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アラベラ

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第一幕その一


第一幕その一

                  第一幕 ホテルの部屋にて
 十九世紀中頃のオーストリアは一人の謹厳実直な皇帝により治められていた。
 フランツ=ヨーゼフ帝。彼なくしてこの時代のオーストリア、そしてハプスブルク家を語ることはできないであろう。
 弱冠十八歳で帝位に就いた彼は聡明かつ毅然とした態度を崩さない人物であった。生真面目であり執務が滞ることはなかった。美貌で名高い皇后エリザベートの存在でも知られているが彼はこの古い帝国の皇帝として存在していた。
 その彼の下にオーストリアはあった。この時代に造られたギリシアの神々の像ではゼウスの顔は彼のものになっている。それが示すように彼はオーストリアの柱そのものであった。
 その彼の下にある帝都ウィーン。この街は古くより音楽の都として知られている。
 ハプスブルク家の宮殿シェーンブルンの鏡の間でまだ子供のモーツァルトがマリー=アントワネットにプロポーズをしたこともある。ベートーベンもこの街にいた。そしてハプスブルク家の君主達はその音楽を心から愛し育てた。そしてこの街から音楽が途絶えることはなかった。
 この時代のウィーンは繁栄を極めていた。この巨大な帝国の心臓として栄え夜が訪れることはないようであった。人々は投機に沸き、華やかな舞踏会が日々繰り広げられていた。
 だが光もあれば陰も必ずあるものである。
 華やかな中にも黄昏にその身を沈めようとしている者達もいた。ウィーンの豪華なホテルの一室のことである。その日は懺悔の火曜日であった。
 ホテルの豪華な一室で年老いた女がカードを切っている。
「さて、はじめますぞ」
「はい」
 その向かいには初老の男女が座っている。どうやらこの二人は夫婦の様である。
 男の方は立派な服を着た男である。八の字の口髭をワックスで固め頭はもう白くなり髪の毛もかなり薄くなっている。だが背はそれなりにあり姿勢もいい。堂々とした風格の持ち主であった。
 女の方もいい服を着ていた。だが男とは違いやや老けて見える。髪は白いものがかなり混ざりそれがその老けた様子をさらに強いものにしていた。
 老女はどうやら占い師の様である。黒っぽい服に身を包み頭にはフードを被っている。その手にあるカードはタロットであった。ジプシーのようである。
 占い師はカードを机の上に一枚ずつ置いていった。所謂ケルト十字の並べ方である。
 それから一枚一枚表に返していく。それを見る他の二人の顔が強張っていた。
「ふむ」
 占い師はそれを見て呟いた。
「どうなのですか?」
 向かいにいる二人はそれを受けて問うてきた。
「そうですな」
 彼女は最後のカードを表にして、それを見てから顔を上げた。
「いいようですな」
「本当ですか!?」
「はい」
 彼女は二人に対して答えた。ここで扉をノックする音がした。
「こんな時に」
 女はそれを見て顔を顰めさせた。
「ズデンコ」
 そして男の名を呼んだ。
「お母さん、何?」
 するとすぐに小柄な少年が部屋に入って来た。
 蜂蜜がかかったような金色の髪に透き通る様な青い瞳をしている。肌は白くまるで雪の様である。今は男の服を着ているが服さえ変えれば少女といっても通用する程であった。
「伝えて」
 女はズデンコと呼んだ自分の子供に対して言った。
「父は留守、母は寝込んでいると。いいですね」
「わかりました」
 ズデンコは頷くと扉に向かった。そしてほんの少しだけ開け応対をした。暫くして扉は閉められた。
「何だったの?」
 女は問うた。
「請求書です、また」
 ズデンコは暗い顔をして答えた。
「やっぱり」
 彼女はそれを受けて深い溜息をついた。
「もう請求書で埋もれそうね」
「アデライーデ」
 だがここで男が彼女の名を呼んで嗜めた。
「今は静かにな」
「わかったわ、貴方」
 そう言って夫であるヴェルトナー伯爵に頭を下げた。
 実は彼は伯爵でありそれなりの身分にある。若い頃は騎兵隊に所属し太尉であった。だが軍を退役してからは泣かず飛ばずであり今は博打で生計を立てているという有様であった。無論それで生きていけるわけはなく今や破産の危機にあるのだ。
 今彼等は未来を占ってもらっている。そうでないと不安で仕方がないのだ。
「心配はいりませんよ」
 占い師は二人を宥めるようにして言った。
「幸福が近付いています」
「本当ですか!?」
 二人はそれを聞いて身を乗り出した。
「御主人」
 彼女はヴェルトナーに対して言った。
「貴方は先程大金を失われましたね」
「はい」
 彼は憮然としてそれを認めた。
「よく御存知で」
「はい。このカードが教えてくれました」
 彼女は答えた。
「それはわかっていたわ」
 アデライーデはそれを聞き首を横に振った。
 
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