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失われし記憶、追憶の日々【ロザリオとバンパイア編】

作者:月下美人
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原作開始前
  第九話「ペット発見!」



「くそっ、なんなんだテメェは!」


 俺が朱染の屋敷を出てから六年が経過した。時が経つのは早いもので、もう二十二歳だ。実年齢はもっと高いが……。


 家を出たのを契機に苗字を『須藤』に変えた俺はあれから三大冥王の御子神理事長の元へ挨拶に行き、仕事を斡旋してもらった。そのお陰で、裏稼業を含めて仕事に追われる毎日となったが。


「おい、ヤス! アツシ! ジロー! くそ……っ! 誰も返事しねぇ……!」


 高級マンションの一室を一括払いで購入し、そこを拠点に日々世界を回っている。俺の名前も有名になったもので、裏に関わる者で『殲滅鬼』の名前を知らない者はモグリとまで言われるほどだ。過去の俺の格好に沿い、今の俺の姿は黒い和服を着流し、その上から赤いロングコートを羽織っている。


「てめぇ……一体誰の回しもんだ! この俺が黒山隆二だと知っての狼藉かッ!」


 俺の本名を知っているヒトも多いがそこは意を汲んでくれているらしい。事情があるのだろうと察して名を口にしないでくれているのだから、正直助かる。【依頼には誠実であれ】をモットーにしていてよかったと実感したこの頃だ。


「おい、てめぇ! 聞いてんのか!?」


 かくいう今も、実は依頼遂行中の真っただ中だったりするのだが。


「――黒山会会長、黒山隆二。一三〇事件の黒幕にして横領事件数三十一件の実績を誇る常習犯。他にもプロフィールがあるのだが、面倒だからこのくらいにしておこうか。さて、俺が誰かという話だが、須藤千夜と言えば解るかな?」


 ふてぶてしく椅子に踏ん反り返っていた肥満体質の四十代の男は、俺の言葉を耳にした途端に表情を変えた。


「せ、せせせせん、殲滅鬼……ッ!?」


「その様子だと知っているようだな。では俺が何しに来たのかも、もちろん解るよな?」


「お、俺の命を狙ってるのか!?」


 自身の心臓を庇う様に胸を押さえる男を冷めた目で見下ろす。


「貴様ごとき小者の命などいらんよ。俺が欲しいのは三宅孤児院の利権書だ」


「だ、誰がテメェなんかに渡すか!」


 男の言葉に嘆息した俺はヌッと顔を近づける。


「頭が弱いんだな、貴様は。誰も貴様の意見など求めていない。その利権書もあることないこと吹っかけ、脅し、強引に奪い取ったもののようだしな。本来なら証拠を揃え穏便に済ませるのがセオリーなんだろうが、生憎俺の辞書には穏便なんて言葉は載っていないのでね」


 怯える男の目を捉え両の眼に『力』を宿す。


「さあ、三宅孤児院の利権書を渡してもらおうか」


 俺の魔眼による催眠術に掛かった男は頷く以外に選択肢がなかった。





   †                    †                   †





 虚ろな目で差し出した今回の目標物を受け取り、俺はついでに記憶操作で男の記憶を細部まで操り意図的に記憶喪失にした。人格にまで影響を与えたため先程から「ここはどこ? 僕はだれ?」を連呼している。ピュアな目をしているからもうあのような人格者になることはないだろう。二度と同じ道を歩むことが無いことを祈ろう。


〈空間跳躍〉で依頼主のところに戻った俺は物を渡し報酬を受け取る。これで依頼は達成だ。


「ありがとうございます、ありがとうございます!」


「もう悪徳な話に乗らないように。泣きを見るのは、あなたよりも子供たちなのですから」


「はいっ!」


 何度も頭を下げる中年の女の人に手を振り俺はそのまま自宅まで跳躍した。


「ふぅ……、これで少しは余裕ができたな」


 びっしりと詰まったスケジュール帳には当分の予定は入っていなかった。ここ最近、裏の仕事を立て続けに入れていたため、息抜きも兼ねて旅行に行くのもいいかもしれないな。前々から北海道に行ってみたかったから、これを機に行くか。


「そうと決まったら早速予約を入れないと。早いところだともう埋まっているかもしれん」


 飛行機を一機予約した俺は知り合いが経営している旅館に電話を掛ける。


「ああ、女将さん? お久しぶりです、須藤です。その節はどうも。……いえいえ、そんな。あれからどうですか? ……そうですか、それはよかった。また何かあったら連絡してください。電話一本で駆けつけますので。――っと、それより予約の方いいですか? はい、宿泊を。そうですね、一泊二日でお願いします。……わかりました。十時にそちらに向かいますので。ええ、よろしくお願いします」


 女将さんとは仕事で知り合い、以降懇意にしてもらっているお得意様の一人だ。只でいいと本人は言っているが、それは流石に気が咎めるので、こうして予約を優先的に受け付けてもらっている。


「さて、予約も取れたことだし、荷造りを――ん?」


 ふとマンションの外から強大な妖気を感じた。殺意や憎悪といった負の気配は感じないが、この妖気は低級妖怪とは比べものにならない。下手すれば大妖クラスのそれだ。


「はぁ、休暇が決まった途端にこれか……。放っておくわけにもいかないし、一応見てくるか」


 人間を害するような奴なら、ついでに狩っておこう。


 そんな物騒なことを考えながらマンションの外に出て歩くこと五分。妖気は近場の公園から漂っていた。


 ――さて、鬼が出るか蛇が出るか……。


 気を引き締め、人気がないのを確認した俺は茂みを掻き分け、ソレと目が合わさった。


「――は?」


 そこにいたのは一匹の小狐だった。白い体毛は所々血で汚れ、力なく地面に伏せたその狐は自身の尾で顔を隠すようにして身体を丸めている。寒いのかその小さな体躯はプルプルと震えていた。


 俺が驚いたのは膨大な妖気の持ち主が小狐であったのもそうだが、その尻尾の数だった。


 ――九尾の狐、か?


 尻尾の数は九本。かの有名な妖狐、玉藻前と同じ九尾の狐で間違いないだろう。しかし、九尾の狐は白面金毛九尾といわれるように毛が金色だったはずだが、白いな、この子は。亜種か?


「これは、どうするかな……」


 ここで痛みも与えずに殺すのは簡単だが、怯えた目で俺を見上げるこの子を見ると、流石にそんな気も失せていく。


 何よりこの目。母親とはぐれたかのような心細い目を見ると、どうしても保護欲が湧いてくる。


 ――まあ、動物はブルドッグ意外は好きだし、負な気配はしないから一旦連れて帰るか。


 考えが纏まった俺は小狐に手を伸ばす。ビクッと一段と震えるその身体を持ち上げ、懐に入れた。


「君、冷たいなー。いつからそこにいたんだ?」


「コン……」


「なるほど、何言ってるのかさっぱりだな」


 取りあえず自宅に連れ帰った俺は小狐の傷を魔術で癒し、暖かいミルクと黒和牛の肉を与えてみた。狐の食生活なぞ知らないので、一応目についたものを与えてみたが、思いのほか気に入ったようで夢中になって食らいついている。ただ腹を空かせただけかもしれないが。


「あー、どうするかな……。この子を置いて旅行には行けないし」


 まさか、野良狐を捕まえるだなんて思いもよらなかったからな。腹がいっぱいになって満足したのか、キョロキョロと部屋を見渡す小狐に話しかける。


「そろそろ話してくれると、こちらとしては助かるんだが?」


 小狐はビクンっと毛を立たせて身体を硬直させると、恐る恐る俺を見上げた。


「……いつから気付いていたのですか?」


 ハスキーな声が小狐から発せられる。


「初めから。妖気を感じたから来てみれば小狐の君がいたというわけだ。大妖クラスの妖気だからそれなりに知能があると思って話しかけてみたんだが、やはりか」


 そう言うと、小狐は警戒するように俺から距離を取った。


「私を殺すのですか……?」


「殺されたいのなら」


「なっ……、殺されたいなんて思うはずがないじゃないですか!」


 シャーっと牙を向く狐に悪かったと手を上げる。


「君から敵意は感じられないからな。人間を害するつもりがないのなら俺からどうこうする気はない」


「――? 何故ですか? 人間というのは妖怪を嫌っているのでは?」


 席を立った俺は自分の紅茶を入れながら、その疑問に答えた。


「確かに人間の中には妖怪を嫌っている人も多い。いや、妖怪を好いている人は少ないと言った方が正しいか。理解できないものは自ずと排他的な視線で見ることが多い。それは確かだ」


 紅茶で喉を潤す。


「しかし、まあ何事にも例外というのは存在してね。俺に関してはその限りではない。何しろ一時期は妖怪と一緒に生活していたからな。それもバンパイアと」


「えっ!? バンパイアって……【力の大妖】の、あのバンパイアですか!?」


 驚愕で目を見開く狐に苦笑する。


「そう、そのバンパイアだ。ちょっとした縁で知り合ってね。だからというわけではないが、俺は妖怪に対する偏見も差別も持ち合わせていないんだ。だから君が妖怪というだけで追い出すことも、ましてや殺すなんてこともないから、その辺に関しては安心してほしい」


「……信じられません」


「なにもすぐに信じろとは言わないさ。それこそ無茶ってものだからな。まあ、頭の片隅に入れておけばいい」


「……」


 納得がいかない様子でこちらをジーッと見つめる小狐に俺は肩を竦めた。


「それで? 今度は君のことを話してくれると嬉しいのだが?」


 小狐はしばし葛藤していたようだが、やがて固い口を開いた。


「……いいでしょう。なら、まずは私の生い立ちについて話します」


 小狐が語り出した話というのは漫画や小説などでよく耳にする内容だった。


 普通の野生狐の両親から生まれた小狐は自分の尻尾や毛色が皆と違う理由から、両親に見捨てられ、群れから追い出された。


 まだ生後間もない小狐は通常ならそのまま死に絶えるはずが、生まれてすぐに自身の持つ力――『妖力』を操る術を身に付けていたため、なんとか生き長らえることが出来ていたらしい。


「けれど、私の持つ妖力は他の妖怪からしてみれば極上の餌に見えるようで、行く先々で襲われました」


 産れて間もない赤子が大人に叶う筈もなく、襲い掛かる妖怪から逃れ、自身の身を守るだけで精いっぱいだった。


 そして、傷つきながら安住の地を探し求めること一カ月、あの公園に辿り着いたらしい。


 ――排他的なのは、人間だけの話ではないのだな……。


「……私の話は以上です。これで満足ですか?」


「なるほどね……。大体の事情は分かった。先程も言ったが、こちらとしては君を害するつもりはない。まあ、今は何をいっても信じられないだろうから、これからの生活を通じて分かっていけばいいさ」


 そう言うと、小狐はキョトンとした顔で俺を見上げた。


「行く宛がないのだろう? なら家にいればいい。幸いこのマンション、ペットは大丈夫だから、狐が一匹いたところで珍しがられる程度だろう」


「なっ……、なにを急に言い出すんですかあなたは! 第一、私をここに置いたところであなたにとってなんの利益にもなりませんよ。それどころか、私を狙う妖たちに襲われてもいいんですか? 人間のあなたが相手ではどう転んでも殺されますよ!?」


 その言葉を聞いた俺は思わず笑ってしまった。


「あ、あなたは何を笑っているんですか! 折角、私が警告をして差し上げたというのに――」


「ああ、違う違う。君を馬鹿にしたんじゃないよ、むしろ逆さ。うん、やっぱり君には是が非でもうちの子になってもらおう。勿論、君が望まないのならこの話は無かったことにするが、俺としては是非ともうちに来てほしいな」


「……何が目的ですか?」


 疑わしい目でジーっとこちらを見つめる小狐に苦笑する。


「なにも? ただ、強いて言えば君が気に入ったから、かな」


 自身が置かれた状況下においても、俺が妖に襲われるのではとこちらを気遣うその心。それだけでも、優しい子なのだと分かる。


 ――それに、同じく拾われた身としては、やはり放ってはおけないからな。


 朱染に引き取られなければ、記憶も戻らずにそのまま死んでいたかもしれない。かつての自分に重ねるわけではないが、俺とこの子は似ていると感じた。


「襲ってくる妖云々については心配無用だ。こう見えて腕には自信があるのでね、大抵の妖には負けないと自負している」


 身動ぎもせずに黙してこちらを見上げる小狐の頭を撫でる。


「だからまあ、俺が守ってやるから心配するな」





   †                    †                   †





 ――一体、この人間は何なのだろうか?


 私がただの狐でなく妖であると承知の上で接触してきたという人間。人語を解する私を気味悪がらずに面白そうに眺めるだけの人間なんて始めて見た。


 群れを出た私を襲う妖たちはこぞって私の妖気を狙っていた。私の持つ妖気は彼らより多く、しかもその持ち主が己より弱そうな小狐なのだから、競うように私の命を狙ってくる。


 幸い生まれついて妖気の扱いに長けていた私は小手技を駆使しながら場所を転々としていた。


 人間たちは誰もが私を化け物だと罵り、石を投げつける。あるところでは村総出で討伐しようとしてきたこともあった。


 ――もう誰も信じない……。独りで意地でも生きてみせる。


 いつしかそう思うようになった私は人里を離れ、妖たちに見つからないように身を潜めながら過ごしてきた。だが、いつまでもそんな生活が続く訳もなく、ついに体力が尽きた私は近くの茂みに身体を横たわせた。


 ――私はなんのために、生まれてきたのだろう……?


 そんな疑問が浮かび上がったが、間もなく尽きる命だ。答えが見つからなくても構わなかった。


 後は来たるであろう死を待つのみ、そう思い目を閉じたが、そんな私の前に一人の人間が姿を現した。


 ――それが、目の前で飲み物を飲んで一息をついている、この男だ。


 奇妙な人間だ。今まで見てきた人間とは明らかに一線を画している。一言でいうなれば、異質。


 妖である私を気味悪がるわけでもなく、かといって怯えているわけでもない。怪我を不思議な力で治したことといい、得体が知れない人間だ。


 けれど、私の身の上話を聞き頷いている様子からこちらの話を信じ切っている。純粋というかなんというか、他者を疑うということを知らないのだろうか?


 ――なんにせよ、得体の知れない異質な人間というのが私の第一印象だった。


 そんな人間が私を気に入ったと言い、あまつさえ家に来いと言う。気が狂ったか、もしくはなにか打算的な考えがあるのではと思ったが、男の目からは今まで見てきた人間が浮かべていたヌメヌメしたような嫌な視線は感じられなかった。


 ポカポカするような暖かい目で私を見つめる男。その大きな手で私の頭を撫でるその感覚。


 ――温かい……。


 そんな言葉が浮かんだ。誰かにこうして触れられたことは産れて一度も無かったなと、ふと思い出す。


 ――私は人間を信じない。


 けれど、


 ――この男は信じてみようかなと、少しだけ思った。


「俺が守ってやるから心配するな」


 その言葉とともに伸ばされる手が、なんとも温かく、それでいて心地よく感じた。

 
 

 
後書き
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