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アラベラ

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第三幕その三


第三幕その三

「私共でよければ」
 彼等はそれを了承した。これで全ては決まった。
 だがここで思わぬ乱入者が出て来た。
「お父さん、待って!」
「その声は!」
 ヴェルトナーとアラベラは声がした方に顔を向けた。アデライーデもである。
 それはホテルのアラベラ達の部屋の前であった。そこに彼女がいた。
「ズデンカ」
 彼等は思わず彼女の名を呼んだ。ズデンカは女性の部屋着を着ていた。
「ズデンカ!?」
 マッテオはその名を聞いて眉を顰めた。
「ズデンコじゃないのか!?」
 そしてヴェルトナーに顔を向ける。
「伯爵、これはどういうことですか。彼は男ではなかったのですか」
「むむむ」
 答えるに答えられない。彼は顔を顰めさせるしかなかった。
「実はな」
 だがこうなっては仕方がない。彼は真相を言おうとした。だがそうした悠長な状況ではなかった。
「誰だあの美しい娘は」
「はじめて見るぞ」
 ホテルの者達は彼女を見て口々にそう言う。そして別の話題に移った。
「伯爵の御令嬢か?」
「アラベラ嬢だけではなかったのか?」
「いや、確か御子息がおられた筈だが」
「では彼女は」
 アラベラは妹の側に来た。そして優しい声をかけてきた。
「ズデンカ、どうしたの?そんなに取り乱して」
「姉さん」
 彼女は姉を見上げた。姉は彼女の顔を見て微笑んでいる。
「話して御覧なさい。落ち着いてね」
「はい」
 姉にそう言われ彼女は次第に落ち着きを取り戻してきた。そして話しはじめた。
「まずはマッテオのことですが」
「僕のことかい?」
 彼にはもう何が何だかわからなかった。
「その前に待ってくれ」
 彼は逆にズデンカに問うた。
「君は本当にあのズデンコなのかい?女の子だったのか?」
「はい」
 彼女はその問いに対して頷いた。
「御家の事情があって。今まで男の子として育てられたの。それで」
「そうだったのか」
 彼はそれを聞いて話の一部を理解した。
「では君の本当の名前はズデンコじゃなかったんだね」
「ええ」
「ズデンカだったんだ」
「そうよ。御免なさい、今まで隠していて」
「いや、いいんだよ」
 マッテオはそれを許した。
「君は僕の親友でいてくれた。そのことには心から感謝しているから」
「有り難う」
「けれどもう一つ聞きたいことがあるんだ」
「それは」
「その僕のことだけれど。一体何なんだい」
「ええ」
 ズデンカはそれを受けて姿勢を整えた。そして語った。
「今の騒ぎだけれど」
「うん」
「貴方には罪はないわ。罪があるのは私」
「それはどういうことだい」
「ズデンカ」
 アデライーデがここで娘の話を止めさせようとする。恥をかかせたくはなかったからだ。だが彼女の夫がそれを遮った。
「貴方」
「ここは話させてあげよう。あの娘の為に」
「それは」
 反論しようとした。だが夫の顔を見てそれを止めた。父親の顔であるからだ。
「わかりました」
 彼女は頷いた。それを受けてヴェルトナーはズデンカに対して言った。
「さあズデンカ、話しなさい。私がいるから」
「お父さん」
「私もよ」
 アラベラはやはり側にいた。
「だから安心して。貴女は一人ではないから」
「ええ」
 ズデンカは頷いた。そして再び語りはじめた。
「先程部屋の中で貴方に御会いした人は」
 マッテオに向けて話す。マッテオは黙ってそれを聞いている。
「私なのです」
「えっ、じゃあ君・・・・・・いや貴女は」
「そうよ。貴方を騙したのよ。姉さんと偽ってね」
「何故そんなことを」
「それは聞かなくともわかるだろう」
 ヴェルトナーがマッテオに対して言った。
「君も男なら。それ以上私に言わせるつもりかね?」
「いえ」
 彼はその言葉に首を横に振った。
「わかりました。ようやく全てが」
「そうか。ならばいい」
 ヴェルトナーは父の顔でそれに応えた。
「ではズデンカ、御前の責任の取り方はわかっているね」
「はい」
「それならいい。ではマッテオ君」
 マッテオにも声を向けた。
「娘の愚かな行為を許してやってくれ。この愚かな父に免じて」
「いえ」
 だがマッテオはここで首を横に振った。
「許されるべきは私です。何も知らずにこの様な騒動を起こしてしまいました」
「それは私が」
「貴女は関係ない」
 ズデンカに対して言った。
「私が貴女に気付いていればこんなことにはならなかった。そして今私は貴女の気持ちに応えたいと心から思っています」
「じゃあ私は貴方の・・・・・・」
「そうです。これからも側にいてくれますか」
 彼のその顔はもう親友への顔だけではなかった。
「親友として、そして私の生涯の伴侶として」
「はい・・・・・・」
 ズデンカはそれを了承した。こうして二人の輪は出来上がった。
「私達も愚かなことをしていた」
「はい」 
 ヴェルトナーとアデライーデの夫妻はそれを見て目を伏せていた。
「ズデンカに対してあまりにも酷いことをしてきた。その罪は重い」
「はい、わかっております」
「だがこれからは二人の為に全てを捧げよう。今までの償いの為に」
「そうですね。これからはあの娘の幸せの為に生きましょう」
「うん、そうしよう」
 マッテオとズデンカは固く抱き合っていた。そしてそのまま場の端へ向かった。
 その場にいた全ての者が二人を祝福した。彼等は今その道を二人で歩きはじめようとしていた。だがその祝福の場で一人後悔の念に苛まれている者がいた。
「全ては私の早とちりだったのか」
 マンドリーカは暗澹たる顔でそう呟いた。
「あの娘がまさか彼だったとは。そしてこのような真相だったとは。知らなかったとはいえ私は何ということをしてしまったのか。彼女に何ということを言ってしまったのか」
 後悔と自責の念が彼を支配する。だがどうにもならない。そこへ従者が戻って来た。
 
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