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セビーリアの理髪師

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23部分:第二幕その七


第二幕その七

「誰がですか?それでしたら先生の専門分野では?」
「では看て宜しいですかな」
「ええ、どうぞ」
「では貴方を」
 バルトロはここでバジリオに言う。するとバジリオはまたしても目を丸くさせるのだった。
「私ですか」
「違いますか?」
「いや、全然」
 首を横に振って述べる。
「この通り全く以って元気です」
「あれ、おかしいな」
 話が矛盾しているので彼は首を捻った。
「何が何だか」
「あの、先生」
 咄嗟にフィガロが動く。
「じゃあ髭を」
「おっと、そうだった」
 言われてそちらを思い出す。
「それじゃあ頼むよ」
「はい、今すぐ」
「ではロジーナさん」
 何も知らないバジリオはいつものようにロジーナに声をかける。
「レッスンを」
「それはもう終わりました」
 伯爵が化けている音楽教師が慌てて彼に告げる。
「ですから貴方はもう」
「あれ、君は」
 見慣れない顔なので今度は彼を見て目を丸くさせるバジリオであった。
「誰かな」
「それは後で。とにかくですね」
 必死に取り繕う。
「終わりましたから」
「はあ」
「あの」
 伯爵はすぐにバルトロにも告げた。
「彼にはすぐに帰ってもらいましょう」
「またどうして」
「手紙のことです」 
 顔を顰めさせて述べる。
「それのことで何も知らない彼が迂闊な行動に出たら大変です」
「アルマヴィーヴァ伯爵の耳に入るか」
「そうです、ですから」
 そう嘘をつく。
「ここは彼には」
「わかった。しかしだ」
 フィガロが髭剃りの用意をする横でまた言う。
「先生」
「はい」 
 バジリオに対して声をかける。バジリオもそれに応える。
「熱がおありとのことですが」
「熱ですか」
「はい。御機嫌は如何ですか?」
「私は別に」
「ややっ、これは大変だ」
 医者のようなこともやっているフィガロがバジリオの顔を見て声をあげる。
「この顔色は。麻疹のものだ」
「麻疹!?私が」
「そうです。ですからここは」
 バルトロを差し置いて必死に言う。
「お休みになられては」
「そうですわ、先生」
 ロジーナもフィガロに加わる。
「ここは是非」
「何が何だか」
「薬代ですっ」
 伯爵が化けている音楽教師は彼に財布を握らせた。
「ですからすぐに」
「そうですね」
 何か話に飲み込まれたバルトロも何となくそんな気になってバジリオに告げる。
「お休みになられた方が宜しいかと」
「この財布を持って」
「その通り」
 伯爵がその言葉にうん、うんと頷く。
「ささ、もう」
「よくわかりませんが皆さんが仰るのなら」
 財布はかなり重かった。それを手の中で感じて上機嫌の彼は皆の言葉を受け入れることにした。麻疹ではないつもりだが金を貰ったからそれで満足していたのだ。
「今日はこれで」
「ゆっくりとお休み下さい」
 フィガロはやけに恭しく彼に言う。
「ごゆっくり」
「今日はそのまま」
「お休みになられて」
 続いてロジーナと伯爵も。フィガロに合わせて。
「先生、気をつけられよ」
 バルトロは医者としての言葉だった。
「麻疹は命に関わりますからな」
「それは存じておりますが」
 そもそもバジリオは麻疹ではないので一連の言葉に懐疑的だった。
「まあ今日は英気を養ってきます」
「それもいいですな」
 フィガロはいい加減に返す。
「それではさようなら」
「はい、さようなら」
 バジリオは一礼して家を後にする。そうするとフィガロ達はようやく安堵の息を漏らした。まずはフィガロがバルトロに対して言うのだった。
「ではお髭を」
「うん、頼むよ」
 二人でまた部屋に入る。こうして伯爵とロジーナはまたしても二人になったのであった。
 
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