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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第九十五話 揺らめき




宇宙歴 795年 9月26日    第一特設艦隊旗艦  ハトホル  ヨッフェン・フォン・レムシャイド



『戦争を止めたいか……』
「はい、そう言いましたな」
『うーむ』
スクリーンには唸り声を上げながら眉を寄せ目を閉じているブラウンシュバイク公の姿が映っていた。

『想像しないでもなかったが改めて卿から聞くと唸らざるを得ん。戦争を止めるか……、それをあの二人が考えた……』
また唸り声を上げた。確かに予想はしていたがそれでも驚かざるを得ない。ブラウンシュバイク公が唸るのも良く分かる。

「いささか不思議ではありますな」
『うむ、しかし悪い話では無い』
「と言いますと」
私が問いかけるとブラウンシュバイク公がニヤッと笑みを浮かべた。何処か人の悪さを感じさせる笑みだ。

『レムシャイド伯、わしとリッテンハイム侯は改革を実施しようと思っている、いや準備している』
「まことですか?」
『うむ』

今度はこちらが唸り声を上げた。どうもここ最近、宇宙は予想外の事ばかり起こる。なんとも落ち着かない事だがそれだけ世の中が不安定になっている、そういう事なのかもしれない。或いは時の流れるのが速過ぎるのか……。だとすればその時の流れに追い付けない人間が出てくるかもしれん、そういう人間はどうなるのか……。

『もはや改革をせねばどうにもならんのだ。帝国の状況はそこまで悪化している、躊躇は出来ん。それがわしとリッテンハイム侯の考えだ。その事は陛下にもお話し御理解を得ている』
「陛下も同じお考えだと!」
『うむ』
驚く私にブラウンシュバイク公が頷いた。

『反乱軍の中に、しかも最も強硬派であるはずの軍の中に戦争を止めたいと考えている人間が居る。悪くない、いや心強いと言っても良いな。意外な所で味方を見つけた思いだ』
もう公は笑っていない。酷く生真面目な表情だ。それだけ状況は厳しいという事か……。

改革を行う、陛下もそれを支持している。つまり勅命という形で反対を抑えようという事だろう。しかし果たして何処まで踏み込んで改革を行うのか、それによっては勅命といえども反対する貴族達が現れよう。その辺りを公はどう考えているのか……。

『ちょうど良い、卿に伝えておこう。明日、帝国は国内に改革を行う事を宣言する』
「なんと……」
『宣言の中では直接税、間接税の引き下げ、さらに裁判制度の見直しについて触れる事になっている』
「具体的に何処まで踏み込まれるのです」
恐る恐るといった口調になった。少しの間ブラウンシュバイク公はじっと私を見ていた。話すべきかどうか考えたのかもしれない。

『……貴族達の直接税の徴収に歯止めをかける。政府が上限を設定しそれを越えた徴収を行った場合は厳しい罰を与える。また収入が一定額以上に達し無い人間に対しては税の徴収を禁止する。それと税が徴収できない低所得者が或る一定の割合を越える貴族領についてはその施政権を停止し一時的に政府の直轄領とする』
「……」
かなり厳しい……、貴族達の反発は必至だろう。

『また裁判については貴族領の平民達にも帝国政府への控訴権を認める。先ずはそんなところだな』
「……」
つまり貴族達が恣意的に領民達を処罰するのを規制するということか。税と裁判、どちらも統治の根源に関わる。これを制限するという事は貴族の権力の縮小以外の何物でも無い。

『来年一月から実施する予定だ。改革はそれで終わりではない、それ以降も順次進めて行く。その分については今改革派の者達に案を練らせている。これでなんとか平民達に希望を与える事が出来るだろう、平民達も希望が有るうちは暴発などはするまい』
「……それはそうですが」

『卿は不満かな』
ブラウンシュバイク公が覗き込むようにこちらを見ている。はて、不満だろうか? 今でも領地を離れ経営など他人任せの状態だ。構わぬと言えば構わぬ。だが問題は……。
「……私は構いませぬが他の貴族達の反発を呼びましょう。上手く行きましょうか?」
思わず恐る恐ると言った口調になった。

『上手く行かせる、不満を言うものは切り捨てる』
「……」
『手をこまねいていれば座して死を待つ事になろう。帝国が生き残るためには不要なものを切り捨て、変わらねばならんのだ』
ゆっくりとした口調だった。自らに言い聞かせる様な口調だ。貴族を切り捨てるという事か……、ルドルフの負の遺産……。ブラウンシュバイク公はヴァレンシュタインと同じ事を言っている。

「……ルドルフ・フォン・ゴールデンバウム体制の終焉……」
『……何と言った、レムシャイド伯』
気が付けば呟いていたようだ。
「あ、いえ……」
『如何した』
「……ヴァレンシュタインが言っておりましたな。この後、帝国ではルドルフ大帝の造った政治体制が終焉するだろうと……」

叱責されると思った。しかしブラウンシュバイク公は何か意表を突かれたような表情で私を見ている、止むを得ず言葉を続けた。
「彼の考えでは五十年程前からルドルフ大帝の作った政治体制の終焉が始まっているそうです。貴族を中心とした……」
『そうか、そうだな、あの男ならそう言うだろうな』
「……」
話を遮られた。妙な話だ、公は一人納得している。私が何を言おうとしたのか分かると言うのだろうか?

『銀河連邦の終焉と帝国の成立という本が有る。二十年ほど前にフェザーンで書かれた本だ』
「……それが何か」
『その本を読んで思った、役に立たぬ貴族など滅ぼしてしまえと……』
「!」

呆然としてスクリーンを見るとブラウンシュバイク公が可笑しそうに笑い出した。
『ヴァレンシュタインもその本を読んでいる、士官候補生時代にな』
「……まさか」
『あの男の事が知りたくて読んだのだ。……統治者は優秀でなければならない、その優秀な統治者を生み出す階級が必要だ、即ちそれが貴族……。ルドルフ大帝の考えだ』

『だが現状はその優秀であるべき統治者を貴族は生み出すことが出来なくなった。となれば貴族には存在価値など有るまい、貴族階級など害有って益無きものよ……』
「ブラウンシュバイク公……」
声が震えていた、そんな私を見て公は今度はクックッと笑いを堪えている。

『分かるぞ、ヴァレンシュタイン。卿が何を思ったか、何を考えたか、よく分かる。わしも同じ想いだ、……まさに終焉、その通りよ!』
ブラウンシュバイク公が哄笑と言って良い笑い声を上げていた。同じ本を読んだ、同じ考えを持った、そして誰よりも相手を理解している……。

『なんとも皮肉な話だ、本当ならあの男がやるはずだった仕事をわしがやっている』
妙な言葉だ。
「……それはどういう意味です?」
チラッと公が私を見た、ブラウンシュバイク公は未だ可笑しそうな表情をしている。

『あの男はリメス男爵の孫なのだ。母親が男爵と平民の女との間に出来た娘だった』
「!」
では、あのリメス男爵の相続事件で死んだ弁護士夫妻はリメス男爵の娘夫婦だったという事か。ヴァレンシュタインはあの事件で両親を失い、その直後に祖父を失った……。

『ある貴族がヴァレンシュタインにリメス男爵家を再興させようとしたのだがな……』
「……再興」
『士官学校を卒業し帝文に合格したヴァレンシュタインはリメス男爵として帝国の政(まつりごと)を担うべき……、その貴族はそう考えたのだ。そうなっていればリメス男爵が改革を行っていただろう。わしなど切り捨てられていたかもしれん……、皮肉であろう?』
「……」
そう言うとブラウンシュバイク公がまた笑い出した、私には黙って見ている事しかできない。

『ルドルフ・フォン・ゴールデンバウム体制の終焉か……。良いだろう、わしが終わらせてやろう。しかし帝国の終焉にはさせん……』
「ブラウンシュバイク公……」
底響きのするような公の声だった。私ではない、ヴァレンシュタインに言っている……。

『レムシャイド伯』
「はっ」
『明日以降、トリューニヒト委員長、或いはシトレ元帥と連絡を取ってくれぬか。今回の改革の宣言をどう受け取ったか、確認して欲しい』
「承知しました」
おそらくは何らかの反応が有るはずだ、そこを見極める事で相手の本気度が或る程度は見えてくるだろう。

『それとヴァレンシュタインにわしがあの本を読んだと伝えてくれ』
「宜しいのですか」
余り良い事とは思えない、報せればヴァレンシュタインはブラウンシュバイク公を警戒するかもしれない。
『構わぬ、その方が面白かろう』
「……」
面白い、そういう問題では無いと思うが……。

『フェザーンの高等弁務官だがマリーンドルフ伯が務める事になった』
「マリーンドルフ伯が……」
悪い人事ではない、誠実で常識のある人間だ。だが機略には乏しいだろう、その辺りをどうするのか。フェザーンはこれから混乱するはずだ、その中でマリーンドルフ伯の力量が試されるかもしれない……。

『それとクロプシュトック侯の反乱だがそろそろ鎮圧されそうだ。遅くとも今月内には鎮圧されるだろうとリッテンハイム侯から報せがあった』
「なんと」
何時かは鎮圧されると思っていた。だがこの時期に貴族達が戻って来る……。

『ミューゼル提督の地球鎮圧もそろそろ始まるはずだ。始まればそれほど手間は取るまい。こちらも今月内には片付くだろう』
「……」
貴族達も帰って来るが軍も帰って来るか……。そうか、改革実施の宣言はそれを見据えての事か。

先に既成事実を作っておこうと言う事だな。となると貴族達がどう巻き返しを図るか、軍の力を背景にブラウンシュバイク公達がそれをどう押さえつけるか……。これからが本番だろう、激しい駆け引きが続くはずだ。私の想いを読み取ったのだろうか。
『騒がしくなるな』
ブラウンシュバイク公が厳しい表情で吐いた。

通信を終えるとヴァレンシュタインを探した。艦橋で指揮官席に座りココアを飲んでいる姿が見えた。近づくと向こうから声をかけてきた。
「ブラウンシュバイク公と話したのですか」
「うむ、今終わった」
「そうですか」

それだけだ。ヴァレンシュタインはココアを飲むことに専念しこちらには関心を示さない、視線を向ける事も無かった。何となく神経がささくれ立った。幸い周囲には誰もいない、二人だけだった。
「卿はリメス男爵の孫だそうだな」
「……ブラウンシュバイク公から聞いたのですか」
「……そうだ」

平然としている、相変わらず視線を向ける事も無ければココアを飲むことを止めようともしない。変化が有ったとすれば答えるまでに僅かに間が有った事だけだった。
「一度だけ会いました。両親が死んだ直後です。孫として会ったんじゃありません、死んだ弁護士の遺児として会ったんです。その時ですよ、血が繋がっていると知ったのは。……葬式にも参列しました、弁護士の遺児としてね。寂しい葬式でした、リメス男爵家の親族は誰もいなかった……」
親族でありながら親族として参列できなかった……。

「……男爵を恨んでいるのか」
ヴァレンシュタインが私に視線を向けた、何の感情も見えなかった。
「……男爵の最後の頼みは私に御祖父さんと呼んで欲しいという事でした。私が御祖父さんと呼ぶと本当に嬉しそうだった」
淡々としている。まるで他人の事のようだ。だが話の内容は哀れとしか言いようが無かった。訊くべきではなかったと後悔した。

「……ブラウンシュバイク公から卿に伝えてくれと言われた事がある」
「……」
「銀河連邦の終焉と帝国の成立、ブラウンシュバイク公も読んだそうだ。卿の事を知りたくて読んだと言っていたな」

ヴァレンシュタインがこちらを面白いものを見つけた様な表情で見ている。ようやく表情に反応がでた。
「あれを読んだのですか。帝国貴族、女帝夫君たるブラウンシュバイク公の読む本ではないでしょうに……」
「……」

「あれはルドルフ大帝の事を巧妙に非難しているんです。そして現状の帝国の統治体制をさりげなく批判している。面白かったですよ、内容そのものは当たり前のことを書いているだけですが、こういう書き方、読ませ方もあるのかと思いました」
上機嫌だ、ココアを飲みながら笑みを浮かべている。

「公が言っていた。現状の統治体制は終わらせると……。しかし帝国の終焉にはさせないと」
ヴァレンシュタインが僅かに目を見張った。そしてクスッと笑いを漏らした。
「……なるほど、改革を実施しますか。しかし上手く行くかどうか……。貴族達は武力を持っています、場合によっては内乱になりますよ」
「……」

「帝国が動きますか……、となると同盟も動くことになるでしょうね。一波わずかに動いて万波随うか、さてどうなるのか……」
そう言うとヴァレンシュタインはココアを一口飲んだ。確かにヴァレンシュタインの言う通りだ、これからの宇宙は全てが激しく動くだろう……。


 
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