シャンヴリルの黒猫
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
13話「月下」
店を出てやってきたのは、町外れの森の入口。先ほどアシュレイが最初の依頼を受けたヘスティ森林の東部とは反対側の西部であった。
小さな丘になっているそこで、2人は腰を下ろした。
「ここは見晴らしもいいし、今は無風だ。誰かに聞かれる心配もない」
「今更何よ? もう全部話したはずだけど?」
「“腹を割って”と俺は言ったぜ? どうせ俺は既にこの件に片足突っ込んだんだ。さっき、奴らに喧嘩売った時にな」
「それはッ!」
「まあ話は最後まで聞け。それから、夜は声が響く。あまり大きな声は出さないほうがいい」
その言葉で、ユーゼリアはアシュレイに詰め寄っていたのを草原に座り直した。ちらとアシュレイを見やることで話の続きを促す。
「先の襲撃で分かったと思うが、俺はそこそこ腕が立つ」
「……そこそこなんてモンじゃないわよ」
拗ねたような口ぶりに、思わず笑みを浮かべて続ける。
「それはどうも。俺の腕っ節にユリィの箔が付いたところで――ユーゼリア」
「な、なに」
真面目な声と改まった言い方に、知らずユーゼリアの背筋が伸びる。
ニヤリ、とアシュレイの口角が吊り上がった。といっても、襲撃者に向けたようなものではない。悪戯の種明かしをする少年のような笑みだ。
「俺を護衛に雇わないか」
「……………は?」
「雇い賃は必要になった時の常識の教授と3食に宿泊費」
「へ?」
「昼寝が付けばもっといい」
「……」
「どう? ついでに話し相手も増える。今ならもれなくさっき稼いだ賞金がついてくるぜ。つっても、大した額じゃないけど」
「……アッシュ」
「なんだ?」
戸惑った声を上げていたユーゼリアも、仕舞いには俯いてプルプルと震えていたが、ガバッと顔を上げると、どこか得意げな顔をするアシュレイに畳み掛けた。
「あなた何言ってるかわかってるの!? 亡国の王女についていくのよ!!?」
「お静かに、王女さま」
「ッ!! いつ来るかもわからない暗殺者の影に、夜も眠れない。来たら来たで、数で押し切られる前に早く空に逃げなくちゃいけないのッ。下から花火のように上がる魔法の的になったこと、あなたはある!?」
「それが今更なんだよ、ユリィ」
穏やかな笑みを浮かべたアシュレイは、視線をユーゼリアから藍色の空に向けた。その先には、白い点のような星と、満月より少し欠けた月が浮かんでいる。
「暗殺者の影に怯える夜も、死角からの花火の的にも、だが1人で逃げ延びてきたんだろう? なら的が2人になればどうなる。単純に、1人に回す戦力が分散される。それにな、ユリィ」
「……」
「まだ若い女の子が、1人で4年も一人旅だ? 却下だよ却下。まだ20にもなってない少女が、ひとりでいろんなものを背負うな。大人を頼れ」
今日何度目だろうか。潤んだ瞳が零れ落ちそうなまでに目を真ん丸くしたユーゼリアが、無意識に握った拳に力を込めた。
「俺のことを心配してくれてありがとう。だがな、俺の意志は固いぜ。ただ……」
困惑気味にユーゼリアがアシュレイの目を見つめる。
「まあ今日会ったばかりの素性も知れない男だ。信用ならないのもまた事実。嫌なら、まあ年長者の戯言ざれごとと思ってくれ」
「そんなことッ」
「まあ本人の前じゃあ言えないわな。お前の性格じゃ」
「…ッ」
言葉に詰まったユーゼリアに、それでいいと銀色の頭をぽんぽんと叩く。
立ち上がり、大きく伸びをすると、言った。
「まあ、一晩考えてくれ。今じゃまだ混乱してるからな。とりあえず、今は宿に行こう」
「……ええ」
歩き出したアシュレイの後ろから、ユーゼリアがゆっくりとその背を追う。
そのまま気分よく鼻歌なんぞ歌いながら頭に腕を組み、ユーゼリアの5歩先を彼女に合わせたスピードで歩いていたアシュレイだが、つと足を止めた。後頭部に手を乗せたまま後ろを振り向く。
「そういやユリィさん。宿ってどこ?」
それに一瞬きょとんとしたユーゼリアも、次の瞬間には盛大に吹き出していた。
「ああもう……ほんと、締まらないわ、アッシュ。せっかくあんなシリアスな雰囲気だったのに」
「光栄だね」
ツボに入ったのか、腹を抱えてうずくまるユーゼリアが落ち着くまでのあいだ、アシュレイはひとり鼻歌を口ずさんでいた。
ページ上へ戻る