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銀河英雄伝説~その海賊は銀河を駆け抜ける

作者:azuraiiru
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第二十三話 闇を制する者

帝国暦 489年 6月10日   オーディン  国家安全保障庁  アントン・フェルナー



宰相府から国家安全保障庁に戻り長官室のソファーに座ると直ぐに副長官、ギュンター・キスリングがやってきた。正面に座りこちらを気遣う様な表情をしている。ギュンター、我が心の友よ、卿だけだ、俺をそんな優しい目で気遣ってくれるのは……。ナイトハルトは宇宙艦隊に入り浸りでなかなか会えない、エーリッヒはヤクザな海賊稼業に身を堕として俺を苛める。そして上司は……、思い出したくもない。世の中は俺に冷たいのだ……。

「どうなった」
「憲兵隊との合同捜査になった。医者とゼッフル粒子の購入者、キュンメル男爵、教団支部に対して強制捜査だ。憲兵隊は国家安全保障庁の支援ということになる」
俺の言葉にギュンターが頷いた。

「打ち合わせ通りだな」
「打ち合わせ通りだ」
今度は俺が頷いた。ギュンターも二度、三度と何か確認するように頷いてからこちらに視線を向けてきた。

「地球に対しては?」
「現状ではオーディンの教団支部への捜査で精一杯だ。地球、高等弁務官府への捜査は見送りになった。もっとも今後の捜査の進展次第では両方とも捜査の対象になる……」
「二段階か……。ま、そうだろうな、ここから指示を出して良いか?」
「ああ」

ギュンターが俺の執務机のTV電話を使って部下に指示を出し始めた。指示と言っても難しいものではない、準備はもう出来ている。“行け”の一言だけだ。……全ての準備を整えてからオーベルシュタイン中将、フロイライン・マリーンドルフと調整した。だから主導権を取れた、もっともそのために俺もギュンターも二日徹夜だ。そして未だ休めそうにない。おそらくこのソファーで仮眠を取る事になるだろう……。

指示を出し終わったギュンターがソファーに戻り俺の方を見た。気遣う様な表情で問い掛けてくる。
「元帥閣下の反応はどうだった」
「半信半疑、そんなところだな。危険であることは認識したが地球教が何故、というのがある。それと地球教とフェザーンというのがどうにもピンと来ないようだ。まあ坊主と拝金主義者の組み合わせだ、無理もない」

ギュンターが困惑を顔に浮かべた。
「そうじゃないさ、いや、それも有るんだが、……情報提供者がエーリッヒだと知った時の元帥閣下の反応を訊いているんだ」
思わず顔を顰めた。
「……訊かなくても分かるだろう、酷いもんさ」
ギュンターが大きな溜息を吐いた。ギュンター、溜息を吐きたいのは俺の方だ、どれだけ辛かった事か……。

「話している最中に顔が強張る、頬がひくつく、目を閉じて何かを堪えるようなそぶりをする、大きな溜息を吐く……。ああ、あと身体も小刻みに震えていたし拳も握りしめていたな。見ているだけで気が滅入ってきたよ……。フロイラインもキュンメル男爵の件が有るから取りなしは出来ないしな」
「……」
実際、あんなに話し辛いと思った事は無かった。何度か溜息を吐きそうになったし、逃げ出したくなった。

「最後は散々嫌味を言われたよ。また感謝状を書かされるとか、お前達の情報収集能力は辺境の海賊にも劣るのかとか、帝国最強の情報機関は黒姫一家らしいとか……」
「……それで、卿はなんて答えたんだ」
「その通りです、我々よりもエーリッヒの方が一枚上ですって答えたさ。オーベルシュタイン中将も否定しなかった、事実だからな」
俺の言葉にギュンターが息を吐いて天を仰いだ。

「最後はどいつもこいつも、と言って口を噤んだよ。何を言いたかったのか、嫌でも想像がつく」
ギュンターが今度は二度首を横に振った。
「戦争をやれば武勲第一位、イゼルローン要塞を落して来る。内政でも辺境を発展させている、諜報活動でも二連勝だ。おまけに自分達は協力者だと言って公に頭を下げようとしない。エーリッヒが出来れば出来るほど自分の部下に不満が出るだろうな」
ギュンターが溜息交じりに呟く。

実際ローエングラム公のエーリッヒに対する感情は単純なものではない。エーリッヒが軍人、政治家として傑出している事は十分に理解している。だが口では“あの根性悪のロクデナシの業突張り”、“あの海賊が”と悪態を吐く。その癖部下がそれに迎合すると不機嫌になるのだ。

以前はヤン・ウェンリーが公にとって最も気になる存在だったらしい。だが今ではエーリッヒに変わっている。ヤン・ウェンリーはエーリッヒにしてやられた男で手強さではエーリッヒの方が上だと言う事だろう。何の事は無い、ガキ大将が強い奴と腕試しをして自分の方が上だと証明したがっているのに似ている。

問題はエーリッヒが味方で腕試しが出来ないという事だ。せめて部下達に同じくらい出来る人間が居れば良いのだが常に一歩も二歩も譲ってしまうから面白くないのだ。血統書付きの猟犬を集めたが狩りをさせたら近所の野良犬の方が上手かった、と言うのに似ている。野良犬を評価は出来るが納得は出来ない、そんなところだ。

ちなみに高級士官の間ではブラスターのグリップにエイの皮を貼るのが流行っている。エーリッヒの真似なのだがローエングラム公も貼っている。キルヒアイス上級大将に勧められたらしい。エーリッヒを本当に嫌っているのならマネなどしないはずだ。

「真面目な話、公が半信半疑なのも無理は無いと思う。ギュンター、今俺達に見えているのは元帥閣下がキュンメル男爵邸を訪問しようとした事、それに合わせて或る地球教徒がゼッフル粒子の発生装置を購入した事、そしてそれを男爵の主治医が男爵邸に持ち込んだ事、その主治医も地球教徒という事だ……」
俺の言葉にギュンターが頷いた。そして今度はギュンターが言葉を続ける。

「その主治医は去年の十二月にキュンメル男爵の主治医になった。前任者は何者かに呼び出されたところを轢き逃げに遭い死亡、犯人はまだ捕まっていない、呼び出した人間も名乗り出ていない。そして一月前、フェザーンのアドリアン・ルビンスキーが地球教のデグスビイ主教と何日かに亘って密談している……」
ギュンターと視線を交わした。俺が頷くとギュンターも頷く。

「ローエングラム公が死ねば帝国は間違いなく混乱する。暫くは大規模な外征は不可能だろう。帝国と反乱軍の勢力均衡を願うフェザーンとしては願っても無い事だな」
俺が呟くとギュンターが溜息を吐いた。

「そしてローエングラム公が死ねばヴァンフリート条約を反故にするのも難しくない、現在の苦境を脱却できる……。となればエーリッヒを潰すよりもローエングラム公を殺す方が効率が良い。一石二鳥だ……」
今度は俺がギュンターの呟きに溜息を吐いた。

ギュンターが俺を見ている、そして俺もギュンターを見た。彼の顔には懸念と不安、疑義が浮かんでいる。おそらくは俺も同様だろう。
「地球教の後ろにフェザーンか……。細い糸だな、ギュンター」
「ああ、しかし両者が繋がっている可能性は有る。エーリッヒの指摘は無視できない……」

可能性は有る、その通りだ。地球は資源も産業も無い星だ。何らかの形でフェザーンが援助しているのかもしれない。見返りはフェザーンが表立って出来ない事を地球教が裏で行う……。今回のケースがそうだろう、地球教など全く無警戒だった。

「良く気付いたもんだよ、どうなってんだか……」
「同感だ、フェザーンの情報はゴシップ記事が基らしいからな。そこから裏付けを取ったとか……」
男二人、顔を見合わせて溜息を吐いている。

「フェザーンはただの拝金主義者じゃないか……。この事かな、ギュンター」
ギュンターが首を横に振った。まだ判断出来ないか……。
「分からんな、……まだフェザーンと地球教が繋がったという証拠は無いんだ。確実なのは地球教がローエングラム公を暗殺しようとしている、その疑いがある、そういう事だ」
また溜息が出た。フェザーンと地球、一体どういう繋がりなのか、エーリッヒが報せてきた以上何らかの繋がりは有るはずだ……。

「どうも試されているような感じがするな」
「試されている?」
俺の言葉にギュンターが片眉を上げた
「ああ、エーリッヒに試されている。ヒントは与えた、答えに辿り着いてみろ……。そんな感じだ」
俺の言葉にギュンターが苦笑した。

「あいつ、性格が悪いからな、誠実そうに見えて本当は悪いんだ。海賊になってからさらに磨きがかかってる。そう思うだろう、ギュンター」
ギュンターの苦笑が更に大きくなった。
「この世界じゃ性格が悪いのは必須条件だ。俺達がエーリッヒに及ばないのは性格が良いからさ。そう思うしかないな」

「オーベルシュタイン中将もか?」
俺の質問にギュンターは一瞬虚を突かれたような表情をしたが直ぐニヤッと笑みを浮かべた。
「そうなるんだろうな」
二人で顔を見合わせた。どちらかともなく吹き出すと、大きな声で笑いだした。疲れているのだろう、なかなか止まらない。たっぷり二分は笑わせてもらった。


「帝国最強の情報機関か……、あながち否定できんな」
「ギュンター?」
「憲兵隊は軍内部に関心が向きがちだ、国家安全保障庁は立ち上がったばかり、旧社会秩序維持局は国内の不平分子、不満分子に視線が向きがちだった。それに比べればエーリッヒはオーディン、フェザーンに拠点を持ち政、軍、官、そして貴族にも関心を示している。今では反乱軍の情報も奴が一番押さえているだろう」

「将来的にはともかく現状ではエーリッヒの方が上か」
「……そうだな」
頭の痛い話だ。ローエングラム公が怒るのも無理は無い、帝国の情報機関、捜査機関は余りにも脆弱だ。捜査対象が余りにも狭すぎる。オーベルシュタイン中将と話して分かったが、国家安全保障庁も憲兵隊も地球教を捜査対象にしてはいなかった、旧社会秩序維持局もだ……。

「ギュンター、不思議とは思わないか? あいつ何時の間にかキュンメル男爵、地球教を調べている。ローエングラム公にも叱責されたが海賊屋敷の動きを押さえていたのに気付かなかった。気付いていればこっちでも地球教の動きを知る事が出来たと思うんだが……」
ギュンターが俺の言葉に頷いた。

「押さえ切れていなかったか、或いは……」
「或いは?」
「海賊屋敷とは別な組織が動いたか……」
ギュンターがじっと俺を見詰めている。息苦しい程に圧迫感を感じた。

「……つまりエーリッヒの目と耳は海賊屋敷以外にも有る、その組織はまだ俺達の前に姿を現していない。……そういうことか?」
「その可能性があるだろうな。情報は海賊屋敷の人間が持ってきた。しかし彼はエーリッヒの使いだと言った。地球教の動きを探ったのは海賊屋敷ではなくエーリッヒの指令を受けた別組織だったのかもしれない。海賊屋敷は情報をエーリッヒから手渡され俺に渡すようにと言われた……」

ゾクッとした。このオーディンで闇の中で戦っている人間達が居る。本来なら俺達国家安全保障庁こそが闇で戦う組織の筈だ。だがその俺達でさえ知らない奥深い闇がある。地球教、そしてエーリッヒの謎の組織……、彼らはその奥深い闇で蠢いている。地球教は、或いはフェザーンも絡んでいるのかもしれないが、彼らはローエングラム公を暗殺しようとしエーリッヒはそれを防ぐために動いた……。

似ていると思った。エーリッヒに闇の組織が有る様にフェザーンにも闇の組織があるのかもしれない、それが地球教……。だとすれば今回の一件、お互いに闇の組織を動かしての対決になったということだろう。お互いに必死という事だ、俺達の知らないところで互いの存続を賭けて戦っている。そしてエーリッヒが勝利を収めつつある……。

試されている、また思った。エーリッヒは俺達を誘っている、ここまで来い、追い付いて来い、帝国の奥深い闇を覗きに来い、そう誘っている。追い付けるだろうか……、今回の捜査で何かが見えてくるかもしれない。いや見なければならないだろう、国家安全保障庁の長官として……。



帝国暦 489年 6月10日   アムリッツア  ヴィルヘルム・カーン



トントンと親っさんの執務室のドアをノックすると部屋の中から“どうぞ”と声が聞こえた。“失礼します”と声をかけてドアを開け中に入る。親っさんは長期航海の準備をしているところだった。俺を見て微かに笑みを浮かべる。うむ、機嫌は悪くなさそうだ。

「オーディンから引き上げが完了しました。この三日間、それぞれバラバラに輸送船に乗せています。行き先も別ですから国家安全保障庁も憲兵隊も彼らがウチの手のものだとは気付かんでしょう」
「結構」
言葉は短いが声も表情も明るい、満足しているのだろう。

「次に連中をオーディンに送るのは何時頃とお考えで……」
「最低でも一年は先でしょう。それに人も代えてください。今回のメンバーは誰も使わない」
「……」
随分と用心している。一年先、しかも人を代えるか……、一からとなれば効率は悪くなるが……。

俺が沈黙していると親っさんがクスッと笑った。
「爺さんは不満そうだ」
「そうじゃありません、ただ随分と用心していると思いましたんで……。私は半年くらいで人を送ろうかと考えていたんですが……」

今度は首を横に振った、完全に不同意だな。再考の余地が有るなら首を傾げる。
「今回の事件が一段落するのに半年くらいかかると私は見ています」
「そんなにかかりますか」
「ええ、そしてその頃から国家安全保障庁、憲兵隊、そして地球教、フェザーン、皆ウチの組織を探る事に力を入れるはずです。特に今回陰謀を突き止めた組織を」
「なるほど……」

親っさんはこの事件がでかくなると見ている。まあ帝国最大の実力者である金髪を殺そうとしたんだ、でかい事件で有るのは間違いないが、こりゃ他にも何かあるな。考えられる事はフェザーンか……。フェザーンと地球の関係は単純に殺しを請け負った、そんなもんじゃねえと見ているようだ。

「暫くはオーディンの海賊屋敷に監視は付けられませんが……」
「構いません、彼らも自分達とは別の組織が動いたと分かっているはずです。今一番緊張と危機感を持っているのはリスナー達でしょう」
「まあそうですな」
フレーベルの調べた情報は親っさんからリスナーに送られた。リスナー達にとっては驚天動地の出来事だっただろう。

「彼らにはこれから国家安全保障庁、憲兵隊、地球教、フェザーンとの戦いが待っています。気を入れてやって貰わなければ足を掬われる。オーディンで負ける事は取り返しのつかない事態を引き起こしかねない、そうでしょう、ヴィルヘルム・カーン」
「……」

親っさんが笑みを浮かべて俺を見た。相変わらず怖いお人だ、このジジイが気圧されるぜ。リスナー達も肝を冷やしただろう、フェザーンの陰謀を暴いて意気の上がっている所に浮かれるなと一発噛まされたんだからな。しかも口じゃなくて行動で示した……。冗談抜きでへまをやったらブラックホールに叩っ込まれる、そう思ってるにちがいない……。

「フェザーンに行かれるんですか」
「ええ、ルビンスキーに礼をしないと。随分とふざけた真似をしてくれましたからね」
ルビンスキーも馬鹿な野郎だよ。親っさんに喧嘩売るとは、一体何を考えてるんだか……。

「……しかし金髪が許しますかねえ、それを」
「最悪の場合はローエングラム公の顔を立てると言って手を引きますよ」
「なあるほど……」
「最悪の場合ですよ」
親っさんが悪戯っぽく言う。まあそれも良いか、偶には金髪の顔も立ててやらないと……。

トントンとドアを叩く音が聞こえた。親っさんが“どうぞ”と言うとキアが中に入ってきた。
「親っさん、そろそろ時間ですが」
「分かりました、今行きます」
親っさんが手荷物を持って歩き出した。親っさん、キア、そして俺の順で部屋の外に出た。

「それじゃあ、後を頼みます」
「お気を付けて」
「有難う」
親っさんの後姿を見ながら思った。フェザーン、地球、金髪、そして親っさん……、さてどうなるか……、見応えの有る劇が始まるな、この辺境でじっくりと見させてもらうとするか……。


 
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