愛の妙薬
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第二幕その一
第二幕その一
第二幕 愛すべき山師
さて騒ぎの後アディーナとベルコーレは本当に式を挙げることになった。場所は彼女が持っている農場の中である。
やはり彼女はそれなりに裕福な家のようである。本が読め、持っているのだからそれは当然であるが。かなり広い農場である。
「皆さんようこそ」
彼女は招待されてきた村人達に挨拶をした。服はそのままである。すぐに決まったことなので花嫁衣裳を着る時間はなかった。それに彼女も着るつもりはなかった。そこまでは考えていなかったのだ。
兵士達も楽器を手に来ている。どうやら彼等は本来は軍楽隊であるようだ。
「私も楽器は弾きますぞ」
ベルコーレは得意そうに言った。
「笛にバイオリン、それに歌も歌うことができます」
「おお、それは素晴らしい」
村人達はそれを聞いて称賛の声をあげた。
「ではあとで一曲頼みたいところですな」
「喜んで」
ベルコーレはにこやかな顔でそれに応えた。
「これから神聖な式がはじまりますからな。自分を祝って歌わせてもらいましょうか」
「どうぞ」
村人達も彼の歌を期待する言葉をかけた。ベルコーレはそれを受けてさらに上機嫌となった。
村人達も兵士達も上機嫌であった。だがアディーナは一人面白くなさそうである。
「どうしたの?」
そんな彼女にジャンネッタが声をかけた。
「この華やかな式の主役なのに」
「何でもないわ」
アディーナはそう言って誤魔化した。だが心はここにはなかった。
(いないわね)
彼女はある男を探していたのである。
(いないと面白くないのに)
どうやらネモリーノを探しているようである。彼女にとっては彼がいないと話にならない。探したがやはり何処にもいない。
諦めて式の中央に入った。そこに招かれているドゥルカマーラが来た。
「やあやあこの度はどうも」
彼はこの話の成り行きを知らない。知っていても人事で済ませるであろう。
それが山師だからだ。そういう意味で彼はプロと言えた。
「まさか花嫁を見ることができるとは思いませんでした。これは何より」
「有り難うございます」
アディーナはそんな彼の言葉に頭を垂れた。
「先生にも祝って頂けるとは何よりです」
「ほほほほほ」
ドゥルカマーラはそれを受けて上機嫌に笑った。
「ではこの二人のこれからの幸せを願って私も披露したいものがあります」
「それは何でしょうか」
村人達が尋ねた。
「何だと思います?」
彼はここで逆に尋ね返してきた。
「ううん」
村人達はそれを聞いて考え込んだ。
「わかりません」
「一体何でしょうか」
「外国の歌です」
「外国の歌!?」
「左様。先にも言いましたが私はあちこちを回っておりまして。そこで覚えた歌なのですが」
「一体どんなものですか?」
「はい、男と女、二人で歌う歌です。詩と楽譜はここにあります」
そう言って懐からそれを取り出した。
「これはまた用意がいい」
村人達も兵士達もそれを見て称賛の声をあげた。
「では私が指揮を執りましょう」
ベルコーレが進み出て言った。
「ではお願いします」
ドゥルカマーラはそれに従い彼に楽譜を渡した。
「ほう」
ベルコーレはそれを開いてその中をパラパラと見た。
「これはよさそうだ」
「そうでしょう、私のお気に入りの歌ですから」
ドゥルカマーラは得意そうに言った。
「そして詩は私が。歌うのはこれは花嫁と決まっていまして」
「私がですか?」
「はい。如何ですか」
「そうですね」
アディーナはそれを聞いて少し考え込んだ。
「喜んで」
そしてそれを承諾した。
「受けて頂き有り難く思います」
ドゥルカマーラはにこやかに笑ってそう応えた。そして歌ははじまった。
「行くぞ」
ベルコーレは兵士達を前に指揮棒を執った。中々さまになっている。
楽譜を開いた。そして棒を振りはじめた。
兵士達が楽器を奏ではじめる。すぐに楽しそうな曲が流れてきた。
「さあ娘さん」
まずはドゥルカーラが歌いはじめた。意外と美声である。
「わたしゃ金持ち、あんたは美人。そんなあんたは何がお望みかね?」
歌も上手い。軽快なリズムに乗り軽やかな動作も入れて歌う。
「お気持ちは嬉しいけれど」
アディーナも歌いはじめた。彼女も歌が達者だ。
「私はしがない女船頭、貴方には似合わないわよ」
彼女はここで自分がネモリーノにいつも言う言葉を思い出した。
「そんな固いことを言わないでおくれ」
ドゥルカマーラはにこやかに笑いながら歌う。
「私には過ぎたことよ」
アディーナは返す。歌は次第に乗ってきた。
「面白い歌だな」
「そうなるのかな」
村人達は酒や料理を楽しみながらそれを聞いている。見れば兵士達と共に行う予定だった宴をそっくりここでしているようである。
「娘さん、世の中お金ですぞ」
ドゥルカマーラは歌を続けた。
「お金さえあれば何でも適う、愛は軽くて吹けば飛ぶがお金は重くて残りますぞ」
(ネモリーノと反対のことを言うわね)
アディーナはまた思った。だがそれをおもてに出すことなく歌を続けた。
「けれど私には好きな人がもういますので」
「まあそんな固いことを言わないで」
「私には過ぎたこと」
二人は歌で丁々発止のやりとりを続ける。次第に歌の調子がクライマックスに近付いてきているのを教えていた。
「わしを幸せにしておくれ」
「それは駄目よ。愛はお金にはかえられないわ」
それで歌は終わった。結局愛は金なぞよりも遙かに大切なのだということであった。
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