セビーリアの理髪師
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8部分:第一幕その八
第一幕その八
バルトロはその大広間の中の椅子に座っていた。そうして不機嫌な顔をしていたのだった。
「全く以ってけしからん」
「おじ様、どうしたの?」
「何でもない」
ロジーナに顔を向けて言う。
「何でもないしかしな」
「しかし?」
「あの床屋を知らないか」
「床屋って?」
「フィガロだ」
バルトロは不機嫌さを増してそうロジーナに返した。
「フィがロは何処にいるのだ?知っているか?」
「私が?」
「そうだ。知っているか?何処にいるのか」
「昨日御会いしましたけれど」
ここではあえて嘘をついた。彼の様子を見る為だ。
「それが何か?」
「昨日なのだな」
「ええ」
嘘をついたまま答える。
「どうかされたのですか?」
「ならばいいのだが」
「ふん」
(本当かどうか)
バルトロは心の中でロジーナを疑いながら彼女に応えた。
(とにかく。あの床屋は用心しないとな)
(やれやれ、疑い深いおじ様だこと)
ロジーナもロジーナでバルトロを見ながら心の中で呟く。
(けれど見ていらっしゃい。きっと)
(わしの後妻にしよう。そうすれば財産も手に入るしな)
お互いそんなことを考えていた。バルトロはここで鈴を鳴らした。
「ベルタ、アンブロージョ」
「はい」
「何か」
すぐに小柄な中年の使用人が二人来た。一人は黒髪で痩せていてもう一人は赤髪で少し太めだ。どちらもスペイン女らしく浅黒めの肌をしている。
「マルチェリーナはどうした?」
バルトロはふともう一人名前を出してきた。
「見当たらないが」
「マルチェリーナならもう別のところへ移ったじゃないですか」
「そうですよ」
二人は口を揃えて言う。
「契約が切れて」
「おっと、そうだったか」
バルトロはそれを言われて思い出した顔になった。
「そういえばそうだった。惜しいことをした」
「折角御子息もおられたのに」
「その方も」
「それは言うな」
バルトロは息子の話を出されると寂しげなものを見せてきた。
「きっと何処かで生きているからな」
「左様ですか」
「それならいいですか」
「それでだ」
ここで話を元に戻してきた。
「床屋だが」
「フィガロさんですか?」
「そうだ。あの男は今日ここに来たか?」
真剣な顔で二人に問う。
「どうなのだ、そこは」
「さて」
二人はその問いには首を傾げてきた。ベルタは右に、アンブロージョは左に。丁度真ん中が空く形となりバルトロはその空いたところが妙に目に入った。
「見ませんでしたが」
「私共は」
「そうか。ならいい」
本当に知らないと見て二人に関してはそれまでとした。
「用は済んだ。仕事に戻ってくれ」
「はい」
「それでは」
二人は自分達の仕事に戻る。それと入れ替わりに背が高く白い鬘を被った藍色の下地に銀の糸で刺繍された貴族の服を着た男が来た。顔が結構細長くそれが彼の長身をさらに際立たせている。見れば目の感じがいささかひょうきんだ。
「博士、お早うございます」
「おお、来てくれたか先生」
バルトロは帽子を胸に置き恭しく一礼する彼に顔を向けて笑顔になった。
「いい時に」
「このドン=バジリオはいつもいい時に来るのです」
その彼ドン=バジリオはそう言って笑ってみせてきた。
「それが私です」
「全くだ。それでだ」
バルトロは彼の言葉に笑顔になり言葉を続けた。
「実は事情が変わった」
「事情といいますと」
「ロジーナとすぐに結婚したいのだ」
右手を自分の顎に当てて言う。
「すぐにですか」
「今日か明日にでも。どうだ?」
「またそれは急ですな」
バジリオはそれを聞いて目を少し見開いてみせてきた。
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