シャンヴリルの黒猫
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Chapter.1 邂逅
8話「駆逐」
先程から、あたりには剣が空を斬る音、何か水が詰まった革袋が裂かれる様な音、そしてその中の水が辺りに飛び散る音と、お世辞にも美声とは言い難い何かの断末魔しか聞こえない。何とも耳に悪い四重奏カルテットである。
音の中心では、剣を手にしたアシュレイがいた。その動きはまるで、剣舞を舞っているかのようであった。
「よっと」
軽い掛け声と共に、振り向きざま後ろに経っていたゴブリンを縦に斬る。飛竜ですらバターのように切り裂いた剣は、ゴブリンなど空気を斬るように軽く切れる。
勢いのまま一回転して、まわりのコボルトを上下に真っ二つ。木の上から錆びた短剣を構えて落ちてきたゴブリンに、拳を振り上げ同時に首をやや反り剣を交わす。
ちらと視界に、逃げるコボルトの背がある。顎骨が砕ける嫌な音が腕を伝って響くが、気にせずそのまま自由落下で落ちて来る錆びた剣の柄をつかみ、一瞬で投擲体勢に入った。
次の瞬間には逃亡を図ったコボルトの頭は見事パックリと割れ、役目を終えた短剣はコボルトの頭蓋の固さに耐え切れず、金属音をまきちらしながら折れた。
「ほい」
中距離から生意気にも初級魔法ファイアを繰り出してくるゴブリンメイジに、足元にいた違うゴブリンの死体を蹴りつけ、転倒させる。じたばたともがくゴブリンメイジの手から歪な木の杖を奪うと、脳天にその鋭い杖の先を突き刺した。
魔物特有の青い血をまきちらしながら、しかし自身に流れる赤い血は一滴も出さす、次々にゴブリンとコボルト達を屠っていく。全てが文字通り一刀両断され、一撃で殺された死体の山の中央に立つアシュレイを、ユーゼリアは思わず口を手で覆ってみていた。
そもそもここがこんな惨状になったのは、依頼に出されていたゴブリンとコボルトの巣が、双方思ったよりも近くにあったと言う事だった。1つ1つ潰していく予定だったが、思いもがけず2種の巣を同時攻略する羽目となった。
ユーゼリアも、これは致し方あるまいとして自らの召喚獣を呼ぼうと杖を手に取った。本来なら手を出さないでおこうと思っていたものの、なりたてホヤホヤの初心者Fーランカーに1人で2つの巣はキツイから、後でまた少数相手の魔物とやりあえばいいとして。
だがそこで、アシュレイが思いもがけない事を言ったのだ。
『ちょっとお願いなんだけど。これ、俺1人で対処させてくれませんかね?』
思わずぽかんと口を開けてしまったのを覚えている。
通常、この状況にあって確実にゴブリン、コボルトを殲滅できるのは、ランクDクラスのパーティでないと無理だ。1人でやるなら最低でもランクはC。
かすり傷すらない無傷で行くならC+は欲しい。
『ちょ、アッシュ、貴方死ぬ気!!?』
『まだ死にたくはないから、死なないさ』
そんな軽い言葉の後に、無防備に、まるで散歩に行くかのような歩きで双方の巣の間に行く。腰からギルドの援助武器として貰った投げナイフを取り出すと、2本同時にそれぞれの巣の暗闇の中にナイフを投げ入れる。まさか、見えていたとでも言うのだろうか。一瞬にして彼の手から消えたナイフが、ゴブリンとコボルトの巣の、どちらからも聞こえる断末魔の声を作り出す。
数秒置いて、耳を塞ぎたくなるような奇声を上げながら魔物共が走り出してきた。身長は1メートル程度だが、その身に秘める筋力は成人男性以上というゴブリンが、怒涛の勢いで巣穴から出てきたのである。中にはぽつぽつと体格のいいゴブリンもいて、ユーゼリアにはそれがゴブリン達のリーダー、ゴブリンチーフだと一目でわかった。
一方コボルトの方の巣からも、錆びた剣や斧をかついだコボルト達が、その犬の様な頭で低く唸りながら出てきた。そこにも一回り大きなコボルト――キングコボルトがみられた。
そして話は冒頭に戻るのである。
「なによ……これ……」
これは余りにも一方的な虐殺――駆逐だった。こんなのがランクF-の訳がない。軽く見積もってBは固いだろう。
ひょっとしたら、彼は高名な剣士だったのではないか? だが、ユーゼリアは「アシュレイ=ナヴュラ」という名の剣士など、噂に聞いたことも無かった。ランクBにものぼれば、大抵異名などが着くのだが、彼を表したような二つ名など全く知らなかった。
グシャッ。
嫌な音と共に、その場に静寂がおりる。
「ふぅ」
自身の剣に付着した青い血糊を振り払って、アシュレイがユーゼリアへと向き直った。その身には魔物の青い血などは僅かたりとも着いていない。返り血すら浴びずに避ける技量。ユーゼリアは何故か、アシュレイに僅かな畏怖を覚えた。
「アッシュ……」
「お待たせ、ユリィ。この後はどうすればいいんだっけ?」
「……あ、うん。ゴブリンもコボルトも耳を持って行けばいいの。片耳だけで十分よ。ただし、右か左か片方にそろえてね」
「はいよ」
その後も何の躊躇もなく耳を斬り落としていくアシュレイの手が、どこか手慣れているのをユーゼリアは見た。が、なんとなく聞きそびれているうちに、5分もするとアシュレイは全ての魔物の耳を取り終わってしまったので、思考を戻す。
見れば、ギルドから貸し出された麻袋はパンパンに膨れていた。いくら小さいサイズのものとはいえ、一体アシュレイが1人で何匹屠ったのかが一目で分かってしまう量だ。100近くあるのではないだろうか。
「早いわね……」
「そうかな。どうやら思った通り、俺はどこかでこの剣をふるったことがあるみたいだね」
「……それにしても、生きているものを殺すことに躊躇が無かったみたい」
意識したわけではないが、どこか責めるような口調になったユーゼリアに対して、アシュレイは少し驚いたような顔をした後、苦笑してその言葉を肯定した。
そうだね。
その苦笑は、アシュレイ自身を嘲笑しているようだと、ユーゼリアは思った。
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