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銀河英雄伝説~その海賊は銀河を駆け抜ける

作者:azuraiiru
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第二十二話 黒姫からの警告

帝国暦 489年 5月 25日   アムリッツア  ヴィルヘルム・カーン



「気になる事でもあるんですか」
家で夕食を摂っていると女房が問いかけてきた。
「なんでそんな事を訊く」
「折角の赤ビール、美味しそうに飲んでいないじゃないですか。おまけに大好物のポテトのパンケーキを作ったのに少しも手を付けない……」
そう言うとホレというように顎で皿を指し示した。

いかんな、女房の言う通りだ。ついつい考え事をしていた。
「大したことじゃ無いんだ、ちょっとな」
ポテトのパンケーキをつまむとグイッと赤ビールを飲んだ。うん、やっぱり赤ビールは美味いぜ、モルトの風味が程よく利いててポテトのパンケーキによく合う。

この赤ビールだが火で焙って色が濃くなった麦芽を五十パーセント以上使用している。そのため普通のビールと比べるとビールの色が濃い。赤ビールの名前はそこから来ている。辺境で作られる地ビールの一つでオーディンを中心とした中央では作られていないし販売もされていない。

まあちょっと手間がかかっているため普通のビールよりは値が張るし生産量も少ないため辺境でもあまり出回ってはいない。という訳で毎日飲めるビールではないがまろやかで少し甘みのある味が俺は結構気に入っている。辺境に来て最初に思ったのはビールは中央よりもこっちの方が美味いなという事だった。赤ビールだけじゃない、他の地ビールも結構楽しめる。

「何か有るんですね、気にかかっているんでしょう」
「……分かるのか」
「そりゃ、あんた、連れ添って何十年になると思ってるんです」
「……五十年、だったかな?」
「それは去年です! 金婚式をやったじゃありませんか」
「そうか……」

いかんな、女房の奴、怒ってやがる。一年くらい間違っても大したことはねえだろうに……。五十一年前はもっと大人しくて可愛い感じだったんだがなあ。少なくともそう言う記憶が有るんだが何処で変化したのか、いまだに思い出せない。三十年前くらいにはこんな感じだったからもっと前だな、四十年前くらいか……。

「変に隠してると、ワーグナーの頭領みたいになりますよ」
「冗談は止してくれ、俺はあんなへまはしねえよ」
「昔、へまをしたのは誰でしたっけ、土下座して謝ってましたけど」
「あ、あれはもう時効だろう、古い話を持ち出すんじゃねえよ。大体だ、俺はもう七十を超えてるんだぞ。年寄りを苛めるなって」
おいおい、何て目で見るんだ。そんな蛇でも見るような目で見るんじゃねえよ、俺はお前の亭主だぞ。それにお前の言うへまだって未遂だったじゃねえか。

……ワーグナーの頭領が若い愛人を密かに囲っていた。それが女房にばれて大騒ぎになったんだが、何のことは無い、詰まらない冗談と誤解と焼き餅から起きた騒動だった。噂になった女性は愛人じゃない、ワーグナーの頭領の古い知り合いの孫娘だった。結構世話になった人だと聞いている。

相手の女性は戦争未亡人で歳も二十一ではなく二十五だ。童顔で歳より若く見えたらしい。小さい子供を抱えて大変なのでワーグナーの頭領が密かに援助していた。密かに援助なんてするからややこしくなる。大ぴらにやれば良かったんだ。おまけに周囲の人間に正直に言えば良いものを何を考えたのか密かに囲ったなどと嘘を吐くから……。真相を訊いた時には笑うよりも溜息が出たぜ。

「お仕事の事ですか」
「うん、まあな。どうもすっきりしねえ話でな、イライラするぜ」
そうなんだ、イライラするんだ。可能性は有る、狙うんならここだろう。そう思って調べているんだが誰も金髪を狙おうとしねえ……。考え過ぎなのか?

「私は仕事の事なら口出しはしませんけど、食事の時くらいは忘れたらどうです。美味しいものは美味しく食べないと、健康に良くありませんよ」
「そうだなあ、クリスティン、お前の言うとおりだ。美味い物は美味しく頂かないとな……」
取りあえず食事に専念するか。女房を心配させるのも何だしな。

もう一つポテトのパンケーキを口に入れる。やっぱり美味いわ、それにザウアーブラーテン、こいつもやっぱりビールだよな。歳をとったら美味いものを食うのが一番の幸せだ。クリスティンの良い所は料理が上手い所だな。それと口が堅いって事だ。普通の女は耳から入って口に抜けるがクリスティンは耳から入って腹に納まる。一緒に飯を食っても変に気を使わずに済むのが一番だぜ。

食事を楽しみ始めたと思ったらTV電話の呼び出し音が鳴った。やれやれだな、悩んでいる時には連絡が入らず食事を楽しみだしたら電話がかかってきやがる。大神オーディンは人の楽しみを邪魔するのが趣味になったらしい。女房に視線を向けたが何も言わない、黙ってザウアーブラーテンを口に運んでいる。仕事には口は出さない、五十一年前に決めた夫婦の約束事だ。“少し外すぞ”と言って席を立った。

書斎で受信するとフレーベルの顔がスクリーンに映った。
「どうだ、様子は」
『うーん、動きはねえなあ……。手を抜いてるわけじゃねえがキュンメル男爵家に動きは見えねえ。爺さん、今回ばかりは親っさんの考え過ぎって事はねえかなあ』
自信なさげな表情と口調だな。頭が痛いぜ、ビールで悪酔いしそうだ。

「そうか、今回ばかりは外れたかな……」
『あの屋敷は人の出入りが全然ねえんだ。食料なんかは店の方で持ってくるからな。店も昔からの付き合いでおかしな奴は見当たらねえし……』
フレーベルの言う通りかもしれねえ、今回ばかりは親っさんの考え過ぎか。親っさんに報告して終わりにするか……。

『あそこの邸で頻繁に出入りするのは医者くらいのもんだ。いつ死ぬか分からねえ病人だから忙しそうだぜ』
「医者か……」
『熱心に通っているところを見ると親切な男なんだろうな、良くお参りもしているみたいだし……』

「お参り?」
『ああ、その医者、地球教の信者らしいんだ、良く地球教の教団支部に行っているよ。医者とかってのは人の生死に関わるから信心深くなるのかな』
地球教か……。妙なもんが引っかかって来たな。

「フレーベル、その医者を見張るんだ」
『医者を?』
「それと地球教の教団支部、こいつも見張れ」
『爺さん、地球教に何かあるのか?』
フレーベルが訝しそうな表情をしている。ふむ、少し話しておくか。

「フェザーンでな、ちょっとばかし妙な話が有った。ルビンスキーが地球教の坊主となにやら話し込んでいたらしい、半月ほど前の事らしいがな。ちょっと引っかかるだろう」
フレーベルがちょっと首を傾げた。
『ルビンスキーと地球教の坊主か、……考え過ぎって事はねえかな、爺さん。それは半月ほど前の事だろう。その医者がキュンメル男爵家に行くようになったのは随分と前の事だ、確か去年の暮れだぜ、一応調べたんだ』

去年の暮れか、フレーベルの言う通り確かにかなり前だな。しかし金髪の覇権が確定した後でもある、お嬢さんはもう金髪の傍にいた……。キュンメル男爵に利用価値は有る、いや利用価値が出てきたところだ。偶然と考えるには少々きな臭過ぎるな。

「かもしれねえ、しかしこうも考えられるぜ、フレーベル」
『……』
「フェザーンと地球教にどんな関係が有るのかは知らねえが、オーディンにあるフェザーンの弁務官府は帝国やウチに見張られていて身動きが出来ねえ。という事で代わりに地球教が動く……。どうだ、万一の事が起きてもフェザーンを疑う奴はいねえぞ」

フレーベルが唸り声を上げた。眼付が変わってきたじゃねえかよ、フレーベル。良い眼だぜ、ようやく獲物の臭いを嗅ぎつけた猟犬みてえな眼だ。
『見過ごす事は出来ねえ、そういう事だな、爺さん』
「そういう事だ、フレーベル。もしかするとフェザーンは奥の手を出してきたのかもしれねえ、切り札をな」

フレーベルがまた唸り声を上げた。
『分かったよ、医者のことを調べてみよう。先ずはどういう経緯でキュンメル男爵家に入り込んだのかだな。それと地球教団の支部にも人を付ける。それでいいかな、爺さん』
「ああ、十分だ。抜かるんじゃねえぞ、フレーベル」
『分かってるよ、きっちり調べるぜ』

どうやら親っさんの読みが当たったかもしれねえな。後はフレーベルが何を見つけてくるかだ。さてと、俺は赤ビールに戻るとするか、どうやらビールが旨く感じられそうだぜ。ポテトのパンケーキもな。



帝国暦 489年 6月 8日   オーディン  ギュンター・キスリング



仕事を終え、国家安全保障庁から地上車で宿舎まで送ってもらった。ようやくゆっくりする事が出来る、そう思いながら宿舎に入ろうとすると暗闇の中から声が聞こえた。
「国家安全保障庁副長官、ギュンター・キスリング中佐ですね」
まだ若い声だ、油断は出来ないが敵意は感じられなかった。宿舎の陰に隠れているのだろう、姿は見えない。どうやらゆっくりするのはお預けのようだ。

「物陰に隠れて声をかけるなど穏やかではないな、何者だ」
「失礼しました、今姿を見せます」
宿舎の陰から男が姿を現した。敵意が無い事を示す為だろう、ゆっくりと近づいて来る。近づくにつれ容貌が見えてきた、この男は……。
「黒姫一家、オーディン事務所の駐在員、テオドール・アルントです」

本人だ、間違いは無い。オーディンの黒姫一家の事務所では所長のハインリッヒ・リスナーの側近と言って良い男だ。エーリッヒがオーディンに来た時には出迎えの一員でもあった。信頼されているのだろう。となると、ここに来たのはリスナーの指示か……。

「何の用だ」
「御相談したい事があります」
「……ここでは拙いのだろうな、中へ入るか」
「出来れば」

家の中に入るとアルントは珍しそうに中を見ている。軍の宿舎に入ることなど初めてなのだろう。居間で話すかと思ったが飲み物の用意が面倒だった。ダイニングに案内してインスタントのコーヒーを用意した。手抜きで済まないと言うとアルントは一人暮らしの所に押し寄せたのは自分だと言って済まなさそうにした。まだ擦れてはいないらしい。

「それで、話とは」
アルントが緊張を見せた。
「最初に断っておきます、私がここに来たのはリスナーの命令によるものではありません」
「と言うと……」
嫌な予感がした、コーヒーが苦い……。

「ヴァレンシュタインの頭領の命令によるものです」
「……なるほど、それで」
エーリッヒが彼をここへ寄こした。道理で緊張しているわけだ。どうやら話の内容は碌でもないものになると決まった。コーヒーを苦く感じるのはその所為だろう。

「ローエングラム公がキュンメル男爵のお見舞いに行くと聞きましたが」
「ああ、十二日に行くことになった」
「お止めになった方が良いでしょう、生きて戻れなくなる」
コーヒーを飲もうと思って持ち上げたカップを戻した。アルントに視線を向ける、アルントもこちらを見ている。

「どういう事だ、それは」
自然と声が低くなった。
「キュンメル男爵はローエングラム公を殺そうとしています」
アルントも同じように声を低めた。

「証拠が有るのか、キュンメル男爵はフロイライン・マリーンドルフの従姉弟だ。証拠がなければただでは済まないが」
言っていて馬鹿らしくなった。エーリッヒが彼をここに寄越したのだ、証拠も無しに寄越すはずが無い。
「分かっています、これを見てください」
そう言うとアルントは胸の内ポケットから封筒を取り出した……。



帝国暦 489年 6月10日   オーディン  帝国宰相府  アントン・フェルナー



「卿ら三人が私に用とは……、何か厄介事が起きたようだな」
ローエングラム公が眼の前に居る三人を見ながら言った。俺、フロイライン・マリーンドルフ、そしてオーベルシュタイン中将。中将は元々だが俺とフロイライン・マリーンドルフも顔色は良くないだろう。人払いをしたうえで顔色の悪い部下が三人、それを見ればどんな馬鹿でも厄介事が起きたと想像がつく。

それにしても妙な面子だ、現在と過去の総参謀長経験者が集まった。まあ俺は代理だったが……。
「それで、何が起きたのだ」
オーベルシュタインが俺に視線を向けた。お前が話せ、そんなところか。フロイライン・マリーンドルフに視線を向けた。彼女は沈黙している、変な弁解はしないということだな。つまり、俺か……。気が重いな、どんな結末になるかは想像がつく……。

「明後日のキュンメル男爵邸訪問はお取り止め頂きたく思います」
「どういう事だ、男爵に不都合でも生じたのか」
公が訝しげな表情をし、そして気遣わしげな表情でフロイライン・マリーンドルフを見た。彼女の顔色の悪さから多分男爵の健康が悪化した、或いは死に瀕している、そう思ったのだろう。それなら良かったんだが……。

「そうでは有りません、キュンメル男爵邸に赴けば閣下の御命が危ないという警告が有りました」
「……それは男爵が私を殺そうとしている、そういう事か?」
「はい」
どうにもピンと来ない、そんな顔だな。まあいつ死んでもおかしくない病人が自分を殺そうとしている、そう言われてもピンと来ないか……。

「その警告というのは信用できるのか? いや、卿ら三人がこうして押し寄せたのだ、信用できるのであろうな」
運命の一瞬、だな。
「警告は黒姫の頭領からのものです」
「……」

……そんな睨まなくても良いだろう。エーリッヒは敵じゃないぞ、少なくとも危険だって身を案じているんだから喜んでもいいと思う、心配してくれて有難う、とかって思うのは俺だけかな……。空気が重いわ、なんでだろう……。
「どういう事だ、何を言ってきたのだ、黒姫は」

口調が普通じゃないんだよな、妙に粘ついてるっていうかスカッとしないって言うか……、溜息が出そうだ……。
「キュンメル男爵が或る組織に使嗾されていると黒姫の頭領は言っています」
「組織? ……それは?」

オーベルシュタインとフロイライン・マリーンドルフを見た。二人とも俺と視線を合わせようとしない。孤立無援ってのはこの事だ、ギュンターにも来てもらえば良かった……。
「地球教です」
「地球教?」
「そうです、地球教がキュンメル男爵を使嗾して閣下の暗殺を計画している。黒姫の頭領はそう警告しています……」






 
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