額を、何かが這い回る感覚で目が冷めた。…どうやら、清潔な白い布団に包まれているようだ。最近、こういうことが本当に多いな。目を閉じたまま、耳だけで辺りをうかがった。…何も聞こえない。ゆっくりと寝返りを打って様子を見る。紺野さんの声が、かすかに聞こえた。
「…動いたぞ」
今起きたような風を装って、ゆっくり目を開けた。
「姶良!」
柚木の声が真上から降ってきた。素で驚いて目を見張る。目やにでぼやける視界に、覗き込む柚木の顔が見えた。
「…近」
ちょっと頭を上げたらキスできそうな距離だな…と靄がかかる頭で考える。…手に、何か石油臭いものを持っている。
「……マッキー?」
ふいに嫌な予感がして、柚木を押しのけてベッド脇の壁に据えられた鏡を覗いてみると、案の定ひたいに「にく」と書いてあった。
「……ミート君の方かよ」
…凹むわ。
「んー、肉じゃないなという話になってね」
「……なんの話だよ」
「王大人という話も出たけど、それもないだろうということになって」
「……なんでだよ…『中』が先だろ、その場合」
大の大人が二人もいて、倒れた僕を気遣うでもなく、ひたいに何を書くかで盛り上がるなんて…ここ最近、僕の扱いはすこぶる粗末だ。白い布団に突っ伏して、肺の中の空気を全部吐き出さんばかりのため息をついた。
「いやほら、看護婦さんも『大丈夫ですよー、脳波も異常なしです』とか言うからさ…ほら、俺達もヒマだし」
紺野さんが取り繕うように言う。
「マーガリン塗れ。落ちるから」
「起床一発目にすることがマーガリンを顔に塗りたくることか。…ステキな習慣だな。僕も閉鎖病棟の世話になるよ」
「いじけるな。次は王大人にしてやるから」
「キャラ選択を不本意がってるわけじゃないよ!」
「じゃ『王』とか」
「それもっとダメなひとじゃないか!だったら『にく』のままで結構だよ!」
「そうだな。ミキサー大帝には勝ってるしな」
「………そうね」
…考えてみれば、叫んだり倒れたりしたおかげで、二人にまで腫れ物に触るような扱いを受けて核心からフェードアウトという最悪のパターンは回避できた。こういうことが出来るのも、ある意味人徳か。もう落書きにこだわるのは止めて、話を先に進めよう。
「…あの人、なにか言ってた?」
僕が起きてからずっと浮かべていたニヤニヤ笑いに、陰が差した。紺野さんは一瞬だけ目を泳がせて、もう一度僕に視線を戻す。
「…いや。あの後、気が狂ったように笑い出して、話ができなかった」
「僕を笑ったのか」
「自分の言葉で倒れたのが、可笑しかったらしい。お前のことは知らないようだった」
一息に言うと、無理に笑顔を浮かべた。
「…そっか」
覚えてはいないんだな。ほっとしていいのか、落ち込んでいいのか。…僕は曖昧な微笑を返した。やっぱり、少し落ち込んでるのかもしれない。
「姶良。聞いていい」
柚木が、珍しく遠慮がちに声を掛けてきた。
「あの人を、知ってるの」
――多分。小さく頷いて返事の代わりにする。
「でも自信がないんだ。もし『あの人』なら、僕よりもっと…」
「――言ってみろ。彼女は誰だ」
「狭霧 流迦。…僕の、従兄弟だ」
「…何!?」
…僕が10才くらいの頃、どこか遠い場所の病院に入ったと聞いた。確かその頃、14才くらいだったはず。
「あ、でも待って。そう思ったんだけど、年齢が合わないよ。あれじゃまるで中学生だ」
「…『事件』を起こしてあの状態になって以降、年をとらなくなったと聞いた」
「そんなことが!?」
「記憶喪失者には、よくある話だ。自分の本当の年齢がわからないんだよ。…あの子には事件より前の記憶はない」
そう言って、懐から煙草を取り出した。そして僕にちょっと掲げて見せる。僕は「吸って構いませんよ」の意味を込めて、手のひらを差し出した。すると手のひらに煙草を一本置かれた。…どうも正しく伝わらなかったらしい。でも折角貰ったので火をいただく。
「んふふー、これなー、ガボールのライター」
「それさっき聞いたよ」
「姶良って、煙草吸うんだね」
柚木が意外そうに僕の手元を覗きこんできた。
「や、あれば吸うくらい。税金、高いから普段は吸わない」
「っかー、しょぼい理由だな!」
紺野さんがちゃかしに割って入ってきた。
「合理的と言ってくれよ。…ねぇ、流迦ちゃんとはいつから?」
「…んー」肺の中に煙を溜め込むように唸って、一気にぼわりと吐き出した。
「病院に入る、少し前からだ。…結構長いな」
「MOGMOGの産みの親っていうのは」
「そ。…あいつ、天才なんだよ」
難しい顔をして、まだ長い煙草を携帯灰皿に押し当てた。
「流迦ちゃんが、天才?」
「10才のお前が知ってる『流迦ちゃん』がどんな子だったかは知らないが、俺が知っている狭霧流迦という女は、危険なくらいの天才だ」
10才の僕が知っている、流迦ちゃんという女の子…。
僕は、思い出せる限りの流迦ちゃんを頭に描いた。長くてつやつやした黒髪と、ちょっと旧式なセーラー服が素敵で、あのプリーツのスカートが風にはためくたびに、ちょっとどきっとしたものだった。この人が僕の従姉妹!と思うだけでなんか誇らしくて、みんなに見せびらかして歩きたいくらいの気分だったっけ。料理が上手で、休みの日になると遊びに来る僕に、ホットケーキを焼いてくれた。本を読むのが好きで、色んな物語を僕に話して聞かせてくれた。それでいて、たまにゲームなんかやると常勝無敗で、誰も彼女には叶わないんだ。運動は全然ダメだったけど。
時折、ふと遠くを見るような目をしていた。
そんな時は、僕が何を話しかけても返してくれなくて…
やんちゃだった僕はそれがもどかしくて、なんとかこっちを向いてもらいたくて、カバンを奪ったりスカートをめくったりしたっけ。その瞬間は、ちょっと怒ったような顔をしたけど、また遠くを見始めてしまうんだ。
―――初恋だった、と思ってる。
「――柚木と正反対な感じだったな」
「なるほど、清楚で大人しい少女だったわけか…」
「……どういう意味かなそれは」
後ろから柚木に頭を掴まれた。左には同じく頭を捕まれた紺野さんがいる。
「い、いや…俺は柚木ちゃんのこういう、猫みたいな奔放さも好きだなぁ…なあ、姶良」
「そ、そうそう!あの、正反対というのはよい意味の正反対で…」
「よい意味って、なに」
「…ストレス少なくてムダに寿命長そうな感じが…ぐぐっ」
す、すごい握力だ…親指がこめかみに刺さって痛い。
「ほほー、言うようになったね」
「…いやもうすみません。本当にすみません…」
「……ま、色々あってな。流迦の天才的なプログラミング能力に目をつけて、プログラミングのことを色々教えて、10年間あっため続けてきたわけだよ」
柚木のアイアンクローから解放された紺野さんが、青い顔をして座りなおした。…左手の握力は、右手より上だったらしい。
「どのくらい、通ってた」
「ちょっとした家庭教師くらいは通ったんじゃないか」
「そうか…」
少し、気持ちが軽くなった。
「1人じゃなかったんだね。…それだけ、気がかりだったんだ」
煙と一緒にため息を吐き出して、ふと目をあげると、柚木が腑に落ちないような顔をしていた。…それを僕に聞くべきかどうか、迷っているような。
「…流迦ちゃんの家族は、あのことを『忌まわしい事件』と考えているんだ。彼女のことを話題にのぼらせるのはタブーになってる。特に、僕の前では。…だからあの人たちが、流迦ちゃんを見舞ってるとは思えない。…僕のせいだ。僕がもっと…しっかり、色々考えてあげられれば。僕が」
「もういい」
思考の深みにはまりそうになったとき、紺野さんが話を打ち切った。
「嫌なことは思い出すな」
「…紺野さん」
「10才の子供に何が出来た。…どうにもならないことっていうのは、山ほどあるんだ。全部、自分のせいにするな」
…この人は、どこまで知ってるんだろう。柚木のほうをちらっと見ると、ふいと目を逸らした。『すっごい不満だけど勘弁してあげるわ』と言われたような気がした。…いつもいつも、僕の都合なんてお構いなしで独走するくせに。
「それより、これからのことだ。体よく逃げ込んだものの、ここに調べが入るのも時間の問題だ。それまでに俺は、自分への疑いを晴らし、行方不明の患者を助け、プログラムのデバッグを完全に終了させ、密かに配信しなければならない!」
「やること多いわねー。…不可能じゃない?」
柚木が実もフタもないことを言うと、紺野さんが崩れ落ちた。
「くっそう…どうすれば…」
「と、とりあえず優先順位をつけようよ!…その1!行方不明の患者の安否をつきとめる。その2!プログラムのデバッグ終了アンド配信。その3!紺野さんの冤罪晴らし」
「俺の順位低いな…」
「最悪、裁判で晴らしてよ。時間はたっぷりあるだろう」
「そうよ。チャンスは3回もあるんだし」
「できれば裁判の前に晴らしたいんだが…」
紺野さんががっくり肩を落とした。なんだかんだで、この順位付けに納得したらしい。
「じゃ、まずあいつの捜索だな」
もう一度懐から煙草をつかみ出して火をつけると、暗い目で紫煙を吐き出した。なんとなく鬼塚先輩を思わせる仕草だ。
「ビアンキちゃんを起こしてくれ」
「うん。…ビアンキー、起きて」
スリープモードに入ってたビアンキは、僕の呼びかけを待ちかねたように頭を上げた。
「ご主人さま!開けなかったです!」
「…なにを?」
またスリープ中、なにか変なことをしてたらしい。
「これからも、開けないですから!」
「うん、ありがとね。その調子で頼むよ」
早々に話を切り上げると、脇から顔を出してきた紺野さんに場所を譲る。
「お、すまんな…昨日、ビアンキちゃんを襲ったMOGMOGのこと、話せるかい」
紺野さんは微妙に居住まいを正して身を乗り出した。
「…覚えてるだけでいいなら」
「OKだ。まず、ビアンキちゃんの印象でいいんだけど、そのMOGMOGがビアンキちゃんに執着した理由、何でだと思った?」
「多分、だけど、私とあの子が『同じもの』だったから…だと思うんです」
「たとえば、ハルもその『同じもの』に入るかい」
「入ると思うです。だって、ハルも私とお話できるから」
「そうか…じゃ、やっぱりダメだな。もしもビアンキちゃんを狙ってるだけなら、ハルが代わりに追跡すればいいと思ったんだが…」
「あのさ、ビアンキたちは『同じもの』と『違うもの』を、どこで見分けるの」
ビアンキは少し考え込むような仕草をして、2~3秒黙り込んでしまった。
「なんとなく、としか…」
「商品コードです」
紺野さんのポケットから、無機質な声が響いた。チカチカと青白い明かりが洩れている。
「…ハル!?」ビアンキが目を見張った。
「ビアンキ。あなたは情報整理が下手すぎる」
紺野さんがストラップをひっぱると、点滅する携帯電話がずるりと現れた。
「すげぇだろ。携帯に出張できるように改造したんだ」
「もしかしてこれ、着信とは違うの?」
「厳密には違うんだよ。パソコンを起動してないときは携帯に常駐してるんだ。俺のハルは、ただのセキュリティソフトじゃないからな」
得意げな紺野さんにはほぼ感心を示さず、ハルは淡々と話を続ける。
「まずは商品コードを確認します。そのあと、スペックを確認するのです。ビアンキは、これをとても曖昧に捉えているから即答できない」
「もう!なんでそういうこと言うの!ハル嫌いっ!」
「事実」
ぴしゃりと言い放った。ハルは容赦ないな…とりあえず、泣きそうなビアンキの頭をマウスで撫でてやる。
「…紺野さん、今作ってるプログラムって、普通のMOGMOGを上書きすることを前提に作ってるんだよね」
「当たり前だ」
「商品コードも、書き換えちゃうの?」
「いや、商品コードは逆に書き換えるとまずいからな…そうか」
僕と紺野さんは、同時に柚木に向き直った。
「柚木ちゃん、ノーパソ、持ってたよな」
「…うん、まあ」
「頼む、『かぼすちゃん』を、貸してくれ!」
長いインストールの時間を経て、『かぼす』の輪郭がほのかに緑色に光った。
「…うまくいったな」
かぼすが、ゆっくりと瞬きをした。落ち着いたしぐさで周りを見渡し、柚木に視線を戻した。
「すーずか♪おはよ!」
そう早口で言って、にっこり笑った。
「なんか、変わらないみたいだけど」
「いきなり雰囲気変わったら、不審に思われるだろ。インターフェースは徐々にシフトしていく設定なんだよ。中身はビアンキやハルと同じだ」
「ふぅん…」
柚木は分かったような分からないような顔をして、パソコンに身を乗り出した。
「じゃ、かぼす。お願いがあるの」
「なーに、すーずか♪」
なんだこのユルさは。どういう性格設定だ。
「このシリアルのMOGMOGを、探して…んーと、トレースしてちょうだい。えと、遠巻きにね」
打ち込まれたアドレスを、かぼすはニコニコしながら大きなポケットにしまいこんで、IEのアイコンを叩いた。
「じゃー、行ってくるねー♪」
それだけ言い残して、かぼすはどこかへ消えてしまった。
「…なんか軽いけど、大丈夫なの?」
「大丈夫。ちゃんとGoogle待機を始めたみたいだ」
IEを立ち上げて、左側に表示された小さなウインドウを確認する。ウインドウに映し出されたかぼすは、細い体をフレームに沿わせるようにして待機していた。紺野さんは、感心したように眉をあげた。
「ほう、目立たないように、エリアの端で待ってるのか。…探偵としては、ビアンキより優秀だな」
「探偵として優秀じゃなくてもいいですからっ!」
ビアンキはむくれてしまった。どうも、紺野&ハルコンビが苦手らしい。
「あははは…ハル、お前もたまに様子を見に行ってやれ。まだ不慣れなはずだからな。…ただし、『奴』が現れたらすぐに逃げること」
「了解しました、マスター」
相変わらず美麗な液晶のなかで、ハルは小さく会釈した。…あぁ、やっぱハルもいい…
「ご主人さまっ!」
険のある声で呼びかけられて、ふっと我に返った。ちょっとぼやけた液晶の中で、ビアンキが頬を膨らませている。
「あ…な、なんだいビアンキ」
「ハルにそんな顔するご主人さま、嫌いですから!もう、ハル見るの禁止!」
「そ、そんな…」
僕は他人の液晶に見惚れるだけで、セキュリティソフトに警告を受けるのか…
「おーおー、犬も食わないねー」
「浮気しちゃだめだよ!」
紺野さんと柚木が面白がってちゃかし始めた。…冗談じゃない、これ以上ややこしくしないでくれ!
「と、とりあえず優先順位その1はひとまず凍結だよね!僕、ちょっとトイレ行ってくる」
「おう、廊下出て右、左、右、左だ」
「あっ!もう、どこに行くんですかっ!」
ビアンキの声に追い立てられるように、白い部屋を飛び出した。
ご主人さまがあたふた去っていった後姿をみて、紺野さんがゲラゲラ笑ってる。
「紺野さん、笑いすぎですからね!」
「あっはっは…怒られた。…すごいなお前」
紺野さんが、笑い顔をひゅっと収めてカメラを覗き込んできた。
「何が凄いんですの?」
「笑ったり、怒ったりできることだよ」
なんか馬鹿にされた!って思って、また怒ろうとしたけど、やめた。『そういう雰囲気じゃない』って思ったから。
「…紺野さんは、出来ないんですの?」
「どうかな…子供の頃ほどは、出来なくなった」
そう言って、少し寂しそうに笑った。
「変なの。…笑うのも怒るのも、とっても簡単なことなのに」
変なの、って言ってみたけど、そういえばご主人さまもそうかも。私以外の誰かがいるときは、私の好きなあの笑顔が見れないもの。人間は、そういうものなのかな。
「柚木も、そうですの?」
「私?考えたことないわ。笑いたければ笑うし、怒りたければ怒る」
「…うん、君はもうそれでいいよ…一生、そのままでいてくれ」
「なにそれ、また馬鹿にしてんの」
柚木が紺野さんの頭を掴んで、わしわしと振った。紺野さんは『ひー』とか『やめてー』とかいいながら、ちょっと嬉しそう。
――いいな。
柚木の手のひらは、たぶん柔らかくて、いいにおいがするんだろうな…。きっと紺野さんも、それが嬉しくて、ホントは触って欲しくて、意地悪を言ったりするんだ。
「紺野さん」「お、何だ」
「紺野さんは、柚木を抱きしめたいって思いますか」
紺野さんの頭の動きが止まった。柚木が、慌てたように手を離す。
「なっ…なに言い出すの、この子」
何か考え込むように、あごに手を当てていた紺野さんが、妙に柔らかい笑顔を湛えてカメラを覗き込んだ。
「ああ、俺はいつだって抱きしめたい気分でいっぱいだ。しかしなビアンキちゃん、人間の世界ではな、女性にそういう行為を働くことをセクシャルハラスメントなどと呼んで警察が強力に取り締まっているんだ。…人間界で、もっとも残念な風習の一つだよ」
ごくり…抱きしめるって、犯罪なんだ!
「取り締まられたら、どうなるんですの?」
「…まず黒い覆面の男達に押さえつけられ、ペンチで指のツメを剥がれ…」
「えぇっ!?」
「自宅から一番近い小学校の朝礼台で、小学生が『似てる』と言ってくれるまで、教頭のモノマネを繰り返すのだ!」
「校長じゃなくて教頭…!なんて過酷な!」
「ば…馬鹿!変なこと教えると、姶良が怒るよ!」
「あははは…ただし、合意の上なら犯罪にならない。俺達は、その合意を取り付けるのに命を懸けるのだ!なあ、柚木ちゃん。…抱きしめていいかい?」
「それが既にセクハラなんじゃないの!?」
「そ、それじゃあ…ご主人さまも抱きしめたくなるんですの?」
「問・題・外だ!」
紺野さんは、きっぱりと言い放った。
「なぜわざわざむさ苦しい男を抱きしめてやらなければいけないのだ。いいかいビアンキちゃん、世界の半分は『女』という、柔らかくていい匂いの生き物が占めてるんだよ」
「…ご主人さま、臭くて硬いですか?」
「ああ、臭くて硬いぞ。あと、水に漬けると体積が2倍に増える」
「ちょっと、ホントに怒られるよ!」
「ところが塩に浸すと浸透圧で若干縮むんだ」
……そうでも、いいんです。もしそうでも。
「そうでも、ご主人さまを抱きしめてみたい…です」
もう、二人は聞いてないみたい。紺野さんは『触ったところから糸が出る!』とか『その糸で暴走電車を止められる!』とか色んなことを言い出し始めてた。この人は、たまに変なことを言い出して止まらなくなる。
…もう、私がいなくてもいいみたい。ご主人さまが戻るまで、スリープに入ろう。