アドリアーナ=ルクヴルール
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第三幕その二
第三幕その二
「夜の紫の空を照らす月よりも。貴女はあまるで月の女神のようだ」
「月の女神。それはヘレネでしたわね」
「はい。アルテミスである場合もありますが。貴女はまるでそのヘレネのようです」
「ヘレネですか。いつもながら良い例えですこと」
彼女はそう言って席を立った。そして鏡の前に来た。
「神々の命は永遠のもの。そして恋の歌も永久に歌われますわ。けれど」
彼女は自分の姿を見た。他の者が羨むような美貌である。
「人の命は限りあるもの。人は神ではないのですから」
彼女は憂いを込めた声でそう言った。まるでこの世の儚さを知っているように。
「私の言葉はお気に召しませんでしたか?」
僧院長はそんな公爵夫人の様子に少し困惑した顔になった。
「いえ、そうではありませんわ。僧院長のお言葉にはいつも感謝しています。私のような者に有り難いお言葉を。ところで一つお聞きしたいのですが」
「はい」
「私のスカート、少し短くはありませんか?」
そう言って自分のスカートを僧院長に見てもらう。
「別に。適度な長さだと思いますよ」
僧院長はスカートを見て彼女に言った。
「そうですか。では胴のところは?太くなくて?」
「いえ。申し分ありませんよ」
「そうですか」
公爵夫人はそう言うと再び鏡へ顔を向けた。僧院長はそんな彼女の様子を変に思った。
「あの、奥様」
「はい」
「何か御心配でも?」
彼は気遣う顔で公爵夫人に尋ねた。
「・・・・・・・・・」
公爵夫人は最初は答えなかった。だが暫く考えて彼に口を開いた。
「ザクセン伯の新しい恋人を探して下さい」
「?は、はい」
僧院長はこの言葉の意味がよくわからなかった。彼女とマウリツィオのことは知らなかったのだ。
だがデュクロと彼の話を思い出した。そして公爵とデュクロのことも。夫の浮気に心を悩ませているのだと思った。
(おやおや奥様も純情な。ご自分も楽しまれればいいのに)
当時の宮廷ではごくありふれた話なのだから。
だが彼はそれを口に出さずその場を去った。そしてそこに公爵が入って来た。正装である。
「よし、準備は整っているな」
彼は広間を見て満足気に言った。
「さあ、もうすぐ皆さんが来られるぞ」
彼の言葉通り暫くして家令に案内され広間に多くの紳士淑女が入って来た。公爵と公爵夫人は並んでそれを出迎えた。
「ようこそ、我が家へ」
公爵は満面に笑みをたたえて彼等を迎える。その横で公爵夫人は一人一人に言葉をかける。
「いつも来て下さり有り難うございます」
淑女達にも声をかける。
「今日もお美しくて」
客達は席に着いた。僧院長も広間に戻って来た。
「ところでお客様へのおもてなしは?」
公爵夫人は僧院長に尋ねた。
「アドリアーナ=ルクブルールが来ますよ」
その名を聞いて客人達はおおっ、と声をあげる。
「劇は『パリスの審判』、そしてシャンフルールのバレエです」
「おお、それは楽しみだ」
僧院長の話を聞いて公爵は思わず声をあげた。
「お客様と奥様の為に容易しましたよ」
僧院長は右目を瞑って彼女に言った。
「あら、それはあの大女優の為でしょう」
公爵夫人は少し皮肉を込めて言った。彼も夫も彼女のファンであることを皮肉ったのだ。
「おや、これは手厳しい」
僧院長はその言葉に思わず苦笑した。程無くして家令が告げる。
「アドリアーナ=ルクブルールの来場です!」 116
その言葉に一同オオッ、と声を挙げる。するとミショネに付き添われ彼女が入って来た。
赤と金のドレスを着ている。美しく飾られたその姿はまるで女神のようである。
「まさにミーズだな。いや、太陽か」
僧院長はその姿を見て呟いた。
「さあ、こちらへ。その美しいお姿をもっと近くで拝見させて下さい」
公爵はそう言って彼女を近くへ招き寄せる。
「そのような・・・・・・」
公爵の言葉にアドリアーナは戸惑っている。その声を聞いた公爵夫人の顔色が変わった。
「その声は」
あの別荘での声によく似ている、と思った。
「私はここへ招かれて感激致しました」
アドリアーナはそんな彼女の言葉には気付いていない。勿論彼女のことは知っている。忘れる筈もない。だがそれは心の中にしまっておいているのだ。
しかしその声を公爵夫人は覚えていたのが仇となった。さらに声を聞いて公爵夫人は確信した。
「間違い無いわ、あの声ね」
アドリアーナを見る。彼女は公爵夫人からあえて視線を外している。
「そのうえこれ程まで手厚いおもてなしをして下さって・・・・・・」
アドリアーナは本心から感激していた。それが公爵夫人には余計面白くないようだ。
「あんなに喜んで、何と憎らしい」
彼女はアドリアーナを横目で見つつ呟く。その声は公爵にもアドリアーナにも聞こえない。半ば心で呟いているからだ。
「それにしてもまさか彼女だったとは」
アドリアーナを横目で見続け考える。
「想像もしなかったわ」
「女優とは」
アドリアーナは優雅な声で語りはじめた。
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