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セビーリアの理髪師

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24部分:第二幕その八


第二幕その八

「どうなるかと思ったわ」
 ロジーナはほっと胸を撫で下ろして言う。
「いきなり来るんだから」
「こっちも参ったよ」
 伯爵も彼女と同じ表情でそう述べる。
「けれど。これで危機は去った」
「ええ」
 ロジーナは彼の言葉に頷く。
「それでいいものが手に入ったよ」
「いいものって?」
「これさ」
 先程フィガロにもらったバルコニーの鍵を見せる。
「鍵!?」
「そう、君の部屋のバルコニーのね」
 伯爵は満面に笑みを浮かべて言う。
「これで何時でも君に会える」
「じゃあもう」
「そうさ、僕達は勝利を収めるんだ」
「待ってるわ」
 ロジーナは熱いまなざしで恋人を見て言う。
「何時でも」
「そうだね、もう何時でもいいんだ」
 伯爵も言う。
「勝負はついたんだから」
「あの、ちょっと」
 この時だった。いきなりバルトロが部屋から出て来たのだ。髭はまだ剃りかけだ。後ろからフィガロが慌てて追い掛けて来る。
「ちょっと待って下さいよ」
「我慢ができんのだ」
 バルトロは焦りきった顔で彼に言う。
「我慢できないってもうすぐですよ」
「もうすぐでもそれでもだ」
 その焦りがさらに強くなっていた。
「もれたらどうするのだ」
「けれどですね」
「とにかく今は我慢ができん」
 そう言って自分の部屋を出る。するとそこで伯爵とロジーナが甘い話をしていたのである。それでトイレに行きたいという気持ちは完全に消え去りかわりに怒りがこみあげる結果となったのであった。人の身体とは実に不思議にできているものである。
「今夜ね」
「そうさ、今夜さ」
 二人はバルトロに気付かず見詰め合い話をしていた。
「今夜行くから。いいね」
「ええ、待っているわ」
「今夜だと」
 バルトロはそこまで聞いて言うのだった。
「あっ」
「しまった」
「しまったではない。もう遅いぞ」
 慌てて自分の方を振り向いてきた二人に対して言う。
「何もかもな。さて、どう弁明するのかね?」
「弁明とは」
「何のことか」
「だから誤魔化しても無駄だと言っているのだ」
 怒りをさらに含ませた言葉であった。
「さあ、弁護士を呼ぼうかそれとも」
「待って下さいよ」
 後ろからフィガロがバルトロを抑えようとする。
「そんなに怒らないで」
「では一つだけ言おう」
 三人に対しての言葉だった。
「今すぐわしの目の前から消えろ。いいな」
「伯爵」
 フィガロはその言葉を聞いて伯爵に囁いた。
「今は」
「仕方がないか」
「はい。幾らでも挽回は利きますので」
「わかった。それじゃあ」
 二人は撤退しロジーナもすぐに部屋から消えた。バルトロも一旦家を出てバジリオを呼びに行く。暫く二人の女中が掃除をしていたがすぐにバルトロとバジリオが戻って来たのであった。
「もういいぞ」
「それじゃあ」
「これで」
 ベルタ達は引っ込む。そうしてバルトロはバジリオとテーブルに向かい合って座り何があったのかを事細かに説明するのであった。
「では知らないのか」
「全く何も」
 バルトロはバジリオに答える。
「今はじめて聞きました」
「ドン=アロンソ。では一体誰なのか」
「それは私が聞きたいです」
 バジリオは困惑した顔で言葉を返すのだった。
「全く以って」
「ううむ」
「それにですね」
 バジリオは言葉を続ける。
「私はそのドン=アロンソなる人物の素性を警戒しております」
「わしもだ」
 二人は深刻な顔で言葉を交える。
「誰なのか」
「あのリンドーロではないですか?いや」
 ここでバジリオの推理が動いた。眉を顰めさせたところから知恵が出て来た。
「彼こそ。伯爵なのかも」
「アルマヴィーヴァ伯爵か」
「そうです。そうであれば大変なことです」
「そうだな」
 そう話している外で雨音が聞こえてきた。それもかなりの音である。
 
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