ホフマン物語
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第二幕その三
第二幕その三
「ですから。あまり売れないかと」
「今までのものよりずっとよくとも、ですか」
「先生は物理学者ですからねえ」
ホフマンは今度はこう言った。
「そういったものはそれ程重要ではないと思いますよ」
「左様ですか」
「はい。残念ですけれど」
「だったら別のものはどうでしょうか」
「別のもの」
「はい、これです」
そう言いながら鞄に手を入れる。そしてそこから二つの丸く小さいものを出して来た。
「それは」
「目です」
コッペリウスは答えた。
「目」
「はい、目です」
そしてまた答えた。
「義眼でしょうか」
「そう、私が作ったものです」
彼は胸を張ってこう言った。
「青のものもあれば、黒のものもあります。如何ですかな」
「生憎僕は目はもう二つありますから」
ホフマンは笑いながら言った。
「それはいいです」
「いいのですか」
「はい。少なくとも目は間に合っています」
「今の目よりよく見えますぞ」
そう宣伝する。
「本物がもうありますから。別の方にでも売られればどうでしょうか」
「やれやれ。残念なことです」
「他には何かありますか?」
「眼鏡があります」
「眼鏡」
「はい、これです」
そして目をなおして眼鏡を出して来た。赤い縁に緑がかった少し妖しげな眼鏡であった。ホフマンとニクラウスはその眼鏡をいぶかしげに見ていた。
「これですか」
「はい」
コッペリウスは頷いた。
「これです。如何ですか」
「何か面白い外見の眼鏡ですけれど」
「面白いのは外見だけではありません。中身も面白いのです」
「つまりよく見えるようになると」
「はい」
彼は頷いた。
「如何ですか」
「面白そうですね。幾らですか」
「三デュカです」
「安いですね。それでいいんですか?」
「はい」
彼はここで悪魔的な無気味な笑みを浮かべた。
「出血価格です」
「それはいい」
「付けられると。どんなものでも見えますよ」
「どんなものでも」
「はい。如何ですか」
「わかりました。買いましょう」
ホフマンはこうしてコインを彼に差し出した。それで買ったのであった。眼鏡以外のものも。
かけてみる。だが今までと大して変わりはないように思えた。
「あの、これは」
「まあすぐにわかります」
「そうですか」
「とりあえずはお持ち下さい。きっと貴方にいいことがありますから」
「わかりました。それでは」
「はい」
ホフマンは眼鏡を上着のポケットにしまった。ニクラウスもそれを見ていた。従ってこの時コッペリウスの顔から目を離してしまっていた。まるで悪魔の様に邪な笑みを浮かべたその顔から。
家の扉が開いた。そしてスパランツェーニが出て来た。
「待たせたね、ホフマン君」
「いえ」
「ニクラウス君も来てくれたのか。これはいい」
「そして私も」
「・・・・・・あんたものか」
スパランツェーニはコッペリウスの顔を見てあからさまに嫌な顔をした。
「一体何をしに来たんだ」
「いや、何」
「何の用だ、一体」
「貴方に祝福を届けに参りました」
恭しく一礼して述べる。
「私はあんたから今までそんなものを貰ったことはないが」
「それでもです。お金という名の祝福を」
「オランピアなら会わせんぞ」
「まあまあ」
「あれはわしの娘ということになっているからな」
思えば変わった言葉であるがこの時ホフマンはそれには気付いていなかった。ニクラウスもそれは同じであった。ただぼんやりと二人のやり取りを聞いていただけであった。
「違うか」
「まあ確かにそうですが」
「だからわしの方は用事はない。これでいいか」
「いやいや」
「だが、わしも鬼ではない」
彼はこう言ってコッペリウスの耳に自分の顔を近づけさせてきた。
「話があるのだが」
「はい」
「あれの目のことでな」
「目、ですか」
コッペリウスはそれを聞いてニヤリと笑った。
「そう、目だ。実は最近調子が悪いようなのだ」
「それはそれは」
「緑の目はあるか」
次に問われたのは目についてであった。
「あれば」
「わしは御前に祝福をやれる」
「幾ら程」
「五〇〇デュカだが」
金額が提示されると顔が変わった。
「有り難い祝福です。ですが保証人は」
「会社だが。どうだ」
「個人よりは信用がおけそうですな。そしてその会社は」
「エリアスだ。ユダヤ人が経営している」
「ユダヤ人が」
それを聞いたコッペリウスの顔色が変わった。
「用心しておいた方がいいやも知れぬな。あの連中は下手をすれば我等よりも手強い」
この時代もユダヤ人は欧州においては商業、とりわけ金融業に従事することが多かった。手強い商人として小説や戯曲の題材にもなっている。
「どうじゃ」
「考えさせて下さい」
彼は考える顔でこう返した。
「まずは詳しいお話を」
「うむ」
「何か色々と話をしているみたいだな」
「そのようだね」
ニクラウスはホフマンにワインを一本手渡しながらこう述べた。
「取引みたいだけれど」
「それもすぐわかるよ」
彼はこう答えた。
「すぐにね」
「まあ僕には関係ないか」
だが関係あった。スパランツェーニはホフマンをまるでたらし込む様な嫌らしい笑みを浮かべて見た後でコッペリウスに囁いた。
「これでどうじゃ」
「また悪いことを」
そう応えるコッペリウスも邪悪な笑みを浮かべていた。
「何、世の中とはそういうものじゃ」
彼はこう言ってうそぶく。
「騙される方が悪いのじゃ。違うか」
「確かに」
「あれとオランピアを結婚させてな」
「名案ですな。確実に乗ってきますぞ」
「真相も知らずな。馬鹿なことにな」
二人はそう言い合って笑っていた。そしてあえてにこやかな顔を浮かべてホフマン達に声をかけてきた。
「ホフマン君」
「はい」
ホフマンは二人に応えた。
「それでは中に入ろうか。もうすぐ他のお客さん達もやって来るしね」
「わかりました。それでは」
「君はまだ若い。これからの若者だ」
「何かおかしいな」
ニクラウスはそれを聞いて不思議に思った。何か胡散臭いものを感じていたのだ。
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