マノン=レスコー
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第四幕その三
第四幕その三
「僕はこれで彼女とずっと一緒だ」
「僕も」
「これさえあれば他には何もいらないから」
「これからどうするんだい?」
レスコーは彼に問うた。遠くから鴎の鳴き声が聞こえる。青い空と海が二人の後ろに広がっているが二人はそれに気付いていない。二人が今いる世界は悲しみの世界だったから。
「もう僕は誰も愛せないから。修道院に入るよ」
「そうか」
「うん。何かあったら立ち寄ってくれ」
「わかった」
レスコーは頷く。今度はデ=グリューが彼に問うた。
「君はどうするんだい?」
「僕は軍を辞める」
彼は言った。
「故郷に戻るよ。そこで静かに暮らす」
「そうするのかい」
「僕のせいで何もかもが駄目になってしまったから」
「いや、そうじゃないよ」
デ=グリューは友に対して述べた。
「君は悪くない。マノンも悪くはない」
「そして君も」
「これは運命だったんだ」
デ=グリューはそれがわかった。全てがわかった。
「僕が彼女を愛したことは。彼女が僕を愛したことは」
「全て運命なのかい」
「そう。だから」
彼は言う。
「後悔はしないさ」
「そうか」
彼はこの後すぐに修道院に入った。それからそこで一生を過ごすことになる。残りの人生を神に捧げたのであった。古いフランスでの話であった。
「古いお話です」
全てを語り終えた彼は私にそう語った。私達は修道院の白い何もない部屋で話をしていた。そこはまるで墓場のように静まり返っている。聞こえるのは院長の低い言葉だけであった。
「全ては私の。愚かな話です」
「そうだったのですか」
「はい。しかし私は」
「後悔はしていないのですね」
そう老修道院長に言った。
「今でも」
「はい、今でも」
彼も私の言葉に答えてくれた。
「何があっても」
「そうですか。では貴方は幸せだったのですね」
「人はそれぞれの想いの強さには限りがあると思います」
院長は今度は私にそう述べた。
「そしてそれを全て出せた者は」
「幸せなのですか」
「そう、幸せなのです。ですから私は」
「わかりました」
私はそこまで聞いて頷いた。
「では貴方の幸せ、僕の心にも留まらせてもらいます」
「有り難うございます」
院長は私のその言葉を聞いて目を細めてきた。
「ではまた。何かありましたら」
「はい、また」
「おいで下さい。マノンもいますから」
ここで私にあのペンダントを見せてきた。
「ここに。彼女もいます」
「永遠にですね」
「そう。永遠に」
達観と優しさが完全に調和した微笑みを私に向けてくれた。それは確かに幸福を知る者の微笑みであった。それを見せてもらった私もまた幸福であった。今それがわかった。
マノン=レスコー 完
2007・2・9
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