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アドリアーナ=ルクヴルール

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第四幕その六


第四幕その六

「一人の男として・・・・・・」
 その言葉はアドリアーナの心を刺激した。あまりにも純粋な言葉だったから。時として装飾は真実を覆い隠してしまうのだ。
「そう、誓って言う。今の僕は君を愛する一人の男だ」
「・・・・・・・・・」
 彼の瞳を見た。曇りなく彼女を見ている。
「・・・・・・信じてよろしいのでしょうか」
「お願いだ、信じてくれ」
 それは懇願であった。それを拒絶出来るアドリアーナではなかった。
「・・・・・・わかりました。信じます」
 彼女は静かにそう言った。
「・・・・・・有り難う」
 マウリツィオは彼女を抱き締めた。ようやく二人は再び心を重ね合ったのだ。
「ザクセンに来てくれないか?そして一緒に暮らそう」
「けれど貴方は王位に・・・・・・」
 彼の夢を知っていた。だから彼女は踏み切れなかったのだ。
「そんなものはもうどうでもいい。僕は君だけが必要なんだ」
「いいえ、そうはいかないわ」
 アドリアーナは彼の言葉に対し首を横に振った。
「私の王冠は劇で刺繍された作り物。王座は舞台にある虚のもの。けれど貴方も王冠と玉座は違うわ。本物なのよ」
「それが何だというんだ」
 マウリツィオはアドリアーナの言葉に少し激昂して言った。
「僕にとって君は何よりも価値あるものなんだ。王冠や玉座など君と比べたら何の価値も無い。あれこそ虚のものだ」
 彼はアドリアーナを見て言った。
「しかし今君はここにこうしている。それは真実だ。僕にとっては君が側にいるこのことこそ王冠であり玉座であるんだ」
「マウリツィオ・・・・・・」
 まだ信じられなかった。王位という永遠の夢を捨てて自分の所に来たということが。
「だから・・・・・・来て欲しい。そして何時までも、永遠に二人で暮らそう」
「・・・・・・・・・ええ」
 アドリアーナは彼の手を握った。マウリツィオもそれを握り返す。
 二人はヒシ、と抱き合った。アドリアーナは顔を紅潮させ泣いていた。
 マウリツィオは彼女をソファのところに導いた。その時彼女は急に顔を蒼くさせた。
「!?どうしたんだい!?」
 それはマウリツィオにもわかった。
「喜びのあまり・・・・・・」
 最初はそう思った。だが違った。ふとあの花の事が思い出された。
「花!?」
「ええ、貴方にあげたあの花。貴方が私に突き返したあのすみれの花」
「あのすみれの花!?おかしいな。僕は君にすみれを贈った事なんてないのに」
 マウリツィオは顔を顰めて言った。
「えっ!?」
 アドリアーナはその言葉に驚いた。ではあの花は一体誰が。
 だがそれはアドリアーナにはわからなかった。彼でないとすれば。しかし今の彼女にはわからなかった。次第に苦しくなってきた。
「そしてそのすみれは?」
 彼は尋ねた。
 彼女は暖炉を指し示した。そして言った。
「もう燃やしてしまったけれど。見ているとあまりにも辛いので」
 腕の動きが鈍くなりだしている。
 胸元が苦しくなった。その苦痛を庇う様に両手を胸に置いた。
「大丈夫かい?」
「ええ」
 彼女は答えた。口ではそう言っても次第に苦しさが増してきている。
 彼を見つめた。その黒い瞳が次第に潤んでくる。
「何故そんなに僕を見ているんだい?」
「いえ・・・・・・」
 急に目の前が暗くなった。何も見えなくなった。
「え・・・・・・今私は何処にいるの!?」
「な、何を言ってるんだい!?」
 マウリツィオはその言葉に驚いた。
 目の前が再び明るくなった。しかし何かが混乱している。
「私・・・・・・今何を話していたのかしら」
「アドリアーナ・・・・・・一体何を言ってるんだい!?」
 マウリツィオはそんな彼女を落ち着かせようとする。だが彼女はそんな彼を見て言った。
「貴方は何を言っていたの?・・・・・・いえ、その前に」
 アドリアーナの視界が再び暗転した。
「貴方は・・・・・・何処にいるの!?」
「待ってくれ、僕は今ここにいるじゃないか、君のすぐ側に!」 
「いえ、いないわ」
 視界が戻った。だがそこに映るのは別のものだった。
「貴方はあの桟敷にいるのよ」
 彼女はそう言って微笑んだ。
「桟敷・・・・・・。君は何を言っているんだ」
「この大変な混雑した席に。折角だからボックスに入ればいいのに。・・・・・・けどいいわ」
 彼女の視線は虚ろである。既に目の前には何が映っているか自分でもわかっていないのであろうか。
「側で私を見たいのなら」
「アドリアーナ、アドリアーナ!」
 彼女の両肩を掴んで必死に揺さぶる。だが反応は無い。
 ただ虚ろに何処かを見ているだけである。
「大変だ・・・・・・」
 彼女から手を放し机の上に置かれていた鈴を鳴らした。そして使用人を呼んだ。
 
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