Muv-Luv Alternative~一人のリンクス~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
プロローグ
一羽の鴉
深く沈んでいた意識がゆっくりと覚醒してゆき、閉じていた瞼がゆっくりと持ち上がる。
意識が薄い、体が重い。
まだ覚醒し始めたばかりの脳なので、今自分の置かれている状況を咄嗟に理解する事が出来ない。
霞む視界に写るのは既に見慣れた、自らが操る機体の座席。自分が機体の中に居る事が理解出来てから瞬時に網膜投影に切り替える。
そして網膜投影に切り替えた瞬間、視界を埋め尽くしたのは見たこともない澄み渡った青空に…一面に広がる見慣れた廃墟の数々。まるで何かに磨り潰されたかのように粉々に砕けた石に、重たい物に突っ込まれたかのように崩れている見たこともない建物。
咄嗟に自らのオペレーターとの通信を試みるが、聞こえてくるのは雑音のみ、幾ら時間が経ってもあいつの声が聞こえる事はなかった。
一度オペレーターとの通信は諦め、現状を確認するために辺りを見渡す。
そして視界が捉えた奥の方に倒れている半壊上体の人型機械。
それを見た瞬間ACか?などと言う疑問が浮かんできたが、細部の形状から違う事が分かる。その機体は既に上半身だけと言う無残な状況だが、残っている腕、胴体、顔のパーツから何処の企業にも製造されていないパーツだ。似ていると言えば似ているが、それでもあんなパーツは見たことがない。それだけでACではない、と決め付けるのは早計かもしれないが、一応現在存在するパーツは全て把握している。その形、特性、特化、などと言った全てをだ。だからこそ判断出来る。あれは俺が知る機械ではない。
と、そう判断したのは良いが、なら俺の視界に写ったあの機械は何になる?何処かの企業が新しいスタンスで製造した人型機械か?いや…そんな話は聞いた事もない。
…どうも今考えても分かりそうにないので、一先ず網膜投影を切り替え、本来の視界に戻し、自分が乗る機体のコアを起動させる。少しばかり起動するかどうか不安だったが、何事もなく起動出来た。
低い重低音が体の芯に響き渡るかのように鳴り響き、それと同時に暗かった座席も照らされる。そして視界の片隅に今自分が乗っている機体の状況が明確に表示される。
「どう言う事だ?」
視界の片隅に機体の状況が表示された事までは良かった。だがその数値が可笑しい。俺は先程まで複数の企業のACに追われていた筈だ。そうなれば当然被弾もしたし、銃の弾丸も殆ど底を尽きていた。
なのに俺の視界に写る機体状況、弾丸数は全て新品同様になっている。
一体俺に何が起こった…?
最初は奴らに追いつかれ、機体を落とされ捕らえられたと考えたのだが、そうなると機体を新しくする必要性もないし、何より俺が機体に乗っている事が可笑しい。どう考えてもそれはあり得ない。
自分が無意識に機体を修理した、などという滑稽な話の可能性もあるが、周りを見ても機体を修理できそうな場所は見当たらない。
見たこともない建物に見知らぬ機体。そして修復されている俺の機体。どうにも俺にも理解出来ない事が連続で起こり、頭の整理が追いつかない。
先程も言ったとおり、今考えても分かりそうにない。結局その結論に至った俺は膝をつく形で待機していた機体を起き上がらせ、ブースターを吹かせようとした。が、次の瞬間、目に映る外の景色に人影が見えた。
咄嗟にブースターの起動を停止し、そちらに機体を向ける。
どうやらその人影は一人の青年のようだ。短く切りそろえた髪に凛々しい顔つき。中々に男前な青年だった。
その青年は此処の景色にそぐわない格好をしており、俺の方を見て驚愕の表情を浮かべていた。まるで信じれない物を見るかのように。
最初は突然視界に現れた青年に警戒したが、その姿格好からして此方に害が及ぶような物は持っていないようだ。そう判断し、機体を再び待機モードに入れ、機体の座席を開き、外に出れるようにする。
機体のハッチが開いた瞬間、今までに感じた事のない日光が座席に差込、思わず目を瞑ってしまうが、ある程度目が慣れた所で外に飛び出し、そのまま地面に降りた。
一応座席に備えてある拳銃を手に持ち、それを青年に向けながら、ある程度の距離まで近づく。別にこの青年を殺したい訳ではない。寧ろその逆だ。この周囲の状況は一体何なのか、それを聞くために俺はこの青年に近づいた。
「手を上げ頭の後ろで組み、そのまま後ろを向け」
青年の方も突然機体から降りてきた俺に強い警戒心を抱いているようだった。だが、俺はそこで一つの違和感を覚えた。どうにも俺の視界に写る青年には隙がない。それに青年の瞳には恐怖心と言ったものがまるでない。寧ろ俺に銃を突きつけられても、この場をどう避けるかなどといった打算を考えている勇猛な目つきをしている。
見た目は何処にでもいそうな青年だが、その中身は常人じゃなさそうだ。
その事も分かり、更に警戒を入れながらいつでも青年の頭が打ちぬけるよう照準を合わせておく。
「分かった」
最初は少し構え青年だったが、この場では確実に自分が不利だと感じたのか、大人しく俺の指示に従い、腕を頭の後ろで組み俺の背を向けた。その俺に向けられた背中からも、この状況に陥っても尚闘志が十分に感じられる。その事に思わず小さな笑みを浮かべてしまう。
「幾つか聞きたい事がある。此処は何処で、なんと言う場所だ?そしてそこに倒れている機械はなんだ?」
俺がそう聞く事によって一瞬だったが、青年の方がピクリと震えた。
「…此処は日本の横浜です。それでそこに倒れている機体は戦術機TSF-TYPE77撃震です」
…?日本の横浜?戦術機撃震?
今までに聞いた一度も聞いた事のないワードに同様を隠せないと同時に、混乱してしまう。先程から意味不明な事ばかりだったが、これはかなり深刻な問題かもしれない。
見知らぬ風景に建物。そして知らぬ土地に知らぬ機体。
情報が戦場を制すると思っている俺は常に最新の情報を持っている。そんな俺が此処まで知らない情報に見舞われるとは思っても居なかった。
…本当に此処は俺が居た世界なのか?などと言う滑稽な発想まで浮かんできてしまう。…あり得ない。頭の中ではそう思っていても、心の何処かでは自分の居た世界ではないと叫んでいる。しかし、実際に異なる世界、と言われてしまえば納得できてしまう状況でもあるのだ。
「あなたはこの世界の人間ではないんじゃないですか?」
俺が混乱している最中に、そう青年から聞かれ、自分の心臓が激しく脈打つのが分かった。
「…何故そう思う」
「否定しないって事は自分でも分かってるんじゃないですか?此処が自分の居た世界とは違う事を」
この青年は何か知っている。そう思い、銃口を下に向ける。
「話を聞かせてもらいたい。お前は俺に何が起こったのか知っているのか?」
俺が銃口を下げたことを気配で感じたのか、青年は俺の方を振り返り、その真っ直ぐな瞳が俺を捕らえた。曇りのない綺麗な色をしている。…薄汚れている俺とは違う種類の人間だとすぐ分かる。
「全ては分かりませんが…ある程度の事なら分かります。俺もかなり特殊な人間ですから」
そう自傷気味にいった青年の言葉には色んな感情が含まれていた。嘆き悲しみ、怒り、喜び。色んな感情が混ざり合ったその言葉は、途轍もなく重い言葉に感じた。
予想に過ぎないが、この青年も俺と同じような境遇にあるのかもしれない。この景色に見合わない格好も、この青年が待とう気迫も全てその境遇がしたのかもしれない。あくまで憶測に過ぎないが、恐らくは合っているだろう。
「そうか…悪かった、いきなり銃を突きつけて」
「いえ、いきなり自分の知らない土地に着たら誰しも混乱しますよ」
本当に肝が据わっている。本当は見た目どおりの年齢ではないのではないか?などと言う疑問まで抱いてしまう。見た目は若くても中身は俺より年上なのではないか、と。
「そうか…ありがとう。それで?俺はどうすればいい?」
今俺が置かれている状況を理解するにはこの青年に従わなければならない。この短いやり取りで青年が俺を如何こうしよう、と言う考えはないと分かるが、一応警戒はしておこう。
そう考え、何時でも銃を取り出せるよう、足に巻かれているホルダーに銃を通しておく。
「もう向かう先は決まっていますが…その戦術機はどうしましょうか」
青年の向ける視線の先に佇む俺の機体。
戦術機、と言う物は分からないが、そこに沈んでいる機体の総合的な名称なのだろう。
そして、確かに俺の機体はかなり問題になる。この世界に俺と同じような人間が他にもいるかは分からないが、俺の存在と俺の機体は中々に危ない存在であると俺自身はっきりと認識している。
この世界の技術がどう言う物かは分からないが、俺の元居た世界とは使われている技術は異なるだろう。同じ人型機械なのだから、ある程度は同じ可能性はあるかもしれないが、動力源や回路の仕組みなどは多かれ少なかれ差異が出てくる筈。
その多少の差異がこの世界にどれだけの規模で何かを起こすか分からない以上、俺とACの存在はなるべく知られない方が良い。
そう考えると一番最初に出会った人間がこの青年でよかったと心から思う。この青年が俺と同じような境遇じゃなかった場合情報源を絶つために殺していただろうから。今までにも人は数多く殺してきたが、俺自身進んで殺していた訳じゃない。殺さずに済むなら、当然そちらの方が良いに決まっている。
と…話が逸れたが、確かにこの大きさの物を隠すのは中々に難しい。それなりの機材があれば隠せるだろうが、辺りを見渡しても、何処までも見える地平線。つまりこの大きさの機体を隠せる物など何もない。
「…取り敢えずその戦術機は此処に置いておきましょう。ここら辺にはまず人がいないので大丈夫です。一応俺にこの機体を隠せてもらえる心当たりがあるので、そちらに向かいましょうか。その途中で色々説明したいと思います」
この周辺には人がいない…か。
まぁ周りを見渡せば、その言葉は納得がいく。この建物の形は知らないが、どう考えても人が住む建物だと分かる。その建物が全て壊れている以上、何かしろの被害にあったのだろうと予測出来る。
しかし、その被害が視界に写る物全て、か。この世界は俺の居た世界以上に荒れているかもしれない。少しばかりそんな不安が俺の中に生まれる。
「そうしてくれると助かる。重ね重ねすまない。感謝する」
「そんな気にしなくていいですよ。俺も最初は混乱しっぱなしでしたから。…そう言えば俺の名前を教えてなかったですね。俺の名前は白銀武です」
「シルバ・アルザークだ。宜しく頼む」
「宜しくお願いします。それじゃあ時間を無駄にしたくないので直ぐにでもいきましょうか」
「分かった」
時間を無駄にしたくないと言った青年の姿は何処か焦っているようにも見える。先程まで多きく構えていたように見えたが、俺に害はないと判断したのか、気が抜けたようだ。
何故焦っているのか聞きたい所でもあるが、それを聞くのは後でもいいだろう。今は取り敢えず青年について行けばいい。
…それにしても異世界か。不安がないと言えば嘘になるが、どうにかして生きなければならない。それが俺の命の恩人でもあるあいつとの約束だ。どんな窮地に見舞われようが、決して諦めるな。そして生き残って帰って来い。俺はそいつと約束した。必ず生きて帰ると。ならまずはこの境地を脱さなければならない。帰ってあいつの元にたどり着く為にも。
後書き
3/16
読者様の指摘により一部修正
①序盤の方でオペレーターへの通信を試みる描写を追加。
②中盤付近での寧ろ俺が銃を突きつけられ、この場をどう避けるかなどといった打算を考えている勇猛な目つきをしている。を→寧ろ俺に銃を突きつけられても、この場をどう切りぬけるかなどといった打算を考えている勇猛な目つきをしている。へ変更。
ページ上へ戻る