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シャンヴリルの黒猫

作者:jonah
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Chapter.1 邂逅
  10話「襲撃」

「セフェリネ・ユーゼリア・イレ=ナルマテリア第二王女とお見受けする」

「今更何を」

「再三申し上げたが、我々は貴殿に害なそうというのではない。抵抗しないならば無理な拘束をせずに祖国までお連れする。そろそろ上の堪忍袋の緒も切れる。おとなしく護送されることをおすすめするが……」

「どの口が言う、この逆賊が!」

「……それは拒否ととって、構わないものだな?」

「当たり前だ! ダランゼルなどに私は屈しないと当主に伝えるがいい、逆賊の狗!」

「バルメル様からは、次に抵抗した場合、武力行使もやむを得ないとされている。……骨の1本や2本、覚悟しろこの小娘が!!」

 スッと慣れた様子で腰の後ろから短剣を抜くと、他の4人も一斉に刃を閃かせた。

「我が魔の盟約に答え…ぁっ」

 咄嗟に召喚しようと杖を掲げるが、昼にジルニトラを召喚した時に失った魔力はまだ回復しきっていない。朝、サンクチュアリの清流の水と果物以外何も食べていないままでは、それも当然のことだった。
 自分の空腹も忘れるほどアシュレイと共にいるのを優先していたことに、今更気付く。

「くっ」

 それでも最後の悪あがきと、見事な杖術で短剣を1本、2本弾く。
 ローブの袖に隠していた篭手で1本を受け止め、その細腕に響く衝撃に奥歯を食いしばりながら体に残る僅かな魔力を杖に込め、火を纏ったそれを横に薙ぎ払った。

 男たちは余裕の面持ちで飛び退き、それを避ける。

「…ふん、余計な手間をかけさせおって。誰かの助けが来るとでも? 期待の人物は共に行動し始めたあの黒髪の男か? だとしたら、そんな希望は早々に捨てることだな。ここには防音と不可侵の結界を張った。5人分の魔力を注ぎ込んだ魔道具だ。効果は明日、日が昇るまでだが、それまでは誰も来ない。それまでお前が持ちこたえられれば、話は別だろうがな」

 勝利を確信しているのか、やけに饒舌だ。最後の嘲笑を含んだ言葉に、部下がゲラゲラと笑う。

 だが、もしかしたら、と思っていた淡い期待も砕かれた今、ユーゼリアは手に持った杖を握り締めるほかどうしようもなかった。

 先の炎を纏った杖は、所詮猫だましの奇襲作戦。威力も見た目に反してほぼ無く、本当にただ驚かすことしかできない。

 魔力も残りは下位の魔法を1発打てる程度。

 相手の男たちはひとりひとりは大体C以上の実力だろう。ユーゼリアはB-ランクといえど、それも後衛職でのことだ。杖術に関して言えば、正直近接を得意とする者のDランク程度である。



 ――詰んだ。



 思わずそんな言葉が浮かぶ。

(何か、何か策は……)

 焦る頭で必死に考える。杖を持つ手に汗が浮かんだ。

 どんどん青くなっていくユーゼリアの顔をにやにやと眺めていた(かしら)が、短剣を握り直す。それを見た部下たちも顔を引き締めた。ユーゼリアの顔が、いよいよ危機迫ったものになった。
 男たちの足に力が込められた、その瞬間。




「……やれやれ、まだ18の女の子に寄ってたかって大の大人が…リンチか? カツアゲか? わざわざこんな結界を張るなんて、最近のカツアゲは力の入れ具合が違うなぁ」




 その場にいたすべての者が街路方面に顔を向けた。男たちは驚愕の面持ちで、そして、ユーゼリアはどうして、という表情で。

「なっ……! 結界は!?」

「破られた感覚はなかったぞ!?」

「くぐり抜けたとでも言うのか!? 5人分の魔力だぞ!」

「嘘……アッシュ……?」

 ユーゼリアは、こぼれ落ちるような蒼の瞳を限界まで見開いた。

「よう。ちょっとそこで観戦させてもらってたけど、なかなかどうして近接もいけるクチじゃないか。(やっこ)さん、気配は消していたとは言え、余裕かましすぎだろ。ずっとここに俺がいたってのに。そんなに影が薄いかね? 悲しいこった」

「……おいてめぇ」

 肩をすくませてユーゼリアに話しかけるアシュレイに、どすのきいた声で頭が喋った。すたすたと散歩をするようにユーゼリアのもとへ歩きながら、首だけそちらに向ける。

「なんだ?」

「…いつからいた?」

「そうだな。ユリィのことを『王女』って呼んだあたりから?」

 言外に“最初から”と言われた頭は、グッと拳を握った。

「……結界はどうした」

「お前らだって馬鹿じゃないんだ。自分達の魔力で構成した結界が割れてないことくらい流石にわかるだろ? なら答えは1つだ」

「馬鹿な! 結界をくぐり抜けるなんて(わざ)、張った結界を構成した魔力の倍以上の魔力を必要とするんだぞ!?」

 部下がヒステリックに叫んだ。ありえないものを見るかのような目でアシュレイを見ながら。頭は無言のままだった。

「……どちらにしろ、俺たちの仕事は変わらない。多少やることが増えただけだ」

 短剣を構える男達に、座り込んだままのユーゼリアを庇うように前に立つと、くいくいと、人差し指を挑発的に動かした。

「だ…だめよ。アッシュ、逃げなさい! いくらなんでもC相当の相手を5人もなんて……」

 後ろから響く声は、心なしか普段よりも震えているように聞こえた。無防備にも敵に背を向け、未だ立てないユーゼリアの頭をぽんぽんとたたく。蒼の双眸が、アシュレイの黒と交わった。

 それだけして、また黒髪の男は前を向く。その表情は、彼の眼前の男たち以外見る者はいなくなった。




口角が釣り上がる。



その瞳は、ひとりでに爛々と輝いた。





   まるで、獲物を狩る獣のように。





「やるのか? ならお前らも()られる覚悟を決めな。……人の恩人に手ぇ出した報い、受けてもらうぜ?」



 直後、



 ドッッ



 音を立てて“何か”がアシュレイから放たれた。



 それは威圧。  殺気。



 それは、覚悟。



 獲物を“狩る”ことを決めた強者の覚悟。



「……ひっ」

 誰かが喉に空気を送る。本当に恐ろしいモノを前にしたとき、ヒトは声を出すことすらかなわない。
 カタカタと、短剣が揺れる音がする。同時に、少しずつ、男たちとアシュレイの距離が離れていった。アシュレイはその場から1歩も動いていない。弱者の本能が、襲撃者達をアシュレイから遠ざけていた。

「……」

 ふと、あたりを制するその威圧が僅かに軽くなる。

「あ……う…うわぁああぁぁあぁああ!!!!」

 部下の1人が短剣を放って逃げ出した。本能の赴くまま、少しでも速く。少しでも遠くに。竦んで動かない足を無理やり回して、度々転びかけながら、必死に逃げていく。

 それが皮切りだった。

「うわあああああ!!!!」

「お、おい! お前ら!!」

 男たちが一斉に逃げ出していく。脳裏に浮かんだ“確実な死”を恐れた者たちが、我先にと街の中心へと駆け出した。そこには先程までの統率された動きの欠片もない。当然、頭の制止の呼び声も、彼らの頭を素通りするだけだった。

「……おやおや。残りはお前だけになったようだが…」

「くっ」

 頭の男が舌打ちをした。だが、それも苦し紛れというのはやった本人が最もよくわかっている。自分の力量が、アシュレイには遠く――足元にも及ばないということが。

 歯ぎしりしながら、絞り出すように頭は言った。

「…今回は引く」

 そのまま影のように掻き消える。

 威圧がふっと消え去った。くるりと後ろを向き、しゃがんで、無意識にほっと息を吐くユーゼリアに視線を合わせた。

「……大丈夫だった?」

「う…うん……」

 まだばくばくと音を立てる心臓に手を当て、肩で息をするユーゼリアをみやってアシュレイは立ち上がった。ユーゼリアの手を掴んで引き上げる。と同時に、

くうぅ...

「……ぷっ」

 小さく音を出した腹に、顔をこれ以上ないという程真っ赤にせながらアシュレイを睨むユーゼリア。全く怖くなく、単に上目遣いで可愛いだけなのだが、そこを本人はわかってはいない。
 とりあえず、

「飯にしようか」

「……うん」  
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