ワンピース~ただ側で~
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第2話『夢を描いて』
また2年が経過した。
ハントとノジコはもう10歳に、ナミは8歳になっていた。
彼らの生活は相変わらずといったところだ。
ハントは狩りに、ノジコはみかん畑に、ナミは本の虫。変わったことをあえて挙げるならばハントの収穫量が増えたこととナミが少しみかん畑の手伝いをするようになったところだろうか。
収穫量の増加はハントが単に成長したからだ、と考えてもおかしくはないが、それ以上に考えるべきはベルメールがハントの体力づくりに協力するようになったからというのが大きいだろう。
みかん畑の収穫に行く前にベルメールによる模擬訓練。それが終わってから狩りに出かけて、帰ってきた足で信じられないほどの回数の筋力トレーニングをこなす。
最初模擬訓練に関してはいらないといっていたハントだったが、狩りをするならば体を鍛えるだけじゃ効果は薄い、実際に戦闘の技術を身につけることは狩りに通じることもあるとベルメールに勧められてしまえば、断る理由は一つもなかった。
もちろん最初のうちは体がボロボロになってしまい、狩りに行っても失敗続きになることが多かった。当然だろう、疲労困憊の状態でどうやって狩りを成功させるというのか。
そのためナミやノジコからはブーイングの嵐だったのだが、今にもっとたくさんのものをもってくるからといわれて渋々納得したものだ。
とにかく、そうしてハントの体がそういった辛い日々に慣れるようになるまで約半年。そして、模擬訓練が効果を発揮しだすのにも更に半年。これが才能があるほうかどうかの判断材料として判断するには各人の見方によるものとして、それが過ぎたあたりからハントの収穫量は尋常じゃないものになった。
最近ではある程度収穫する量を抑えるようにしているくらいだ。
もちろん場所も森の中だけではなくなった。山中に行くこともあれば、海で釣りにいそしむこともある。
と、いうわけで今、ハントは釣りにいそしんでいた。
「うーむ、釣りも奥が深いなぁ……まぁ、今日はもういいか」
今ハントが呟いた内容からも察せられるようにように腰に備えてあった魚用の獲物入れは空だ。だが、その代わりその隣の二つの獲物入れにはたくさんの山菜とハントが仕留めたであろうなんらかの動物が見え隠れしていた。
そろそろ家に帰ろう、そう思って腰を立ち上げようとした時、見慣れたオレンジ色の頭が近づいてくるのが見えた。
「お、ナミ? どうしたんだ、珍しいな」
たしかに珍しい。
ハントの狩りに、誰かが来るということはない。
本当に初期のころ、まだ8歳くらいのころに何度かゲンゾウがついてきたくらいだ。といってもハントが危険を犯さないように立ち回る姿を見せられてからは寧ろ狩りの邪魔と思ってついてくることもなくなった。
ハントも気が散るので誰かに来て欲しいと思ったことはなかったし、ノジコやナミにも何度もいってきた。もしもこれが森の中や山中だったなら危険が迫る可能性もあるので、叱っていたかもしれないが、釣りに関してはまだ初めて間もないこともあって釣れないことのほうが多いし、なによりも危険が迫ることなどほぼない。
――ま、いいか……というか何か用か?
「っ」
ナミに視線を送り、息を呑んだ。
風にたなびくオレンジの髪が夕陽の光を吸収して反射する。夕陽を受けて埠頭を歩くナミの姿が、まるで彼よりも年下のものとは思えないほどに輝いていたからだ。
目をごしごしとこする。
――な、ナミなのか?
今自分は一体何をみているというのだろう。
何度目をこすっても瞬きしてみても、ナミが近づいてくる様子に変わりはない。
「……な、ナミか?」
思わず声に出していた。
「え、当たり前じゃん……どうしたの?」
不思議そうに首を傾げたナミは当然ナミでしかなく。わけもわからずにハントはホッと胸を撫で下ろした。
「どうしたの? はこっちの台詞だろ?」
「あ、うん」
ナミが立ったまま、見下ろす形でハントと目を合わせる。本来の身長はさすがにハントのほうが高いのだが、埠頭に腰掛けているハントと普通にたっているナミとではこうなるのは当たり前だ。
――なんだ?
首を傾げる。
顔色は夕陽がのせいで見えないのだが、表情だけみれば困っているように見える。なぜかモジモジとしているナミの姿。それになにかこみあげそうになる自身の感情を制して、ハントは言う。
「ノジコと喧嘩でもしたか?」
「ううん」
「違うのか」
「うん」
「じゃあどうしたんだ?」
「……うん」
やはりおかしい。
いつものナミなら言いたいことは真っ直ぐに言ってくる。こんなのはまるで本屋にあった漫画に出てくる美少女が男に告白するときの所作だ。
そこまで考えて、ハントは首を傾げる。
目の前のナミを見つめて、そして内心で笑う。
――ありえない。
たしかにナミは可愛い。そう思ってはいるが、ナミの場合モジモジどころか脅迫とかしながら告白しそうだ。いや殴り飛ばしながらかもしれない。
と、失礼なことをそこまで考えて、首を横に振った。
「ま、とりあえず座ったら?」
「あ、うん」
「さっきからうんばっかりだな」
「……うん」
これでは会話にならない。
さすがに何年も一緒に生活してきた義兄のようなハントとしても、そこまで無言でいられると不気味に感じてしまう。
――もういっそ、待ってみようかな。
「……」
「……」
――そうしよう。
ただ釣竿に集中する。
もしかしたらこの待ち時間で釣れるかもしれない。一度釣り糸を引き上げて、餌がついていることを確認してからまた釣り糸を垂らす。ナミも話があってここまで来たんだろうから、それまでノンビリと魚を釣るとしよう。
考えをまとめたハントが釣竿に集中し始める。
集中力が高まり、他の音の一切が飛ぶ。まるでまわりの音がなくなってしまったかのような錯覚に「ねぇ、ハント?」陥る瞬間に声をかけられてしまった。
「……どうしたんだ?」
ハントががっくりと肩を落として反応する。タイミング悪いことこのうえないのだが、それはきっとナミのタイミングだったのだろう。
「ハントってさ、今この村じゃ一番強いでしょ?」
「……まあ同世代の子供の中という限定をつけたらこの島で一番だと自負しているぞ!」
ハントが自慢げに、そして鼻息荒く言い、それにナミも頷いてみせる。
「それで、さ……私の夢ってあるでしょ?」
「あぁ、航海術で世界を旅して自分の世界地図を作る……だろ?」
ナミが恐る恐るといった様子で聞いてきた言葉に、ハントは普通に答える。ナミは幾分か安心したかのような顔を見せて、少しだけ笑顔に。
「うん、それで……もしよかったらなんだけど」
「うん」
「ハントにも来て欲しいな……って」
「!」
「ほら、ハントって食料の調達も出来るし、私の護衛とかも出来そうだし」
「……なるほどなぁ」
空を見上げる。
自分の将来について具体的に考えたことなどなかったからだ。
ナミがいつかこの島をでるだろうことは想像していたが、そこに自分の姿はないだろうと考えていたし、ベルメールの側を離れるという想定が頭になかったからだ。
こうやって生計をたてて、適当な嫁さんをもらって、ココヤシ村で生きていく……それはそれで楽しそうだとハントは考えていた。
空にあった自分の視線を、心配そうな表情をしているナミの姿へと移す。
どんな旅になるかは想像もつかない。だが、だからこそたしかに楽しそうにも思えた。
そこにはきっと信じられないほどの数の未知との遭遇があるだろう。隣にはナミがいて一緒に笑う。
――うん、これも楽しそうだな。
「なぁナミ」
「う、うん」
ナミが緊張した面持ちでハントの顔をジッと見つめる。
「時間くれないか?」
「え?」
断られる、賛成される。
そのどちらかと予想していたらしいナミが意外そうな表情を。
「いや、俺ずっとこの島、この村で暮らしてベルメールさんやノジコと一緒に暮らしていくもんだと勝手に考えてたからさ……なんというか少しばかり考える時間が欲しいんだよ」
「あ、そ……そうか、そうね」
「ああ、ナミもすぐに出るわけじゃないんだろ?」
「もちろん……少なくとも航海術をしっかりマスターして、はやかったら15歳で遅かったら18歳で行こうって思ってるくらい」
具体的な数字だ。年齢の問題はおそらくベルメールが認めてくれる年齢次第というところ。
ハントは、ナミがもうそこまで考えているという事実に目を見開き、それから納得したかのように言う。
「明日のこの場所でまた答えるから、それまで待っててくれるか?」
「え……そんなに早いの?」
まだ猶予まで7年ほどある。少し待ってくれといわれた以上、年単位で待たされるとのナミ予想だったのが、ハントはそれに笑顔を浮かべてまるでイタズラするかのように微笑む。
「ま、ほとんど答えは決まってるからな」
「え!?」
驚きで石の様に固まってしまったナミがおもしろくてハントは笑う。
「とりあえず、そろそろ日が暮れるし、帰ろうか」
筋力トレーニングしながら、二人にも話を聞いてみよう。
それ次第だな、とハントはおぼろげに思うのだった。
いくつもの命が世界を包む。
寄せては返す波の音がまるで心を静めてくれるようにすら感じるほどに一定のリズムを刻み、そこらの草むらや畑に生息している虫たちが協奏曲を奏でては単一な色の世界を華やかに彩っている。
夜の帳が世界を包んでいた。
まだまだ田舎でしかないこのココヤシ村では、夜になると頼りになるのはそれぞれの家から漏れる光だけ。
さて、そんな光を背にして、一心不乱に汗をかき続ける少年がいた。
もちろん、ハントだ。
「ふっ……ふっ……ふっ……ふっ」
まるで波や虫の音にのるかのように一定のリズムにのって、体を動かし続けている。
まだ10歳程度の少年がこんな夜に、家の前で筋力トレーニングにいそしむ姿は、悪さでもして家を出されたのかと勘ぐられたりするかもしれないが、これももう2年も続く光景。
夜ということもあってほとんどない人通りでたまに通る人間も微笑ましい顔で挨拶だけして通り過ぎる。
「……ふぅ、今日のはこれで終わり……と」
息を弾ませて立ち上がる。
「おーい、終わった?」
と、まるで見計らっていたのかと思いたくなるようなタイミングでベルメールが玄関から顔を出
した。
「うん、終わったよ」
「そ……じゃ、ちょっとこっち来なさい」
「?」
首にかけていたタオルで汗をふきつつも、もちろん自分の家でもあるので躊躇いはない。招かれるままに家の中に入ると、そこには珍しくノジコだけがいた。
「あれ、ナミは?」
「もう寝ちゃったわ」
椅子に座って、なにかを図るかのようにハントを見つめて答えるノジコ。その姿がなぜか、少し恐い。
「ま、お茶でも出すからあんたも座ってなさい」
「う、うん」
何か悪いことでもしたのだろうか?
一瞬そんな考えが脳裏をよぎるが、ハントに身の覚えはない。
今日も今日とて狩りに行って帰ってきただけだ。
だったら堂々としていればいい、とは思うものの、なにか違う。
なにが、といわれてもわからないような感じだが、違う。
ベルメールが茶を出しながら、ノジコの隣、要するにハントの対面に腰掛けた。
「それで、どうするの?」
「……なにが?」
「ナミのこと……今日言われたんでしょ?」
「んなっ」
吹き出しそうになったお茶をどうにか呑み込み、それがまた熱くて転げまわりそうになる。
「ど、どうして?」
どうしてそれを知っているのか?
その問いにベルメールは苦笑する。
「だって、最近ナミから相談されてたから」
「うん」
「……そっか」
それならば知っていて当然だ。
「それで、どうするの?」
ノジコの再度の問い。
「さっき寝る前のナミに聞いたら答えは明日まで待ってくれって言われたって言ってた。でも、どうせあんたのことだから答えは出てるんでしょ?」
「私たちには先に教えてくれてもいいんじゃない?」
どうしてそんなことを聞くんだと、尋ねそうになった自分の口を閉じて、ハントは自然と浮かべそうになる笑みを抑えた。
――親バカというか、姉妹バカというか。
結局はノジコも、ベルメールもハントと同じ。
家族の中で誰よりも夢を追うナミのことが好きで、心配で、応援している。
「俺も、二人と一緒だよ……同じように考えてる」
「!?」
ハントの答えに、二人がハントの顔をジッと見つめる。
「それじゃあ」
「うん、一緒に行こうと思ってる。もちろんノジコやベルメールさんが許してくれたらって思ってたけど……二人とも寧ろ行けって思ってるんだろ?」
ハントがジッとベルメールの顔を見つめる。
ベルメールは目を閉じて、だがどこか嬉しそうにして、静かに佇んでいる。
「あいつは頭いいし、ずる賢いけど……根っこが不器用だからさ、きっと誰かが見ていてやらないと駄目なんだって思うんだ。それが俺でいいのなら、俺がやる」
ノジコが小さく頷いて、ベルメールも頷く。
「ナミと、しっかりやんなさい?」
「ああ」
「ちゃんとお土産ももってくんのよ!」
「もちろん」
「ってことはもっと強くならないとね? メニュー強化か……さすがに血が熱くなってきそうね」
「お、お手柔らかにお願いします」
指の骨をパキパキと鳴らすベルメールに、ハントが頬を引き攣らせる。
「……で、それはそうとさ」
ベルメールがノジコと顔を合わせた。
二人の顔が一気に変化する。
さっきまで微笑ましいものを見るような表情だったのに、今度はイタズラをするかのような笑みだ。どこか嫌な予感がしたハントは「よし、じゃあ風呂に行くかな」と立ち上がろうとしたところでベルメールに腕をつかまれた。
「……な、なに?」
ベルメールとノジコがハントの耳に顔を寄せて、そっと小さい声で言う。
「ナミのことどう思ってんの?」
同時にハモリを見せながらの二人の言葉。
「ど、どど……どうって!?」
「あらあら、わかりやすいわねー」
「顔、真っ赤じゃない」
「ち、違う、そんなんじゃない! ほんとだぞ!」
「はいはいー」
「と、とにかく風呂に行くからな!」
まるで逃げるように駆け足で風呂場に行くハントの背中に、ベルメールとノジコが二人してため息をついたのだった。
「さて、私も寝ようかな」
すっきりした顔で寝床へ向かうノジコにベルメールが言葉を落とす。
「あんたは、いいの?」
「ん?」
「一緒に行きたいんじゃないの?」
「……」
投げかけられた言葉に、ノジコは考えるように黙り込んだ。それに苦笑して背中を抱こうとするベルメールだったが、その前にノジコがクルリと振り返った。
それは満面の笑顔。
「あたしはここでベルメールさんとのんびりしてるほうが好きかな」
「……本当に?」
ノジコは三人の子供の中で最も大人びている人間だろう。未だにヨソの子供と喧嘩したりすることもあるが、おそらくそれは単に気性の問題。感性や思考だけをみるならばナミやハントよりも成熟している。
だから、ベルメールは重ねて問いを重ねた。
ノジコは大人だから。
隠すのが上手いから。
もしかして自分を心配してここにいるといってくれてるのかもしれないから。
――だが。
もしかしたらベルメールのそれを感じたのかもしれない。
ノジコは照れくさそうに、そして本心からいう。
「ここでベルメールさんとみかん畑の世話をして、時々帰ってくるナミとハントを出迎える。アノ子達には帰る家がある、ベルメールさんとあたしが待っている……考えただけでもすごく暖かくて幸せ」
だから、と。ノジコは言葉を続ける。
「あの子達をベルメールさんと一緒に待つの……そうしたいの」
「そっか……うん、それもいいね」
ノジコの頭をくしゃりと撫でて、ベルメールが笑う。
「子供っていうのはいつの間にか成長してるんだね」
「それ、10歳の子供にいう言葉じゃないよ」
「はは、そうだね」
ベルメールが笑う。
それをみて、ノジコも笑う。
今日も今日とて、彼らは一緒に布団に入るのだった。
翌日、夕方。
「俺も一緒に行くよ、楽しそうだ」
その言葉に、ナミが「ありがとう」とハントへと抱きつき、ハントが「冒険資金ためないと」と赤い顔を抑えるために必死に現実的なことを考えていたということがあったのはまた別の話。
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