺の酸素を燃やし尽くしてしまったのだ。高密度の魔力エネルギーと酸素の消失。そのため今でも事故の影響で、駆動炉の周りの自然体系は崩れている。
死者は出なかったとはいえ、土地にあれほどの被害を出せば責任問題も大きい。テレビでは、駆動炉の周辺が映し出されている。アリシアと遊んだことのある場所も幾つか映ったが、半年前までの面影はなかった。
『事故当初の発表では、今回の駆動路の開発をしたアレクトロ社が、開発者が違法手段・違法エネルギーを用い、安全確認よりもプロジェクト達成を優先させたことが原因であると報告されました。しかし、開発側はそれを否認し、上層部の杜撰な管理とさらに圧力をかけ、脅してきたことが原因だと供述し、両者の意見は真っ向から対立していました』
番組の内容は裁判の話へと移り、その当時の様子が回想のように流れている。母さんたちは本当に劣勢だった。なんせ見つかった書類やデータは改ざんされ、それを証拠として突きつけられていたのだから。いくら母さんたちがそのような書類を書いた覚えがない、と言い張っても聞き入れてはくれなかった。
「こんなの普通に敗訴で決定だよな。もう少し調べてくれたっていいのに」
『管理局員に内部の捜査をさせないように根回しもしていたみたいですしね。……民間の事件で辺境のことです。総司令官も言われていましたが、すべてを拾えるわけではないでしょう。人員の足りない状態で、これだけの証拠があれば調査の手を止めてしまう場合が多いでしょうから』
「俺だってわかってるさ」
俺自身そのことに不満はあったし、納得できないところもあった。だけど、それを直接ぶつけるつもりはなかった。頭の中でそれは仕方がないことなのだと理解していたからだ。
本来の歴史では、母さんは裁判に負けてしまう。その後会社からの口止めとしての賠償金を受け入れ、ミッドから去ることしかできなかった。すべての罪を擦り付けられて。娘を失い、1人になり、果てに持っていたものをすべて失ってしまった。
この定めが本来の道筋だとわかっている。だけど、だからって…はいそうですか、と認められるほど俺は聞き分けがよくない。理解はできても、それが納得できるものじゃなかったから俺自身で足掻いたんだ。
『開発側の敗訴が決定し、この事件は終わりを迎えました。しかし……ここからが歴史に残るであろう大逆転劇の始まりだったのです! 今まで静観を保っていた地上部隊が突如突入してきました。「三文芝居はようやく終わりか?」と入ってきたのは、なんとあの歴戦の魔導師。地上本部首都防衛隊代表であるローバスト総司令官でした!』
映像には混乱する人々の様子や総司令官のすごくいい笑顔が映っている。あのおじいちゃん結構Sっ気あるよな。もう今から存分にいじめられるのがうれしくて仕方がない、って顔に書いてある。
『混乱の中、地上部隊は決定的な証拠を我々に示しました。それは実際の開発の様子や脅迫内容、さらに汚職関係の映像などまさに証拠のオンパレード! そしてアレクトロ社の重役、関係者を次々に捕縛していったのです』
今さらながらこの番組のタイトル名を見ると、『華麗なる地上部隊』という題名だった。なるほど、お姉さんのテンションが高いわけだ。あっ、副官さんだ。こちらもいい笑顔で関係者をどんどん捕まえている。というか副官さんがかなり映っているな…、と思っていたら、テレビ画面の下の方に『映像提供者:総司令官様より』と載っていた。納得した。
今回のことで、管理局員や裁判官の一部も捕まったらしい。それが今から数日前の出来事。後日改めてみんなの無実が確定され、俺たちは解放されたのだ。今までの長い戦いも終わり、どんちゃん騒ぎになってしまうのは当然だろう。
『市民を守る管理局員が関与していたことは私としても大変つらく、悲しいことだ。しかしどうか忘れないでほしい。私たちは市民の安全を何よりも守りたいのだと。我々が事故を事前に止められなかったことは謝罪しよう。だが、これ以上の悲しみを広めるつもりはない! 我ら地上部隊がいるかぎり、皆様を守り続けることを誓おう!』
おじいちゃんキャラちがくね、と思いながらテレビの電源を消す。まぁ、ああいう熱血パフォーマンスも大切だよな。薄暗かった部屋から光源が消えたため真っ暗になったが、そこはお手軽点灯コーラル君。俺は先ほどまで運んでいた毛布をもう1度抱え、宴会場に向けて歩を進めた。
「総司令官って本当に市民のことを大切にしてくれてるんだな」
『そうですね。あの後、真実を伝えられず苦しい思いをさせてすまなかった、とマイスターたちに謝罪されていましたしね』
「うん」
総司令官や副官さんが持つ管理局員としての誇り。いつもミッドのために、そこに住む人々のために戦っている。救い出している。あぁ、うん。なんかもう、普通にかっこいいや。
『いいだろう、坊主の条件を呑もう。……ただしこれだけは覚えておけ。お前がもしその知識を使い、世界を混乱させようとしたその時には、儂自身の手で必ず潰させてもらうぞ』
「……俺も頑張らねぇと」
総司令官達のような覚悟が、俺にもあるのかなんて正直わからない。それでも俺がやることは変わらない。これからも守っていく。これからも頑張っていく。それだけだ。
あ、そろそろ俺の行動方針もちゃんとまとめておくかな。憂いごとも片付いたんだし、本腰あげていかないと。ようやくスタートラインを踏み出したばかりなんだし、道に迷ったりしたら大変だからな。
『……おや』
「どうした、コーラル?」
『通信ですね。ますたー、どうやらマイスターが次の休みなら時間をとることができるそうですよ』
「ほんとか!」
コーラルからの言葉に俺はつい大きな声を出してしまい、慌てて口を閉じる。夜中はさすがに近所迷惑に……いや、宴会場の強者さんへの一気コールの方がでかいから今更か。本当に頑張って、強者さん。
「やっと直接お礼ができるな。実際に会うのはいつ振りだろう」
『通信でやり取りはしていましたけど、会うのはおそらく1年ぶりではないでしょうか。空中突撃しに行った日からでしょう』
「……あの時も一応、1年ぶりぐらいの感動の再会だったと思うのだが」
いくら記憶を思い起こしても、どこも感動できるシーンがなかった。体調不良でふらふらだったワーカーホリックを昏倒させて、説教して、結局テスタロッサ家秘蔵コレクションを一緒に見ただけだ。うん、なにしてるんだ。
『ますたーとマイスターらしい関係だと思いますけどね』
「そんなものかね。とりあえず日持ちできるクッキーにしておいてよかったよ。いつ会えるかもわからなかったし」
クッキーの鮮度は問題ないだろう。もし賞味期限がきれそうだったら、最悪送ればよかったことだ。それにしても相変わらず忙しそうだな、と俺は小さく笑ってしまった。
『楽しみですね』
「うん、とりあえず体調に気を付けていたらいいんだけどね。父さんは」
俺も了承のメッセージを送り返し、あの混沌の空間で無事に生還を果たしていた強者さんと合流。この人は常識人だけど、結構(いい意味で)変人だよな、と失礼なことを考えながら俺は酔いつぶれた人たちに毛布をかけていった。
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