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道化師

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第二幕その三


第二幕その三

「その証拠に椅子が二つ置かれているな」
「タデオがいたのよ」
「タデオがか」
「そうよ。ほら、ここにいるから」
 左の扉からそのタデオがやって来た。
「あたしと一緒にいたわよね」
「はい」
 ここで彼はタデオからトニオに戻っていた。
「そうです」
「本当か!?」
「はい、奥様は何もしていません」
 あえて奥様と言った。本当はここではコロンビーナと言う筈であった。しかし彼はあえてここで奥様と呼んだのである。言い間違いかと言えばそうではなかった。これは計算されていたことであった。
「あの信心深い唇は決して嘘を仰いません」
 大袈裟に言う。村人達はそれを見て爆笑する。だがパリアッチョ、いやカニオは笑ってはいない。これは芝居の台本通りであった。
「そうか」
「左様です」
 トニオはタデオに戻った。それで答えた。
「わかった」
「わかってもらえた!?」
「だが聞きたいな」
「まだ疑っているの!?」
「本当は違うんだな」
 コロンビーナ、いやネッダを見据えていた。パリアッチョからカニオになろうとしていた。無意識のうちに。
「違わないわよ」
「嘘を言え」
「ちょっとパリアッチョ」
 ネッダはこの時まだコロンビーナであった。演技を続けていた。
「いい加減にしてよ、本当に」
「いや、俺はもう道化師じゃない」
「むっ」
「そんな台詞ないぞ」
 タデオとアルレッキーノはそれを聞いてそれぞれ呟いた。
「俺の顔が青ければな」
 確かに蒼白に化粧はされていた。だから村人にはわからなかった。
「それは恥と復讐への望みからだ。男の当然の怒りだ」
「な、何を言ってるのよ」
 コロンビーナから止むを得なくネッダに戻った。
「パリアッチョ」
「違うと言っている!」
 そう、今ここにいるのは道化師ではなくなっていた。カニオになっていたのだ。
「道端で飢え死にしそうになっていた御前を拾って名前を付けてやって育ててきてやったのに。それでこの仕打ちか!」
「おいおい、凄い演技だなあ」
「カニオさんもやるねえ」
 村人達には事情はわからない。やんやと喝采を送るだけである。
「元々一番演技はよかったけどな」
「今日は特別だな」
「まさか」
 だがシルヴィオだけはその劇を見て落ち着きを失っていた。
「俺とネッダのことか?」
 だが誰も彼には目を向けはしない。劇に目を向けている。
「俺はずっと御前のことだけを思い、考えてきた。しかし御前はそれを裏切ってくれた、見事なまでにな」
「うう・・・・・・」
 ネッダはそれを歯噛みしながら聞いている。カニオは彼女を睨んでいたがネッダは彼を睨むことは出来なかった。
「若い男にしか目がないのか、この売女!」
「おお、凄いぞ!」
「こんな凄い芝居ははじめてだ!」
「間違いない」
 シルヴィオは芝居から目を離せなかった。そして確信した。
「俺のことだ」
「じゃあいいわ」
 ネッダは言い返した。ようやくカニオを睨み返すことが出来た。
「そんなにあたしが気に入らないのならね」
「どうしろと言うつもりだ?」
「さっさと追い出したら!?」
「それは違うだろうが」
 売り言葉に買い言葉になってきた。カニオも睨み返す。
「正直に言え。いとしい恋人のところに駆けつけたいってな」
「フン!」
「さあ、早く言え!」
 カニオはさらに詰め寄る。
「その男の名前は。何ていうんだ!?」
「間違いない」
 もうシルヴィオには疑いようのないことであった。
「俺のことだ」
 青い顔で呟く。だが青い顔をしているのは彼だけであり、皆カニオに注目していた。だからそれに気付かれることはなかったのであった。これは幸運であったと言えるだろうか。
「言わないのか!」
「嫌よ!」
 ネッダは言い返す。
「あたしはあんたが望んでいるような女じゃないけれどね、それでも卑怯なことはしないわ!」
「俺を裏切っておいてか!」
「あたしの愛はね、あんたの怒りよりずっと強いのよ!」
「浮気でもか!」
「浮気じゃないわ、本気なのよ!」
 化粧の下の素顔が露になっていた。化粧は崩れてはいない。だがコロンビーナの姿は何処にもなくネッダの顔しかなかったのであるから。もう彼女はコロンビーナではなくなっていた。
「何かおかしいぞ」
「ああ、御前もそう思うか」
 客達はそんな二人のやりとりを見て囁き合う。
「身が入っているにしろ真剣過ぎるよな」
「そうだな。何か本当みたいな」
「嫌な予感がしてきたな」
「恐ろしいことになるかもな」
「おい、トニオ」
 舞台の隅に控えていたペッペが隣にいるトニオに声をかける。
「どうしよう」
「どうしようつってもな」
 ある程度カニオをけしかけた彼にもどうしていいかわからなかった。
 
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