ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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SAO編
episode3 戦姫(+α)、襲来3
(まいったね……)
テーブルに着いたのは、俺、そして右隣にキリト、対面に『狂戦士』アスナ殿、そして左隣がヒースクリフだ。真正面の視線が痛い痛い。
「……で、俺にボス攻略パーティーに加われ、と」
「はい」
とりあえずキリトを睨みつけておく。「てめえ俺がボス攻略関わりたくねーの知ってんだろコノヤロー」。帰ってくるのは「いや、まさか『狂戦士』が本気にすると思わなかったし、「誰か適任者がいないか」ってとっさのことでつい」。アイコンタクトでそこまで出来るのが、攻略組不真面目ツートップと言われる所以かもしれん。
あんまり無言の会話を続けていても怪しまれるので、溜め息を一つついて目の前の『狂戦士』を見つめる。笑えばさぞかしかわいいだろうに、ここまで硬い表情では威圧感しかない。また溜め息を一つ。
状況は、俺に不利だ。アスナの語る理屈はとても正論であり、俺には反論の余地が一切ないのだから。いや、あるにはあるが、それは俺のスキル構成が盗賊クラスだとか集団戦は苦手(というか嫌い)だとかの、子供のいいわけレベル以上のモノではないのが正直なところだ。
「……まあ、俺がそれに適任なのは、分かった」
「そうですか」
いや、分かりにくけりゃお断り、でもよかったんだが、『狂戦士』と言うあだ名に似合わず頭の出来も相当のものらしく、話は理路整然とまとまっていて、納得せざるを得なかった。天は二物を与えずって言ったな。あれは嘘だ。反例がこうして目の前に来れば嫌というほどよくわかる。
「……攻略組は、納得してんのか? その、プライドとか、ドロップアイテムとか」
「個人や一ギルドの意見、いえ、我がままで攻略ペースを変えるなどは、あってはならないことです。少なくとも今回合同パーティーを組むメンバーは納得してくれています」
ははあ、なるほど。反対している奴、ギルドもいるにはいるわけだ。まあどうせ『聖竜連合』あたりだろうが、それを押し切ったってわけだ。流石『狂戦士』と呼ばれるだけあって強引なもんだ。まあ、攻略組といっても男は男であって、美人がこの迫力で迫れば嫌とは言えんだろうな。
(まあ、ね…)
ちなみに俺は、今回の攻略パーティーには、別に参加してもいいと思っている。アスナの懸命の説得にあったように、万全を期しての攻略だろうし、彼女自身も最大限協力してくれるだろう。断っておくが美人の色香にやられた訳ではない。では、ない。
問題は、その後だ。
今回このような事態…「職人クラス」の人間を無理矢理に攻略に駆りだす、という事態が今後も続くようなら、間違いなくその中から死者が出るだろう。職人クラスのメンバーのレベルは、実は皆それなりに高い。なぜなら、彼らは鍛冶屋なら『鍛冶』、細工師なら『細工』でスキル熟練度だけでなく、経験値それ自体も入手できるからだ。
だが、たとえレベルは高かろうとも、戦闘経験が無くてはそれは単なる見せかけ…ハリボテの強さに過ぎない。何をしてくるか分からないボスモンスター相手に、到底相対出来るものではない。そのことは、しっかりと分かってもらっておかないといけない。
…まあ。
「……俺が言いたいこと、分かりますよね?」
「勿論。アスナ君も当然理解していると思うよ。職人クラスを無理にボス戦に駆りだすような真似はしないさ。戦闘に慣れていない普通の職人なら、ね」
「当然です。私達は、そのために攻略組剣士クラスとしてボス戦をしているんですから」
「…なら、いいんだが」
ちらりと目をやった先のヒースクリフが、間髪いれずに答える。俺の考えなどお見通しだったのだろう。まあ、攻略組で最も厚い支持を持つギルド、『血盟騎士団』のナンバー1、2が分かっていないはずはないとは俺も思っている。それが確認できれば、俺から言うことはない。
あるとすれば、そうだな。
「では、報酬についてです。攻略組でのドロップ品の分配は、」
「いや、いいや。俺は分配からは除外で。その代わりアスナさん、一つ条件をつけたい。あんた今スキルスロットに生産系スキルって入れてるか?」
「……? 『料理』スキルをとっていますが?」
アスナの顔に、露骨に嫌な表情が浮かぶ。まあスキル詮索はマナー違反だし、当然だろう。それにこの美貌、セクハラまがいのことをされたことは一度や二度ではあるまいし、「条件」というのは嫌な響きがあるのだろう。
だが、今回はそうではない。
いや、「嫌がらせ」という点で考えれば然程違いはないかもしれないが。
「ならちょうどいいな。それを使ってもらおう」
「……。どういうことです?」
「月に一回…そうだな、このギルドホームに手料理を届けてくれ。『料理』ならちょうどいいな、手作りのオリジナルなんてどうだ?」
「っ!!?」
「……っ!? なぜ私がそんな攻略に無駄なことをしなくてはいけないんですかっ!」
「嫌なら協力を断るだけだが?」
「っ…!」
アスナの顔が、なんというか年相応の羞恥に赤らむ。
まあ、手料理つくってこいなんて言えば中学、高校生くらいなら普通の反応か。
…そしてなぜキリトまで超反応する。そういうことなのか。
いや、もちろんこんなアホなことを言う理由はちゃんとある。
あるんだが、まあ説明するのは面倒だし、理解してもらえるとも思えない。ならば実力行使の拒否権発動だ。プレイボーイらしく遊んでいるように見えるのかもしれないが、かなーり内心ガクガクだ。赤くなったまま憎々しげに歪むアスナの顔は、怖くて直視できない。
「ああ、俺がボス戦で死んだら別にしなくてもいいぜ?」
ここで、もうひと押し。手のひらは、汗でぐっしょり。
案の定、アスナが顔を真っ赤にして怒鳴る。
「あなたは死にません!!!私達がしっかり守りますから!!!」
なんというアヤナミ、とか言う余裕はない。
激昂した表情の迫力は、『狂戦士』の名にふさわしいもんだ。
「そ、そもそもどうやって私が作ったのかを確認するつもりなんですか!? システム料理ならともかく、オリジナルなら私が誤魔化せば、」
「誤魔化すつもりなのか?」
「ーっ!!! わかりました! そこまで言うなら受けましょう!!!」
勝った。
閃光が、「話は済んだ」とばかりに立ちあがり、真っ赤な顔のままカツカツと去っていく。玄関口にはなぜかソラが控えていて、アスナのためにメイドさんよろしくドアを開いてあげていた。キリトが立ち上がって、そのあとを追っていく。一人で行ったのを心配しているのだろうが、一応この街も保護コード圏内だし大丈夫だろう。
最後に立ちあがったのは、ヒースクリフ。
「集合は明日の昼、一時に四十七層主街区、《フローリア》の転移門前、だそうだ。私も参加して構わない、といったのだが、彼女をはじめ他のメンバーに猛反対されてしまってね」
「無理すんなよ。あんたのその剣と十字盾はどうせ再取得不可品だろ?」
「そのようなものだ。では、協力、感謝する。私もこれで失礼するよ」
『狂戦士』の相手で既に疲れ切っていた俺は、立ち上がることも出来ずにそのままひらひらと手を振る。よく言えば慈しむような、悪く言えば憐れむような視線と微笑を残して、ヒースクリフが身を翻す。そのまま玄関口のソラと一言二言かわして、帰って行った。
そして俺は。
「はああああー」
特大の溜め息をひとつついて、ぐったりと椅子に沈み込んだ。
溜め息で幸せが逃げていくと言ったのは誰だったか。それが本当なら正直一生分の幸せが逃げて行ったんじゃないかと思えるくらいの疲労を感じて撃沈する。そんな疲労困憊も甚だしい俺に向かって。
「おつかれさま、シド」
ギルドリーダーであるソラが、優しく笑いかけてくれた。
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