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とある組織の空気砲弾(ショットガン)

作者:裏方
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第四話 空気砲弾(ショットガン)

 
前書き
遅くなりました。裏方です。

今回は長文になりました。そして、彼女達が出ます。

では、 

 

「「…はぁ」」

 二つの溜め息が重なる。
 一つは机に突っ伏す鷹見のもの。もう一つは壁に背中を預ける月日のもの。
 鷹見は酷く疲れており、動く気力もない様子。
 一方の月日は、

「晩飯、何にするかな…」

「お前の悩みはそこか……」

 ツッコミにキレがない。本当に疲れているようだ。
 無理もない。この男、天才うさみみ博士を探すためホームルームをサボって校内を駆けずり回っていた。更に担任の説教を一時限中受けるハメになった。
 お陰で一時限目は自習である。

「お姉様、嗚呼お姉様。お姉様……」

「いい加減にしろよ。いないんだよ。あの人、『超電磁砲(ここ)』じゃ眉毛の中の人やってるんだから」

「ユメもキボーもない事言うなよ!……あぁ、あの世界に行きたい。そして、生きたい」

「無理だな。Mr.唐変木がいる限りお前に明日はない」

 おそらくいてもいなくても勝ち目なんて皆無。
 月日は鷹見という男を熟知している。
 だから、この世界以外ではモブキャラで終わるのが関の山だ。そもそも、変態の需要はかなり薄い。鷹見が生きていくには過酷な環境だろう。


「諦めろ。真夏の蜃気楼だったとな」

「だってよぉ……」

「それよりもお前は、もっと別の事を心配しろ」


 「は?」とマヌケ面でこちらを見てくる鷹見。その顔に無性に鉛弾をブチ込んでやりたくなったが、とりあえず我慢する。
 月日曰く、ホームルームで期末テストが各時限に返却されると担任が通達していった。
 この結果で、夏休みを楽しめるか補習で喰い潰されるかが決まる。

「フフ……」

 何故か不敵に笑う鷹見。本当に壊れたか、と月日が心配する程に。

「自信あり気だな?」

「あぁ、猛勉強したからな…。平均六〇点以上は、いったな……!」


 と言っても月日の家に押し掛け、勉強会紛いな事をしていたに過ぎない。
 できない者同士の傷の舐め合い程度でこの自信、一体どこから湧いてくるのだろうと不思議でしょうがない。


「あんまり期待しすぎると、ショックがデカくて廃人みたくなっちまうぞ」

「フフ……、大丈夫だ。賭けてもいい」

「じゃあ、俺が平均点で勝ったら、お前の赤点一つにつき、二千円没収な?」


「いいぜ」と鷹見は余裕を崩さない。「我の見返りは何だ?」

「そうだな、『おはようからおやすみまでお姉さんとの優雅な一日 〜頭と耳が幸せ編〜』と言うCDでどうだ?」

「のったぁぁぁぁッ!!」

 たった一言で鷹見は復活した。どこまで単純で姉属性LOVE思考なのだろうと月日は小さく溜め息を吐いた。

 昔、冗談で公衆電話から鷹見のケータイに変声してかけた事があった。その後一週間、彼は存在しない女性からの着信を待ち続けて、学校を休んだ。
 筋金どころか鉄筋が入っている。

 だが、そんな明らかにマニア向けのCDなど存在しない。一から作ってやるのも馬鹿馬鹿しい。



 そもそも、鷹見が勝つなどあり得ない。

 奴が勝てる確率は、高くても、一%しかないのだから。



……
…………
………………



(フフ……、馬鹿め!)

 鷹見は心の中で呟いた。
 できることなら腹を抱えて笑い転げてやりたいと思っている。

(自分から負けに来るとはな。灯影月日、愚かな男よ!)

 鷹見は月日という男を熟知している。
 彼は知っている。月日のテストに対する傾向を。それは裏付けられている。

 だから、自分は一点高いだけでいい。


(さあ、戦いの鐘よ鳴れ! そして、勝利の福音を鳴り響かせろッ!!)


 こうして、二人のちっぽけな戦いの始まりを告げる鐘(チャイム)が校内に響いた。



…………
………………
……………………
…………………………



――キ〜ン、コ〜ン、カ〜ン、コ〜ン


 時は過ぎに過ぎ、放課後。
 それを合図に生徒達のほとんどは帰宅し、教室に残る人間は少ない。
 だがそんな一角で、どんより沈んだ雰囲気が立ち込めている。

(何故だ? 何故こうなった!?)

 自問ばかりで自答ができない。
 どこで間違えたのか…。
 どこの選択肢がいけなかったのか…。
 最後にセーブしたのどこだっけ?

 彼の頭の中では、それらが無限ループしている。
 だが、いくら悩んだところで事実は変わらない。

(何故だ? 何で―――)
「何でお前は……!」


 バンッ! と机に叩き、突然立ち上がる。
 そして、すぐ側に立っている友にこう言った。

「何でそんなに平均点が高いんですか月日さーんッ!!」

「黙れよ。うっかり引き金引いちゃうだろ?(笑)」

―――ガチャッ!!

 額に当てられる銃口。なんだろうな、デジャヴ? 今朝も同じ事をしたような気がしてならない。
 でも当てられている本人は気にしていない。というより、それどころではないようだ。

「だって……だってよ、おかしいじゃんか……!?」

 俯く鷹見。その握り締めた拳は、震えている。

「鷹見…」

 それが悔しさからなのか、または憤りからなのか、月日にも解らない。

「だって、そうだろ?」

 意を決したように鷹見は月日の顔を見る。むしろ、睨み付ける。
 そして、

「お前ェ! 今回のテスト、平均点六〇にするって、“言ってた”じゃねーか!!!」

 怒鳴りつけるように吐き捨てる鷹見。

「はぁ……」

 言っている事が馬鹿すぎて溜息がダダ漏れする。
 いや、正確には、“言っている事は解る”、だ。

 そう、鷹見は知っている。灯影月日は、テストで“設定した平均点しかとらない”という事を。
 ただの平均六〇点ではない。各テスト六〇点ピッタリで、平均六〇点なのだ。
 カンニングか何かと疑われた事もあったが、教師達の目の前で同じ事をやってのけたのでその疑いは晴れた。
 だから、鷹見は一点でも高ければ、この賭けに勝っていた。

「お前が帰った後で、色々あってな……」

 その日の夜、『一緒に勉強しよう!』とクラスの女子三人がやってきて、誰が一番か決めよう的な事になり、月日は平均点の設定を変更していた。

「その結果――」と月日は自分の答案用紙を鷹見に見せる。
 綺麗に並ぶ、八〇点・八〇点・八〇点・八〇点・八〇点。「こうなった」
 平均点、八〇点。
 作者個人の意見だが、ナニコレェ~?
 目から鱗どころか、ダイヤモンドが落ちそうだ。
 それは置いといて……。

「つか、俺を恨むのは筋違い甚だしいだろ…」

 月日はジト目で鷹見を見る。そして、彼の机の上に散乱する答案用紙の一枚を摘み上げる。

「この点数でよく俺に勝負を挑めたな」

 指差したのは点数を記入する欄。そこには赤ペンで、三七、とデカデカ書かれている。
 その横に『もう少しがんばりましょう』的な先生のコメントもある。

「くっ…! 教師の陰謀だ!!」

「馬鹿野郎、お前のミスだよ」

 見てみろ、と月日は鷹見の答案用紙の解答欄を指差す。そこはア〜エから選ぶ、生徒にとっては絶好の点稼ぎポイント。この学校のテストは、五割が選択問題になっているのだ。
 鷹見のを見ると、ほとんど当たっている。“一つずつズレているが”……。
 それがすべての答案用紙で起きているので、

 結果、三七点・三六点・四一点・二九点・四九点。
 平均点、三八.四点
 散々である。

「ケアレスミスが霞むぜ。俺に勝てると思った時点で、もっと慎重になるべきだったな。慢心、それがお前の敗因だ」

「はっ!慢心ぜずして何とする?」

「そうか、なら――」

 手を鷹見に出す。「?」と首を傾げる鷹見に、月日は笑顔で言う。

「約束は、覚えているだろ?」

「―――」

 鷹見の顔から余裕が消失。代わりに汗がダラダラと流れる。

「どうした慢心王? 財布の中身は十分か?」

 ポケットから財布を取り出す鷹見。そこには一枚の、諭吉さん。
 ちなみに、ここの全テストの赤点は五〇点未満から。ご愁傷様。



…………
………………


「ゆきちを てにいれた ぞ!」

 受け取った戦利品(ゆきちさん)を財布にしまい込んだ月日は自分の荷物を担ぎ、帰ろうとしている。
 なけなしの諭吉さんを差し出した鷹見は、椅子に座って真っ白に燃え尽きている。

「じゃーな、鷹見。精々補習を頑張るんだな」

 聞いているかどうか解らない廃人寸前の悪友に手を振って、月日は教室を後にした。



…………
………………
……………………


 昇降口から出てきた月日はスポーツバッグからムサシノ牛乳を、ポケットからケータイを取り出す。

 飽きもせず牛乳をがぶ飲みしながら、ケータイの電話帳を開く。
 意外にグループが少なく、あるのは『クラスメート』『友達』『その他』など。
 その中でも異彩を放つ名前があった。

 『約束手形(ペナルティ・カード)』

 中にはかなりの人数の名前が登録されているが、すべて暗号名になっている。
 月日はその中から『ゴースト』を選び、電話をかけた。
 すると一回目の呼び出し音で相手が出た。

『はいはぃ〜』

「あぁ、俺だ」

『ぇ?俺って誰ぇ? 少なくともオレっちの知り合いに、俺という名前の人間はいませんがぁ』

「鉛弾が欲しいか?」

『いりません。それでご用はぁ?』

 電話の相手はかなりの気だるそうに聞いてくる。あと月日のツッコミ?にも慣れているようだ。

「臨時収入があってな。奢ってやるから来い」

『行きます行くですいただきます!』

 二つ返事だった。しかも食べる気満々らしい。
 それはいいのだが、電話の向こうから別の声が聞こえたのに月日は気付いた。

「ん、アイツもいるのか?」

『いますよぉ。誘いますぅ?』

「そうしろよ」と言う月日。誘っておいて何だが、少年といえど男と二人きりは遠慮願いたい。
 何事にも、華は必要である。
 少年もそれを解っているらしく、電話の向こうでも説得が始まっている。

『誘えって言ってるけどぉ、行くぅ? ………ぇ?申し訳ないから無理ぃ? 大丈夫だってぇ、月日さんは金欠とは無縁だからぁ。きっと一人寂しい女性の夜のお相手してるからお肌も懐も潤っt………ぁ!嘘ぉ!冗談ッ!ウチのリーダーはそんな事しませんから殴らないで〜ぇ!!』

 何やら電話の向こうから悲鳴みたいな声とガシャンガキィン!という金属を叩くような音が聞こえる。
 このままではサスペンスの1シーンを直に体験しかねないので、早めに手を打つべきと判断した。

「あ〜聞こえてるか知らんが二人共強制参加な。二〇分後にいつもの公園に集合だ」

 遅れるなよ、と言って返事を待たずにケータイを折り畳んでポケットにしまう。
 月日は一息ついてから、残った牛乳を飲み干した。

「大丈夫……だよな?」

 ちょっと少年が心配になったが、自業自得なので特に気にしない。
 月日は空にしたパックを小さく畳んでスポーツバッグに戻し、集合場所へと向かった。


 時は少し遡り、とある男子学生二人がテストの点で争っているなど知る由もなく、“彼女達”は『joseph's』というファミレスにいた。





――店内


「私のファン?」

 そう口にしたのは常盤台のエース、御坂美琴その人である。
 学園都市に七人しかいない超能力者(レベル5)の第三位であり、『超電磁砲(レールガン)』の異名を持つ少女である。
 故に彼女に畏怖の念を抱く者もいれば憧れを抱く者もいるのだ。

「えぇ、一度でいいからお姉様にお会いしたいと事ある毎に」

 その一人、美琴の向かいに座る彼女と同じ制服の少女、白井黒子は御上品に紅茶を口にした。
 美琴の露払いを自称し、それに恥じないだけの実力と能力を持っている。
 また、美琴をお姉様と呼び慕い、誰よりも何よりも美琴を思っている。
 今回は黒子と同じ風紀委員でバックアップをしている友人が美琴に会いたいと言うことらしい。
 彼女曰く、美琴は常日頃からファンの人達の無礼な振舞に嬖幸(へいこう)されているという。だが、その友人は分別を弁えた大人しい子なのだそうだ。
 黒子は自分の学生鞄を漁り、中から一冊の手帳を取り出した。

「もちろん、お姉様の負担を最小限に抑えるために今日のスケジュールもバッチリと……」

 そこで突如美琴に手帳を強奪された。何を焦ったのか黒子は身を乗り出して取り返そうとしたが、顔を片手で押さえられ失敗した。
 美琴は奪った手帳に書かれたスケジュールを読み上げる。

「なになに、『初春を口実にしたお姉様とのデートプラン』。
その一.ファミレスで親睦を深める。
その二.ランジェリーショップ(勝負下着購入)。
その三.アロマショップでショッピング(媚薬購入)。
その四.初春駆除。
その五.お姉様とホテルへGO!……」

 つまり、大人しくて分別ある友人を利用して自分の変態願望を叶えようとしていたらしい。
 しかも、カッコの中は赤文字で書かれている。

「読んでるだけで、すんっげーストレス溜まるんだけど!?」

 プチギレした美琴は黒子の頬を左右に引っ張る。
 頬は面白いように伸び、その様は突き立ての餅を彷彿させる。
 どうやら本人は、自分こそ美琴へのストレス軽減の要だと考えているらしい。


 だが、誤解してはいけない。
 白井黒子という少女はお姉様が大好きなだけなのだ。お姉様のすべてを独り占めしたいだけなのだ。

 ほんの少し、美琴への思い入れが歪なだけ。
 混じりっ気なしの愛が、わずかに歪んでいるだけ。

 その愛情故に、美琴のパンツは味噌汁のダシに使うらしい。

 だから誤解してはいけない。白井黒子という少女が“真人間(ノーマル)”であると。

 やがて美琴のお仕置きから解放された黒子は頬を擦る。

「まぁ、でも……」
「?」

 だが、こんな後輩でも、一番信頼している黒子自ら頼んできたのだ。それを簡単に無下にする程彼女は心の狭い人間ではない。

「黒子の友達じゃ、しょうがないか……」

「おおお、お……」

 それがこの上なく嬉しかったのだろう。
 美琴自身自然な反応のつもりだったが、些か軽率な発言だったと気付くのにそう時間はかからなかった。

「お姉ぇ〜様ぁぁぁぁ〜!!」

「なっ、ちょっ!」

 あまりの嬉しさに黒子は飛び上がり、お得意の空間移動(テレポート)で美琴に抱き付いた。首に腕を回し、「お姉様がそこまで黒子の事を考えて下さっていたなんて! 黒子は、黒子の心は、どうにかなってしまいそうッ!!!」と感情を大爆発させる。

 大きな声で。それも、店内で。
 あまりの声量と異質な雰囲気に店内の客が目を奪われた。

「あ…」

 窓際だったため、窓の外で抱き付いている黒子を知る少女と連れの少女も目を奪われていた。

「お客様……?」
「え?」

 そして、申し訳なさそうにウェイトレスは、

「申し訳ありませんが、他のお客様のご迷惑となりますので……」 

 ご尤もである。


―――ゴチィィィンッ!!

 そして、美琴の鉄拳が落とされた。



…………
………………
……………………


 「と言う訳で、ご紹介いたしますわ……」

 痛む頭と摩り、テンションを低下させながら黒子は友人の紹介を始める。
 企み(スケジュール)通りならあのままファミレスで親睦を深めているはずなのだが、そんな事ができる状況と空気ではなくなったため、渋々店を後にした。
 場所を遊歩道に移し、今に至る。

「こちら柵川中学一年、初春飾利さんですの」

「は、初めまして。初春飾利、です…」

 恥ずかしそうに自己紹介する初春と呼ばれた小柄な少女。特徴的な頭の花飾りは文字通り咲き誇っている。
 憧れの美琴の前である。緊張しないわけがない。御嬢様という人種に憧れているなら尚更であろう。

「それから……」

 次に黒子は初春の横にいる白梅の花を模した髪飾りの少女を紹介………したいのだが、生憎黒子も初対面の模様。
 だから少女は自分から自己紹介を始めた。

「どーもー、初春のクラスメイトの佐天涙子でーす。何だか知らないけど付いて来ちゃいました。ちなみに能力値は無能力者(レベル0)で~す」

 まるで教科書を朗読するような自己紹介。聞いてもいないのに自分が気にしている無能力者であると自虐的に言っている。
 佐天はここに来ること自体乗り気ではなかった。何故なら相手が名門・常盤台のお嬢様。その手の人種は自分より下の人間を小馬鹿にすると思っているからだった。

(さぁ、馬鹿にするなら馬鹿にしろ……)

 でも、そんな期待は良い意味で裏切られた。

「初春さんに、佐天さん。私は御坂美琴、よろしく」

 何の変哲もない自己紹介。

「よ、よろしく……」
「お願いします……」

 一言で表すなら普通。佐天はおそらく、美琴を能力を笠に着た傲慢で高飛車なお嬢様タイプの人間だと想像していた。
 しかし、本物にはそんな素振りは見られない。
 彼女は後に知る。御坂美琴という人物は、友人と自分を対等にみていると。

「それではつつがなく紹介も済んだところで……」手帳片手に黒子のテンションも戻り、進行を続けようとしている。この程度のアクシデントでは彼女の野望(スケジュール)は潰えないらしい。「多少予定は狂ってしまいましたが、今日の予定はこの黒子がバッチr―――」

―――ゴチィィィンッ!!

 再び、美琴の鉄拳が落とされた。今度は本当に痛かったのだろう。黒子はその場で痛む頭を押さえて蹲った。ついでに野望も木っ端微塵である。

「ま、こんな所にいても仕方ないし。とりあえず、ゲーセン行こっか」

 さすが美琴。全然お嬢様っぽくない。上から目線でもない。

「ほら、黒子行くよ」

 黒子を促し、ぽかんとする佐天と初春に微笑んで見せた。



 公園とは、児童達の集う場所。
 縄跳びをするも良し。
 鬼ごっこをするも良し。
 滑り台などの遊具を使うも良し。
 元気を持て余した子供達の声がそこには溢れていた。


「もうすこし、みぎ」

 一人の小さな女の子は、木に引っ掛かってしまったバトミントンのシャトルに手を伸ばしている。

「ちょっとだけ、ひだり」

 一生懸命に手を伸ばすが、フラフラして思うようにシャトルを掴めない。

 無理もない―――

「と、とれそう……!」

 女の子の背丈は約二メートルはあるからだ。

「んんんん〜〜〜〜ッ!!」

 いや、少し語弊があった。

「あッ!!」

 女の子の背丈は、“下で肩車している背の高い細身の青年”を含めると約二メートルはある。

「とれた〜ぁ!」

 嬉しそうに笑う女の子を青年はゆっくり下ろした。
 女の子は振り返って、ぺこりと青年に頭を下げた。

「ありがとう、お兄ちゃん!」

「ハハ、いいって。人類皆兄妹。困ってたら助けるのは当たり前と、お義兄(にい)さんは思うのよ」

「? よくわからない」

「つまり、兄弟や姉妹みたいに友達と仲良くなれば、自分が困った時にその友達が助けてくれるって事」

「みんな? エッちゃんもフレメアちゃんも?」

「あぁ、人は木の葉みたいにいっぱいいるけど、元は一本の樹から生まれたんだ。だから兄妹なのさ」

「ん〜、よくわかんないけど、わかった!」

 女の子は満面の笑みで頷き、待っている友達のもとに戻って行った。
 それを小さく手を振りながら見送る青年、灯影月日であった。



「何やってんですかぁ?」

 そんな月日に呆れた様な口調で尋ねる者がいた。
 尋ねられた月日は「来たか」と振り返ると、待ち合わせをしていた少年と“華”がそこに立っていた。

「初めに聞くが主水(もんど)、大丈夫か?」

 月日が主水と呼んだ少年の顔には漫画みたいな青痣が残っている。彼自身、「駄目ですねぇ……」と言っている。大丈夫のようだ。

 彼こそ月日が組織で最も信頼する一人。名前を筒鳴主水(つつな もんど)という。
 某新撰組のドS隊長が愛用しているアイマスクを着用し、ウケを狙っているのか眠そうな目の下にクマのイラストがプリントされた絆創膏を貼っている。猫背気味のせいで身長も低く見える。


「自業自得だろ?そうだよな、雪華(せつか)」

 月日は雪華と呼ぶ少女に視線を向けた。本人は「はい」と静かに肯定した。

 彼女こそ月日が組織で最も信頼する一人。名前を木戸雪華(きど せつか)という。
 主水とは違い、背筋がしっかり伸ばされたその姿からは気品すら感じさせる。長く艶やかな黒髪を藍染のリボンで纏め結ってポニーテールにしている。背が高く、整った容姿や雰囲気はとても中学生とは思えないほど大人びていた。


「それよりぃ、何やってんですかぁ?」

「何って?」

 再び同じ質問をする主水に対し、本当に何の事か解らないといった反応の月日。
 そんな彼に主水は「この人はぁ…」と肩をすくめて呆れる。

「いいですかぁ、月日さん? いくらなんだってこんな真昼間から女の子を肩車するってぇ、どういう事ですかぁ?」

「仕方ないだろ? 俺でもギリギリ届かないかし、あの子が肩車を提案してきたから俺は協力しただけだ」

「今は頭を撫でただけで犯罪者扱いされる時代ですよぉ?」

 どうやら主水は月日が“小さな子供”が好きであると疑っているようだ。それに気付いた月日は怒るのではなく、嘆息を漏らした。

「いいかよく聞け? 俺は確かに子供が好きだ。だが、勘違いするなよ。俺にとっては弟や妹のような存在だ。弟に優しく、妹にはもっと優しくするのが義兄(あに)である俺の役目、つまり父兄である!そこには邪な感情など一ミクロンたりとも存在しないのだぁぁぁぁぁぁッ!!!」

「いやぁ、そんな熱弁されても結局誤解は生まれるんですけどぉ……」

 そんな声も虚しく、自分はただの子供好きであると主張している。そこまで言われてもなお、主水は納得できないでいた。

「何だ解らないのか?」

「はぃ……」

「つまりだな、五歳になる娘とお風呂に入る若いパパァンのようなものだ! そこには邪な感情などありはしない。まるでボー〇ドを使ったような驚きの白さ、驚きの柔らかさな慈しみの心しか存在しない。OK?」

「ん〜?」

「人妻好きが、自分のママァンに欲情しない。それと同じだ」

「ぁ〜、なるほど納得ぅ」

 ポンッ! と手を打つ主水。








―――ブチィッ!

「そこで納得するなぁぁぁッ!!!」

 ズバァァーン!!と目にも留まらぬ速さで横で静かに聞き入っていた雪華が手にしている“中身の入った鞘袋”を二人の頭に振り下ろした。

「ひでぶ!?」

「ひぎぃ!?」

 前者は月日、後者は主水のもの。明らかに使うタイミングが違うのだが、頭を押さえてのたうち回る二人はそれどころではない。
 その痛みは『割れた』と錯覚する程だ。

「何くだらない事で時間を食い潰しているんですか? ただ自分達の性癖を暴露するのに無駄な時間(ぎょうすう)を消費して、聞くに耐えませんでした」

 一瞬の憤怒からの冷静な発言。だが一瞬にして空気を凍てつかせる程の殺気を放つ雪華。

「あのぉ……セッちゃん…。冗談抜きでぇ……痛いんですけどぉぉ…?」

「さすがに、これは……ダメだ、問題だ………」

「二人とも、何か言えた義理ですか? あまり調子に乗っていると―――」

 雪華はとても可愛らしい笑顔を浮かべ、

「斬滅しますよ?」

 冷たくそう言った。

「「………」」

 二人は沈黙した。これ以上何か余計な言葉を吐き出せば、まず間違いなく殺(バラ)されるだろう。
 だから二人のとれる行動はただ一つ、

「「ごめんなさい…」」

 素直に謝る事だけだった。

「解っていただければいいんです」

 雪華から殺気が消え、いつもの落ち着いた雰囲気が戻る。基本彼女はド真面目だが、いつまでも同じ事を掘り返さない。ちゃんと謝ればそれ以上咎める事はしない。

「でもぉ、加減はしてほしぃ…」

 頭を擦り、ぶつぶつ文句を垂れる主水。その横では、月日がじっ、と一点を見つめている。
 その先にはもちろん雪華がいる。

「月日さん?」

「……………」

 雪華の呼びかけに反応しない。代わりに彼女のすぐ前まで歩み寄る。

「………雪華」

 呟くように月日は言った。

「……抱き締めても、いいか?」

「へっ!?」

 あまりに突拍子もない申し出に雪華の思考が一瞬止まる。だが、回線の復旧は早かった。

「なっ、なななな何を言い出すんですか!? い、いい訳ないじゃないですか! 大体……」

「悪い。俺、我慢できないわ」

 いやあのその、とあたふたする雪華を月日はその長い腕で抱き締める。腕の中であわわはわわと取り乱す彼女の思考回路は一気にショート寸前まで追いやられた。
 一応手足をばたつかせて抵抗はしているが抜け出せない。特に月日が何かしている訳ではないし、雪華が本気になれば、抜け出してこの場を惨状にするなど容易なのだが、今回は相手が悪い。


「つつ、月日…さん! そろ、そろ……は、はは…放してくださゅ!」

「あーもー可愛いな雪華は。お義兄さん頬擦りしたくなってきた! 否、する!」

「〜〜〜〜〜!!」

 宣言通りに頬擦りを始めた月日。もうやりたい放題である。

 そんな一部始終をリアルタイムで見せられ、忘れ去られている主水は、みんなに代わってこう思った。


(何この状況ぉ!?何でギャルゲーで山場越えた後みたいなノリになってんのぉ?殴られて頭のネジが飛んだにしても飛ばしすぎだぁぁぁぁーーッ!!!)

 このリア充めぇ……!と思いつつ、主水は背負ったリュックの中からビデオカメラを取り出し、録画ボタンを押した。

「まぁ、夏の思い出ってことでぇ〜」



 後に彼は知る。地獄とは死後だけにあるとは限らない。そう思い知らされる。





………
……………
…………………


 それから五分後。

「大変、お見苦しいものをお見せしました……」

 月日の拘束?から開放された雪華はやや俯きながら弱々しい声で謝罪を述べる。

 横では月日がご満悦に笑っている。心なしか肌が潤っているようないないような……。


「月日さん。まさかぁ、他の女の子にも可愛いとか言ってないですよねぇ?」

「言ってないぞ?俺はそんな軽い男になった覚えはない」

 毎度の事だが素で言っているのだろう、と主水は心の中で溜め息を吐いた。

「知ってますかぁ?ヤンデレは刃物を持つと飛天○剣流より速いらしいですよぉ?」

「つまり?」

「セッちゃんに刺されますよぉ? 九頭○閃でぇ…」

「さっ、刺しません!」

 妙に声を荒げて否定に入った雪華。
 若干顔が紅いがあまりイジりすぎるとまた殴られそうなので主水はそこを指摘しなかった。
 とりあえず、話を本題に戻す。


「でぇ、どこ食いに行くんですかぁ?」


「やっぱり食う前提なのな…」と月日はポケットから折り畳まれた紙を取り出し、開いて「ここだ」と二人に渡す。
 差し出された紙はチラシ。この近くにある、ふれあい広場で移動式クレープ屋がオープンしたという宣伝の内容がカラフルなレイアウトと共に書かれている。
 見る限りチラシとしては普通だろう。

 だが、チラシを見る雪華と主水は違和感を覚えた。 チラシには、宣伝効果を上げるため、何かしらのプレゼントが用意されているようだ。

 この曖昧な表現には訳がある。

 何せ、その部分が“赤く”塗り潰されていた。まるで赤ペンキをブチ撒けたように。
「月日さん、これはぁ……?」と顔を引き攣らせて主水は問う。
「あははっ」と微笑を浮かべた月日は、

「いや〜、先着一〇〇名にゲコ太マスコットプレゼントって見た瞬間、吐血してしまって」

「「吐血(ぅ)!?」」

「そうそう。にしても皆心配しすぎなんだよ。救急車呼ばれそうになった時はマジ焦ったわ〜(笑)」

「あ、当たり前ですッ!!」

「目の前で細い長身男が吐血したらぁ、そりゃ誰だって心配しますわ〜ぁ」

 むしろ(笑)で済ませられる辺り、さすがなのだが……。

「だって一〇〇名だぞ!? つまり世界で一〇〇個しかないんだぞ!?」

 解るか!?と一人ヒートアップする月日。この男の最大の欠点といえる収集癖に大引火したらし。

「本当にこの人はぁ…」と今日何度目かの溜め息を吐く主水。「まぁ、月日さんですからね」と雪華は小さく笑う。

 その光景は、兄妹弟(きょうだい)のように見える事だろ。

「うおぉぉぉおッ!こうしちゃおれん!行くぞ雪華、主水!駆け足だッ!」

「はい」

「ちょっ、待ッ!オレっちインドア派だから走るの超〜ぉ苦手なんですけどーぉ!?」

 そんな訴えも虚しく、二人の背中は瞬く間に点に変わる。

 三人は公園をログアウトしました。


………
……………
…………………

「いいのッ!? 本当にいいのッ!?」

「え、えぇ……」

「ありがとお〜〜ッ!!」

「い、いえ……」とわずかに顔を引き攣らせながら、佐天は手にした一〇〇個目のゲコ太マスコットを美琴に手渡した。
 事の始まりは順番待ちをしている時、佐天が順番を替わろうかと言ってくれたにもかかわらず、美琴はこれを拒否した。素直になれない性格が災いして、危うく愛しのゲコ太を入手し損ねるところであった。

 ゲコ太を手に入れ、口笛を吹きつつスキップしながら、ベンチを確保している黒子と初春の所に向かう。
 それから四人はクレープそっち退けで雑談を始める。

 美琴の武勇伝。
 黒子の活躍と迷走。
 初春の風紀委員になるまでの事。
 佐天の親友への気遣い。(主にパンツを穿いているかの確認行為)

 今日初めて知り合ったとは思えない程の盛り上がりを見せる。


 そして、話題はとある噂話に。


「『赤い風紀委員』?」

「えぇ、最近事件現場に出没しては風紀委員紛いな事をして事件を終息させていますの」

「別にいいんじゃない?」と美琴は軽いノリで言うが、黒子は「それはわたくし達風紀委員の仕事ですの!」と得体の知れない模倣犯に対して怒りを露にする。腕章まで用意している辺りがなお腹立たしいようだ。
 黒子は風紀委員という役職に誇りを持って日々励んでいる。自分の信じた正義を貫き通すためにだ。

 同じく風紀委員である初春はコンパクトPCのキーを手早く叩き、

「しかも、ネット上の『学園都市伝説』というサイトでは〈奴らは一人じゃない。〉や〈彼らは悪を狩る剣だ!〉などの書き込みがあります。つまり、集団が組織立って行っているようなんです」

 初春は画面を美琴達に向ける。
 書き込みには〈捕まったら磔にされる!〉だの〈奴らは罪人に容赦はしない。〉だの〈後ろから首を狩られた。〉だの、明らかな煽り文が見受けられる。
 有らぬ尾ヒレどころか角と牙が付いたような話であり信憑性に欠ける。
 佐天も知っていたのか、

「それって、パトロール中に事件に巻き込まれて犯人を捕まえようとして亡くなった風紀委員じゃないかって噂もあるんですよ。腕章が赤いのは自分の血であり、捕まえた人の生き血を抜き取り腕章はより鮮やかな赤色に染まり、捕まった人は仲間にされ、それを繰り返す……」

 と、楽しそうに言ってはいるが初春からは「それじゃ吸血鬼ですよ、佐天さん」と言われ、「過去に風紀委員が死亡したという記録はありませんの」と黒子はまったく信じていない。


「じゃあ何が問題なの? 風紀委員の真似事をしてるのが悪いのは解るんだけど、実際に人を助けてるんでしょ?」

「確かに助けてはいるんですが………」

 初春は語尾を淀ませ、視線を黒子に向ける。それを受けた黒子は溜め息混じりに答えた。

「何故か被害者だけでなく“加害者”まで助けていますの」

「加害者まで?」

「そうなんですの…」と黒子はベンチに背を寄りかからせる。
 黒子の話では、間違いなく通報があり現場では不埒な輩が存在してた。しかし、いざ駆けつけてみれば、人影は綺麗に消えているのだという。
 もちろん、すべての現場から加害者が消えている訳ではないらしい。気絶させられていてり、縄で拘束されている事もあるため、何らかの基準が設けられているのだろうというのが風紀委員と警備員(アンチスキル)の見解である。しかし捕まった犯人の前科を調べても共通する点は見受けられなかった。
 この行為が風紀委員への悪意なのか。または治安維持への善意なのか。その意図は不明である。

「ということで、くれぐれも先走った行動は謹んでくださいなお姉様」

「なっ、それどういう意味ッ!?」

「解りませんの?」とジト目で黒子は睨む。「だ・か・ら、しょうがないでしょ? アンタ達が来る前に終わっちゃうんだから!」と睨み返す。
 それを見かねて佐天と初春が止めに入る。

「ま、まあまあ二人とも落ち着きましょう。せっかくみんなで遊びに来てるんですから…」

「そうですよ。私と白井さんがそろって非番の日なんですから…」
 二人の正論に黒子と美琴は渋々納得した。そして、いつもの先輩後輩の仲に戻り、黒子は自分のクレープを「遠慮せずに一口どうぞ」と美琴に食べさせようと追いかけ回し、美琴は「トッピングに納豆と生クリームって何よ!!?」と味見を拒否して逃げ回る。周りの目などどこ吹く風状態だ。
 そんな二人を眺めつつ、初春は美琴が思った以上に親しみやすい事を嬉しく思い、佐天は黒子のテンションについていけないと漏らす。

 そして、佐天は先程の話題を掘り返す。

「その風紀委員モドキ、事件が起きれば現れるかもしれないんでしょ? だったら近くで何か起きれば、もしかして……」

「ダメですよ佐天さん! そんな不謹慎な事言っちゃ」

「ごめんごめん、冗談だって」と謝る佐天。
 それから、賑やかな展開が続き、一層親睦を深めていく四人。

 ふれあい広場には見学ツアーか何かで『外』からやって来た子供たちの声で賑わっている。
 至って平穏な風景がそこにはあった。




 道路を挟んだ向かい側の銀行が、昼間から防犯シャッターを下ろしているのを除けば………。




「月日さん、一口食べてみてくださいよぉ!」

「いるか馬鹿野郎ッ!」

 こちらはとあるJC四人組が到着する十五分前に遡る。
 公園からここまで約一キロの道のりを休むことなく駆け抜けてきた月日と雪華。途中ギブアップした自称:超インドア派の主水を月日が背負ってペースそのままという荒業をやってのけ、見事三人でクレープを注文する事に成功した。
 当然だが、ゲコ太は三つとも月日がいただいた。

 どうするのかと主水が尋ねたところ、月日は「一つは観賞用。一つは実用。一つは魔改造用」なのだそうだ。
 灯影月日という男は手先が器用である。だが大した事はない。“市販の鉛筆一本を彫刻刀一本で某軽音部の五人を各楽器付きで立体的に削りだせる程度”だ。

 それは横に置いといて。
 普通にクレープを食べながらこれからどうするか話し合おうとした矢先、主水が「月日さん、これウマイっすよぉ。一口どうぞ」的な展開に発展し、月日が全力で拒否して逃げ回っているという図が完成し、今に至る。

「クレープくらい、静かに食べられないんですかね…」

 それをベンチに座って傍観する雪華。彼女が注文したのはハムタマゴサラダ、トッピングにオニオンスライスとタマゴを増量。それを上品に口に運ぶ。

「願わくば俺も静かに食いたいよ!」

 月日はうまく主水をかわしながら答える。彼が注文したのはチョコバナナクレープ、トッピングに全フルーツをチョイス。チョコレートソースも忘れちゃいないZE☆

「だったらぁ、一口食べてみてくださいよぉ。それで済むしぃ、絶対ウマイですからぁ!」

「戯け、貴様の舌は死んでいるッ! 何だよ、チョコレートサンデーに大根おろしとポン酢って!?」

 ここはその掛け合わせに対して驚くべきなのか、クレープ屋に大根おろしとポン酢がトッピングとして常備されている事に驚くべきなのか。
 どちらにせよ主水の味覚と偏食は常軌を逸していると言っても過言ではないだろう。

「だ・か・らぁ、ウマイんですってぇ。チョコの甘味と大根おろしの辛味ぃ、そこにポン酢の酸味が合わさってぇ、口の中が洋風から和風にぃ……」

「何でもかんでも大根おろしにポン酢で和風になると思うなよッ!? 店員さんに味とクレームに対する心配させやがって!」

 この場合のクレームは芸人へのドッキリのレベルと大して変わらない。あたふたする店員さんを見て、ニヤッ、とするただの悪ふざけに成り果てる。月日は心の中で店員さんに謝罪した。



 それからクレープ片手に月日達は時間を潰す。
 限定一〇〇個のゲコ太マスコットがなくなった頃、三人はある話題で話し合っていた。

「『赤い風紀委員』、ですか……」

 そう呟き、わずかに表情を曇らせる雪華。その手に少し力が入った。

「いくらなんでも風紀委員に間違われちゃぁ、こっちの立場がないっすねぇ」

 主水はキーボードを叩きつつ、呑気にそう言った。彼が今見ているのは『学園都市伝説』というサイトの掲示板。読んでいて笑ってしまうような内容には、確かに月日の指示で流した正しい情報も見受けられるが、そのほとんどが第三者の憶測で歪められてしまった。
 挙句、その正体は過去に死亡した正義感溢れる風紀委員であるという噂に変化していた。

「しかもぉ、風紀委員と警備員も動き出そうとしているみたいなんですよぉ」

「そこは想定の範囲内だ。慌てる事はない」

 月日はまったく動じない。彼自身は一番この結果に苛立ちを覚えているはずなのにだ。

「動きたければ好きにさせておけばいい。……はぁ、こっちは争うつもりはないんだがな」

 月日の作った組織『約束手形(ペナルティ・カード)』の本質は風紀委員や警備員が考えているようなものではなく、むしろ逆なのだ。
 それを無理に理解してもらう必要はないと月日は言う。すぐに解る事なのだから。そのための布石もすでに用意してある故に。

「それでよ、そろそろ名乗りを上げたいんだが」

「月日さん、まだ早いと思いますよぉ」

「主水君の言う通りです。今は慎重に事を進めるべきです」

 二人の意見はもっともである。今はまだ風紀委員や警備員も捜査方針が固まっていないため本腰になるのはもう少し先になるだろう。向こうの対応が遅ければ遅い程月日達には有利に働くと二人は考えている。
 その考えは妥当。
 しかし、月日は限界だった。
 あの時から変わっていない現実にも……。







…………
………………
……………………


 という訳で、

「二人の意見を採用する」

 あっさり折れた月日。すべて一人でやってきた訳ではないと十分承知しているからこその判断だ。

「だが、次俺が『いくぞ』って言ったら、問答無用だからな」

 どこか悪戯っぽく笑いながらそう告げる月日。
 忘れていた話し合いを始めようとした。


 そんな時だ。

「…………」

「どうした雪華?」

 雪華の雰囲気が急に変わった事に月日は気付く。
 雪華は目を細め睨むように一点を凝視している。
 その視線の先にあるもの。それは昼間から防犯シャッターが下りている銀行だった。



――――ドカァァァァァァァァァッ!!!


 突如、銀行の防犯シャッターが爆発で破裂するように引き裂かれた。
 子供達の声で賑わっていた公園に、一転して悲鳴が木霊する。


…………

 風紀委員の白井黒子はこの事態に対する対応は迅速かつ冷静だった。スカートのポケットから腕章を取り出しつつ、初春に警備員への通報と怪我人の有無を確認するように指示した。

「黒子ッ!!」

「いけませんわ、お姉様」

 黒子は美琴をたった一言で制し、「学園都市の治安維持は、わたくし達風紀委員のお仕事。今度こそお行儀よくしていてくださいな」と決まり文句のように美琴に告げた。この言葉に美琴は素直に従った。


 数度の小爆発が起こったすぐ後に男達が4人出てきた。
 従業員でも、役員でも、まして客でもない。
 出てきたのは口元を白い布で覆い隠し、黒い革ジャンを着た典型的な銀行強盗達。膨らんだバッグを抱えて今まさに逃走を図る。

「ほら、グズグズすんな! さっさとしねーと ――」

「お待ちなさい!」

 その声に強盗達は足を止めた。その先には風紀委員の腕章を示す少女、黒子が立ちはだかる。

「風紀委員ですの。器物破損、および強盗の現行犯で拘束します」

 罪状を突き付ける黒子に対し、男達は呆気に取られて互いの顔を見る。
 そして、一拍遅れで声が盛大に漏れた。

「あはははっ、何だよこのガキッ!?」

「風紀委員も人手不足か? アハハハッ!」

 漏れたのは笑い声。相当面白かったのだろう、四人とも腹を抱えて爆笑である。

「………」

 無言で不機嫌さを表情に出す黒子。馬鹿にされた事よりもなめられている事のほうが彼女の癪に触ったらしい。
 無言のまま、黒子は男達に近づく。

「オラ、お嬢ちゃん。とっととどっか行かねーと」

 強盗の一人である太った男が黒子に右手を伸ばす。

「ケガしちゃうぜ!?」

 本来なら目の前の少女の胸倉を掴んでいるはずなのだが、当然それは空を切った。

「なっ!?」

「そう言う三下の台詞は」

 合気道か何かだろうか。黒子は体を回転させ、伸ばした男の右手の袖を進行方向に押し込み、足を払う。
 男の体は軽々と宙に浮き、一回転して歩道に背中から叩き付けられた。
 呻き声を上げる男に黒子は言った。

「死亡フラグですわよ?」

 一人は気絶し、残りは驚愕して言葉を失う。
 同時に警戒レベルもレッドゾーンに達した。


…………

 その一部始終を傍観する形となった約束手形の灯影月日、木戸雪華、筒鳴主水。
 爆発の直後、雪華は鞘袋を掴んでいつでも動ける体勢だった。それを月日が制止し、様子見の状態となった。
 月日はいつもの調子で現状を見ている。

「近くにいたのか。出てったら鉢合わせだったな。危うく口火を切るとこだったな雪華さん」

 皮肉を言われて謝る雪華。そう言う月日もスポーツバッグの中に手を突っ込んである物を取り出していた。
 取り出したのは黒革のベルト。ベルトには大小様々なホルダーが取り付けられている。
 月日は手馴れたように腰に巻き付け、ポケットのリボルバーをホルスターに収納した。これが月日の臨戦態勢である。

「だが、俺達の出番はないみたい―――」

 そこで月日の言葉が切れた。
 どうしたのかと雪華が尋ねようと彼を見た。
 その顔からは穏やかさが消えていた。

「“スノー”……」

 月日が雪華の暗号名を呼ぶ。そして、ある一点を指差す。

「そこのビルの間、見えるか?」

 雪華は指差された方向を見た。
 あるのは約一〇メートル先の路地の入り口。
 そして彼女は目視した。

 路地の影に隠れている、黒い革ジャンを着た数人の男の姿を。
 そして、男達は慌てた様子で路地の奥に消えた。
 おそらく仲間があっさり倒されたからだろう。

「………チィッ!」

 それを見た月日があからさまに舌打ちし、

「スノー、アイツら潰して来い……」

「承知!」

 流れるような指示からの実行。そこにはいつもの約束手形の姿があった。
 丈の長いスカートを翻し、軽く植え込みを飛び越えて雪華は男達を追う。

 月日が組織として動かした理由。
 一つは仮にも仲間を見捨てて逃げた事。
 もう一つは、“別件で見た顔”があったから。

「即失格(ペナルティ)だな」

 残念だ、の代わりに紡がれた言葉。これがある種の死刑勧告だと、男達は知る由などない。

「“ゴースト”……」

「はいは〜ぃ」

「不要だと思うがスノーのバックアップを頼む」

「了解でありますぅ」

 指示に従い、主水はPCを立ち上げ、その間にリュックから別の端末を取り出して接続していく。
 PCが起動するとデスクトップが紫色で染まり、中央にゆっくりとマークが浮かび上がってきた。

 『亡霊(ghost)』と書かれた霊をモチーフとしたデザインが。

『亡霊(ghost)』
 数年前に名を馳せた天才ハッカーの少年のエンブレムが。


…………

「今更後悔しても遅ぇーぞ…!」

 強盗のリーダーと思われる男の掌から炎が生み出された。
 発火能力者(パイロキネシスト)。あの安定感と火力から推測するに強能力者(レベル3)と黒子はすぐに断定し、『……ったく』と心の中で呟いた。

「俺を本気にさせたからには、テメーには消し炭なってもらうぞ!」と言い終える前に黒子は道路側に走り出した。
 男は自分の能力を見て逃げたのだと思った。仲間の制止も聞かずに掌の炎を逃げた黒子に投げ放った。

「逃がすかよ!!」

 投げられた炎は弧を描いて黒子の背後から襲い掛かる。

「誰が、」

 当然当たる訳もなく黒子はその場から突如として消え、アスファルトに着弾して小規模に炎上する。

「消えたッ!?」

「逃げますの?」

 今度は男の真正面に黒子が音もなく出現し、再び消える。混乱する男は背後に出現した黒子にドロップキックをくらって前のめりに倒れた。
 黒子は男の前に着地。太股のホルスターに忍ばせた一〇本の鉄矢(ダーツ)をテレポートさせ、倒れた男を地面に縫い付けた。
 縦横無尽。三次元を超えた十一次元からの攻撃。
 身動きが取れなくなった男はようやく黒子が空間移動能力者(テレポーター)であると理解した。
 しかし時すでに遅し。あとは逮捕されるのを待つだけとなった。


…………

 超能力者(レベル5)の御坂美琴、風紀委員の初春飾利、無能力者(レベル0)の佐天涙子は、ガイドの女性と共にバス周辺を探していた。
 探しているのは男の子。少し前にバスへ忘れ物を取りに行ったきり、姿が見えないとガイドの女性が取り乱していたのだ。今は危険と初春に止められたが、四人で手分けして探すという事になって今に至る。

「そっちは!?」

「ダメです」

 バス周辺に男の子はいない。どこに行ったのかとぼやく美琴だが、そんな事言っても男の子は出てこない。


「…………」

 少し離れた所で植え込みの下を探している佐天。



「あっ、何だお前!?」

 それは彼女に向けられたものではない。佐天は声の方に振り返る。
 そこには男の子の腕を強引に掴む強盗の男達。

「丁度いい、こいつを人質にして逃げるぞ!」

「ほら、一緒に来い!!」

 一瞬、佐天はどうしようか迷った。自分には凄い能力なんてない。美琴や初春に知らせれば簡単に強盗犯を倒してしまうだろう。でも、見ているだけが嫌だったから自分は無理に捜索に参加したのだ。
 これは意地。

(あたしだって……!)

 佐天は駆け出した。




…………

 「はいはぃ、セッちゃん。その角曲がったら一〇メートル先を左にねぇ」

 主水は画面を見ながらインカム付きの小型通信機を使い、追跡中の雪華を誘導する。画面には小さなウィンドウが六つ程開かれ、逃げる強盗団の姿を捕らえている。
 彼は自前のハッキングソフトを使って防犯カメラに自然に、かつ気付かれずに侵入、相手の位置を正確に掴んでいる。

「曲がったらぁ、すぐにいるからよろしくねぇ~」

 主水はインカムをはずし、PCをスリープ状態で待機させた。
 結果を見るまでもなく、一分かからず強盗団は全員気絶コースが確定した。

「リーダーァ、これからどうしますぅ?」

「何もなければ傍観。何かあれば横槍入れて終わりさ」

 月日はこのまま見ていれば終わると思っている。どう見ても強盗達に勝ち目など微塵もなく、逃げても捕まるのに変わりないからだ。
 主水達の言う通り、名乗りを挙げるのは当分先のようだ。



「あっ! 何だテメェ、放せよ!」

「ダメーーッ!!!」

 月日は声の方を見た。
 まさにその瞬間、

「クソ!!!」

 強盗の一人が男の子を抱いた少女の顔を躊躇いもなく蹴りつけた。
 少女は倒れ、男は近くに駐車しておいた逃走用の車に乗り込む。


「…チィッ!!」

 月日は二度目の舌打ちをする。さっきよりもよりハッキリとしたものを。

「あ…」

 間近で聞いていた主水の体から血の気が退く。
 彼ですら解った。
 月日(リーダー)がキレたと。

「主水、“いくぞ”……」

「ちょぉ、月日さん。ダメですってぇ! まだ早いってセッちゃんも言ってたでしょぉ!?」

「俺も、次に“いくぞ”って言ったら問答無用って言ったぞ?」

 こうなってしまっては、雪華でも止められないだろう。主水は呆れ半分、諦め半分でPCを再起動させる。

「全構成員に通達。『始めるぞ。花火はリーダーが上げる』ってな」

「はいはぃ」

 月日は走り出す。やる事はもちろん決まっている。
 その前に、罰する奴らをきちんと罰してやろう。
 月日は己の善を振りかざす。
 その意思表示に、彼は腕の緋色の腕章を用いる。


…………

 少し離れた所で、美琴は純粋な怒りに駆られていた。

「黒子、こっからは私の個人的な喧嘩だから……。手、出させてもらうわよ」

 友達を傷つけられた事に美琴は怒りを露にする。それに呼応するように体から青白い電撃を迸る。
 まずは、佐天の顔を蹴りつけた馬鹿を黒コゲにしてやるつもりだ。

 だが、車の傍でいまだに乗り込もうとしていない男が車内から何かを持ち出すのが見えた。
 手にしているのは、

(ペットボトル?)

 何に使うのかと思った時だ。


「このクソガキが! 邪魔してくれてんじゃねーぞ!!」

 怒声と共に男はペットボトルのキャップを開け、中身を空にぶち撒けた。

「ギャハハハハッ!!! 仲良くハリネズミ確定だ!」

 透明な液体。それは市販の飲料水。
 美琴がそれを水だと断定した時には、一瞬にして水が凍りついていく。
 先端が鋭利に氷結した氷柱は、その矛先を下に向けて落ちていく。

 そう、佐天達のいる場所に集中して。

「佐天さん!!」

 美琴は叫ぶように佐天を呼んだ。
 だが、佐天はまだ立ち上がれないでいる。
 電撃の槍を使えばあの氷柱を一掃できるが、余波に彼女達を巻き込みかねない。
 得意の超電磁砲(レールガン)を使おうにも、一発あたり八秒のチャージタイムが発生する。とてもじゃないが間に合わない。


 こんな時に、あのツンツン頭の少年の顔が浮かんだ。来てくれるなら誰だろうと構わない。そう願った。
 だが祈りも虚しく、氷柱は無情な矛先を佐天達に向けて落ちてくる。





 美琴は見た。
 佐天がハリネズミのようになる様ではない。
 ツンツン頭の少年が来たわけでもない。
 黒子がどうにかした訳ではない。

 彼女は見た。
 今も燃え上がる炎が、まるでおとぎ話に登場する龍のように空を駆ける瞬間を確かに見た。



………
……………
…………………



「ん…」

 佐天は体をゆっくりと起こした。
 蹴られた頬より外気が熱いような気がする。

 その正体を見た。
 とても背の高い細身の男の後姿を。
 男の前には宙でとぐろを巻いた炎の龍を。

「大丈夫か?」

「は、はい…」

 はっきりと答えた佐天に対し、男は大丈夫そうだと微笑んだ。

「じっとしていてくれ。すぐ終わる」

 視線を戻しながら男は言った。
 目の前が赤々と燃えている。
 その赤に混じって男の腕の腕章の色が同化して見えた。

 本当に、同化しているだけなのか。

(まさか……、赤い風紀委員?)

 憶測の域を出ないが、彼女は確信した。
 噂は事実だと。


「ずいぶん下衆な真似したじゃねーか。それなりの覚悟はあるんだろうな?」

「ヒ、ヒィィッィィィ!」

 すでに強盗の戦意はすべて削ぎ落とされていた。大量の氷柱を一瞬で呑み込み、咀嚼した炎の龍。
 一瞬だ。氷を一瞬で蒸発させるだけの火力を有する男が現れたのだ。そのまま挑もうとする方がどうかしている。

「女の子に足蹴りしただけでも重罪なのに、今度は氷柱落しか?」

 月日は男に背を向けて一歩遠ざかる。それを見た強盗は緊張がわずかに和らいだ。

「後悔させてやる」

 え? と声を上げるよりも先に男は炎の龍に薙ぎ払われた。男の体は宙を舞い建物の壁に叩きつけられた。それは男の意識を刈り取るには十二分な威力。
 役目を終えた龍は跡形もなく消え去った。

 これは灯影月日の能力の断片。彼の能力は日常生活ではほとんど役に立たない。
 空気を瞬間的に圧縮し、六〇〇度近い高温を生み出す事や酸素濃度を調整して炎を遠隔操作するなど、日常生活では不要な使い道だ。




(アイツ、一体何者?)

 横から現れた背の高い細身の男は離れた場所にあった火を操って見せた。
 少なくとも並みの能力者ではないと美琴は思った。
 そう考えていると、その男が近づいてきた。その左腕に緋色の腕章を揺らしながらだ。

「アンタ、一体何者なの?その腕章は何?」

 疑問をそのまま問う美琴。
 簡単に聞き出せると思っていなかったが、男はあっさり答えた。

「俺? 俺は通りすがりの月日お義兄さん。この腕章は自前」

 あまりにもあっさり答えられて唖然とする。


「ん?」

 月日と名乗った?男が振り返る。
 車を急発進させた際のタイヤのスリップ音が美琴の耳にも届いた。
 どうやら残った一人が自棄を起こしたらしい。

「アイツ!!」

 乗っているのは佐天の顔を蹴りつけた男。一度は落ち着いた怒りが再度込み上げ、前髪辺りで青白い電撃が迸る。
 だが、男が前に立って遮った。

「ちょっとアンタ退きなさいよ!私が……」

「その役目は俺が引き継ぐ。だから黙って見てろ」

 美琴は月日の目を見た。真剣さと、それとは別の感情が宿った瞳。それが自分と同じ感情であると理解した時には自分から一歩退いていた。

「感謝するよ、お嬢さん」

 向き直ると車はこちらを向いている。
 車と真正面から対峙する構図だ。普通の人間なら震えてもおかしくはない。

 だが、月日は震えてなどいない。
 静かにホルスターから鉄色のリボルバーを引き抜き、引き金を引く相手に向ける。

「ちょっと、それ!?」

「安心しろ。“まだ”ただの改造モデルガンだ」

 その言葉のどこに安心させる要素が含まれているのか尋ねてみたいものだが、おそらく『弾がないから』とか言い出すに違いない。


 エンジンを吹かす音が響いてくる。
 最後の悪足掻きにしてはあまりにもベタでお粗末な展開。もはや茶番だ。

(終わりにしようや……!)

 月日はゆっくり親指で撃鉄を起こす。
 それは呼吸するように自然な動作。冷静に、冷酷にその銃身を向ける。





 ほぼ同時に車が突撃を開始した。

 距離がみるみる縮んでいく。
 それでも彼は慌てる素振りすら見せない。

「とりあえず………」

 そう呟くと共に、ヒュゥゥゥゥー!という隙間風にも似た音が鳴り響く。
 音源は月日の握るリボルバー。厳密にはその銃身からだ。

 改造したとは言っても所詮は玩具。大した物ではない。
 月日のそれは子供の頃の遊びの一つにすぎない。
 ただ、この学園都市で能力を手に入れたことで規模が少しデカくなっただけだ。


「浮いとけやッ!!」


―――バァァンッ!!

 月日が放った一発の弾。
 一直線に飛ぶ軌跡を残す。
 “空間が歪んで見える”様な軌跡を残して飛ぶ弾。

 原理はシンプル。
 銃は段ボール。
 叩く力は火薬。
 撃ち出すのは空気の弾。

 空気砲弾(ショットガン)とでも呼ぶべき代物だ。
 その威力は申し分ない。
 放たれた空気の弾は運転している男からは見えていないだろう。



――――グァッシャァァァンッッッ!!!!!

「なっ!!?」

 けたたましい音を轟かせ“車の前面部が潰れた”。
 凄まじい衝撃を受けた車は彼の言った通りに宙に浮かび上がる。
 鉄塊の体を二転三転させつつ、月日達の頭上を飛び越え、そのままアスファルトと正面衝突を果たす。

「満足していただけたかな、お嬢さん?」

「……………」

 リボルバーをホルスターに納めながら月日は問う。
 だが美琴は答えない。ただジッと目の前の男を見続けている。


 そして、彼女はこう問い返した。

「アンタが、『赤い風紀委員』?」

「いいや、違うな……」

 この質問に不敵な笑みを浮かべ、彼は答えた。


「俺達は『約束手形』。いずれ学園都市の治安維持、その要となる組織の者だ!」



 月日はここに『約束手形』の存在を宣言した。
 
 

 
後書き
お疲れ様でした。

自分の中ではキャラ崩壊していないはずです……。たぶん……。

モブの能力に関しては、『学園都市だからね』で済ませてください……。(汗)

では、またお会いしましょう。 
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