失われし記憶、追憶の日々【ロザリオとバンパイア編】
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原作開始【第一巻相当】
第十二話「陽海学園」
「ここが陽海学園かぁ。なんか薄気味悪い所だな~……」
バスから降りた俺は遠目に見える学園を目にして、思わずそんなことを呟いた。カラスやコウモリがそこらかしこにいるし、学園はオバケ屋敷みたいだし、こんなところで本当に生活できるのかな、俺。
「幸先不安だなぁ……」
一人テンションを落としながら、俺は寮生活に必要な荷物を入れたバッグを背負った。
――俺の名前は青野月音、十五歳。これといった趣味や特技は無く、成績は中の中で運動も苦手ではないが得意ではない。どこにでもいるようないたって平凡な男だ。
そんな俺はついこの間、高校受験を失敗してしまった。滑り止めで受けた高校もすべて落ち、仕方なく親が見つけた田舎の高校に入学した。
入学したのは良いんだが――、
「これって、田舎とかそういう問題じゃないでしょ」
どこの田舎にこんな不気味なところがあるのだろうか?
ふと、前方を一人の女生徒が歩いているのに気がついた。
――あの子も新入生なのかな?
距離は五メートル程だろうか。銀色の長髪にモデルのような長い足をしている。首にかけてあるロザリオが特徴的だった。
――うわぁ、綺麗な子だなぁ……。
その美しさにみとれていた俺は無意識のうちに近づいていたようだった。女の子との距離が二メートルしかない。
「ん? ……なんだ?」
俺の視線に気がついた女の子が振り返り怪訝な目でこちらを眺めた。
「あ、いや……その……、同じ道を歩いていたものだから、俺と同じ新入生かなって思って……」
しどろもどろになりながらもなんとかそう答えると、女の子は赤い目をわずかに弛ませた。
「ああ、そうだ。なんだ、お前もか?」
「う、うん、そうなんだっ。あ、俺は青野月音です。よろしく」
「朱染萌香。よろしくするかは分からんがな。……ん? ちょっと待て青野、そこを動くな」
「え?」
スタスタと早足で歩み寄ってきた朱染さんはその綺麗な顔を近づけた。
「え? えっ?」
「……お前、いい匂いがするな」
戸惑う俺を余所に朱染さんは鼻をひくつかせると、唐突に首筋に唇を寄せた。
――というか、噛みついた!?
「えええええっ!?」
「……ふむ」
少量の血を嚥下した朱染さんは何事もなかったかのようにハンカチで唇を拭った。一秒にも満たない時間だったけど、い、今確かに血を吸われたよな。一体なんなの!?
「――味、コク、ミネラルバランス、そのどれもが上等だな。今まで飲んできた血の中でも上位に入るな……」
独白をしていた朱染さんは混乱する俺を見て眉根を上げた。
「どうした、目なんか回して」
「いやいやいや、どうしたって……朱染さんこそどうしたの!? い、いいいきなり噛みついて血なんか吸って!」
「おかしなことをいう奴だな。バンパイアなのだから血を吸うのは当たり前だろ。それと、私のことはモカでいい。朱染だと呼び難いだろうしな。私は月音と呼ぼう」
「え?」
――バ、バンパイアって誰が……?
「もちろん、私だが? そういうお前はなんの妖怪なんだ? なかなか美味な血を持っているが」
俺の間の抜けた問に怪訝そうに答える朱染――いや、モカさん。
「バンパイアって――えええええええッ!?」
俺の悲鳴にも似た声が薄暗い空を駆け抜けた。
† † †
案内掲示板を元に割り振れられた教室に向かう。改めて見てみると、ここの学校の校舎は凄く広い構造をしていた。廊下も広いし、こんな校舎が三つもあるなんてまるで大学のようだ。
「あ、ここか」
一の三と彫られたプレートを確認し、教室の扉を開く。
「ここが今日から通う教室かぁ」
教室内には既に生徒が集まっており、グループ別に別れて談笑をしていた。その中でも時折、生徒たちが教室の一角に視線を向けている。
――あっ、モカさんだ……!
男女問わず注目の視線を浴びていたのは、先程知り合ったモカさんだった。自分の席に着席しているモカさんは腕を組んで目を瞑っている。
――やっぱり綺麗だなぁ……。
数多くいる生徒たちの中でもモカさんは突出した美しさを持っている、まるで野に咲く一輪の花のように。モカさんの座っている場所だけが違う空間のようだ。
モカさんの方をチラチラ見ている生徒たちが口々に言葉を交わす。
「だ、誰だあの子!? なんてサラサラの髪をしているんだ……!」
「美しい……変化にしてもあれ程美しくなれる奴なんていないぞ……」
「すごーい、どうやったらあんなにキレイになれるんだろー……」
「本当に綺麗よねー。髪はサラサラだし、眉毛はスッとしてしるし、線は細いし」
モカさんの美貌に見とれるクラスメイトたち。対してモカさんはそんな喧騒はまるで聞こえないとでも言うように微動だにしなかった。
――俺、そんなモカさんに血を吸われたんだよな……。
彼女は自分をバンパイアだと言っていたが、実際に吸血鬼なんているとは思えないし。バンパイアってどういう意味なんだろう?
自分の席である窓際から二列目の中間の列に座り首を捻っていると、先生がやってきた。
先頭を歩く男の先生は二十代前半だろうか。随分と若く、肩甲骨に届くか届かないかといった長さの後ろ髪を一括りにしている。その左肩には何故か白い子狐が乗っかっていた。
後ろを歩く女の先生は二十代後半から三十代前半だろうか。猫のように細い目をしているのが特徴的で、配布物と思われるプリントを抱えている。
出席簿を片手に教壇に立った男の先生が教室内を見回した。
「――皆さん、陽海学園への入学おめでとうございます。私はこのクラスの担任となった須藤千夜です」
――須藤先生か。良い先生だったらいいな。
一人一人の顔を見ながら話を進めていく先生。
「すでに皆さんも知ってのことでしょうが、この学園は妖怪が通うための場所です」
それを聞いて、唖然とした。今の俺は今まで生きてきた中で一番間抜けな顔をしていると思う。
――よ、妖怪!? え……えええええッ! 何言ってんだ!? 何言ってんだ先生――!?
周りを見てみるが、他の人は当たり前の話を聞いているかのような顔で話を聞いていた。ええっ、動揺してるのって俺だけ!?
「現在、地球は人間の支配下にあると言っても過言ではありません。そんな環境の中、妖怪が生き延びていくには人間と共存していくしか方法は無いと言ってもいいでしょう。個の力は妖怪の方が断然上ですが、人間には銃器を始めとした近代兵器や、妖怪退治を生業とした組織も存在します。人間と戦争が起これば滅ぼすことも可能でしょうが、妖怪もまた大打撃を受けるでしょう。そうならないためにも、この学園では人間との共存の仕方を学んでいきます。主にその授業では私が担当となりますね。人間に関して言えば、私が一番詳しいですから」
「先生、それはどういう意味でしょうか?」
「君は矢倉孝基くんですね。その質問の答えは簡単です。私がこの学園唯一の、人間の教師だからです」
ざわめく教室内。せ、先生は人間なのか……?
よかった同じ人がいた、と安堵の息を洩らしていると斜め前の席から声が。
「だけどセンセェ~、人間なんてみんな喰っちまえばいいだろ。美女は襲えばいいんだし」
――ひぃぃぃぃ! 物騒、超物騒だよ! 何なんだ、何なんだよコレ!
何で俺、人間なのにこんな学校入れちゃてんだ……!?
ここの学校を紹介したのは父さんだった。道端を歩く神父さんが落としたものでそのまま持って帰ってきたらしい。
書類審査だけで入学できるとのことで、浪人を免れたと両親は大喜び。いかにも怪しい学校だったので気乗りはしなかったが、これ以上両親に迷惑を掛けたくなかったし、他に行く場所も無かったから受けてみたのだが。
――これなら受けなきゃよかったよ! 早く……一刻も早く逃げ出さないと!
早くホームルームが終わりますようにと神様に祈る。
「ふむ、確かに中にはそういった過激な考えを持つヒトも居ますね。しかし、先ほど言った通り人間との戦争となれば、妖怪側も大ダメージを受けることとなります。それに、人間もただ黙って喰われることはありません。あまり人間を舐めていると、手痛いしっぺ返しを食らいますよ?」
「ハハハッ! 面白いことを言うなセンセェ! 人間が妖怪に勝てるわけないじゃん」
――そうだよ先生! 人間が妖怪に敵う筈がないよ! 銃とか持ていれば別だろうけど!
笑いに包まれるクラス。全員同じ意見なのか誰もが先生を笑っていた。
苦笑した先生が肩から狐を降ろす。
「いやいや、それが――意外とそうでもないんだな、これが」
先生の姿が消えたかと思えば、いつの間にか物騒なことを言ていた生徒の後ろに立っていた。その首に何処からともなく取り出したナイフを突きつけて。
――なに今の、全然見なかったんだけど……! えっ、一瞬で移動したのか!?
細めた目で周囲を見渡す先生。その目はとても冷たく、ナイフを突きつけられたのは俺ではないのに背筋が凍るような感覚が襲った。
「確かに妖怪に勝てる人間というのは数が少ない。が、皆無ではない。現に君たちが見ていた通り、先生の実力は妖怪に勝ると自負している。だからこそ、この学園で教師をしていられるのだがね」
他の人たちと同じく唖然とした顔で見ていると、ナイフを降ろした先生が生徒の肩をポンポンと叩いた。
「小宮くんもすまなかったね。だけど、いい経験になっただろう?」
肩を震わすだけで何も言わない生徒を背にし、再び教壇に立つ。
「話が少し脱線してしまったな。――話を戻しますが、この学園で過す上で、校則として皆さんには人間の姿で生活をしてもらいます。人間との共存の基本は人間社会に溶け込むこと。すなわち上手く人間に化けることが基本となります。自分の正体が他人に知られないように注意してください」
チャイムが鳴った。先生の号令に合わせて礼をして、その場は解散となる。
「あの、先生……!」
その後、直ぐに教室を出た俺は先生の後を追った。ペットを指で突っついて遊んでいた先生が振り返る。
「ん? どうした」
「その、話があるんですが……」
俺の顔を見た先生は何かに感付いたのか目を細めた。
「込み入った話か?」
「はい」
「ふむ……。わかった、着いてきなさい」
先生が向かった先はとある一室だった。プレートには生活指導室と書かれている。
中には長机が二つ、向かい合う形で配置されており、椅子が四つ置かれていた。
座るように促した先生は肩からペットを下ろし正面の椅子に腰かける。
「それで、話というのは?」
「その、実は――」
俺は先生にすべてを打ち明けた。自分が人間であること、妖怪の学校と知らず入学してしまったこと、ここにいたら命が危ないので辞めたいことを包み隠さず。
先生は時折頷きながら静かに話を聞いてくれていた。
「なるほど、道理で妖気を感じないわけだ。人間ならそれも頷ける……」
得心がいったように頷いた先生は改めて俺を見た。その目は穏やかだが、自然と背筋が伸びる。
「君の話はよく分かった。確かにただの人間がこの学園で生活するのは難しいだろう。不可能ではないが、今日を生き抜くという覚悟がないとやっていけないだろう。場合によっては命を落とす可能性もある」
――命を落とす……。普通なら笑い話だと一笑するような話だが、ここは違う。周りの人は全員妖怪なのだから、人間の常識は通用しない……。
恐怖で膝が震えるのを感じる。先生はテーブルの横に備え付けられた急須を取ると、お茶を入れ始めた。
「人間と妖とでは思考、価値観、倫理観が異なる。人間が豚や牛を家畜と思うように、妖にとって人間を家畜として見ている者も多い。もちろん、妖の全てがそうではないが、まだまだ共存といった考えが浸透していない今では、人間をただの餌として見ている者が多い。これは覆しようのない現実だ」
「あ、ありがとうございます……」
人数分のお茶を入れてくれた先生が俺の前にコップを渡してくれた。
「この学園は弱肉強食の面が強い。今まで暴力ですべてがまかり通って来たと思っている連中が通うのだから、自分の身を守る力というのが自然と要求される。見たところ、何か武術や退魔術を習っていたわけでもないだろう?」
「はい……。あの、退魔術って?」
「退魔術というのは妖怪を退治する退魔師が使う術だ。よく映画とかでいるだろう、エクソシストが妖怪を退治するシーンなんか。ああいうのだな」
「出来ません出来ません! そんな特殊技能持ってないですよ!」
だろうな、と苦笑した先生はコップを口に運んだ。俺もお茶でのどを潤す。あ、美味しい……。
「うーむ、自衛が出来ないとなると難しいか……。君の人生は君だけのものだからな、どうしても辞めるのであれば、先生は止めない。義務教育はもう終えたのだし、自分の道は自分で決められるだろう」
だけどな、と微笑む先生。
「辞めるにしろ続けるにしろ、どちらに転んでも悔いのないような答えを出しなさい。この学園に入学できたのはもしかしたら何かの導きなのかもしれない。ここでしか得られない縁もあるだろう。もう一度、よく考えてみなさい。先生の目には焦って答えを急いているように見えるからね」
立ち上がり、くしゃっと俺の頭を撫でた先生は指導室から去って行った。
後書き
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