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ホフマン物語

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第三幕その三


第三幕その三

「!?誰だ」
「御父様かしら」
「そうみたいだ。足音が二つ聞こえる」
 先程ニクラウスが席を外したのを覚えていた。足音は確かに二つあった。
「アントニア」
 果たして彼が部屋に入って来た。ニクラウスも一緒である。
「そこいいたのか」
「ええ」
「ならいい。そこにいなさい」
 彼は娘の姿を見て何やらほっとしたようである。
「どうかしたのですか?」
「ホフマン君もここに残ってくれないか。ニクラウス君も」
「わかりました。けれどどうしてですか?」
 ホフマンはクレスペルの只ならぬ様子に不安になってそう尋ねた。
「何かあったようですが」
「客が来た」
 彼は苦しそうな声でこう答えた。
「客が」
「そうだ。だからここで娘と一緒にいて欲しい。頼めるか」
「わかりました。それでは」
「ニクラウス君も。いいかね」
「はい」
 ニクラウスは何かを悟ったような顔でそれに頷いた。
「それでは」
「では行って来る」
 こうして彼は娘の部屋を後にした。そして何やら覚悟を決めたような顔で階段を降り一階にある応接間にやって来た。
 大きなソファーとテーブルが置かれた重厚な趣の部屋がそこにあった。
「まだ来ていなかったのか」
「いえいえ」
 突如としてクレスペルの耳元で低い声が響いてきた。
「ここにおりますぞ」
「なっ」
 クレスペルはそれに驚いて慌てて顔を声がした方に向けた。するとそこに白衣を着た大男が立っていた。髪を油で後ろに撫で付け吊り上がった目を持っている。そして耳まで裂けそうな口で無気味に笑っていた。白衣の下は漆黒のタキシードであった。まるで悪魔が白衣を着ているようであった。
「ミラクル博士」
「如何にも」
 ミラクルは恭しい動作でクレスペルに挨拶をした。
「クレスペルさん、御機嫌よう」
「何の用で来た」
 クレスペルは不快感を露わにして彼に問うた。
「娘さんのことで」
「呼んだ覚えはないが」
「来た覚えはあります」
 嫌悪感を露わにするクレスペルに対してしれっとした態度で返す。
「娘さんが危ないというのに」
「もう唄わせないことでことは済んでいる」
 クレスペルは忌々しげにそう返した。
「妻の時と同じ様にな」
「奥様の時と同じ様に」
「忘れたとは言わせんぞ。妻は貴様のせいで死んだ」
 ミラクルを睨みつけながら言う。
「貴様が唄わせたせいでな。娘もそうするつもりか」
「またその様な御冗談を」
 鋭いまでの剣幕のクレスペルに対してミラクルはしれっとした様子であった。
「私は医者ですぞ」
「医者と一口に言っても色々いるな」
 彼は言い返した。
「良い医者もいれば悪い医者もいる」
「私の腕は知られております」
「何処がだ。わしの妻を死なせおって」
「これはまた」
「これはまたではない。そして娘は妻と同じ病だ」
「だからこそ私がここに参上したのですよ」
 恭しく頭を垂れながらこう述べる。何故か芝居がかった動作であった。
「お嬢様の為に」
「殺す為か」
「まあ落ち着いて。椅子にでも腰かけて」
「ふん」
 椅子がやって来た。クレスペルは憮然とした顔でそれに座る。この時彼は怒りのあまり気付いてはいなかった。椅子がひとりでにやって来たということに。
「まず危険を避けるには」 
 ミラクルはクレスペルに対して語りはじめた。
「その危険を知らなければなりません」
「彼女の検診をさせて下さい。そうすればすぐにわかります」
 その手を二階に向けて指し示す。すると扉がすうっと開いた。
「さあどうか」
「何故今扉が開いた?」
 流石にこれにはクレスペルも不信感を露わにした。
「今何をした」
「風が開けてくれたのですよ」
「馬鹿を言え、そんなわけがあるか」
「いえ、本当に」
 彼は相変わらずしれっとした態度で答えた。
「ひとりでに」
「御前がやったのではないのだな」
「まさか」
 その言葉を嘲笑したかのように返す。
「そんなことが出来る筈が」
「人間ならばな」
 不審さを表に出しながら言う。
「出来る筈もないことだが」
「私は人間ですよ」
 そう言いながら手を振りはじめた。
「この通り」
「むむっ」
「ではクレスペルさん」
「ああ」
 彼はその手の振りを見ているうちに何かが変わった。そしてその何かに取り憑かれたかのように立ち上がった。
「案内して下さい」
「わかった」
 こうして二人は階段を登りアントニアの部屋に入った。そこにはアントニアの他にホフマンとニクラウスもいた。
「どうも、アントニアさん」
「はい」
 彼女は恭しく頭を下げるミラクルを不審な目で見ながら頷いた。
「実は貴女の御父様のお願いで貴女を検診することになりました」
「私をですか?」
「はい。宜しいでしょうか」
「父が仰るのなら」
 アントニアはそれをよしとした。ニクラウスはぼうっとその場に立つクレスペルを見て嫌な予感を感じていた。そして隣にいるホフマンに囁きかけた。
 
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