彼
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『彼』とおまえとおれと
7
「じゃあ、またね」
「おう。また明日な」
にこっと笑って犀は言った。日紅の家の前。また明日と言っても犀は日紅の手を離そうとしない。
「犀?」
何か言いたいことがあるのかと日紅が少し戸惑った声で返す。
「日紅。俺、おまえのことマジで好き。大事にしてやりたい。ずっと一緒にいたい。俺が守ってやりたい。全部全部俺のものだったらいいと思ってる」
「な…ん………ぁ」
日紅は犀にまっすぐ見つめられて思わず顔を逸らした。顔に段々と熱が篭る。
「そ…う言うことは直接本人に言わないでください」
「ははっ。直接本人に言わないで誰に言うんだよ。ほら、こっち向けって」
犀は日紅の熱くなった頬に手をあてて自分の方に向けた。日紅の視線が居心地悪そうに彷徨う。
「せい…」
「ん、なに…?」
犀が日紅に一歩近づく。犀の顔が目と鼻の先にあって、日紅の声が自然と囁き声になる。犀の掠れた声が日紅を包む。
「ち、か、くない?」
思わず顔を押しのけようと日紅が目の前の顎に触れたその指を、犀の手が掴んだ。
犀の眼差しが燃えるように日紅を射る。
犀の顔がすっと近づいた。
あ…キス…。
日紅はぎゅっと目を閉じた。日紅の気持ちは、まだ犀とキスしたいとか、そこまでの感情になっていたわけではない。日紅は一緒にいるただそれだけで満足だけれども、犀と日紅自身の気持ちにずれがあるということもわかっている。だから、犀の気持ちは、できる限り大切にしたい。
「ーーーー………」
一瞬の空白が開いた。息がかかる距離にいる犀の顔はそれ以上動かない。
もしかして、あたし、勘違いした!?日紅が先走って瞳を閉じたから、犀は戸惑っているのかもしれないと考えたら羞恥で顔がカッと熱くなった。日紅は慌てて目を開けようとした。その瞳が開く前に犀が動いた。
日紅の髪がふわりと犀の頬に当たる。日紅は犀の熱を全身で感じた。犀の腕が日紅を締め付ける。日紅は犀に抱きしめられていた。強く。
「犀」
「無理、しなくていいから」
ぼそりと日紅の耳元で犀が言う。
「おまえにそんな顔させたかったわけじゃない。ごめん」
日紅の胸がずきりと痛んだ。謝らなくていいのに。犀は優しすぎる。自分よりも、いつも日紅を優先してくれる。それは犀の優しさで、日紅は嬉しいと思う反面どこかじれったい。
もっと、日紅に頼ってくれればいいのに。この先、犀は辛いことや苦しいことがあっても日紅には全くそんな顔を見せず笑って隠そうとするのだろう。守られているだけなんて、日紅はそんなことを望んでいるわけじゃないのに。
犀が日紅の事を大事にしていてくれているのと同じように日紅も犀を大事にしたいと思っているのに。たとえそれで傷つくことになってもいいのに。
犀ひとりで背負わないで。
日紅は口を開いたが、言葉は出てこなかった。かわりに左目からひとすじ涙が流れた。日紅を胸に抱きしめていた犀はそれに気付かなかった。
日紅は否定の代わりに犀に顔を押しつけて首を振った。
「俺、ちょっと嬉しすぎて、てかおまえが…可愛すぎてちょっと突っ走りすぎたわ」
「はい、そこまで~」
突然間延びした声が二人に割り込んだ。
犀がぱっと顔をあげる。日紅は聞こえてきた声にさっと赤くなった。
そういえば、すっかり忘れていたけれど、ここは…!!
「家の前でいちゃつかないでくれるかな~?ホレ、犀くん、送りオオカミになるには我が家にはまだ父も母もわたしもいますので一人暮らしをしてからにしてくださいね~?父さんもう少しで帰ってくるしね。そんな熱烈な歓迎したら血圧あがって倒れちゃうわよ」
「あ、あああああの、はいっ!」
二人は慌てて離れた。どこから見られていたんだろう、と考えるとますます顔が赤くなってくるのだった。
後書き
犀くんやっと付き合えることになって浮かれています。
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