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アドリアーナ=ルクヴルール

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第三幕その三


第三幕その三

「けれど女優かもしれないということは忘れていたわ。充分あり得たのに」
 マウリツィオの芝居好きは彼女も知っている。美男で精悍な武人である彼は女優達からも人気があるのだ。
「芸術の神ミューズの下僕であり」
 アドリアーナは慎ましやかな態度で言葉を続ける。公爵夫人はその横で激しい嫉妬の炎を燃やし続ける。
「それに気付かないとは迂闊だったわ」
 公爵夫人の炎はさらに激しく燃え上がる。紅い憎悪の炎が身を焦がさんばかりであった。
「その栄誉と光輝を担う者なのです」
 アドリアーナの信条をそのまま言う。彼女の心はそのまま乙女の様に無垢であった。
 しかしそれが一層公爵夫人の心を燃え上がらせる。彼女もまたその心は一途であったからだ。
「皆は褒めそやすけれど・・・・・・。私は騙されないわ」
 その時僧院長が公爵に言った。
「そろそろはじめますか?」
 公爵はそれに対し頭を振った。
「いや、ザクセン伯をお待ちしよう」
 その言葉に公爵夫人はサッと割って入った。
「お待ちになるのは無駄でしょう」
「えっ!?」
 その言葉を聞いてアドリアーナの顔色がサッと変わった。公爵夫人はそれを横目で見た。
(あら、うろたえているわね。効果ありだわ)
 彼女は内心ほくそ笑んだ。
「何故だい?折角のお客人だしお待ちしないのは失礼だよ」
 公爵は眉を顰めて妻に言った。かって彼を陥れ笑い者にしようとした事は今は忘れている。
(今ね)
 公爵夫人はアドリアーナを見てさらに言葉を続けた。
「ご存知でしょう、あの決闘のことを」
「決闘!?」
 アドリアーナはそれを聞いてさらに顔を青くさせた。
(もう真っ白ね)
 彼女はそれを見てさらに心の中で笑みを深めた。
「僧院長が使用人からお聞きになったそうですよ」
「えっ、私が!?」
 僧院長はそれを聞いて思わず声をあげた。公爵夫人は彼に顔を近付けそっと囁いた。
「黙っていて下さい、よろしいですか」
「は、はあ」
 僧院長は何もわからず返答した。それを聞いた彼女はアドリアーナを見て言った。
「傷はかなりお深いとか。重傷と聞いていますわ」
「ああ・・・・・・」
 アドリアーナはそれを聞いて失神した。公爵夫人は倒れた彼女を見下ろして心の中で勝ち誇った。
「アドリアーナさん、どうしました!?」
 ミショネが驚いて彼を助け起こす。
「いえ、何でもありません。熱気と灯りに眩んだだけです」
 アドリアーナはそう言って立ち上がった。
(それにしてもまさか今の言葉は本当なのかしら)
 彼女はえも言われぬ不安を心に覚えた。そして公爵夫人を見る。
(何と憎しみに燃えた瞳)
 しかしそれに怯むことはなかった。彼女も心の中で激しい炎を燃やしているのだから。そこで家令が言った。
「伯爵が来られました!」
 その言葉に一同入口へ顔を向けた。アドリアーナは蒼白だった顔をたちまち紅潮させ息を弾ませた。公爵夫人はそれを見て内心歯軋りした。
「アドリアーナさん、落ち着いて。喜びをあまり表に表すのはどうかと思いますよ」
 ミショネがそんな彼女を窘める。アドリアーナはそれに従い心を静めた。だがその目は入口を向いたままであった。
 すぐにマウリツィオが入って来た。ここにいる客人達と同じく礼服で正装している。
「あれっ、ご無事ではないか」
 公爵は彼の姿を見て思わず呟いた。
「伯爵」
 そして自分の前に来た彼に話しかけた。
「丁度今貴方が決闘で重傷を負われたという話が出ていましたが」
「えっ、私がですか!?」
 彼はその話を聞いて思わずキョトンとした。
「はい、どうやら間違いだったようですね」
「まあ決闘沙汰になったのは事実ですが。その寸前に和解したのですよ」
「そうですか。それがそういった話になったのですね」
 公爵は彼なりに話を理解した。だが真相は知らない。
 マウリツィオは公爵夫人のところへ来た。そしてその足下に跪き手に接吻した。
「貴女の為にこおに参りました」
「有り難うございます」
 公爵夫人はその言葉に満面の笑みを浮かべた。
「あの時は無事に別荘から出られたみたいですね」
 彼は小声で公爵夫人に囁いた。
「はい。運良く」
 公爵夫人も小声で返した。
「それは良かった。後で来た時にはもうおられなかったので」
「神が私をお救い下さいましたので」
「それを聞いて安心しました」
 アドリアーナは二人がヒソヒソと話すのを見て内心不快に感じた。
「一体何を話しているのかしら・・・・・・」
 密会や逢引の事では、と思うと心が引き裂けそうになる。
 しかしこの場ではそれは抑える。そしてそっと耳をそばだてる。
 
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