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蝮の槍

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第一章

                     蝮の槍
 元来器用な男だった。
 斉藤道三は寺の小坊主として学問を身に着け油売りとなった。その油売りとしてもその器用さを見せたのだ。
 油を上から銭を通して入れる。その際だった。
「若し銭に少しでも油が付けばお代はいらないよ」
「おいおい、それは幾ら何でも無理だろ」
「銭の穴なんて小さなものだぞ」
「それに油を付けずに枡に入れるなんてな」
「まず無理だろ」
「あんたお代はいらないのかよ」
「油が付いたらね」
 その場合はだというのだ。道三、西村勘十郎と当時はいった。これは武士になってからの名であり後には長井新九郎となる。
 その彼は自信を以てこう客達に言うのだった。
「お代はいらないよ」
「よし、じゃあ見てやるぞ」
「油が少しでも付いたらただで油を貰うからな」
「そうするからな」
 客達は道三の大見得にこう応える。そうしてだった。  
 道三が銭に油を通るのを見守る。油が入っている柄杓は上まで掲げそのうえで地面に置いている枡に注ぎ込む。その中間に銭を置く。
 誰もが固唾を飲んで油が流れるのを見る。するとだった。
 油は一条の糸となり銭の穴を通る。そしてだった。
 油が落ち切ってその銭を見るとこれがだった。
「何と、付いてない」
「油は全く付いてない」
「本当にそれができるとはな」
「いやはや、凄いものだ」
「どうだい?付いてるかね?」
 道三は誇らしげにその銭を見せる。するとだった。 
 本当に銭は付いていない。客達もそれを見てあらためて唸った。
「ああ、付いてないよ」
「何処からどう見てもな」
「じゃあその油買わせてもらうぜ」
「あんたの芸にもな」
 こうしてだった。客達は道三の油を買うのだった。この芸もあり道三の油は飛ぶ様に売れた。彼は忽ちのうちに金持ちとなった。
 しかしそれだけではなかった。彼のその器用さは彼のいる美濃の土岐氏の家臣達の間でも評判になった。それでだ。
 やがて重臣の一人が彼を召抱えた。これがはじまりだった。 
 道三は頭角を現していく。そうして。
「いや、何でもできるのう」
「あれは立派な奴じゃ」
「戦も政もできるわ」
「あれだけ何でも出来る奴はおらんな」
「全くじゃ」
 忽ち土岐家の中でも評判になった。そうしてだった。
 主の土岐頼芸もだ。実際に彼と会って言うのだった。
「凄い者じゃな」
「そう思われますか」
「では」
「うむ。直臣に取り立てよう」
 優れているが故にだ。頼芸もそう決めた。こうして道三は油売りから土岐家の直臣になったがそれで終わりではなかった。
 そこからさらに出世し頼芸の側近にまでなった。彼はそこで頼芸が常に傍に置いている彼女の側室を見た。
 見れば一目見ただけで忘れられぬまでの顔立ちに奇麗な髪をしている。しかもその背丈が桁外れに高い。
 その側室を見て道三はこう頼芸に問うた。
「一つお伺いしたいのですが」
「うむ、何じゃ?」
 その優秀さ故にすっかり道三を頼りにしている頼芸はにこやかに彼に応える。
「何かあるのかのう」
「そちらの方ですが」
 その側室を見ての言葉だ。
「何と仰るのでしょうか」
「深芳野じゃ」
 頼芸はここでもにこやかに言う。
「稲葉の妹じゃ」
「そうですか。稲葉殿の」
 土岐家の重臣の一人だ。非常に頑固な性格で知られている。
「妹殿ですか」
「どうじゃ。美しいじゃろう」
「確かに」
 道三は密かに見惚れなが頼芸に答える。
「いや、まことに」
「側室の中でも一番のお気に入りじゃ」
 頼芸は機嫌のいい顔のまま道三に話していく。
「まことにな」
「そうですな。美濃にもこれだけのおなごはおりませぬ」
 道三もこう言う程だった。それからだった。 
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