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アドリアーナ=ルクヴルール

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第二幕その四


第二幕その四

「では見張りをしようか。罠にかかった獲物の」
 そう言ってサロンを見回した。
「ここの何処かにいる。さて、何時まで隠れていられるかな」
 そう言って彼もサロンを後にした。二人だけが残った。
「どうしてここに?」
 マウリツィオはアドリアーナに問うた。
「公爵にご招待されて」
 彼女は素直に答えた。
「公爵に、ねえ」
 彼はそれを聞いて頭の片隅で考えた。何か引っ掛かる。
「ところでマウリツィオ」
 アドリアーナは彼に尋ねた。
「何だい?」
 彼は聞き返した。
「私は王様が実は若き将校というような嘘は気にとめないけれど。いずれ実現する夢ならば」
「何が言いたいんだい?」
 彼は再び聞き返した。
「・・・・・・いえ、いいわ」
 彼女は自分の勘を封印した。そして彼に向き直った。
「御免なさい、さっきの言葉は取り消すわ」
「うん」
 彼も内心で彼女が自分がここに来ていて自分以外の女と会っていたのを勘付いていたのだろうと思った。だがそれはあえて心の中で留めておいた。
「おや、また誰か来たみたいだな」
 マウリツィオはサロンに誰かが入って来たのに気付いた。見ればそれは僧院長だった。
 彼は花籠を持っている。そしてサロンを花で飾り付けている。それをミショネが手伝っている。
「あの、僧院長」
 彼は不服そうである。そして僧院長に何か言おうとした。
「諦めて下さい」
 彼はミショネが何か言おうとする前にそれを拒絶した。
「急ぎの用事なのですが」
「申し訳ありません」
 取り付く島もない。
「しかしこれは私には関係ないことです」
 ミショネは今にも帰りたそうな口調で言った。
「ここには誰でも入ってはこれますが出ることは出来ないのです」
 僧院長はわざと厳かな口調で言った。
「仕事の打ち合わせなのですよ、新しい役の事でデュクロと」
「デュクロ?だったらここにいた方がいいですよ、余計に」
 僧院長は笑って言った。
「?どういう意味ですかそれは」
「じきにわかりますよ」
 彼はそう言った。するとミショネは目を見開いた。
「彼女がここにいるんですか?」
「ですからそれはすぐにわかりますよ」
 彼はそう言うと花を取って壁に飾りはじめた。
「デュクロがここに?」
 それを聞いたアドリアーナも首を傾げた。
「本当ですか、それは」
 だが僧院長はミショネの言葉を無視して飾り付けを続ける。そして呟くように言った。
「ヴィーナスとマルスの密かなお付き合いは面白い話だったな」
 その言葉にアドリアーナはすぐに反応した。
「マルスとは誰のことですか?」
 無論彼女もその話は知っている。僧院長に尋ねる。
(デュクロ?彼女も来ているのか?)
 マウリツィオもそれは聞いている。だからこそ考え込む。彼女とはこれといって付き合いは無い。
(先程の公爵の言葉・・・・・・。もしかして私と彼女が付き合っていると思っているのか?そしてこうしてここにアドリアーナや監督を呼んだのか。私と彼女の逢引をパリ中に晒す為に)
 彼は僧院長を見た。見るからに楽しそうな顔である。
(だとすれば完全な的外れだな。滑稽な話だ。しかし)
 彼はサロンの扉の一つをチラリ、と見た。そこには公爵夫人がいる。
(人が違うだけで彼等の企みは成功しようとしている。もし成功したなら私と彼女は破滅だ)
 彼は考え込んだ。そしてアドリアーナの耳元に近付いた。
「アドリアーナ、ちょっといいかい」
「はい」
 彼女は彼の真剣な顔と声に思わず耳を寄せた。
「君に頼みたいことがあるんだ」
「それは?」
 彼は話はじめた。
「実は僕は政治に関する事でここに呼ばれたんだ。僕の国の将来についてね」
「それでデュクロと?」
 彼はそれに対して小さく首を振って否定した。
「彼女はここには来ていないよ。僕は彼女とは何も無い。これは信用してくれるね」
「・・・・・・はい」
 彼女はそれが真実だと見抜いた。だからこそ静かに頷いた。
「そのうえで君に頼みたいんだ。あの扉にある女性の方が身を潜めている」
 そう言って公爵夫人がいる扉を指差した。
「僧院長達があの中に入らないようにして機を見て中の女性を逃がしてくれ。しかしその女性を絶対に見ずに、ね」
 かなり彼にとって虫のいい話である。だがこれしかなかった。
 
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