英雄伝説 零の軌跡 壁に挑む者たち
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1話
ロイド・バニングスが兄のガイ・バニングスの訃報に接した時、まず最初にいるべき家族が失われた強烈な喪失感が襲った。
そして次に思ったことは姉であるセシルのことだった。
ロイドの住むアパートのお隣の家の年上の女の人。すでに両親のいないロイドは10歳年上の兄に男手一つで育てられたが、さすがにガイ一人では行き届かないことも多く両親が生きている頃から懇意にしていたお隣のレイエス家によく預けられていた。その関係で家族ぐるみの付き合いとなりセシルを本当の姉のように慕っていた。
そしてセシルは兄の婚約者でもあった。だからロイドは真っ先に義姉になるはずだったセシルを心配した。
「セシル姉、大丈夫?」
ロイドの呼びかけにセシルは酷く落ち込んだ様子だったのに顔を上げるとロイドを安心させるように無理をして微笑んで見せたのだ。
「ありがとう。心配してくれて。一番辛いのはロイドなのにね。私もしっかりしなくちゃガイさんに怒られちゃうわ」
泣き腫らして目が赤くなっていたその笑顔は痛々しく無理をしているのはロイドの目にも明らかだった。しかしその後セシルはロイドの前では二度と落ち込んだ姿を見せなかった。
彼女はガイの唯一の遺族であるロイドが喪主を務める葬式の準備を悲しみを忘れるかのように手伝ってくれた。
葬式は多くのクロスベル市民がそうであるように大聖堂の裏手にある共同墓地で行われた。
「御身の魂が女神へ至る扉を開かんことを」
神父の弔辞が読み上げられ棺が埋められる。
元気の塊みたいなやつが。婚約者と結婚してこれからって時に。警察は何やってんだ、身内がやられたんだぞ、また迷宮入りにするつもりか。弟さんこれからどうするつもりなんだろう、両親もいないって言うし。
弔問者が言い合っている声をロイドはまったく聞いていなかった。
彼は兄の死の喪失感で動けないほどだったが、本当に彼を打ちのめしたのはセシルの姿だった。自分と同じように、あるいは自分以上に悲しく辛いはずの彼女にロイドが何かすることなど何もなかった、何も出来なかったのだ。
涙一つ見せず黙々と準備を手伝ってくれたセシル姉を心配するどころか逆にこちらが気遣われる始末。悲しみを受け止めることも出来なかった。
ロイドは自分自身の悲しみで動けない弱さを、頼りにされない弱さを、何も出来ない無力さを呪った。
(兄貴ならこんなときもっとみんなから頼られて支えになってやれるのに、僕は何にも出来ないじゃないか)
兄の墓石の前で悔しさに震えていると安心させるように肩を抱く手があった。セシルだった。
「大丈夫よ、これから大変だろうけど、一人前になるまで私が見守らせてもらうから遠慮せず頼って頂戴ね」
ロイドはセシルの優しい手に安心して、辛さを押し隠しているセシルを見るのが辛くて、そんなセシルに気遣われる自分がとても矮小でちっぽけの存在に思えて苦しかった。
その苦しさはセシルが兄の眠る墓石を見てその横顔が自分に向けられるものとは違ったことで確信した。
(僕はここにいちゃ駄目だ)
薄々感じていたことだ。セシルは弟である自分がいては姉のまま無理をして悲しむことが出来ない。そしてそんな気遣いに甘える、気遣いさせたままの弱い自分でいるのもいやだ。
(俺、兄貴みたいになれるかな。セシル姉を守れるぐらい何か出来る男に)
ロイドは兄の墓前に誓い、セシルやレイエス家のおじさんおばさんが引き止めるのをカルバート共和国に叔父さんがいるからと断りクロスベル自治州を離れることになる。
兄貴のような強い男になる。
ロイドの胸には唯一つそれだけが秘められて故郷を後にした。
七耀暦1201年、ロイド・バニングス15歳のことだった。
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