失われし記憶、追憶の日々【ロザリオとバンパイア編】
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原作開始前
第十話「慰安旅行」
「千夜……本当にこれが飛ぶんですか? 鉄の塊なのに?」
「飛ぶんですよ、鉄の塊なのに」
俺の懐から顔を覗かせた小動物がせわしなく視線を彷徨わせている。初めて乗る飛行機のためか落ち着きがない。
――昨日の話し合いの結果、小狐がうちに住むことに決まった。なんでも俺という興味深い人間が傍にいるとのことで、人間観察ならぬ千夜観察をするらしい。そのため、どんな所でもこの子がついてくるようになった。流石にトイレは勘弁してもらったが。
名前が無いとのことだったので、僭越ながら俺が付けさせてもらった。名前は白夜だ。俺に似た名前が良いとの要望なので、俺の夜を取ってきた結果、こうなった。女の子に付ける名前では無いのではと思ったが、本人は気に入っているみたいなので良しとしよう。俺は愛称でハクと呼んでいるがな。ちなみに俺の名前である『千夜』というのは本名ではなく、遥か昔の俺の師の名前だったりする。記憶が戻って真名も思い出したが、今さら改名するのもナンなのでそのままだ。師匠、申し訳ない……。
それと、ハクは雌である。声や雰囲気からして雄と思ったが、「こんな可愛い子が雄なわけないじゃないですか!」とハクに怒られた。
新しく出来た家族を放って旅行に行けるはずがないので、急遽女将さん連絡をしてペット同伴でも大丈夫かと聞いてみたところ、可との答えが返ってきた。そのため女将さんにハクの分の料理も用意してもらっている。
飛行機に関しては元々ペットの同伴は可能だったので問題は無い。貸切で他の乗客は居ないため、ハクがはしゃぎ回っても何の問題は無い。
「せ、千夜! 動いてますよコレ!」
離陸をするため動き出した飛行機に素っ頓狂な声を上げるハク。その姿が微笑ましく思えた。
――昨日の様子からでは考えられないな。
どんな心境の変化があったのかは知らないが、ハクにとって良い転機となればいいと思う。
「ほら、あまり動くと落ちるぞ? もうすぐ離陸するから」
ハクを抱え直して窓から外を覗く。丁度離陸し始めたところで、地面が段々と遠ざかって行った。
「凄い……! 地面がもうあんなに遠くに! どうやって浮いているんですか!?」
キラキラした目で俺を見上げる小狐に冷や汗を掻いた。
――揚力とか説明できるだろうか……?
† † †
「お待ちしておりました、須藤様。この度は翡翠館をご利用頂きありがとうございます」
「お久しぶりです、女将さん。今日はよろしくお願いします」
目的地である旅館についた俺たちを出迎えてくれたのは本館の女将である坂田さんだ。三指をついて丁寧に頭を下げる彼女に俺も頭を下げる。
女将の坂田さんは三十代後半の妙齢の女性だ。藍色を基調とした着物を着て、艶のある黒髪を後ろで結い上げている。
「はい、こちらこそ宜しくお願いいたします。そちらが白夜様ですね」
俺の懐から顔を出したハクの姿に女将さんが微笑む。
「ええ。ほら、ハク。挨拶をしなさい」
「……コン」
ジッと女将さんを見つめたハクはプイッとそっぽを向いた。
「すみません、人見知りなところがあるもので」
「いえ、お気になさらず。可愛らしい子ですね。私、狐なんて初めて見ました」
「そう言って頂けると助かります」
お部屋にご案内しますね、と先導する女将さんの後をついていく。
「此方になります」
「ほぅ……」
案内された部屋は俗にいうVIPルームなのだろう。部屋は広く、外の景色を一望できる。バルコニーには小さな露天風呂に小さなリクライニング式の椅子とサイドテーブルが置いてあった。テレビも最新式のプラズマテレビでパソコンまで備え付けてある。
「いいんですか? こんな上等な部屋を使わせてもらって」
女将さんは口元に袖を当て上品に笑った。
「はい、存分にお使い下さい。本来なら私ども翡翠館一同を救って下さった須藤様から、お金は頂かなくても宜しいのですが――」
「それだと俺の気がすまない」
「――とのことですので、せめて最高のおもてなしをと思いまして、最上級のお部屋をご用意させて頂きました」
ここまでされると反ってこっちが恐縮なのだが。まあ、今回はその善意を素直に受け取ろう。
「では、ごゆるりとお過ごしくださいませ」
スッと音も無く扉を閉め退出する女将さんを見届けると、懐から飛び出したハクが小さく伸びをした。
「ん~……! これで少しはゆったり出来ますねー」
「だな。ハクは初めての飛行機で疲れたんじゃないか?」
「そうですね。あんな経験は生まれて初めてです」
ぐてーっと地に伏すハクの姿に苦笑した俺は、その首に掛けてあるものに視線を向ける。
「ところで、首輪の調子はどうだ?」
「上々ですね。今のところはなんの問題もなく機能していますよ」
ハクの首には昨日、俺が渡した首輪が付けられている。
俺の『力』をふんだんに使用して造り上げたこの首輪はアダマンタイトを素材に黒色水を混ぜた物だ。そのため首輪は黒い大理石のような見た目をしているが、既存の金属を遥かに上回る硬度を誇る。
そして、何よりこの首輪は妖力を抑える機能を持つ。そのため、今のハクの姿は毛色が珍しいというだけの一見どこにでもいる小狐だ。尻尾の数は妖力に比例するのではないのかと思い造ってみたのだが、付けた途端に尻尾の数が激減したのを見て思わずガッツポーズをとってしまった。
後付けの機能として妖力の強さによって抑制する度合いが変わるように仕組んでおいたため、自身の妖力をコントロールするいい訓練になるだろう。完全に妖力をセーブできれば尻尾の数は一本、不完全ならその妖力の強さによって現れる尻尾の数が変化するため、一目瞭然だ。自分なりにいい仕事をしたと思う。
ちなみに首輪の前側にはローマ字で【BYAKUYA】と彫ってある。これで迷子になっても大丈夫だ。
「まあ、俺も付き合うから、妖力のコントロールは追々覚えていこう。それを付けている間は妖力は完璧に抑えられているから他の妖に狙われることはないだろう」
「そうですね、確かにこれがあれば妖に襲われる確率は激減するでしょう。……こんな物まで造れるなんて、千夜は本当に人間なんですか? 妖を退治することもあるようですし」
「失敬な。歴とした人間――とは言えないが、遺伝子的には人間だ。かなり特殊な部類には入るが」
うん、嘘は言っていないな、嘘は。核心もついていないが。まあ、それについてはいずれ話そう。
「さて、俺は昼食の前に一風呂浴びて来るかな。ハクも来るか?」
「――? 風呂とは何ですか?」
小首を傾げるハクに、ああそうか、とこの子の生い立ちを思い出した俺は一人頷いた。
「そうだな、風呂というのは湯のことだ。人間や大抵の人型の妖は習慣的に湯に浸かり身体を綺麗にするんだ。ここは天然温泉だから身体にもいい」
よく分からないのか頭から疑問符を浮かべているハクに苦笑した。
「まあ実際に浸かってみるのが一番だな。ということで行くぞ」
「はい? わわっ――」
ハクを持ち上げ頭の上に乗せた俺は着替えとタオルを手に露天風呂へと足を向けた。
† † †
まだ昼前だからか、温泉には他に客はいなかった。
「――これは、いいものですねぇ……」
「だろう? これが日本の美というものだ」
透明な湯に身を沈め目を閉じながら久々の温泉を堪能する。ハクの身長では溺れてしまうため、桶一杯に汲んだお湯に浸かってもらっている。
――湯船で浮いた桶の中で風呂に入る狐……シュールだな。
初めての風呂はお気に召したのか、気持ち良さそうに目を細めていた。
「人間は毎日こんな気持ちの良いものを味わっているのですか……。他の妖怪や動物たちも見習うべきですね」
「妖怪や動物たちが湯に浸かる、か。なんというか、ほのぼのとしているな」
猿が湯に浸かるなら分かるが、狐や爬虫類型の妖怪たちも一緒になって湯に浸かる姿を想像してしまった。ある意味では絵になるな。動物愛護団体のポスターにもなれそうだ。
「そうだ、本当はここでするようなことじゃないが、丁度大量の水があるから一つ面白いのを見せてあげよう」
「――? なんですか?」
不思議そうにこちらを見つめるハクに微笑み、魔力を練った手を水面に浸す。
「まあ、見てな……。――水よ舞え」
魔力が浸透すると、やがて水面から水の塊が一つ、二つと浮き上がっていく。その数は次第に増していき大小様々な水球が宙に浮かんだ。
「わぁ……」
光が反射してキラキラと輝く水の玉。その幻想的な光景にハクはしばしの間、言葉を失った。
「さらにはこんなことも――水よ踊れ」
水面から新たに水の塊が浮き上がり、やがて人型を成す。一メートル程の大きさを持つ人型は、新たに生まれた人型の手を取りクルクルと踊り出した。
「音楽があれば尚のこと良かったんだがな……って、聞いてないなこれは」
見れば、ハクはすっかり幻想的な空間に魅入られているようだった。目を輝かせて悔いるように見つめるその姿は狐といえど、人間の子供と大差ないのだなと改めて思う。
他の客が現れるまでの十分間、ハクは一言も喋らず、只々目の前の光景を食い入るように見つめていた。
† † †
すっかり満足したらしいハクを頭に乗せた俺は大広間に向かった。昼食の準備が出来たとのことだ。
「ほぅ、これはまた豪勢な」
「コン!」
メニューは小鍋に刺身、山菜の和え物、お吸い物、お新香、そして松茸のご飯だ。しかも刺身には鯨尾の身にカワハギ、大トロなどもある。
ハクの方は食べやすいように一口サイズに切り分けた神戸牛の霜降り肉をシンプルに塩だけで味付けしたもののようだ。確かになんでも食べると事前に言っておいたが、まさかこんな最高級の肉が出るなんてな。先程から肉を前に凝視しているし。
「では、いただきます」
「コンコン!」
お決まりの言葉を口にして、早速、鯨尾の身から箸を伸ばす。
「うん、初めて食べたけど旨いな。まるで肉みたいだ」
肉と聞いて耳をピクッと動かすハク。意外と食い意地張ってるんたな。
「ほら」
ジーっと刺身を凝視する小狐に苦笑した俺は鯨尾の身に醤油を少しだけつけて、ハクの前に置いた。
「旨いか?」
「コン!」
真っ先に食らいついたハクに微笑んだ俺は自分の料理も平らげていく。うん、やっぱり美味しいな。
「あー、贅沢な休日だ……」
久しぶりの休日だからせめて堪能しようと思った一日だった。
後書き
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