魔法科高校の神童生
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Episode5:つまりはチート
前書き
みなさんこんにちは!今回はお待ちかねの戦いです。楽しんでくださいね(地の文が多すぎるかもしれませんが)。
山奥の、無人の空き地。木々に囲まれた丁度良いフィールドになっているこの場所で向かい合う二人の魔法師の姿。開戦は唐突だった。漆黒のグローブを嵌めた魔法師の掌が、何も無い空間を叩いた。直後に飛来する空気の砲弾。もう一人の魔法師は、無色透明なソレを勘でかわした。
「ハアア!!」
「ハァッ!」
二人の魔法師の拳がぶつかり合い、軽い衝撃波となって木々を揺らす。無理矢理引き剥がされる形となった二人は、仕切りなおしとばかりに拳を構えた。
入学式を終え、昼食も済ませた隼人と鋼は、二人が自主トレによく使うこの無人の山奥で模擬戦を行っていた。隼人の、漆黒のグローブに包まれた手が、『子』の印を組む。拳の状態から人差し指と中指をピンと伸ばしたそれは、『加速魔法』の起動式。魔法により自己加速を行った隼人は、鋼に向かって駆け出した。それを迎え撃つ鋼もまた、自己加速による恩恵を受けていた。
交わる拳と鋭い蹴り。凡そ魔法を扱う者としては見ない『格闘』だが、二人の場合はこれこそが彼らの戦闘スタイルだった。
百家『十三束家』の息子たる十三束鋼の異名は『レンジ・ゼロ』。呼んで字の如く、近接戦闘に最も長けた魔法師だ。それに対する『九十九家』の息子たる九十九隼人の異名は『レンジ・オーバー』。こちらは、全ての距離に長けている魔法師を意味する。だがそれは、全ての距離において『最強』というわけではない。『全ての距離に於いて一般以上の戦闘力を有する者』。それがレンジ・オーバーの意味だ。故に、近接戦闘に持ち込まれれば苦戦するのは隼人のほう。
拳戟の合間を縫うように侵入した鋼の脚が、隼人の脇腹を強打した。
「ぐっ…!」
鈍い痛みに呻き声を漏らしながら、隼人は鋼から距離をとった。
「うえっ、ゲホッ……手加減しろよ鋼ぇ」
「いや、手加減すんなって言ったのそっちだよ?」
「そうとも言う」
消えない痛みに内心で舌打ちしながら、隼人は嫌な笑みを浮かべた。
「じゃあ、俺も本気でいこうか」
「……え?」
百家である『九十九家』の最大の特徴は、ほぼ全ての人間がBS魔法師だという点にある。BS魔法師(Born Specialized魔法師)とは、別名『先天的特異能力者』、『先天的特異魔法技能者』とも呼ばれる、魔法としての『技術化』が困難な異能に特化した超能力者のことだ。多くの人は、これに魔法を使う才能そのものとなる『魔法演算領域』をこの特異魔法に占められるため、BS魔法師は通常の技術化された魔法を満足に使うことはできない。だが、隼人、いや彼の両親や家族も含めて、彼らのBS魔法は特別だった。
彼の父親の能力は、『世界を構成するサイオンを視る』能力と『サイオンに僅かな僅かな特殊命令を与える』能力。だが、その特殊な命令を与える能力は、彼の父の場合はとても微弱なもので、通常の技術化された、『加速』『加重』『移動』『振動』『収束』『発散』『吸収』『放出』の8種類16パターンしかない。
対して彼の母親は、通常の魔法の命令が与えられないのに反して、別の特殊な命令をサイオンに下すことができた。例えば『持続』や『永続』そして『消失』などだ。
全ての特殊な『魔法』は遺伝的な継承が多い。九十九隼人は、両親のBS魔法をそのまま受け継ぎ、更に己の魔法として、『炎』『雷』『氷』等の自然現象を引き起こす命令を下すことができるようになっていた。だが、彼の魔法の場合は、火種がなくても火を、高温の状態でも氷をつくり出してしまう。故に、彼は彼自身のオリジン魔法を使うことは滅多にない。
隼人の『本気』。それは、いつもは隠しているオリジン魔法を使うということだった。
キョトンとする鋼を余所に、隼人は空間に『雷』を命じた。なにもない空間で、黄金の雷がバチバチとスパークする。だが、普通ならばここで雷は消えてしまう。サイオンに干渉するとはいえ、それは世界の法則、つまり、雷の性質を無視するということはできない。電気はなんの障害もなく停滞することは有り得ない。だが、隼人の雷は消えることなく、隼人の周りをずっと蛇のように停滞している。これは、母方のBS魔法『持続』の力だった。持続はその通り、魔法の効力を持続させる魔法だ。ただ、改変したサイオンで同じ魔法を使うことはできない。だから、周囲のサイオンを改変させて新たな雷を作り出す。それを繰り返すうちに、改変されたサイオンは自ら元の情報体に戻る。元に戻った、ということは改変させられる前に戻ったということ。改変されていないサイオンには再び命令を下せる。『それを繰り返せ』という命令をサイオンに下すことが『持続』の正体だ。
そして最後に、隼人は『持続している雷』に『纏』を命じた。
『纏』とは、対象の物体、自然現象などを纏うということだ。隼人が纏ったのは『持続された雷』。
雷を己に纏わせることで肉体と脳に微弱な電気信号を送り、身体能力と反射神経を飛躍的に増大させるこの魔法は、九十九家では『雷帝』と呼ばれている。
相対する鋼が、ゴクリと生唾を飲み下した。こうなれば、いくら近接で長けている鋼であろうと苦戦以上の戦いは免れない。
「さて…行くよ、鋼」
「まったく…エグいなぁ……隼人は」
笑みを浮かべた瞬間、二人は地面を蹴っていた。だが、肉体活性した隼人の方が鋼より数倍速かった。目の前にいたはずの隼人の姿が、消える。そう認識した刹那には鋼は大きく、着地のことは考えずに飛んでいた。直後に落ちる隼人の踵落し。だが、鋼には溜め息を吐く余裕すらない。後退しながら着地した鋼の背後から、隼人の回し蹴りが襲いかかった。だが、鋼は一瞬だけ聞こえたなにかが弾ける音を聞き、知覚する前に頭を伏せた。伏せた頭上で薙がれる雷を纏った脚。隼人の攻撃を紙一重でかわしながら、鋼は冷や汗ダラダラだった。
(少しは手加減しろよ!)
なんて、心の中で叫んでみても、『雷帝』と化した隼人には聞こえるはずもない。肉体活性隼人の動きは、最早人間の範疇を逸脱して余りある。音速にも匹敵するか否かのスピードで迫る攻撃を、鋼は長年の勘と、今までに掴んだ隼人の癖、そしてチリチリと聞こえる雷の音を頼りにしてかわしていた。
しかし、それは長くは続かず、気づいたときには隼人の雷を纏った手刀が鋼の首筋に添えられていた。
「ゲームセット、だね」
「参りましたー……」
笑みを浮かべて勝利宣言をする親友に、鋼は苦笑いで敗北を認めた。
☆☆☆
「それにしても……相変わらずのチートだよね隼人は」
「まあ、『九十九家』はみんなチートだしねえ」
「隼人はその筆頭だろ」
まるで他人事のように流した隼人にツッコミを入れてから鋼は溜め息を吐き出した。
「全く、隼人といると自信をなくすよ」
「なーに言ってんの。『雷帝』を相手に一分間保つ人なんてそうそういないよ。てか、いてたまるか。それに、こんな力や能力に恵まれた条件の俺が、鋼に負けるのは万死に値するからね」
「誉められてんのか、貶されてんのか……」
複雑な表情を浮かべた鋼に隼人は声をたてて笑った。
「アハハ。勿論、誉めてるよ。鋼は俺にとって『親友』であり『好敵手』だ。今は俺が鋼より先にいるけど、いつか君が追いついてくると俺は思ってる。だったら、俺は更にその高みへ行く。フフ、いつまでも追いかけてきなよ。俺は、鋼が追いかけてくるから高みへ昇っていけるんだからね」
「フン、油断してると一瞬で追い抜くからな」
「だったら、その倍の速さで俺は再び追い抜くよ」
そう言って、声を立てずに二人は笑った。その口元には穏やかな笑みを。その瞳には、確かな闘志を宿して。
――to be continued――
後書き
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