愛の妙薬
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第一幕その四
第一幕その四
「僕の気持ちはそんなものじゃないんだ、わかってくれよ」
「ええ、わからないわ」
冷たくあしらった。
「貴方には私みたいな移り気な女は合わないし私も貴方は好みじゃないの。これも毎日言ってるわね」
「それでも僕は君だけなんだ。これも毎日言ってるのに」
「そうやって毎日私に言い寄ってくるけれど」
アディーナはネモリーノをかわしながら反撃に出た。
「そんなことしていていいの?隣の村の叔父さんは大丈夫なの?」
「・・・・・・叔父さんと僕が何の関係があるんだよ」
ネモリーノは憮然とした顔で答えた。
「あるわ、確か危篤なのでしょう?言ってあげなくていいの?」
「叔父さんも気懸りだけれど僕にはアディーナ」
そしてまた彼女を見詰めた。
「僕はもう君しか見えないんだ。君のこと以外に考えられないんだ」
「あら、だったら叔父さんの遺産が他の人に渡ってもいいのね。そうしたら貴方は誰も頼る人も財産もなくて飢え死にするかも知れないわよ」
「いいさ」
ネモリーノは少し俯いて言った。
「僕にとっては同じことさ」
言葉を続ける。
「飢え死にするのも恋で死ぬのも僕には同じことさ。どちらにしろ死ぬんだから」
「またそんな深刻ぶって。明るく考えたら?」
「どうやったら明るく考えられるんだよ、君が振り向いてくれないのに」
ネモリーノは問うた。
「一体どうやったら振り向いてくれるんだい?」
「そよ風に聞いて御覧なさい」
アディーナはやはりすげなく言った。
「それでも私の移り気は治らないでしょうけれどね」
「そんな・・・・・・」
ネモリーノはそれを聞いて絶望しきった顔になった。
「何度も言っているだろう、僕には君しかないんだって。どうして振り向いてくれないんだ」
「気が向かないからよ」
「じゃあどうしたらその気が僕に向いてくれるんだ!?僕はその為だったら何でもするよ、君のためだから」
アディーナはそれを聞いて目の表情を一瞬だけ変えた。だがそれをすぐに消した。
「他の人を探しなさい。貴方を受け入れてくれる人をね」
「他の誰に愛されても意味はないさ」
ネモリーノは首を横に振った。
「君じゃないんだから。君しかいないんだから」
「ずっとその気持ちは変わらないってそこで言うわね、いつも」
「当然さ、本当なんだから」
ネモリーノは強い声で言った。
「僕はこれだけは神様に誓って言えるよ。アディーナ、僕の君への気持ちは永遠に変わらないって」
「それが嘘なのよ」
アディーナはしれっとして言い返した。
「人の心なんてお天気そのものよ。いつも変わるもの。ネモリーノ貴方も私よりも毎日違う女の子に恋したら?そうしたら気が楽になるわよ」
「どうしてだい!?」
ネモリーノは死にそうな顔で問うた。
「恋が恋を打ち消すのよ。毒が毒を打ち消すようにね。少なくとも私はそう考えてるわ」
「それは嘘だ」
ネモリーノはその言葉に首を横に振った。
「僕は昼も夜も、寝ても覚めても君のことだけを考えているんだから。この気持ちは真実なんだ」
「それも一瞬のこと、明日起きてみたら私への想いも変わっているかも知れないわ」
「そんなことはないよ」
「言いきれるの?」
「勿論さ」
彼は言った。
「死ぬまで、そして死んでからも君を愛する。それを何時でも何処でも誓うことができるよ。それでも駄目なのかい!?」
「他の人を愛しなさい」
「できるものか、そんなこと」
ネモリーノはあくまで引き下がらない。
「君をお僕のものにするまでは」
「他の人を愛しなさい」
アディーナはそんな彼に対してまた言った。
「できるものか」
ネモリーノも言った。
「じゃあ諦めなさい、じゃあ仕事があるからこれでね」
業を煮やしたアディーナはその場を軽やかに立ち去った。ネモリーノはそんな彼女を追おうとするが脚が遅くて追いつかない。結局逃げられてしまった。
「ああ」
ネモリーノは見えなくなっていく彼女の後ろ姿を見て溜息をついた。
「いつもこうだ」
その目には涙すら浮かんでいた。
「どうして僕を受け入れてくれないんだ、確かに僕は頭も悪いし見てくれもよくない。けれど」
顔をあげた。そしてアディーナが消えた方を見る。
「君を想う気持ちは誰にも負けないのに」
彼はとぼとぼとその場を後にした。そして自分の畑に戻るべく広場を通りがかった。彼にも畑があるのだ。
広場に着くと何やら人が集まっている。ネモリーノはそれを見てまず思ったことは兵隊達が遊んでいるのかな、ということであった。
「何だろう」
見れば違うようだ。人だかりの真ん中で誰かが話しをしている。
「さあさあ皆様」
立派な身なりの男が村人達を相手に話をしている。老人で品のよさそうな顔立ちに洒落た口髭を生やしている。一目で何やらあやしそうな雰囲気も出しているがネモリーノはそうは思わなかった。
「お医者さんかな」
何故かふとそう思った。
「いや、違うかな」
考えが変わった。
「何なんだろう、変わった人だなあ」
世間知らずな彼ではわかる筈もなかった。少し世の中を知っている者ならば彼が胡散臭げな人間だとすぐに見破ったであろう。それ程あやしい外見に物腰の男であった。
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