最期の祈り(Fate/Zero)
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衛宮切嗣
前書き
今まで、一番長い……
――誓いを此処に。我は常世全ての善と成る者。――
叶えたい夢がある。為し遂げたい想いがある。救いたい……世界がある。
男は何処までも残酷で、何処までも優しかった。
――我はこの世全ての、悪を敷く者――
例えこの世全ての悪を担おうとも、誰も泣かない世界を。
その理想を遂げるのに、男は余りに無力だった。その夢を実現するのに、男は余りに人間らしすぎた。
生き地獄の中、ただ祈るように告げられる契約の祝詞。
これが最後だ。どれほど恨まれようが構わない。どれほど下げずまれようが、構わない。
僕は……こ……最後……してみ……
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「……朝」
時計を見てみる。時間は朝の6時。平日ならそろそろ授業の準備をしなければならない時間の筈だが、学年別トーナメントを1週間後に控えているため授業は無い。建前は生徒の為の自習期間と銘打っているが、実際は教師がトーナメントの準備をするためだ。各国から要人が来るから、細心の注意を払わなければならない。
「ふぁ……」
大きくあくびをしながら、ベッドから降りる。昨日は切嗣の荷物を運ぶ際のゴタゴタで疲れたので良く寝れた。
「……切嗣?」
頭の中に切嗣の名が出たところで、隣の寝床の住人に目をやる……が、既に裳抜けの空だった。
「朝、早いんだな……」
一見ずぼらな風体に見えて、切嗣の朝は早い。今まで一度も切嗣の先を越した事がない。しかし、珍しい。いつもは僕が目を醒ますまで傍に居てくれるのに、今日に限っては早朝からどこかに行ってしまった。
「顔、洗おうか……」
寂しさを背負い、寝ぼけ眼で洗面所に向かう。蛇口を捻り冷たい水で顔を洗って漸く視界がはっきりした。顔を上げると、学園特有の横に大きい備え付けの鏡にシャルロット・デュノアが写っていた。さらしは巻いていないので、女性特有のふくよかさがある。
(切嗣の好みの女の子って、どんな感じなんだろうか……)
別にシャルロットは自身の女らしさの欠如に嘆いている訳では無い。ただ、引っかかるモノがあるのだ。フランスでのカーニバル二日目、夢か現か切嗣を胸に抱いた白銀の女性が忘れられないでいた。人間離れした雪の様な美しさ……アレは何なのか、気にならない訳では無い。しかし、それも切嗣との関係について比べれば霞んでしまう。何であの人は切嗣をあんなに愛しそうに抱き締めたのか?年齢が離れているように見えたが、あの人は切嗣にどんな想いを抱いているのか?最後に言った「この人を頼む」とはどういう意味か?疑問は尽きない。尽きないが……
「ゴハン、食べに行こう……」
腹の虫を知らんぷりするのも限界だ。さっきから不満の音色が煩わしい。
「はぁ……切嗣」
最も、朝最初に見たのが切嗣の顔で無いことが一番の不満何だが……
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「おう、シャルル」
「ああ。おはよう、一夏」
朝食を取っていると、テーブルの向こうに一夏が腰掛けた。割と整った顔に、子供の様な寝癖がアンバランスで何とも言えない柔らかさを出していた。何だかんだ言って、彼が女の子に持て囃されるのも解る気がする。
「よく朝からそんなに入るね」
とりあえず無言で食事をとるのも味気ないので、適当な会話を振ってみる。それに、一夏の情報も拾ってこいと命じられているんだ。形だけは従っておいた方が賢明だろう。まぁ、八割方嘘の情報しか流してないけど。
「いやいや。結構体力使うから、このくらい取らないともたないんだよ」
一夏のトレーには、焼魚、ご飯、味噌汁、ほうれん草のお浸しが乗っていた。それが次々と口の中に入っていく様は圧巻だ。
「て言うか、シャルルが食べなさすぎなんだよ。サンドイッチ一つって、昼まで持たないぞ」
一夏の言葉通り僕の皿に乗ってるのは、サンドイッチ一切れ。中身はトマトとレタスとジョージ店長お奨めの調味料(※無駄に赤いです)。確かに少ないとは思うが、女の敵と戦っているだけだ。無論言える訳がないけど。そんな他愛もない会話をしていると、急に一夏がそわそわし始めた。
「そう言えば、切嗣は一緒じゃないのか?」
ああ、その事か……
「ごめんね。僕も知らないんだ。朝起きたら、もうどこかに行ってた」
そうか、と残念そうに返した。
曰く、最近女の子からひっきりなしにトーナメントのパートナーに誘われるので、切嗣と組んでしまおうとのこと。
「え、でも切嗣は布仏さんと組むつもりだって言ってたよ」
「あ……そうなのか?」
少し残念そうに声を漏らしたので、慌ててフォローを入れる。
「あ、別に切嗣は一夏が嫌いな訳じゃないよ。ただ、実力不足とかそんな理由で……」
「……シャルル。それはフォローじゃなくて止めだ」
う……
「ご、ごめんね」
「い、いや。いいさ……ただ、どっちにしろ切嗣とは会いたいんだけどな」
ん?何か用でも在るのかな。それが顔にでたのか、一夏が先回りして教えてくれた。
「ちょっと聞きたい事があってな」
それだけ言うと、一夏は難しげな顔をして黙ってしまった。
暫し、息苦しい沈黙が流れる。
「だったら、アリーナの方に行ってみる?」
切嗣の事だから、訓練をしているのだろう。それに気付いたのか一夏も賛同の声を挙げた。
そこから、切嗣を探すため僕も一夏もそそくさと食事を終えてアリーナに向かった。ただ、アリーナに向かう途中、一夏は何度もパートナーにならないか色々な女の子に誘われていた。その度に平謝りする一夏を、恐らく呆れがこもりにこもった、生暖かい目で見つめていた事だろう。……一方の僕はラウラと組む事が伝わっていたのか、そんな誘いも無く他人事でいれた。不覚にもこの時だけは、パートナーが決められてしまった不幸に感謝してしまった。
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「それにしてもここまで来るのに時間がかかったね」
結局、食堂から直線距離で百メートル程のところにあるアリーナに来るのに三十分かかった。理由は言わずがもがな。
「す、すまん」
何を思ったか、一夏が僕にも頭を下げてきた。
「いや、一夏のせいじゃないから。別に謝らないでいいよ」
色男に罪は無い。優柔不断がに咎があるだけだ。
そ、そうか。と何やら安心したように色男(一夏)が顔を挙げる。
……それにしても人が多いな。間を縫って歩くのがやっとで、正直人を探すなんて出来そうに無い。アリーナにもセシリアと鈴音が居るだけで、肝心の切嗣がいない。
「どうする、一夏?切嗣を探すのは無理そうだけど……」
とりあえず隣の連れに確認をとってみる。仮にここの何処かに切嗣がいたとしても、見付けるのは至難の技だ。しかも、居ない可能性も十分あるのだ。
「う~む……また夕食の時にでもしようか」
流石にこの人混みにわけいってまで探す気力は無いのか、一夏もあっさり諦めた。1週間後に大会を控えているのだ。余り時間は浪費したく無い。結局僕達は、一夏が人目について騒ぎの巻き添えをくう前に、そそくさとその場を離れる事にした。
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アリーナの観戦フロアの外に出ると、涼しい空気が体を覆った。――いや、中が暑すぎただけだ。余程人が居たのか、外と中の温度差が激しい。下手をしたら風邪を引きかねない。現に一夏が気温の変化に耐えられずくしゃみを繰り返している。
「大丈夫?」
余りに状態が酷いので思わず心配してしまう。
「ああ。とりあえずは……」
「中との温度に落差があったからね。風邪引かないでね」
体を冷やすのは良くない。本当に風邪をひかないか心配だ。
しかし、その心配は杞憂に終わりそうだった。何やら向こうから、土煙をあげながら迫ってきていたからだ。
「あ……。……。ごめん一夏。急用を思い出した」
それだけ言うと、僕は元来た道を全速力で引き返した。ああ。そう言えばパートナーの申し込み、今日の昼までだったな……
後ろの方から「い~ち~か~く~ん~」と、統率の無い筈なのに一矢乱れぬ女の子のハーモニーが聞こえた。体を冷やす心配は無いな……校内マラソンをしたら嫌でも汗だくになるだろう。
「うん。アレに巻き込まれたら終りだ」
この学園に来て日が浅い僕でも解る。横で並走している織斑先生も頷き返してくれる。
「全くだ」
「ですよね……って、織斑先生!?何で居るんですか!?」
いつの間にか、僕の右側で織斑先生が並走なさってた。意図せず、足が止まってしまう。
「居ては悪いか?」
「心臓に悪いです!一言声をかけて下さい……」
本当に心臓に悪い。
「いや、すまんな。校則を無視し、廊下を全速力で疾走する生徒を見ると……ついな」
そう、怒りマークを浮かべ優しく謝ってくれた。
……僕って、本当にバカ。
○○お説教中の為、暫くの間「根源」への道を探しながらお待ち下さい○○
十分後、こってり搾られ、ぐってりしたシャルロットがいた。
「……はいすみませんもう今後何が有ろうと廊下は一切走りません本当に反省してます勘弁して下さい」
いや、軽く精神崩壊していた。根源にたどり着いたのは、我々ではなくシャルロットだったか……
「全く……人に当たって相手だけでなく、自分も怪我をするかもしれんのだ。胆に銘じておけ」
まぁ、何だかんだで生徒を想って故の言動の為、不快な気はしない。
漸く説教が終わったのか、千冬は頭をグシャグシャかきながら脳を切り替える。別に千冬は、シャルロットを説教するためだけに彼女を呼び止めたのではない。説教はついでだ。
「デュノア。衛宮を知らないか?幾つか訊きたい事があるのだが……姿がいっこうに見えない」
「織斑先生もですか……僕も探しているのですが」
最後は少し言葉を濁した。
本当に、切嗣が今どこに居るか解らない。何だか胸騒ぎがする。嫌な予感がするのだ。
「……デュノア。お前もか?」
「へ?何がですか?」
突然、千冬が会話の脈絡無く問い掛けた。疑問に疑問で返してしまったとしても仕方無い。筈なのだが、シャルロットには千冬が何を言いたいか薄々感づいてしまった。
「衛宮の事だ……妙な胸騒ぎを覚える」
……ついさっきまでシャルロットが感じていた、運動による汗が冷や汗に変わる。まるで、彼女達の不安を代弁するように。
――そして、それは現実のモノとなった。
「織斑先生!!」
突如、名前の知らない生徒の声が廊下に響いた。
「第8アリーナで……!」
その子は、息も絶え絶えといった風に、息を吐き出す様に喋る。
「落ち着け。第8アリーナで何があった?」
そんな生徒を落ち着かせる様に、千冬は肩に手をかけ、語りかける様にゆっくり――でも、顔は険しいまま――話しかけた。其が功を奏したのか、その生徒の言が漸くはっきりした。
「さっきまでオルコットさんと凰さんが模擬戦をしていたのですが、急にボーデヴィッヒさんが乱入して……」
そこまで聞くと、千冬は「よく知らせてくれた」と言い残し、猛然と走り出した。それに釣られて、シャルロットも急いで後を追う。
「織斑先生……」
「不味い……アレは強い……以上に加減を知らん。手遅れになる前に……」
千冬は知っていた。ラウラの実力を。1年の枠に収まらない、その人生を軍に捧げた故に得た彼女の実力を。状況さえ整えば、国家代表と渡り合うその異端さを……
数分後、第8アリーナに着いた彼女達が見たのは、シュヴァルツェア・レーゲンを展開させるラウラ・ボーデヴィッヒと……過剰な攻撃を受けた上に、ISが強制解除され気を失い、ぐったり地に倒れ込むセシリアと鈴音。そして、そんな二人を庇うように間に立つ、黒の異端者「衛宮切嗣」だった。
――我は常世全ての善と成る者
――我はこの世全ての悪を敷くもの
「衛宮……お前は、一体……」
side ラウラ
「どういう事だ?」
プライベート回線から、奴の声が聞こえた。極限まで感情を圧し殺した、静かな声だ。
「何故、こんな事を……」
そうだ、私はこれが聴きたかったんだ。
「くふっ……」
思わず笑いが漏れた。
「ああ、惜しむらくは貴様の泣き顔などではなく、奴の泣き叫ぶ声なら最高だったのにな」
最初からこうすれば早かった。織斑一夏を消せば大切な人が悲しむ。ならば、奴の大切なモノを壊せば良いだけだ。そうすれば……
「カハハ……衛宮切嗣。貴様も、嘆きの糧となれ」
私は殺すつもりでシュヴァルツェア・レーゲンの武装を展開し、奴に向かっていった。敵のISは未知なるものだが、奴はボロ雑巾を二つ抱えたまま戦うのだ。負ける道理はない。
――――――――――――――――――――――――
自分に迫る黒い死神を切嗣は……見ることなく踵を反すと、地面に臥していた二人を抱えた。
「……」
彼の表情は一切動かない。既に戦闘は始まっているのだ。余計な感情は切り捨てる。
これが衛宮切嗣を強者たらせる所以だ。戦闘に余計な感情を持ち込まず、冷静に状況を分析し、相手の誇りすら戦闘の道具にする。差し詰め、振り返った先に居たラウラを……まるで興味が無いとでも言うかの様に見たように……
「っ!?私を、そんな目で見るな―――!!」
切嗣の本領は、防衛でも無ければ攻撃でもない。暗殺だ。敵の警戒を掻い潜り、油断と慢心の隙間に銃弾を差し込む。それは、どう足掻いても直接的な戦闘には向かない。ましてやセシリアと鈴音を守りながらの防衛戦など……。故に、切嗣は最低でも「防衛」から「撤退」に状況を持ち込む必要があった。その為にラウラを挑発し、攻撃を直線的なモノに誘導させる。――ラウラ自身の、ほぼ唯一と言っていい弱点。それは感情の制御。衛宮切嗣が最も得手とするもの
「あああ!!」
ワイヤーブレードが切嗣の足を薙ぐように払われる。其れを余裕を持ってかわし、常にラウラとの距離を一定以上に保つ。
「ちょこまかと……!」
縦横無尽に振るわれるワイヤーブレードを、切嗣は両脇に二人を抱えながら全てを見切っていく。一本の銀の刃が、彼の喉をかき斬るように払われた。其れを後ろに体を反らし、紙一重でかわす。そのまま、勢いを殺さず体を回転させ第二、第三の刃をもかわす。
「ふっ……達者なのは口だけか」
嘲笑を浮かべ、目の前の――嘗て、愛娘に重ね合わせてしまった――敵を見据える。
「舐めるな……!」
それがまた相手の怒りに油を注ぎ、一層攻撃を苛烈にしていく。そして、、苛烈にすればするほど攻撃が雑になり、切嗣を捉える事が困難になっていった。この戦闘、驚嘆すべきはやはり切嗣だろう。彼は熱源察知などの補助機能をフルに使っているが、ラウラの攻撃を避けているのは純粋な彼の力によるものだ。切嗣は、今回『固有時制御』を使っていなければパワードスーツとしてのISの力も使っていない。ただ、相手を挑発し、攻撃の矛先を明確にさせ、避けているだけだ。……別に彼の身体能力が特別優れている訳でも無ければ、ラウラが弱い訳でもない。的が小さすぎるのだ。切嗣のISは、彼の体の要所にのみ装着される。それは、人の三倍はあろうかというISとの戦闘に特化したモノにとっては、酷い状況だ。そもそも、ISで対人用の戦闘訓練を行う馬鹿は居ないだろう。寧ろ、ラウラは良くやっているほうだ。読みやすいとは言え、全ての攻撃が直撃ルートに入っているのだから。
この闘い、幕切れはシュヴァルツェア・レーゲンの稼働エネルギーが尽きた時か、
「はぁ……はぁ……」
衛宮切嗣の体力が尽きた時だ。
肩で息をしながら、荒い呼吸を整えようとする。五分間、実にそれだけの間、彼は二人分の体重を支えながら死の舞を踊ったのだ。それだけの事を行ったのだから、彼の体力は完全にきれていた。
「ふん、貴様も五分逃げ回るのがやっとか」
一方のシュヴァルツェア・レーゲンのエネルギーは、五分前と比べて大して目減りしていなかった。彼女が使ったのはあくまで「ワイヤーブレード」ただ一つ。第3世代機特有の固有武器を使っていないのだ。エネルギーは充分ある。
その事実に満足したのか、ラウラは少し冷静さを取り戻すと、改めて地に方膝をつく切嗣を見据えた。
「消えろ」
そして、一つ酷薄な笑みを浮かべるとワイヤーブレードを彼の背中に叩き落とした。そう、この戦いの結果など最初から解っていた。最強クラスの実力を持つラウラに、ハンデを背負った切嗣が勝てる道理がない。そんな事、この闘いを見ていた者は元より切嗣自身解っていた。
…………しかし、二つの事実を思い出して欲しい。彼の勝利条件はラウラを倒す事ではない。ラウラから「撤退」することだ。もう一つ、彼の体力は使い果たされたが、衛宮切嗣のIS「シルバームーン」のエネルギーは、ほぼ使われていないも同然だという事を……
ラウラの動きが完全に停止し、攻撃すらも台風の目に入った瞬間
「瞬時加速」
一瞬にして、彼の体はアリーナの端に移動していた。
「な!?しまった!」
普段の冷静なラウラなら、エネルギーが未だ残った相手に気を抜くという愚は絶対におこさないだろう。だが、相手が悪かった。敵はあの衛宮切嗣だ。相手が愚を犯さないのなら、そうするよう仕向けるような輩だ。衛宮切嗣がラウラを挑発し、挑発に挑発を重ねたのは攻撃を避ける為でなく、この一回の為だった。
「私は……」
彼女の目に映るのは、ぐったりしたセシリアと鈴音を千冬とシャルロットに預ける切嗣の姿だった。
「ふ、ふはは……初めてだ。此処までコケにされたのは……!」
その目にあるのは、憎悪に燃える赤黒い瞳だった。
「衛宮切嗣!!貴様は、私が殺す!!」
それだけ告げると、ラウラは第8アリーナを後にした。
後に残ったのは、ブレードで掘りだらけになったアリーナの地面だけだった。
side ????
「ふ~ん。あのボーヤ、ラウラ・ボーデヴィッヒを相手に力を隠し通すなんて……」
モニターに写る、残心した切嗣を見ながら、金髪の女性が口元に笑みを浮かべる。
「エム、オータム。貴女達は、あの男「衛宮切嗣」をどう評価する?」
アメリカのとある都市にあるホテルの最上階――1泊するだけで、普通のサラリーマンの半生を潰すホテルの最上階、三人の女性がいた。いずれも見目麗しいが、エムと呼ばれた少女は未だ幼いように見える。
「……」
エムは金髪の女性の質問に答える事なく、ただ歯軋りをならした。
「少なくとも……織斑千冬、篠ノ之束の次くらいには警戒するべきだな」
一方の、オータムと呼ばれた女性は切嗣をかなりかっていた。
「アイツが俺以外の誰かに殺されたら困るしな」
ニタァと、ゾッとするような笑顔を浮かべる。
「ふふ……最後の一言以外は私も同感。彼が撃った弾丸、全然解析出来ないもの」
切嗣がエムのIS「サイレント・ゼフィルス」を撃った際にオータムが回収した弾丸、調査はしているが一向に解析出来ずにいた。
「……久々に腕がなるわね。エム、バックアップにとっておいたサイレント・ゼフィルスのデーターをコアに刻み直したから、もう出られるわよ」
瞬間、エムの目がギラリと光った。
「アイツには借りがある。織斑千冬の前に、私がアイツを殺す……」
「おいおい……アレは私の獲物だぞ?」
「そんなの関係無い」
場に、険悪な空気が漂う。が、先に折れたのは意外にもエムだった。
「……と思ったけど、次の一回は譲るわ……それで殺せなかったら、今度は私の番よ」
そんな、少し大人な思考を身に付けたエムを見詰めながら……スコールは高らかに宣言した。
「では、行きますわよ。日本へ」
そういうと、女性は金髪の髪を揺らし立ち上がった。
「計画を第二に移行するわよ」
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「切嗣!怪我は!?」
ラウラが去った後、シャルロットは探し人の下に駆け寄った。
「シャルか……」
切嗣は、頬を伝う汗を拭う事もせず
“Release the Moon ”
ISを解除した。そこに居たのはシャルロットが見慣れた衛宮切嗣だった。ぼさぼさの髪と死んだグレーの瞳。手を頬に当てれば解る。どれだけ汗に濡れ、熱を帯びようと変わる事の無い冷たい肌。でも、今なら多分理解出来る。
「シャル……」
「どうしたの、切嗣?」
「僕は……ラウラを……」
「どうしてそんなに、……」
――泣いているの?――
あぁ、きっとこの人は優しすぎたんだ。誰かを暖める為に、自分の温もり(幸せ)すら使う、行き過ぎた人なんだ。誰かの不幸が見過ごせず、本気で悩み苦しむ「人」なんだ……
今なら解る。この人の優しさ(冷たいワケ)を。
「大丈夫。傍に居るから……」
セシリアと鈴音に人目が集中しているなか、シャルロットが切嗣を抱き締めた。
「傍に居るから」
――その瞳が、世界の嘆きに惑わぬように――
後書き
もう少しで、ラウラ戦だ。
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