ワンピース~ただ側で~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第3話『壊れる日々』
さらにニ年が経過した。
ハント、ノジコは12歳。ナミは10歳。
今日も今日とて彼らの日々は変わらない。
ナミが本を盗もうとしては怒られて、ノジコとナミがベルメールのみかんの悪口をいった子供と喧嘩したり、ハントが更に激しくなったら訓練メニューのおかげで随分と成長し、大人でもベルメール以外の人間にならば負けないほどになっていたり。
「ん~~っ♪ んん~♪」
ハントが鼻歌を歌いながらご機嫌に釣竿を揺らす。釣りを毎日するようになって、ハントも慣れたものだ。最初はほとんどつれなかった魚釣りも、最近では毎日家族分は釣ってこれるようになってきた。
実にご機嫌だが、理由はそこにあるわけではない。
冒険資金もこの2年で随分とたまったのだ。この調子ならば船も自分達のものを手に入れられるのではないだろうかと思うほどに。
「ハントー!」
駆けてくるオレンジの髪の子供。ナミが手をふってはしゃぎながら埠頭を走る。
「……どうだった?」
「もらってきたよ!」
ナミから受け取った冊子を見て嬉しそうに笑うハントに、ナミも笑う。その表紙には船の写真がいくつも貼られあり、それだけで船のパンフレットということがわかる。
「ね、早速見てみようよ!」
「ああ!」
早速、冊子を覗くハントとナミだったが――
「……高い」
「……」
ハントの絶望の声がナミの耳に届いた。
パンフレットに乗っている船はどれもがハントの予想の100倍くらい高かった。高いものを見れば億越えがざらで、低いものですら100万単位。
「……ぜんっぜん足りない」
肩を落とすハント。
子供の金銭感覚としては既に大金持ちといってもいいくらいに溜まってはいるベリーも、世間からしてみれば決して大金とはいえない額だということに気付いたらしい。
隣で同じように小さくなっているナミの頭をなでて謝る。
「ごめんな、期待させといて……自分でもびっくりするくらい足りてなかった」
まだまだ船を買うことは出来ないと知ったナミもやはりがっかりはしていたが、それでも頭を撫でられたことで少しばかり笑顔を見せる。
「いいよ、だってまだまだ時間あるし」
「そっか……そうだな」
ナミの優しい言葉に、釣竿を片手にしながら遠い目をするハント。老人のような表情で海を見つめる姿は、ノジコがいたら「じじくさ」と表現していただろうが、生憎といるのはナミ。ハントの顔には気付かず、照れくさそうに小さく言葉を付けたした。
「……それに」
言葉を区切り、また笑う。
「将来どういう船に乗りたいとか、パンフレット見ながら話すのも楽しそうでしょ?」
「っ」
ハントを見上げるその瞳に、息を呑んだ。
「……ハント?」
「あ、ああ……でもそれは確かに楽しそうだな! ……ナミはどういうのがいいんだ?」
慌ててパンフレットのページをめくる。ナミは一瞬だけ怪訝な表情をみせるも、すぐにどうでもいいことだと割り切ったのか、パンフレットをめくり、指で示す。
「これ!」
さしたのはまさかのトップページにのるソレ。億越えの船だ。
「……ごめんなさい」
さすがにソレは無理だと反射的に頭を下げる。ナミが「え~」とつまらなさそうに言うが、さすがに無理なものは無理だ。だがそれでは気がすまなかったのか、ナミは考えるように空を見つめて、手をポンと打った。
「体の臓器ってさ……結構お金になるんだよ?」
「売れってか! 売れってか!? こわいことをさらりと言うんじゃない!」
「だめ?」
「可愛く言ってもだめだ!」
実に楽しそうに二人は笑う。
いつか二人で旅に出るというそれを夢見て。
いや、それは夢ではない。
そう遠くない将来の決まった未来なのだ。
幸せな今と、興奮に溢れる未来。
彼らは笑う、実に笑う。
楽しそうに、幸せそうに。
彼らの笑い声はいつまでも埠頭に響いていた。
翌朝。
いつもと同じだ。
何の変哲もない朝。だけど、だからこそ気持ちのいい朝。
「やっ!」
「甘い!」
上段に振りかぶった木刀が空ぶった。声の方向を振り向けばもう目前に木刀が迫ってきている。どうにか一歩引いてそれを避けた。昔はこういう顔面に攻撃が迫ってきた時は目を閉じてしまっていたものだけど、そういう反射行動も今はなくなった。
ベルメールさんの木刀を回避したはいいけど、まだベルメールさんの攻撃は終わっていない。
空振りのあと、そこからの追撃。
こんどは腹を狙った横ぶり。木刀を立てて、それにあわせる。
どうにか防いだけど、体重の乗ったそれを堪えきれずに弾き飛ばされた。慌てて体勢を立て直そうとして木刀が手元にないことに気付いた。
「……あれ?」
ベルメールさんが慌てたように上を差して、つられて顔を上に――
木刀が顔面にまで迫っていた。
「――あ」
ベルメールさんと声が重なった気がした。
暗い、暗い世界。
いや、暗いだけじゃない。
赤い世界でもあった。
人の気配はない。
それどころか命の気配もない。
誰もいないのだろうか。
不思議に思って、あたりを見回すけど誰もいない。
あるのは赤いなにかと黒いなにか。
「……?」
まった。
この世界に見覚えがある。
あれはいつだった?
「っ!?」
急に背後から熱を感じた。慌てて振り返った先のそれを見て、思い出した。
家が燃えている。
ここはココヤシ村じゃない。俺の生まれ故郷だ。
「……けて……けて」
足元、母さんと父さんがいた。痛そうに呻いてる。
「お父さん! お母さん!」
駆け寄ったところで、異変。
二人に足を掴まれた。
「!?」
凄い握力だ。正直、痛い。
「……なんで、見捨てた」
「どうして私達を見捨てたの」
「……え?」
いま、何を言われた?
「俺達を見捨てて、一人だけ幸せになって」
「ち、ちが――」
見捨てるつもりなんてなかった。
ただもうお父さんもお母さんも動いてくれなかったから。
言おうとしてるのに、口が動かない。
まるで自分の口じゃないようだ。
「守るんだ」
「守って」
「え?」
景色が一変した。
天国?
そう思ってしまうほどに優しい場所だった。
一面に広がる花畑。
頬を撫でる風が甘い香りを運んで鼻をくすぶらせる。
いつの間にか足の痛みがない。
両親がいない。
と思ったら目の前で仲良く立っていた。
お父さんが言う。
「大切なものを」
お母さんが言う。
「守りたいもの」
二人が口をそろえて、言う。
「守りなさい」
きっと二人は俺のことを心配してくれている。
そんな気がして、反射的に答えていた。
「守る、守るよ……もう2度と大切なものは失わない、死んでも守る」
二人が悲しそうに頷いて、でも笑ってくれた。
「そうか」
「がんばってね」
「ベルメール! ベルメール!」
「っ」
家の外から聞えるゲンさんの声で目が覚めた。
模擬訓練やってて……あぁ、ベルメールさんの一撃ではじかれた俺の木刀が丁度額に直撃したのか。
起き上がると頭がずきりと痛んだ。
これはたんこぶが出来てそうだ。
「……」
夢を見ていた気がする。よくわからない夢だ。まぁ、所詮は夢だし、あまり気にしても仕方ない。
「気を失ったのは……久しぶりだなぁ」
しかし、最近ベルメールさんの手加減がなくなってきたんじゃないだろうか。
それだけ俺が成長してきたということなのかそれとも……いや、そう考えておこう。単なる意地悪とかだったらさすがにいやだ。
ふと窓から差し込む光に目を細める。
「……西日?」
昼はとっくに過ぎてしまったということだろう。
あぁ、昼ごはん食べてないや。
なんとなく損をした気分だ。
とりあえずキッチンに行こう。なにか置いてくれてるはずだ。
そう思って扉を開けようとしたとき「ベルメールさん、ごめんなさい。どうしてもこの本欲しかったの!」
笑顔で本を抱えるナミが扉の隙間からみえた。
どうやらまた本を盗んだらしい。さっきのゲンさんの声から察するにまたゲンさんのお世話にでもなったんだろう。
「欲しかったらどうして私に言わないの」
「ドジねナミは! あたしだったらもっとうまく盗んでくるのに」
自慢げに胸を張って言うノジコだが「盗むなっつーの!」というベルメールさんの拳骨に頭を抑える。
……うん、痛そうだ。
「だってベルメールさん買ってくれないんだもん」
「それくらい買ってあげるわよ、へそくりだって多少あるんだから」
それなら、俺がためている金を使えばいいんだ。その金はそもそもナミとの冒険のための資金。航海術の本を買うために使われるのならそれはそれで問題ないはずだ。
あとでソレをそっとナミに言っておこう。そう思って扉を開ける。
「で、俺はお腹減った」
「お、ネボスケのお目覚めね」
ベルメールさんの言葉にさすがにこうもやっとするものが沸くのは仕方ないだろう。
「いや、ねぼすけっていうかベルメールさんに木刀で――」
「さー、私たちもお昼にしようか!」
「……うん!」
「あたしお腹減りすぎて逆に食欲ないんだけど」
「え、あれ? ……もう結構昼過ぎてるんだけど食べてなかったの?」
「ハント待ちよ」
「あたしは先に食べようって言ったのに、ナミがどうしても譲らなくて」
「え」
ナミのほうを見つめるとナミが笑顔で「ほら、みんなで食べたいでしょ?」と言ってくれた。
実にかわい嬉しい。
舞い上がりすぎて変な言葉を作ってしまった。まぁそれくらい嬉しかったということで。
「さ! ナミ! 出来たよ! ベルメールブランドのオートクチュール」
食事が終わってほっと一息ついていたところで、ベルメールさんがI AM LION という刺繍のあるワンピースを広げた。
「おぉ! ライオンだ!」
いいな、かっこいいなあれ。むぅ、男もののシャツなら俺が欲しかった。
「いいでしょー」
「うん、かっこいい!」
思わず椅子から立ち上がってしまうほどだ。
だけどナミはそうは思わなかったらしい。
「やだ、またノジコのおさがり」
明らかに渋い顔で「前、それひまわりだった」と呟く。
やれやれ、ナミったら何を言っているのか。ジッと見つめて「うわ、ほんとだ! ナミよくわかったな!」
「ちょっとアンタうるさい!」
ノジコに怒られてしまった。
「仕方ないじゃない、ナミはあたしより二つ年下なんだから」
腰に手を当ててお姉さんとして叱るノジコだが、ナミもその辺はやはり女の子。
「私も新しい服きたい!」
「あたしのだって古着よ! あんたは妹だからあたしのが行くだけ!」
かっこいいのに。
そう思うけどさっきノジコに怒られたばっかりだから黙っておく。
女の子っていうのは色々と大変のようだ。
「さーて、みかん畑でひと仕事」
立ち上がったベルメールさんに俺も立つ。
「俺も行くよ、今日はもう今から狩りに行っても成果ないだろうし」
「お、そりゃ助かるわ。男の子」
「へへん!」
二人で家を出ようとしたところででまだ言い争っている声が聞えた。
「でも本当の姉妹じゃないじゃない! 私達血が繋がってないもん!」
その言葉に、ベルメールさんが反応した。
「ナミ!」
ベルメールさんがナミの頬をたたいた。多分結構力が入ってたんだろう。ナミがその衝撃でしりもちをつく。
「べ、ベルメールさん」
「……」
戸惑いを見せるノジコと俺。というか俺にいたっては驚きで声が出ない。
「血がつながってないからなに!? そんなのどうだっていいじゃない! そんなばかなことを二度と口にしないで!」
「……なによ! 私たちなんて本当はいないほうがいいんでしょ!? そしたら好きな服だって買えるし! もっと色んなもの食べられるし! もっと自由になれるもんね! 私……どうせ拾われるならもっとお金持ちの家がよかった!」
「……!」
ベルメールさんの表情が歪んだ きっと一番言われたくないことだからだ。これは止めないといけない。そう思うけど何を言ったらいいかわからない。それでも黙っているわけにはいかないから勇気を出して口をだす。
「ふ、二人とも落ち着――」
「――そう。いいわよ! 勝手にしなさい! もうあんたなんか知らない! そんなに家がいやならどこへでも出て行くといいわ!」
「やめてよ! 二人とも!」
今度はノジコが叫ぶように言うけど、もう遅かった。
「出てくわよ!」
ナミが言葉のままに走って出て行ってしまった。
「あっ、ナミ!」
「……ナミ」
「ベルメールさん本当はナミあんなこと思ってないよ、つい口をついて」
ノジコがベルメールさんにナミのフォローをする。
さすがノジコだ。俺もベルメールさんになにか言わないと。
「そ、そうそう! ほら、あのヒマワリをライオンじゃなくて猫にしたらよかったんだよ! だってナミは女の子なんだし、男ならライオンのほうが嬉しいだろうけど――」
「だからアンタは黙ってなさい!」
「ご、ごめん」
ノジコに殴られた。
……なんだか悪いことを言ってしまったようだ。
「ノジコはしっかりモノだね……ハントは実はけっこうおっちょこちょいだったんだね」
「ぇ」
俺ってそうなんだろうか。
「わかってる、私がおとなげなかった」
俺とノジコの頭に手を置いて、ベルメールさんがそっと笑う。
「俺今から森に行ってすごいの狩ってくるよ!」
「……だからアンタは黙りなさいって言って――」
「――そんですごく豪華でおいしい夕食食べよう!」
「……うん、そうね。こういう時こそ、ね。おいしい夕食作って待ってるからノジコはナミのこと連れ戻してきてくれる?」
「うん!」
「ハントもお願いね?」
「うん、日が暮れる前に帰ってくるよ!」
大丈夫だ。
うちは大丈夫。
ベルメールさんはすごく暖かい。その子供の俺たちだってきっと暖かい。
だから、喧嘩したってすぐに仲直りできる。
本当にベルメールさんの子供でよかった。
「よっしゃぁ! 大物を狩るぞ!」
……夕食に間に合うかなぁ?
「シャッーーーハッハッハッハッハ!」
一人の男の高らかな笑い声が村に響く。
それは決して村人にはありえない笑い声。人間ではない姿。
船に鮫のマークを掲げて。
それはそう。
「海賊だー!」
「アーロン一味だ!」
「アーロン!?」
「そんなバカな!」
事態に気付いたゲンゾウが慌て声を張り上げる。
「ナミ、ノジコ! ここは危険だ、裏の林へ!」
「で、でも家にベルメールさんが」
「そ、それにハントも森に出かけちゃって」
「いいから、お前たちだけでもまずは避難しておくんだ! 一刻の猶予もない!」
村に降り立った海賊は声高々に宣言する。
「シャーーハッハッハッハッハッハ! ゴキゲン麗しゅうくだらねぇ人間どもよ! 今この瞬間からこの村、この島をおれ達の支配下とする!」
また、幸せが崩れようとしていた。
ページ上へ戻る