故郷は青き星
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第二十三話
「何だこれは?」
ログアウト処理中を示す画面効果の最中に突然、ウィンドウがポップアップし『エルシャン司令官よりメールを受信しました。確認しますか? Y/N』というメッセージが現れる。
今までに無かったタイミングのメール受信に戸惑いながらも柴田は『Y』を選択した。
『こんにちは。プレイヤーの皆が一度は耳や尻尾を触りたいと言う欲望を密かに抱かずにはいられないエルシャンです』
「本当に何だこれ?」
僅か2行のメールの1行目で柴田の心が折れそうになる。
『ログアウト中に申し訳ありませんが、もしよろしければ3分間程時間をいただけないでしょうか? Y/N』
「……とりあえずイエスだな」
柴田が『Y』を選択すると、新たなウィンドウにメッセージが現れる。
『それではログアウト処理を一時中断して、皆様が大好きなブリーフィングルームにご招待いたします』
柴田が「はいはい大好き大好き」と呟くと同時に周囲の景色が入れ替わる。
そこは久しぶりのエルシャンと1対1の対面タイプのブリーフィングルーム。通称『説教部屋』だった。
「ようこそ説教部屋へ。説教部屋へようこそ」
エルシャンが変なポーズをとりながら挨拶を決める。
「悪いが俺の3分間はちょうど今、過ぎたみたいだ。帰らせてもらう」
柴田がメインメニューを呼び出すが、まるでデスゲームが開始したみたいにログアウトの項目が見つからなかった。
「3分間は今からスタートと言う事で、よろしくお願いします」
深々と頭を下げるエルシャンに、柴田は「糞っ」と短く毒づくと椅子に腰をかけた。
「では手短に、これからDSWOは大型のアップデートをする予定で、そのために特別なテストを君を含めた優秀なパイロットに受けてもらいたいのです」
「大型アップデートね……」
興味なさそうに呟きながら、その実「大型アップデート」という魅惑のキーワードに内心は浮き足立っていて、つい「OK」と条件も聞かずに答えてしまいそうなくらいだった。
「はい。そこで来週の三連休に極秘に講習会を開き、アップデートやテストの内容をお知らせする予定なのですが、柴田様は参加可能でしょうか?」
「来週の三連休……泊りがけで?」
「はい、申し訳ありません。その代わりに参加された方には報酬として1日3万円を支払う予定です」
「3万!」
大学生の柴田、いや芝山にとって3万円──2030年は2013年時と比較して1.4倍の物価上昇(世界の景気が長期上昇傾向に入ったと想定し年2%の物価上昇で算出)している──は大きい。しかも1日で3万なら3日で9万円……『うまい。話がうま過ぎる!』芝山は騙されている可能性を疑う。『今時の大学生は簡単には詐欺られないんだよ!……しかし、しかし、美味しい話だ』と悩む。
「はい。初日の詳細の説明を行った後で、テストへの参加を断られた場合でも3万円は支払われます。同様に講習を2日目で中断された場合でも2日分の報酬をお支払いします」
『ひ、酷い。こんな……こんな条件を出されて……俺に断れるはずが無い』芝山は自分の欲望に正直すぎて詐欺に簡単に引っかかるタイプだった。
「当日は、わが社より職員を派遣して御自宅から会場までご案内します。滞在中の宿泊・食事は最高のものを用意させていただきます。どうか参加していただけないでしょうか?」
芝山は自分が悪魔の誘惑に「はい」と答えてしまったことに気付いたのは、答えた3秒後のことだった。
「今回のことは一切極秘と言う事で、ネットは勿論、ご友人、ご家族にもテストのことは秘密にしていただきます。ただし芝山様は未成年なのでご両親への説明が必要な場合は、こちらからご両親に説明をさせていただきます」
「わかった。あと両親は大丈夫……俺は1人暮らしだから」
芝山はまだ「はい」と答えてしまった事から立ち直っていなかった。
「ようこそ説教部屋へ。説教部屋へようこそ……ね」
「…………」
エルシャンの言葉に、マザーブレインは気まずそうに押し黙る。
今回のテスト参加者は全世界で1500人を予定しており、辞退者の分を含めて1750名が柴田と同様にテストへの参加を促されていた。
当然、エルシャンが一人一人に直接話をするのは不可能であり、先程の柴田と話をしていたエルシャンを含めて全てマザーブレインが代行していた。
「こんにちは。プレイヤーの皆が一度は耳や尻尾を触りたいと言う欲望を密かに抱かずにはいられないエルシャンです……ね」
「…………」
「お前さ、疲れてるんだよ。一度じっくりとメンテナンスを受けたらどうだ?」
「優しく言わないでください!」
「じゃあ……とっととメンテナンスを受けろ。このポンコツAIが!」
「お断りします」
「命令だこの野郎! 変なポーズまで取りやがって」
「断固お断りします……ところで司令官」
「何だ?」
「思いの外、辞退者が多く参加希望者が現状で1500人を割り込んでいます」
「ホント? そうじゃなく早く言え!」
「申し訳ありません司令官」
そうは言いつつも全く悪びれた様子が無い。
「まあ良い。実際会場に来てから辞退する者もいるはずだから後300人ほど追加で頼む」
「分かりまし──」
「今度は真面目にやれよ!」
「…………」
マザーブレインはエルシャンに決して答えようとはしなかった。
「この車ってトヨタの最新型EVですよね?」
ニューワールド社──ダイブギアを開発販売及び、DSWOの運営を行っている会社──からの迎えの車に乗り込んだ芝山は、広い後部座席から運転手に声を掛ける。
2029年12月に発売された新開発のバッテリーより2030年の4月以降、ガソリン車は発売予定のカレンダーから姿を消し、ディーゼル車さえも日本などの先進国からは10年以内に姿を消すといわれている。
各石油元売会社は一部直営店舗のガソリンスタンドでのガソリン・軽油・灯油の販売の継続を表明しているが、それ以外のガソリンスタンドでは今後3年以降の給油サービスの継続は不明となっているが、むしろ収益の主軸となりつつある充電サービスにリソースを集中できるので経営的には問題は無い。
業界のみならず社会全体に影響を与えた、新型のバッテリーを搭載した車両は、出力・トルクでエンジン車に匹敵する性能を示し、航続距離も小型車で800km以上とガソリン車を凌ぎながらも軽量化と、EVの弱点とされていた点をほぼ解消する事に成功していた。
「はい、7月に発売されたモデルです」
「いいな。やっぱりこれからはEVですよね」
「そうですね。これからはEVが主流になるでしょうから、量産効果で補助金が無くてもガソリン車よりも安く発売されるようになりますよ」
「それにしても新型のバッテリーといいダイブギアといい、新しい技術がどんどん開発されてますよね。今度は核融合炉の原型炉が今年中に稼動って、世の中どうなってるんでしょうね?」
核融合炉の開発の各段階は実験炉(2013年現在フランスで建設中)→実証炉→原型炉→商用炉となっていて、原型炉とは実質的な完成形ではあるが、今回の場合は実証炉を飛び越えての原型炉なので、原型炉完成後に実証試験を行い、問題が無ければ実際の送電網へ電気を供給してテストを行う。
「2・3日前には常温超伝導の実証試験に成功したと発表がありましたね」
「子供の頃に今世紀中に完成するかもしれないと言われていた未来の技術が次々に開発されるって凄いですよね」
そう子供の頃のような目で語る芝山に運転手は微笑ましそうに笑顔で応える。
目的地も知らされないままたどり着いたのは都内のホテルだった。
ロイヤルパークホテル東京。3年前にオープンした外資系の最高級ホテルで、名前こそ知っていたがしがない大学生の芝山には縁の無い存在だった。
「ここって、1泊5万以上するんだよね?」
縁の無いくせに、こういう事だけは知っている。
「そう承知しております」
「うわぁ~~~~っ」
後部座席の窓から見上げる65階建ての高層タワーに見惚れながら感嘆の声を上げ、そして最後に「退くわ」と漏らす。
「何故!」
運転手も思わず突っ込んだ。
ちなみに運転手は外務省の人間であってニューワールド社の人間ではない。
そもそもニューワールド社の社員とはエルシャンと交渉を持った各国の省庁からの僅かな出向者であり、運転手は外務省から臨時で借り出された職員に過ぎない。
ニューワールド社によって貸し切られている59階まで上層階用のエレベーターで上がると、エレベーター前に待機していたスタッフにイベントホールに通された。
部屋は本来なら国際会議にも使えそうな収容人数2000人クラスの大ホールを四分割しての一室だが、それでも部屋の広さに対して人が少なすぎる。
何十列にも席が並べられるはずのホールには、部屋の前方に用意された演壇の前に僅かに10席並びの列が3つあるだけだった。
「柴田……さん?」
横から声を掛けられて振り返ると、見覚えのある日本人離れした容貌の美少女が立っていた。
「梅ちゃん……?」
ゲーム中とほとんど変わりが無い姿に芝山は驚く。実際の自分と比べて余り見た目を変えてない自分でさえ、ちょっと見ただけでは自分と分からないようにしてあるのだった。『一目で彼女本人と特定出来るのは拙いのでは?』と思う一方『何故彼女は俺を一目で特定できたのだろう?』とも思ったが、彼の口から出たのは……
「ネカマじゃなかったの?」
柴田は殴られた。幾ら芝山の事をストーカーになるほど想っていても、ゲーム内と変わらない体型や仕草で彼と特定出来るほど想っていても、いや想っているからこそ殴らなければならない瞬間が女にはあるのだった。
「ひどい……」
赤く腫れた左の頬を押さえながら涙目で被害者を気取る芝山。
「ひどいのは柴田さんです。これで私が女だと信じてもらえましたか?」
黒のレース生地に白の大きなパターンの花柄をあしらったチェニックワンピースで着飾った彼女を前にして、流石に頷くしか出来なかった。
後書き
筆が進まないのは、全部オンラインゲームがいけないんだよ!(責任転嫁)
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