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レンズ越しのセイレーン

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Mission
Mission7 ディケ
  (6) キジル海瀑(分史) ②

 
前書き
 忘れてた 「わたし」が一番にしなくちゃいけないこと そのためにコレはジャマだ 

 
「エル……?」

 今のはエルの悲鳴だった。

 ユティは踵を返して元いた海岸へ走った。ユリウスも後ろに付いて来た。


 あったのは、ユティにとっては、あってはならない光景だった。

 砂浜に倒れて苦悶の声を押し殺すルドガー。彼の傍らで泣きそうに声をかけ続けるエルとルル。ルドガーに治癒術を施すローエン。

「ミラ、何があったの」
「エルが波打ち際の海殻を見てたら、突然魔物が出たのっ。ルドガーはエルを庇って、そいつの攻撃を受けて」
「その魔物が、ルドガーさんに妙な術を施したのです。…っだめです…術の進行が止まりません! 今の状態を維持するだけで精一杯です!」

(この時代じゃ屈指の術士、指揮者(コンダクター)イルベルトの精霊術が効かないっていうの?)

 ルドガーは食い縛った歯の隙間から苦痛の声を漏らす。その様子を見たエルがさらにパニックに陥る。

「ミュゼ。術の性質、どんなの?」
「呪霊術」

 臨戦態勢のままミュゼが静かに口にした。

「生き物の命を腐らせる精霊術。解除するには術者を、『海瀑幻魔』を倒すしかないわ」
「カナンの道標の一つね。『海瀑幻魔の眼』」
「正史では絶滅した変異種よ。姿を隠して呪霊術で獲物を襲い、動かなくなった後、その血を啜る魔物」

 ユリウスがルドガーの前に膝を突く。焦点の外れた翠眼がユリウスを見上げるが、苦痛を堪えているルドガーは何を言うこともできない。
 ユリウスは砂の上で拳を握った。

「だから…っ、お前は来るなと、言ったのに…っ!」

 その時吐いた台詞は、術とは別のダメージを確かにルドガーに刻んだように見えた。

「! あっ、ぐあ、うぁぁ!!」
「ルドガー!?」
「やだ、ルドガー! ルドガーぁ!」
「しっかりしてください、ルドガーさん!」

 ローエンが術のレベルを上げた。それでもルドガーは少しも楽にならない。

「ローエン! そんなに霊力野(ゲート)を酷使したら、あなたもっ」
「ジジイ一人の命を惜しんでいられる状況でもありますまいっ。ルドガーさんは我々にとって、いいえ、この世界の未来にとって欠かせない方なのですから!」
「でも、このままじゃふたりとも」

 おもむろに横にいたユリウスが立ち上がった。歩いていく。海岸を。
 決然とした厳しい面持ちを見て、ユティは彼がしようとしている行為を理解してしまった。


 ユリウスは波打ち際まで行くと、双剣の片方で自らの右腕を迷いなく切り裂いた。





 ぼたぼた、と砂に落ちては広がる赤いシミ。ユリウスが流して失っていく血。

 激痛に混濁する意識でも、ルドガーには兄がした蛮行がばっちり認識できていた。

(何でだ、兄さん。俺にはもう利用価値なんかないだろ。言うこと聞かないし、時計は渡さないし、エルだって俺の側だし。俺は兄さんの駒じゃなくて、ちゃんと考えて動く一人のエージェント。兄さんにとってはカナンの地一番のりを阻む障害じゃないか。なのに何でそんなメチャクチャ血流して助けようとしてるんだよ)

 ユリウスが剣を落とし、砂浜に膝を突いた。遠目にも分かるくらい兄の面には苦痛が刻まれている。

(くそっ。何でだ。どうしてだよ。エージェントになっても、俺は結局兄さんに守られっぱなしのガキでしかないのか。もういっそハッキリ邪魔だって、敵だって言って、打ちのめして道標奪ってくくらいしろよ。でないと――自信が持てなくなる。あの頃から兄さんは何一つ変わってないんじゃないかって。変わったのは俺のほうで、悪いのは俺だけなんじゃないかって)

 ふいに、軽いものがルドガーの上に覆い被さった。

「ルドガー、ルドガー、ルドガー! 死んじゃだめ! 負けないで!」

 エルだった。ルドガーを抱きしめるには足りない小さな体で、ルドガーの体を包もうとし、精一杯にルドガーに生きる気力を注ぎ込もうとしている。

「約束! いっしょに『カナンの地』に行くって! エルはルドガーといっしょじゃなきゃ、『カナンの地』なんて行きたくない! ルドガーがいなくちゃ、なにもかも意味ないんだからぁ!」

 約束。一緒に「カナンの地」に行く。ルドガーと一緒でなければ行きたくない。

 幼い少女の魂の底からの激励は、ルドガーの混濁した思考を一気に現実に引き戻した。

「え…る…」

 辛うじて指を動かし、エルが重ねた手に指を弱々しく絡ませる。

「あ、ぐっ…ぎ、ぐぅ、あ゛あ゛あ゛…!」

 再び襲う、命を削り取られるの激痛。それでも――死ねない、と。一瞬で痛みに押し流される欠片ほどの想いだが、決意は確かに心に芽生えた。

(ああ、負けないよ、エル。負けてたまるかってんだ。俺はお前をカナンの地に連れて行くんだ!)




 血を流し膝を突いたユリウスの前方。海上に、ドクロとイソギンチャクを掛け合わせたような毒々しい魔物――海瀑幻魔が出現した。

 ユリウスは双剣を握って立ち上がろうとする。しかし、今の失血と、時歪の因子(タイムファクター)化の痛みで思うように四肢が動かせない。

(海瀑幻魔は誘き出せた。あとはこの魔物を殺して、ルドガーにかけた術を解かせるだけなのに!)

 幻魔の触手が一斉に動かぬユリウスをロックオンした。まずいと分かっているのに体が動かない。こんなところで終わるわけにはいかないのに――!

 ユリウスめがけて触手の乱れ打ちが発射された。

「天地!」「噛み砕け!」
「「ロックヘキサ!!」」

 眼前に石柱が隆起し、乱立する。石柱は幻魔の触手を弾いてユリウスを防御した。
 理解が遅れたユリウスの左腕が、誰かの両手でぐいっと引っ張られた。

「ユティ」
「肩、使って。ここから離れる」

 自身で戦えないのも初めてならば、こうも他人に手厚く守られたのも初めてだった。
 ユリウスは苦いものを堪えてユティの細い肩に腕を回し、波打ち際から離れた。


 辛うじて元いた場所まで戻ると、ユティは容赦なくユリウスの腕を肩から解いた。尻餅を突き、拍子に切り傷が痛んだ。

「ありがと、ミラ、ミュゼ。息ぴったりだったね。()()()()()()()()()()

 ユティはおもむろに首から提げていたカメラを砂浜に投げ捨てた。命の次に大事、と公言したカメラを、だ。

「ここからはワタシがやる。――ユリウス。時計、少しの間だけ返して」

 言うが早いかユティは、ユリウスのベストのポケットから銀の懐中時計を抜き取った。続いて自分の短パンのポケットから別の懐中時計を取り出した。

 ユリウス以外の者が驚きに息を呑む。

「ユティ、あなた、その時計――!」
「……ごめん」

 ユティは海瀑幻魔へ向かって歩き出す。歩きながら、両手に掴んだ懐中時計を空中に放り投げた。


 懐中時計を中心に歯車の陣が広がる。ユティの体にいくつもの青い歯車が入り込み、その身を同色の殻で覆ってゆく。
 無慈悲に響く秒針の音。

 歩き終わる頃には、ユティの変身は終わっていた。

 首から下を覆うマリンブルーのスリークオーター骸殻。翼刃が大きく反ったフリウリ・スピア。
 メガネが消え、トレードマークの巻き毛が緩んで下りて、肌も色褪せた。


「ミラはローエンとエルを守って。ミュゼ、サポートお願い」

 ユティは返事を待たず、海瀑幻魔めがけて――爆ぜた。
 
 

 
後書き
 ついにオリ主の骸殻解禁です。

 自分が離れていたせいで、もっと言うと自分が「言いつけ」以外のことにかまけていたせいで。本来ならエルだった海瀑幻魔の被害者が一番守るべきルドガーになってしまった。オリ主の中にはぶわっと今までの責任が噴出します。もうオリ主はカメラをタノシイとは思えないでしょう。

 キャスト交替はここのための伏線でもありました。ルドガーとエルを入れ替えることは決まっていたので、男を治療するなら男でしょう! と。女の子だらけのPTで唯一の男が倒れるというのも恰好がつきませんし。エルが近くにいれば確実に庇うのがルドガーですよね。
 後から攻略本を隅から隅までチェックしてローエンが回復技を使えないと知りまして、術の進行に介入して遅らせる術みたいなのをイメージしてくださるとありがたいです。

 リスカはユリウスにやってもらいました。「大事なものなら守り抜け。何に替えても」と言えた彼なら、ルドガーのためならこのくらいやってのけるはずです。そしてこれさえもオリ主を追い詰める(本人もユリウスも無自覚ですが)布石の一つになってしまうのです。

 善意でやったことが最悪の結果に繋がる某ぶっちー時空が作者は大好物です。

 オリ主の変身はそれぞれ個性を演出しています(オリ主はあと3人います)。父親と同じポーズというのも考えたのですが、それだとちと地味。なので「歩きながら変身」にしました。これはオリ主の「まっすぐ進む。立ち止まらない」コンセプトを端的に表したものでもあります。 
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