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アドリアーナ=ルクヴルール

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第一幕その四


第一幕その四

「これでは駄目ね」
 そう呟くともう一度読み直した。口調や細かい演技を変えている。
「皆出でよ!全ての出口は向こう見ずな者に対して閉ざされなければならない。そして光輝ある平和が再び後宮に戻って来るように」
 それを聞いた一同は思わず言葉を呑んだ。
「素晴らしい・・・・・・」
 まず公爵が賞賛の言葉を述べた。
「まるで女神みたいだ」
 僧院長も思わず呟いた。
「あの、それはちょっと・・・・・・」
 その言葉に気付いたアドリアーナは顔を思わず赤らめた。
「大袈裟ではないですか?少し調子を見ただけですし」
 美しく澄んだ声である。物腰も謙虚である。
「いえいえ、そんなことはありません」
 公爵が言った。
「そうです、私共の言葉は真実を述べておりますよ」
 僧院長も口を揃えて言った。
「いえ、違います」 
 アドリアーナは静かに口を開いて言った。
「私は創造の神の僕に過ぎません。神は私に言葉を授けて下さいました。私はその言葉を私の前にいる人達に伝えます」
 彼女の言葉は続く。それはまるでミーズの語らいであった。
「私が語る言葉のリズムは劇の木霊です。手で奏でる儚い楽器でもありましょう。それに喜怒哀楽を織り込む私を人々は『真実』と呼んで下さいます。それは日が変われば消えてなくなる私に対するほんの一時の慰めです」
 言い終えた彼女に対し公爵が尋ねた。
「貴女は何を探し求めておられるのですか?」
「私が探しているもの、それは真実です」
 彼女は慎ましげに答えた。
「名のある芸術家によって貴女の素質は練られたのでしょうか」
 僧院長が尋ねた。
「はい、それは・・・・・・」
 彼女はその質問にも答えようとした。その時側にいる監督に気付いた。
「多くの方がいらっしゃいましたが、私にとって最も素晴らしい師はこの方ですわ」
 そう言って監督を手で指し示した。
「えっ!?」
 一同はこの言葉に驚いた。
「いつも私に親身になって頂き豊かな才能を持たれた方・・・・・・。このミショネ監督をおいて他にございません」
「マドモアゼル、そのようなご冗談を」
 それを否定したのは他ならぬミショネであった。
「そんなことを言ってこの老いぼれを苦しめないで下さいよ。驚いて息が詰まりそうです」
「いえ、そのような」
 アドリアーナはそれを否定しようとする。だがその時舞台の奥から呼出しが表われた。
「お、もう時間か」
 ミショネはこれ幸いとその場にいる俳優達の方を振り向いた。
「皆さん、準備は宜しいですか?」
「いえ、私はちょっと・・・・・・」
「私も・・・・・・」
 女優二人はその言葉に驚いて最後のチェックをはじめた。その横では男優達が何時の間にかチェスに興じている。
「おっ、はじまるぞ」
「じゃあこの勝負はお流れということで」
 二人は勝負を中断してチェスを収めた。
「ところでデュクロは?」
 公爵はミショネに尋ねた。
「楽屋におられましたよ。何か書きものをしておられました」
「書きもの?手紙かな」
「どうやらそのようでしたが」
「だったら誰だろう」
「僕だったりして」
 そこで庶民が茶々を入れてきた。
「そんなわけないでしょ」
 それを姫君が笑って否定する。
「じゃあ私だな」
 高官が誇らしげに胸を張った。
「それならデュクロさんこっちに来てるわよ」
 女神がそれをからかう。
「皆さん、そんなこと言ってないで早く舞台へ!」
「おっと、そうだった」
 ミショネの言葉に驚いて彼等は笑いながら舞台へ向かった。公爵は彼等が去ると僧院長に顔を向けた。
「僧院長、その手紙だが」
「はい」
 彼はその言葉に答えた。
「どうにかして手に入れられないかな」
「どうやってですか?」
 彼は素っ気無く答えた。だがそれは暗に何かを求めているのである。
「これと引き換えに、というのはどうだろう」
 公爵はそう言うと彼に皮の袋を手渡した。皮の中は言うまでもない。
「わかりました。お手紙は必ず公爵の下へ飛んで来るでしょう」
 僧院長はそれを受け取ると静かに答えた。
「有り難い、これも神の思し召しだな」
 少し、いやかなり、それでも足りない。全く違うと思われるが公爵は満足して言った。
「では私は神の祝福に対して感謝するとしよう」
「はい。神は公爵に必ずや祝福を与えられることでしょう」
 公爵と僧院長はそう言うと部屋を出た。公爵は観客席へ戻り僧院長はデュクロの楽屋へと向かった。
 部屋に残ったのはミショネとアドリアーナだけとなった。ミショネはほっとした顔で練習を続けているアドリアーナを見た。
「ようやく二人きりになれたな。ほんの一瞬だが」
 彼はアドリアーナに聞こえないようにそっと独白した。
「ずっと想い続けて溜息ばかりついているが。言うべきか。いや・・・・・・」
 彼はその言葉に対し頭を振った。
「彼女は若くて美しい。だが私はこんな老いぼれだ。彼女に私は釣り合わない。だが言うべきだろうか、それとも言わないでおくべきか」
 彼は思案した。
「明日言うべきか。いや、明日になると私はもっと爺さんになってしまっている」
 考え続けた。アドリアーナはその間も練習を続けている。
「いや、やはり言おう。迷っていてもはじまらない。当たって砕けろだ」
 彼はアドリアーナの方へ顔を向けた。
 
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