ソードアートオンライン アスカとキリカの物語
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
アインクラッド編
過去の傷跡
サチとアスカの手料理で舌鼓をうった7人は昼から再度フィールドへと出た。
全員の連携が上手くなってきたので、少しポップ率が高い場所へとアスカの誘導で進む隊列の最後尾で歩くサチの足取りは重かった。
両手で持っている槍と盾がいつにもましてずっしりとした重みを与えてくるような気がする。
サチの頭の中では先ほどのアスカとの会話の内容が渦巻いていた。
サチもアスカの言っていたことは理解している。
自分が戦うための理由を持たないことも、戦闘に向いていないことも、本心では安全な街の中に留まりたいと思っていることも。
だが、〈月夜の黒猫団〉のメンバーにそのことを打ち明けたことはない。
きっとこの気持ちを表に出せば、ケイタ達は考えを改めて攻略組から下りてくれるかもしれない。長年行動を共にしてきているので、だいたいの予想はつく。
しかし、先ほどアスカが言ったようにサチは彼らの足手まといになることを望んでいない。
このソードアートオンラインがデスゲームとなってから1年。
臆病者であるサチをケイタ達4人はずっと支えてきてくれた。
そんな彼らの枷となることは許せなかった。
サチは先頭を案内役も兼ねて並んで進んでいるキリトとアスカの姿を捉える。
真剣な表情で―――おそらく午後からの戦闘についてだろう―――話し合っている。
サチは2人を凄いと純粋に思っている。
単純なレベルや強さが羨ましいのではない。
キリトは自分と同じ女性プレイヤーなのに、弱音も吐かず1人で攻略組に存在し続け、アスカは誰もが知る攻略組最強ギルド〈血盟騎士団〉の副団長。
自分などとは比べものにならないほど、強い意志で戦っている。
そんな彼らと自分との間にある大きな差にまたしても自己嫌悪に陥ってしまう。
はあー、と溜息を付くと、目の前を歩いていたケイタが心配そうな顔で振り向いた。
「サチ、大丈夫か? やっぱり午前中の戦闘で疲れた?」
うん、とアスカの時と同様に頷きそうになって慌ててかぶりを振る。
「ううん。心配ないよ」
「そうか?」
「ケイタこそ疲れてるんじゃない?」
「うっ・・・・それは否定できないなぁ。あの2人のようにはいかないよ」
ケイタの目は前を歩く2人、アスカとキリトに注がれている。
その目の中に尊敬、憧れにも似た感情が垣間見えた気がするのは気のせいではないだろう。
サチも似たような感情を持っているから、分かる。
「そう・・・だね」
辛うじて言い切るが語尾が震える。
幸い、ケイタはサチとの会話にそれほど集中していなかったようで、違和感に気づくこともなかった。
ケイタがダッカー達と話し始めるのを見てほっと一息つく。
同時に、アスカには正直に言えたのに、ギルドメンバーであるケイタには嘘を言ってしまっていることに罪悪感を覚える。
仲間のために、〈月夜の黒猫団〉やキリト、アスカのために戦いと思っている。
攻略組になろうとした決意に嘘偽りはない。
しかし、戦わず、街の中に留まりたいと思っているのも事実。
矛盾した感情を持ち合わせたサチはもう一度、感情をはき出すようにため息をついた。
午後からの戦闘ではサチはキリトとの連携を練習した。
アスカが以前にも片手剣のコーチをしていたキリトの方がサチとのタイミングを合わせやすいはずだ、と判断したからだ。
実際に、キリトと連携を取った場合、午前中にも数回成功している。
サチ以外の4人はかなり連携がスムーズになってきているので、アスカがまとめて指示を出す。
まあ、キリトが指示を出すことが苦手、というのも理由の1つであるらしい。
「サチ、わたしたちは基本的にあの5人がタゲを取り切れなかった敵を相手にするから、わたしが攻撃したらスイッチして」
「うん」
少し弱々しかったが、頷きと共に了解の意を示したサチは槍をしっかりと構える。
キリトの合図でアスカ達5人がタゲを取り損なったカメに狙いを定めてキリトが先攻して距離を詰める。
初撃を避けたキリトがカメの顔面にライトエフェクトを纏わした剣で斬りつける。
キリトの頭部のクリティカルポイントへの攻撃成功率は午前中の練習でコツを掴んだおかげで、6割程度。
今回は見事成功。
カメが小さな悲鳴を上げて硬直する。
「スイッチ!!」
キリトの声を聞いてサチは敵との距離を詰める。
何度もアスカやキリトに教えて貰った通り、動けないままのカメの頭部にソードスキルを発動しようとする。
その時、モンスターと目があった、気がした。
無論、敵に感情なんて存在しないので偶然でしかない。
だが、サチの体は視線が交わった途端動かなくなった。
怖い。
逃げたい。
戦いたくない。
後ろ向きな感情が体中を駆けめぐる。
至近距離でモンスター、化け物に相対することに足が震える。
しかし――――
「サチ!」
――――キリトの甲高い声が届く。
意志の籠もった、サチの背中を押してくれるような声だった。
何とかその場に踏む留まったサチは意志力を総動員して槍を突き込んだ。
ずがっ! と、サチの槍がカメが頭部を捉えた。
「や・・・・やった!」
思わず歓声を上げてしまい、恥ずかしげに俯く。
このくらいで浮かれる自分が情けない。
サチ以外の6人は当たり前にできていることなのだ。
「やったな、サチ」
一度2人揃って距離を取ると、笑みを浮かべたキリトがそう言った。
その、おそらく何気なく出た、ケイタやみんなにも言っているであろう言葉が、どれだけサチにとって嬉しかったか、キリトはきっと理解していないだろう。
サチは少し気合いが入った手でしっかりと槍を握った。
先ほどまでの重みは、もう感じなかった。
キリト達が午後から戦闘を行っていた場所はフィールドではかなりモンスターのポップ率が激しい場所だ。
しかしながら、午前中の戦闘でコツを掴んだ〈月夜の黒猫団〉の男性陣はアスカの指示で的確にカメの脆弱ポイントを捉えることができるようになっていたので、それほど多くの敵に囲まれるような状況に陥ることもなかった。
キリトとサチはあまり効率よく倒せていなかったが、ほぼ全ての敵をアスカ達に任せていたので窮地に追い込まれることもなかった。
それに、サチもキリトと二人というおかげもあるだろうが、午前中よりは少しずつ堅さも取れて、何度か連続して攻撃に成功するようになった後は少し自信が付いたのだろう。
少しずつ成功率も上がり、順調だった。
そしてようやくキリトとサチ2人はお目当てのモンスターと出会った。
不意にキリトの〈索敵スキル〉範囲内に今までの白色に近いピンク色と異なる、オレンジ色の光点が出現した。
キリトは咄嗟に光点の方向に剣を構える。
〈索敵スキル〉の光点のカラーは敵の強さを判別することに利用できる。
自分よりも圧倒的にレベルが高ければ、血のようなクリムゾンレッド。同等のレベルならピュアレッド。
そしてそこから自分のレベルが高くなるにつれ白に近づいていく。
今までずっと倒してきていたカメモンスターなら薄いピンク色の光点のはずだ。
つまり、この先にいるのは――――
「うわあっ・・・・!!」
サチが恐怖ではなく、感嘆から声を上げたのも仕方ないだろう。
がさがさ、と草をかき分けて現れたのは光り輝くような圧倒的存在感を放つカメだった。
体躯は先ほどまでの敵より一回り大きい。
しかし、何よりも目を引くのは甲羅中に精緻に取り付けられている大小様々の宝石の数々。
陽光が反射してキラキラと輝いている。その様はとても倒すべきモンスターとは思えない。
見間違えようはずもない。
〈ジュエリー・タートル〉。
今日のクエスト報酬アイテムである〈ジュエリー・シェル〉をランダムドロップするモンスターだ。
午前中にアスカ達が1体倒したきり出現していなかったので、キリトもサチも初めてこの美しいモンスターと相対した。
見た目は美しいが、カーソルの色から判断できるように油断して大丈夫な相手ではない。
付け加えてこのモンスターには1つだけ他のモンスターと異なる特性があるので、それも気をつけなくてはならない。
「・・・・わたしが先攻するからサチは様子を見ながら甲羅にソードスキルを発動しないように気をつけて」
「大丈夫・・・・分かってる」
キリトの緊張が移ったかのようにサチの声も少し震える。
このモンスターの甲羅には極力攻撃を行わない方がいい。ポップ率が午前中に比べて高いこの場所でなら尚更だ。
「いっけ・・・・っ!」
己を叱咤するかの如く鋭い声を発してキリトは〈ジュエリー・タートル〉との距離を詰めた。
見た目こそ普通の亀型モンスターと大きく違うが、攻撃パターンはほとんど変わらない。
前足での薙ぎ払いをキリトはバックステップで避ける。
そのまま頭部へとソードスキルを叩き込み、動きを止めた。
「サチ、スイッチ!」
キリトの声に、サチも距離を詰める。先ほどからだいぶサチの攻撃も上達している。
今度も、単発突きが頭部に突き刺さるはずだ。
そう、キリトだけでなく、サチも思っていた。
「えっ・・・・・?」
ずるっ、と嫌な音がサチの足下で鳴った。
サチは自分が体勢を崩している理由が分からないと言った掠れた声を出す。
前述したとおり、この階層の足場はぬかるみで安定しない。
そして、かなり低確率ではあるのだが、時々足を滑らせてしまうのだ。
しかし、この現象は本当にめったに起きない。
キリトも午前中からの戦闘で足を取られたのはほんの2、3回だ。
付け加えて槍使いであるサチはキリトよりも重装備だ。足を取られる確率は軽装備プレイヤーほど高くなるので、サチに至っては一度も発生していなかった。
それが、このタイミングで運悪く起きてしまった。
体勢を崩したサチの突き込みは大きく狙いを逸らす。
そして槍の先端が甲羅に直撃し、パリイィンッッ! と高い音を立てて宝石の1つが砕け散った。
その音は少し離れた場所で戦っていたアスカ達5人にも届いたのだろう。
全員が顔を強張らせる。
砕け散った宝石の破片が消えることなくフィールドに円形の波紋となって広がっていく。
数秒後、辺りから数十匹ものカメが姿を現した。
そう。
〈ジュエリーシェル〉の甲羅上にある宝石を割ってしまうと、ある一定範囲のモンスターを引きつけてしまうのだ。
キリトも緊張からか、構える剣先がわずかにぶれた。
――――とは言え、危機的状況、と言うほどではない。
囲まれた、といっても、相手は鈍重なカメのみ。
離脱しようと思えば、転移結晶を使わなくても全力で走り抜けるだけでいい。
それに、この数のカメを倒すのにどれだけの時間がかかるかは想像したくないが、攻撃をくらって死ぬような心配をする必要はない。
そう、分かっていた――――はずなのに。
キリトの中で嫌な記憶のふたが開く。
自分のせいで4人の命を危険にさらしたあの時の記憶が、敵に囲まれて怯えているサチの姿が重なった。
サチも同様だったのだろう。
顔を分かりやすく青くする。
怯えた、助けを乞うような目でキリトを見ている。
その顔を視界に入れた瞬間、キリトはモンスターの大群に突貫していた。
体が、自然と動いていた。
「うっ・・・・おおぉぉっっ!!」
叫びながらタイミングも何も考えずに剣を、無茶苦茶にソードスキルを使って振り回す。
当然、そんな攻撃敵は頭を引っ込めて防御。
微々たる量しかダメージを与えられない。
それでも、キリトの動きは止まらない。
狭窄した視界の中で目の前にいるモンスターに剣を叩きつけ続ける。
しかしながら、そんな風に暴れていれば、不用意な技後硬直時間が科せられる。
「キリト、危ない!!」
サチの叫び声で、後ろから前足を振り下ろしてくる敵の姿が遅まきながら認識される。
だが、大技を連発していて動けないキリトに避ける方法などない。
その時キリトの視界に純白の騎士服が舞った。
刀身がブレるほどの速度で放たれた細剣がキリトの体に迫っていた攻撃を弾き、続けざまに顔面への攻撃をも成功させる。
「何してるんだ、キリト! 1人でどうこうできる状況じゃないだろっ!」
キリトの窮地を助けたアスカが怒鳴る。
アスカが怒る姿なんてめずらしいな、なんて頭の片隅で考えながらも口からは捻くれた返事が飛び出す。
「大丈夫だよ。あんな一撃くらってもたいしたダメージじゃない」
「そういう問題じゃないだろ。今はみんなで協力して周りの敵を倒すことが先決だ」
「わたしは1人で戦える」
アスカが言っていることは正しいのに、アスカが悪いわけではないのに、自分が間違っているのに、口からは強がりしか出てこない。
本当は1人じゃこんな数の敵倒しきれないのに。
「意地張っている場合じゃないだろ・・・・・・どうしたんだ、キリト?」
キリトの様子がいつもと違うことにアスカも気づいたのだろう、そう訊ねてくる。
〈月夜の黒猫団〉の面々もアスカに遅れながらもやって来た。
心配そうにサチも駆け寄ってくる。
そこで、ようやくキリトも心を落ち着けることができた。
狭かった視界が広がる。
「いや・・・・・・大丈夫。変なこと言ってゴメン」
「今は謝らなくていい。みんなで協力してこいつらを倒すのが先決だ」
「・・・・・・分かった」
頭を冷やしながら冷静に状況把握を行う。
〈索敵スキル〉範囲内には光点が20ほど。
かなりの大群だが、全員が落ち着けば何とかなる数だ。
「さっきまでと同じように俺たち5人がモンスターのタゲを取る。キリトとサチの2人は取り損ねた敵を相手してくれ」
いつもボス戦で的確に指示を出しているだけあって、こんな状況でも淀みなく指示を出すアスカ。
全員が頷いて、駆けた。
キリトもサチを引き連れて先攻する形でモンスターの大群へと切り込んだ。
「だあーっ! 疲れたー!」
どかっ、と盛大に音を立ててダッカーが近くにあった木の根っこの上に腰を下ろした。
〈月夜の黒猫団〉の面々は同じように地べたに座り込んでいる。
キリトもかなり疲れているが、さすがに場数が違う。そこまでの疲労はない。
それはアスカも同様なのだろう。呼気を整えて細剣を構えたままだ。
一応〈索敵スキル〉でまわりを確認。
どうやら、辺り一帯のモンスターは全て屠られたようで、光点が存在しない。
〈ジュエリータートル〉の宝石をたたき割ってから1時間以上経過して、無事に辺り一帯を取り囲んでいた20体近くのモンスターは全て片付けた。
午前中よりも洗練された連携により、思ったより短い戦闘時間だった。
「ここら一帯のモンスター全部狩ってしまったからしばらくポップする心配もないだろ」
キリトと違い〈索敵スキル〉をそこまで上げていないはずのアスカに伝えておく。
アスカが細剣をだらり、と下げる。
そのままウインドウを開いて今の戦闘で手に入ったアイテムを確認していく。
この階層のモンスターはアイテムの実入りが悪いが、さすがに6時間以上の戦闘でかなりの量になっている。
整理しながら、ふと思いついたことを全員に向かって訊ねる。
「そういえば、誰が〈ジュエリー・タートル〉倒したんだ?」
その質問を受けておずおずと手を挙げたのは、サチだった。
かなり驚くキリトに、手をブンブン振ったサチが説明する。
「いや、偶然アスカの攻撃でほんの数ドットだけHPが残ったお零れを預かっただけで・・・・」
それでも凄い。と言うよりこれはラッキーだ。
サチに被せるようにダッカーが口を開く。
「ふーん、じゃあ可能性があるってもんだなー!」
ダッカーの言葉にアスカとサチを除く全員がうんうん、と頷く。
「ん? どういうことだ?」
1人意味が分からないという様子のアスカ。
「いやー、サチのリアルラック値の高さはわたしの5・・・・いや、10倍はかたいな」
「俺なんか100倍は確実だぜ・・・・」
と、にやつきながらキリトとダッカーが口を揃えると、「そんなことないよ!!」と顔を赤くしたサチが先の倍速で手を振る。
アスカも「2人とも大げさすぎるだろ・・・・・・」と、呆れている。
だが、キリトの方はあまり大げさな表現というわけでもない。
本当にサチのリアルラック値は高いのだ。
出会った当初の頃はキリトもダッカーやケイタの話に「そりゃないだろー」と笑っていたが、何度か素材採取クエ等を手伝っているうちに疑惑は羨望へと変わった。
ネットゲーマーとしてリアルラック値の低い自負があるキリトからすればちょー羨ましい。
〈月夜の黒猫団〉男性陣も多少なりともいいなーと思っていたようで、ダッカーが、
「サチの運気を分けて貰えたら俺でも彼女が作れるかもって思うわ・・・・」
と、呟いていたほどだ。
まあ、キリト含む全員から「そりゃない」と即答されて涙を流していたが。
――――閑話休題。
「可能性が低くないってことだよ・・・・サチ、どう?」
キリトに訊ねられてサチがピコピコとウインドウを操作する。
アスカが少しだけ非難めいた視線をキリトに向ける。
「変にプレッシャーかけてやるなよな・・・・」
「いやいや。わたしも初めて会った時は散々そう言ってたけど気づいたら――――」
「うわっ・・・・」
――――と、サチが小さく驚きの声を上げてキリトとアスカは会話を中断。
全員が見守る中、サチが続ける。
「〈ジュエリー・シェル〉・・・・・・あった・・・・」
目を見張るアスカに、どうだ、と言わんばかりに5人が一斉に――――特に自分たちは何もしていないのに――――ドヤ顔を浮かべた。
ページ上へ戻る