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さまよえるオランダ人

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第三幕その四


第三幕その四

「これでいいのだ、貴女にとっても」
「やはりあの男は」
 エリックは彼の叫びを聞いて確信した。
「貴方は言ってはいけません」
 ゼンタはその彼を必死になって止める。
「私がいるから」
「帆を上げよ!」
 だがオランダ人はそれに構わず港に見える己の船に告げるのだった。
「錨を掲げよ。この国に永遠の別れを!」
「永遠の別れ!?」
「そうだ!」
「あっ、お待ち下さい!」
「ゼンタ!」
 オランダ人はゼンタを振り切り港の方へ駆けて行く。ゼンタはその彼を必死に追いエリックはそのゼンタを追う。そうして瞬く間に港に辿り着いたのだった。
「海に出てまたさまようのだ」
 オランダ人は絶望した声で呻く。もう己の船のすぐ側に来ていた。
「それが私の運命なのだから」
「私を疑うのですか!?」
 ゼンタももうそこに来ていた。エリックもそこにいた。
「恐ろしい。ゼンタ、君は」
「全ての貞節は失われた」
 オランダ人の絶望がさらに深まった。
「だからもう。私は」
「いえ、私は護ります」
 それでもゼンタはオランダ人に対して言う。彼女もその固い心で。
「ですから」
「では言おう」
 オランダ人は遂に名乗りだした。
「我が名を。我が名はさまよえるオランダ人!」
「やはり!」
 エリックはそれを聞いてやはりと思うと共に顔を強張らせた。
「そうだったか。さまよえるオランダ人!」
「数え切れぬ程の死さえも私にとっては快楽、一人の女性だけが私を呪いから解放する。死に至るまでの貞節を守る女性だけが!」
「それは」
「貴女は貞節は誓ったがそれは永遠のものではなかった」
「いえ、それは」
「言うな。それが貴女を守ったのだ。私に誓った貞節を破った者には永遠の劫罰が襲う。私はそれを幾度も見てきたからだ」
 それがオランダ人の宿命だったのだ。貞節を求めそれが破られた時の劫罰を見てきた。それこそが彼が味わってきた宿命だったのだ。
「さらば!」
 オランダ人は踵を返して叫ぶ。
「我が救済よ、永遠に失われよ!」
「大変だ!皆、来てくれ!」
 去ろうとするオランダ人に対してエリックは必死で助けを呼ぶ。
「ゼンタが!ゼンタが!」
「どうした!」
「どうしたエリック!」
 それを聞いてダーラントもマリーも皆も出て来た。出て北誰もが驚愕の色をその顔に思い浮かべる。そこに見てはならないものを見たからだ。
「待って下さい!」
 だがゼンタは一人その中でオランダ人を呼び止めていた。
「貴方の運命はよく知っています。もうそれは既に」
 そのことを言うのだった。
「貴方の苦しみが終わる時が来たのです。永遠の貞節を持っているその女こと私です。貴方を救う女性こそが私なのです」
「助けてくれ!皆!」
 エリックはゼンタがオランダ人を見る中で必死に皆に声をかけ続けている。
「亡霊が!亡霊が!」
「ゼンタ、行くな!」
「恐ろしいことになるぞ!」
「見て、あの船!」
 マリーが蒼ざめた顔でオランダ人の船を指差した。そこにあるのは。
 黒い漆黒のマストが高々とありその帆が赤い血の色になっている。青白い炎を宿らせたその船を。今その船の錨が掲げられた。
「さあ、出港だ!」
「いえ、なりません!」
 船に飛び乗ったオランダ人に対して叫ぶ。
「貴方の天使の心を御覧下さい!」
 港の一際高い場所、岸壁にその身を置いた。
「私はここで貴方に死までの貞節を誓います!」
「ゼンタ!」
「ゼンターーーーーーーーッ!」
 エリック達の声も聞かず一人その岸壁から身を乗り出した。すると嵐が起こり海を荒れさせる。その中にオランダ人の船だけが沈められる。そしてその嵐が一瞬で消えて何と海の中から船が浮かび上がる。船は高々と空に昇っていき天界へと消えていく。全ては救われた。遂に永遠の貞節がさまよえる男を救い出し彼を天国の平和へと誘う。エリック達はただその光景を見ているだけだった。暗雲を裂いてそこから覗き込む黄金色の光に導かれ空を昇るオランダ人の船を。救済が適えられたのを見ていた。


さまよえるオランダ人   完


                 2008・6・6
 
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