銀河英雄伝説 アンドロイド達が見た魔術師
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第三世代ユキカゼ型駆逐艦ソヨカゼV39
バーラト星系 惑星ハイネセン 軌道上
「ヤン・ウェンリー少佐。
本日付を持って、第三世代ユキカゼ型駆逐艦ソヨカゼV39の艦長を命ずる」
「拝命します」
同盟軍の艦艇は大きく三つに分かれる。
そのうち二つは宇宙艦隊に配属されワープ機能を標準で搭載する軍艦と、星系防衛を目的としてワープ機能を搭載しない護衛艦である。
ワープ装置をはじめとする機関系の容量増大は帝国・同盟・フェザーン共に頭を悩ませていた問題だったが、防衛戦に徹するならばと分けたのが最初である。
この効果は海賊退治を中心に大きく影響が出た。
同じ大きさの艦ならば、機関容量が圧迫するので軍艦よりも護衛艦の方が武装・防備に勝るのだ。
そして、ワープ機関のコストが削減できるから、星系自治政府の警察などが積極的に購入し、更なるコスト削減に繋がる。
当然、護衛艦は星系内のみでしか活動できないから他の星系への帝国軍の侵攻を防げないという欠点もあるのだがその解決策はひとまず置いておく。
ついさっき辞令をもらったヤン少佐はそのまま機上の人となり、惑星ハイネセンの軌道上にある軍艦建造ステーション群オオガコロニーベースに向かっていた。
「私が少佐……ねぇ……」
何気ない呟きを横の緑髪のアンドロイドが聞きつけて言葉を返す。
「お気に召しませんか?少佐?」
駆逐艦どころか戦艦並の製造費用がかかっている彼女は、最新世代アンドロイドの士官学校卒業組の一人である。
同盟軍のキャリアはこの少佐で一つの分かれ道を迎える。
星系限定の護衛艦にまわされるよりも他星系でこきつかわれる軍艦の方が当然エリートコースであると同時に、最前線で帝国軍と殴り合いをしなければならない分死亡率も高い。
かつて地球の一国家の幸運艦の名をもらったこの駆逐艦は当然のように軍艦であり、その殺し合いを十二分にして貰うために必ず一人は彼女達アンドロイドを准尉として乗船させる事を義務付けられている。
というか、彼女達アンドロイドが艦の制御を十二分にバックアップする最初の世代がこの第三世代ユキカゼ型なのだ。
「何、人間がいらなくても戦争ができる世の中が来たならば、遠慮なく年金暮らしができるなと思っただけさ」
ヤン少佐の心からの本音を、緑髪の准尉は躊躇う事無くぶった切る。
「駄目です。
人間が始めた愚行を機械に押し付けないでください」
現在、同盟軍統合作戦本部付の出世頭のデータを同期させてもらったせいか、思った以上に鋭い返しにヤン少佐が言葉を失うのを見て、准尉がいたずらっぽく微笑む。
そういう仕草を見る限り、人間らしいのにとヤン少佐はなんとなく思わざるを得ない。
「それに、少佐も士官学校でさんざん叩き込まれたはずです。
『戦闘単位としてどんなに優秀でも、同じ規格品で構成されたシステムはどこかに致命的な欠陥を持つ』って」
「それを君達の創生前から言っていたんだから、あの人もやっぱり730年マフィアの一員だよ」
730年マフィア結成時の逸話や当人の政治家キャリアの末路から、『道化師』と呼ばれる彼女達の生みの親はその敬意と功績を持って『人形師』の名でも呼ばれている。
かの故人を『道化師』と呼ぶか『人形師』と呼ぶかでその人が民間人か軍人か分かるぐらい、彼もまた毀誉褒貶の激しい人物だった事は間違いがない。
だが、機械化の推進で五割、無理すれば七割の削減ができた艦艇乗員の削減を三割に抑えたのも彼の功績である。
その結果、近年再侵攻を開始している帝国軍との戦闘における大規模コンピューターウイルス障害などで、艦が航行不能になる事態を避けれたのだから誰も文句が言えなかったりする。
なお、准尉をはじめとした最新世代アンドロイドは、自立型スタンドアローンシステムを標準装備している。念のため。
「見えてきましたよ。
あれがヤン少佐の船、第三世代ユキカゼ型駆逐艦ソヨカゼV39です」
オオガコロニーベースを中心に数万を超える宇宙船の群れ。
その中央に鎮座しているのは全長10000mを超え、同盟軍宇宙艦隊にもたった四隻しかいない艦隊母艦超ジャガーノート型一番艦アルテミス。
話が戻るが、軍艦・護衛艦にづく最後の艦艇である母艦がこれにあたる。
護衛艦は星系内活動しか行えない以上、よその星系に侵攻する帝国軍の防衛に行けない。
それならば、護衛艦をワープができる巨大艦で収納して運んでしまおうという訳だ。
母艦の発想はここからきている。
同盟軍は小惑星にワープ装置を取り付けて、建設していたイゼルローン要塞を破壊した経験があった事もあってこの母艦の巨大化にあっさりと賛同。
かくして、近年再侵攻を開始した帝国軍は、エル・ファシル星系において母艦ジャガーノートと彼女達母艦によって運ばれた護衛艦艇による数的質的優位によって撃退される。
そして、この会戦によって衝撃を受けた帝国軍は母艦という新しい種類の船の大増産を開始。
動く移動拠点とその巨大さは専制国家においてわかりやすい権力の象徴として大貴族もその所有がステータスになり、ジャガーノートの登場後に出てきた母艦のことを超ジャガーノート型として区別するようになったぐらい。
同時に、侵攻軍である帝国にとって超ジャガーノート級の保有は更なる財政圧迫要因となり、大量の推進剤と補給物資を食べる為に同盟領侵攻艦隊の規模低下の一因ともなっている。
ソヨカゼV39に乗艦したヤン少佐と准尉はそこで先に乗り込んで準備をしていた副長の歓迎をうける。
「少佐!
エコニア以来ですな。
あの時はこんなひょろながと思っていたんですが、いまや立場は逆です。
存分にこき使ってください」
「久しぶり。パトリチェフ大尉。
また、よろしく頼お願いします」
船というのは一隻で一つの独立形態をとる為、船長というのは出世の登竜門であると同時に小さな閉鎖社会の頂点に君臨する事になる。
その為、実務を預かる副長、航路や操舵を担当する航海長、兵器全般を担当する戦術長などの担当士官とその下の兵士30人と機械兵50人の運命を背負う事になる。
とはいえ、ヤン少佐はそのあたりの選定をまったくする事無く、この艦を預けられたのだから『730年マフィアのお気に入り』と陰口を叩かれても仕方がない。
「少佐。お久しぶりです。
従卒としてまた少佐の為に紅茶を入れられるとはうれしい限りで」
パトリチェフ大尉の後ろで敬礼していたのは、チャン・タオ上等兵。
チャンの階級章を眺めたヤン少佐は、あの事件の関係者が軒並み出世して集められた事をいやでも悟らざるを得ない。
『730マフィアのお気に入り』というよりていのよい懐柔ではないだろうかと。
「エコニアは変わったかい?」
ブリッジに歩きながらヤン少佐は二人に話しかける。
そして、二人の言葉からエコニアの近況を知る。
「あのお方の推進された緑化計画はこの間終了宣言が出ましたよ。
人口は百万を超え、アンドロイドやドロイドの研究開発・生産拠点としてますます栄えるでしょうな。
男爵ウォリス・ウォーリック提督も生前何度も足を運ばれて、あの星がああなるとは今でも信じられませんよ」
「新しい収容所所長に変わって、あの収容所も閉鎖が決まったそうです。
最近は捕虜をフェザーンに送る事でただ飯食らいを減らそうと政府が動いてましたからね。
緑化も終わり、ドロイド産業がある今となっては捕虜収容所もいらないという事なんでしょうな」
ヤン少佐がこんな所を歩くきっかけとなった、惑星エコニアの捕虜収容所の汚職事件。
世間には、捕虜の反乱未遂として知られているが、その本質は実はどれとも違う。
歴史家を目指していたヤンが開けられるのを待っていたパンドラの箱を開けてしまった結果から起こった、人形師の罠に絡め取られたというのが真相に近い。
「しかし、なんで船長なんかを?
変り種とはいえ、防衛大学校の戦略研究科を出たのならばそのまま参謀コースに乗れば良かったのに」
パトリチェフ大尉の言葉にヤンが苦笑して答える。
「私も楽ができる退役コースを探したんだけどね。
そこのお姉さまにはねられたんだよ」
「失礼です!
お姉さまじきじきのご指名なんですよ!」
戦史研究科卒業生が防衛大学校の戦略研究科に入る事も異例だったが、その成績が極めて優秀だった事も抜擢を決意した彼女以外誰もが驚いたのである。
戦術コンピューターでの模擬戦成績では高勝率をたたき出した彼は卒業後に、エコニアの事件でお世話になり護衛巡航艦艦長になっていたムライ中佐の下で一年ほど下積みをしてこの椅子に座っている。
「お久しぶりです。先輩」
ブリッジに入り、戦術長の椅子に腰掛けて点検をしていた、アッテンボロー中尉が敬礼する。
ここまで的確に人間を集めてくれると、ヤンも苦笑するしかない。
それを象徴する人物が、航海長の席から立ち上がって敬礼した。
「はじめまして。
航海長のアルテナ・ジークマイスター中尉と申します。
以後、よしなに」
「先輩。
一体どんなコネを使ったんですか?」
「知りたいですね。
私はてっきりあの惑星で一生を過ごすと思っていたんですが、最新鋭艦に乗り込む事になるとは思いませんでしたよ」
最初の顔合わせからなだれ込んだ簡単なパーティーの席でアッテンボローの問いかけに、パトリチェフも食いついた。
アルテナと准尉が女の会話で盛り上がっているのを確認してから、ヤンが機密ぎりぎりの所で己の心情を漏らす。
「何、知られてはならぬ歴史に触れたという事さ」
その一言で、二人は捕虜収容所の汚職事件の事だろうと勘違いして口を噤む。
その勘違いが分かるだけに、ヤンも苦笑するしかない。
(言えないよなぁ。
帝国と同盟をまたぐスパイ組織の暗躍。
それを使って、アッシュビー提督が勝ち続けていただけでなく、あの人形師がイゼルローン要塞破壊の裏取り他、対帝国諜報の根幹にしていただなんて)
ケーフェンヒラー老人が記し、ヤンがまとめた『ケーフェンヒラー文書』は特A級重要事項として永久封印されている事を知っているのは、この場においてヤンと准尉しか知らない。
後書き
派手にオリ展開やりまくって、「オリジナルで書いた方がいいんじゃね?」と我に返ったのもエター理由のひとつだったり。
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