八条学園怪異譚
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第十九話 口裂け女その二
「あの博士も学園の不思議の一つだからね」
「その幾つあるかわからないうちの」
「それですね」
「そうなのよ、そういえば他には」
愛子はその視線を自然に上にやっていた。そのうえで愛実と聖花にこの話もした。
「口裂け女もいたわね」
「ああ、それね」
愛実は姉の今の言葉に無意識のうちに頷いて答えた。
「その話よね」
「知ってたの」
「うちの学園には今も出るのよね」
「放課後、赤い夕陽を背にして出て来るみたいなのよ」
その時にだというのだ。
「それであたし奇麗?って聞くのよ」
「よく言われている通りですね」
「そうでしょ。それで美人って答えたら」
ここからはテンプレ通りの展開だった。
「これでも美人かって言って口にしているマスクを取ってね」
「その耳まで裂けた口を見せて驚かせてくるんですよね」
「違うっていったらそのままよ」
「驚かせるだけですね」
「うちの学園の口裂け女はね」
それで終わるというのだ。
「他の場所に出て来るのは鎌とか鉈で襲い掛かってきたりするらしいけれど」
「しかも三人連れだったりするわよね」
愛実はこのことを言った。
「何か赤い車で移動したりとか」
「そうみたいね、噂では」
「そもそも口裂け女に殺された人っているのかしら」
「いると思う?」
愛子は妹の疑問に真剣な顔で問い返した。
「一人殺されていたら大騒ぎよね」
「言われてみればそうよね」
「そうでしょ。行方不明者が出てもね」
それだけで大騒ぎだ。口裂け女がいても実際にそうした妖怪なら騒ぎは尋常なものではなくなるのは言うまでもない。
それで愛子もこう言うのだ。
「人は殺さないし襲わないわ」
「そうなのね」
「少なくともうちの学園の口裂け女はそれだけだから」
驚かせて終わりだというのだ。
「小泉八雲の小説ののっぺらぼうと同じよ」
「あっ、狢ですね」
聖花はその小説の題名を出した。小泉八雲のこの作品においてのっぺらぼうは狢が化けたものであるのだ。
「あの小説ですか」
「そう、あれと同じで」
「驚かせて終わりなんですね」
「鎌とか鉈を持ってるって話はないわ」
「そうなんですね」
「というかね」
ここで愛子は首を少し捻って話した。
「学園の中で殺人事件というかそんな凶器出したら」
「学園中での大騒ぎですよね」
「他の口裂け女の話と同じで噂では済まなくなるわ」
実際に口裂け女が人を襲うという話になって社会問題にすらなり子供の集団下校、保護者引率が行われる様になった。そうしたこともあったのだ。
だが八条学園はそこまで至っていない、それで愛子も言うのだ。
「そういうものだからね」
「そうした妖怪ではないんですね」
「ええ、ないわ」
こう聖花に答える。
「まあそれでも夕方にそんなの出たらね」
「びっくりしますよね」
「一番出て来るのは高等部全体の正門のところね」
「あそこですか」
「あそこでベッコウ飴を持っていたら出て来るみたいよ」
口裂け女の好物だ、このことも他の地域での口裂け女と一緒である。
「クリーム色のトレンチコートに帽子を被った黒いロングヘアで吊り目の奇麗な人よ」
「それでマスクよね」
「そう、その格好よ」
愛実にも話す。
「それで出て来るから」
「美人かどうか聞いて来るに応えればいいのね」
「そう言われてるわ。まあ実際にベッコウ飴持ってそこに行った人はいないみたいだし」
「いないの」
「本当に出て来たら怖いって言ってね」
それを現実にした者はこの学園にいないというのだ。
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