故郷は青き星
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第二十四話
演壇に置かれたウォーターポットの水でハンカチを濡らして芝山の頬に優しく当てる梅本──梅木雨月。
「あっ、ありがとう」
何で殴られた上に礼まで言ってるのか、自分でも良く分かっていない芝山。
「殴ってごめんなさい。でも貴方があんな事を言うから……」
謝りつつも悲しげな表情を浮かべ、弱い自分を主張しつつ、罪悪感と庇護欲を相手から引き出そうとする。ネットで「コミュ障w」と煽られた回数が3桁に迫る彼女だが、これが女として生まれ持った魔力である。
そんな2人の姿に会場の空気がざわめく。
「何故いきなり、こんな甘い雰囲気が?」
1人の青年の言葉に、周りの男達が一斉に頷く。
顔立ち、身長、体型的に特筆する事の無い平凡な大学生と思しき青年。しかも身につけているものも高価でも洗練されているわけでもなく安い大量生産の既製品で経済力や社会的地位を感じさせることも無い。はっきり言って自分達を含めゲームが得意というだけで集められた十把一絡げ、一山幾らの若者に過ぎないはずなのにと。
「梅本がリアル美少女で……あれってもしかして、梅本がつるんでる3人の1人か?」
男性陣には嫉妬よりも驚きの感情の方が大きかったのだが、嫉妬の炎は思わぬところから上がる。
このホールにいる参加者の中には梅木を除いても5人の女性陣がいて、その中の2人が出火元だった。
「……先を越された」
一見すると中学生──現状で、ダイブギアは医療目的以外での使用は、16歳からと制限されている──かと思うような150台半ばの小柄な、毛先を内側に軽く巻いたボブヘアーで今時珍しいメガネがかけ、表情が乏しく整った顔立ちが人形じみたものを感じさせる少女が、重い空気をまとい俯いて呟く。
「くっ、タイミングを外してしまった」
もう一方は、逆に長身で170後半はあるだろうスリムながらも出るところの出た長く癖の無い黒髪が目を惹く、凛々しきハンサムガールが鋭い眼光を芝山と梅木に向けていた。
今まで読んで頂いた読者の皆様なら、またもお分かりの事と思いますが、この2人の苗字は小柄なのが山田で、長身なのが尾津である。
2人の本名は山田成海と尾津誠。山田鷹二と尾津保次郎はそれぞれの父の名前であり、容姿は兄の姿を内緒で使っている。
年齢も詐称であり、山田が16歳で尾津が17歳で2人とも高校2年生。ついでに言うと芝山への梅木の接近を許した原因の北海道とは修学旅行へ行ってたのだった。
山田と尾津はエルシャン──正体はシルバ6のマザーブレインのAI──からの説明時に、優秀なパイロットという括りで自分が選ばれるならば、梅本はともかくとして他の2人も必ず選ばれると判断しており、当日に迎えを遣すなら2人一緒にしてくれと鎌をかけた。
山田と尾津の2人は同時にログアウト開始しており、マザーブレインがAIならではのマルチタスクで同時に説明を行っていたために、ほぼ同時に出されたこの提案を偽エルシャンは鎌をかけてきたことを承知の上で笑顔で承諾する。
そして芝山よりも先に会場に着いた2人は、到着する参加者の中に芝山らしい人物を探していたが、芝山よりも先に見たくない顔を見つけてしまう。
「ゲーム中の姿のままって……馬鹿?」
「むしろ現実の姿のままでゲームをしてるんだろうけど……多分、馬鹿なんだろうな」
周囲から「リアル梅本?」という声が上がるのを聞きながら、首を傾げる山田に眉間を押えながら尾津が答える。
そんな騒ぎの中、渦中の人物でありながら唯一騒ぎに巻き込まれていない梅木は、さすがネット内ストーカーと呼ぶべき目敏さで、会場に現れた芝山をいち早く発見し、2人を出し抜き──本人はそんな気も無いというか、2人の存在すら頭の中には無かった──芝山への接触に成功したのだった。
芝山は会場内をしきりに見渡しながら梅木に尋ねる。
「ところで梅ちゃん山田と尾津は?」
2人の姿が見えない事に気付いた芝山に、当の本人達は嬉しげに小さく右腕でガッツポーズをとる。
「そういえば見て無いわ」
一方、興味なしといった感じの素っ気無さで答えた梅木には「不幸になれ」と呪いを吐く。
「そうか、まだ全員揃ってないみたいだし、後から来るだろう」
自分達が選ばれない事など微塵も疑っていない彼の信頼に、再びガッツポーズをとる。
「そう? 案外、普通に選ばれなかったって事もあるわよ」
チームメイトとしてはともかく、柴田と自分の事に関しては山田と尾津をお邪魔虫くらいに思っている梅木がばっさりと切り捨てる。
「やっぱりあいつは敵」
「あの時、はっきりと断っておけば」
山田は目に涙を浮かべ、尾津は歯を食い縛り仲間に入れたことを後悔する。
「それはない。都合が悪くて断ったのかもしれないけど、選ばれなかったという事は無い」
内心『梅ちゃんでも選ばれているんだから』と思った芝山。彼の中では梅木の実力は4人の中で一番評価が下だった。
やがて参加者も集まり空いていた次第に席も埋まりだす。
「皆様お揃いになられたようなので、ご着席お願いします」
年恰好30がらみで、きっちりとスーツを着こなし、銀行員の様なお堅い印象の男性が進行役として演壇横のマイクで呼びかける。彼は銀行員ではなく経済産業省からニューワールド社日本支部に出向している若手の官僚であった。
彼の呼びかけに従い、芝山と梅木がまだ比較的埋まってない2列目の席に腰を下ろそうとした瞬間、2つの影が素早く彼の両隣を席を占領する。それは梅木が反応出来ないほど一瞬の出来事だった。
「よろしくお願いします」
左隣の席から声を掛けられた。
梅木と違って、何一つ含むものの無い年下の美少女から可愛らしく声を掛けられたら、芝山としては「こちらこそよろしく」と優しく微笑み返すしかなかった。勿論その美少女の正体が、ある意味含むものだらけの山田鷹二の中の人だとも気付く事も無く『お人形さんみたいってこういう子の事を言うんだな』などと思っていた。
「よろしくお願いします」
次いで右隣からも声が掛けられる。
年の頃は先に声を掛けてきた子と同じようにも思えるが、その落ち着いた雰囲気と完成された見事な体型自分よりも年上なのかもしれないと芝山に感じさせる。先程とは違って少し下心ありの笑顔で「こちらこそよろしくお願いします」と返答するが、やはり彼女の正体が自分より1歳上と言っていた尾津保次郎の中の人だとも気付く事も無く『やっぱり美人って良いな』と鼻の下を伸ばすのを堪えていた。
一方、当然自分が芝山の隣に座るものだと思って疑いもしなかった梅木は、一瞬にして変わってしまった状況に戸惑うも、自分の代わりに隣の席を占めた2人が、女で、しかも男性から見れば魅力的だろうと自分にも分かるレベルであり、現に芝山の顔が微妙にやにさがっている事に怒りと焦りを覚えた。
梅木は芝山の席の前に立つと彼の手を取る。
「柴田さん。席を変えましょう」
そう言って芝山を席から立たせようとすると、尾津が「何か気に障るようなことをしたかな?」と声を掛ける。
「いえ、そう言う訳では……」
まさか自分の連れが貴女達に気を惹かれているようだから引き離そうとしています。と正直に言うのは女としてのプライドが許さず、考えあぐんでいる間に席は埋まっていく。
基本的にシャイな日本人の場合は、知らない者同士が自分で選んで席をとるのなら隣に誰もいない席から埋まっていくのは必然であり、梅木が気付いた時には2つ並びで座れるような席は残っていなかった。
一瞬の気の緩みで、芝山との心の距離を縮め、住所や電話番号やメールアドレスを入手する。そしてあわよくば2人の関係を先のステージに進めようと考えていた自分の計画が序盤で大きく道を外れてしまったことに唖然とする。
結局、芝山から離れた席に座るしかなかった梅木に対し、尾津はチャンスとばかりに自分のターンを有効に使う。
「こういう場では、名前を聞くのはマナー違反だろうから、名前の代わりに」
少し腰を浮かせて芝山に身体を向けて座り直すと、そう言って右手を差し出して握手を求める。
「これからよろしく。3日後にはちゃんと名前を名乗りあえるようになってると良いですね」
独特の雰囲気のある美しい女性に対して芝山は、男の性に従い少しでも良いところを見せようと、紳士気取りで答えながら差し出された手を握る。
「もう少し親しくなれると良いのですが」
尾津は普段とは違う背伸びをした芝山の振る舞いに微笑ましいものを感じながらも、男として彼に接している時の彼も良いが、やはり女として接して貰えるのは格別だと思う。そして手は自然に彼の手をしっかりと握っていた。
普通の挨拶としての握手とは明らかに違う、相手からの感情が暖かな温もりとなって伝わってくるかのような握手に、芝山が『もしかして、いま俺はモテてる?』と浮かれているのも仕方の無いことだろう。
「私とも握手」
尾津との長い握手が終わると今度は左隣から小さな声が掛けられる。
振り返るとこちらへと身を乗り出していた山田の顔が、芝山のすぐ顔の下にあって驚いて仰け反る。
「ああ、よろしくね」
表情を変えず瞬きもせずじっとこちらを見つめる、二重の大きな瞳に射すくめられながらも芝山が手を差し出すと、山田は両手で彼の手を握るとそのまま大きく手を上下に振って握手すると、満足そうににっこりと笑顔を浮かべて小さく「ありがとう」と呟く。
その無表情から笑顔へのギャップに、芝山は何かに目覚めそうになってしまっていた。
「では皆様。連盟軍サジタリウス腕方面軍。第1211基幹艦隊司令官。エルシャン・トリマ准将よりお話があります」
進行を務める男性の声と同時に、演壇の後ろの天井から大型IELディスプレイ──無機エレクトロルミネッセンスディスプレイ(Inorganic Electro-LuminescenceInorganic Electro-Luminescence Display / 無機ELディスプレイ)──が下りてくる。
その様子に参加者達が『何だ結局CGかよ』と肩透かしを食らっているとホール前方の入り口のドアが開く。
「リアルエルシャン!」と誰かが声を上げる。
身長180cmを超える決して小さくない身体に、愛玩動物のような可愛らしさを秘め、プレイヤーの誰もが一度は耳や尻尾や首もとを触りたいと言う欲望を密かに抱かずにはいられないエルシャンの姿があった。
「やるな運営。気合の入ったコスプレだ」
「クオリティー高すぎるだろ?」
「触りたい。撫でたい」
そんな声に迎えられながら、エルシャンは演壇に立つ。
「こうして直接お会いするのは初めてという意味で、初めまして皆さん。私はエルシャン。エルシャン・トリマと申します。よろしくお願いします」
演壇で頭を下げるエルシャンに、参加者達も「よろしくお願いします」と頭を下げて応える。
「今日。こうして皆様に集まってもらった目的は、DSWOの大規模アップデートに関するテストプレイヤーとして集まってもらったわけですが」
そこで一旦言葉を切ると、エルシャンはゆっくりと会場の参加者達の顔を一人一人見渡してから、言葉を続ける。
「それは全て嘘です」
エルシャンのぶっちゃけ過ぎる爆弾発言に、参加者のどよめきで会場は揺れた。
ページ上へ戻る