セビーリアの理髪師
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12部分:第一幕その十二
第一幕その十二
「わかったな」
「ええ、まあ」
「わしを困らせぬことだ。それでは」
「どちらへ?」
「また部屋に戻る」
そうロジーナに告げた。
「それだけだ」
「左様ですか」
「しかしだ」
ここで顔を少し厳しくさせてきた。しかしどうにもユーモラスで迫力不足なのは彼がそうした怖さとは無縁の人物だからであろう。
「ではな。反省するがいい」
「はいはい」
ロジーナはそんな彼を軽くあしらい自分の部屋に戻る。するといきなり扉を叩く音がした。丁度ロジーナと入れ替わりにベルタとアンブロージョがやって来た。
「誰ですか?」
「何の御用件ですか?」
「どなたかおられますか?」
若い男の声だった。
「どなたか。宜しければ開けて下さい」
「そういう貴方はどなたですか?」
今度は逆に二人の召使がその若い男に問うた。
「それがわからないと」
「お入れするわけにはいきませんよ」
「私は兵士です」
男は二人の言葉にそう返した。
「今日こちらに来た」
「兵隊さんですか」
「そうです」
男はまた答えた。
「怪しい者ではありません。これで宜しいでしょうか」
「あらあら、兵隊さんでしたら」
「若しかして患者さんか何かで」
バルトロが医者なのでそう判断した。そうして扉を開けるとそこには兵士に変装した伯爵がいた。だが二人は伯爵の顔を知らなかった。そのうえ上手く化けていた。
「実はですね」
伯爵は家に入ってから二人にまた言う。
「バロルド博士に用事がありまして」
「バロルド博士!?」
名前を間違えられたのを聞いてすぐにバルトロが部屋から出て来た。自分のことになると異様なまでに耳が鋭いようである。
「わしの名ではないぞ、それは」
「ではベルトルドでしょうか」
「それも違う。わしはバルトロだ」
バルトロは顔をとんでもなく不機嫌にさせて言った。
「そんな変な名前ではない」
「わかりました。違うのですね」
「左様」
勿体ぶって伯爵が化けている兵士に述べる。
「わしはバルトロ博士だ」
「バルバロ博士ですか」
「そうでもない」
また顔が不機嫌そのものになる。
「わしはバルトロか」
「バルトロですね。おっと」
ようやく名前を正しく言ったところでよたってみせる。
「いけないいけない。どうもワインが効いているようだ」
「お酒は慎まれよ」
バルトロは医者の顔になって伯爵に言うのだった。
「さもないと戦場で大変なことになろうぞ」
「そうですな。それでですね」
「まだ何か」
「これを御覧になって下さい」
懐から一枚の紙を取り出してきた。
「これを」
「それは?」
「私の宿泊証です」
そう述べる。
「宿泊証か」
「そうです。おわかりになられたでしょうか」
「待て、わしの家にか」
ふとそれに気付く。
「若しかして」
「左様ですが?」
「左様ですかではないっ」
その返答に顔を顰めさせて言葉を返す。
「いきなり言われてもだな」
「まあまあ」
「あんたに宥められる筋合いはないわ」
そんな話をしているとロジーナがまた戻って来た。
「誰かいるの?」
「おおっ」
伯爵はロジーナの顔を見て顔を晴れやかにさせる。
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